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辺境の道具屋  作者: 丸亀四鶴
31/62

31.道具屋の酒蔵巡り

鉱山都市国家グランデルは眠らない街と言われていて、いくつも建ち並ぶ製鉄所は一日中、夜を徹して煙を吐いている。

製鉄所の炉には精霊が宿っており、炉の火を落とすわけにはいかないのである。


ドワーフ族が酒好きと云われるようになったのは、一晩中寝ずに炉の番をしていた者が明け方に昼勤と交代し、明るい日中でもすぐ眠れるように酒を呷ったのが始まりだといわれている。

炉に残った火に語りかけていると、いつしか精霊の姿を見る事が出来るようになり、さらに火の精霊と会話ができるようになってようやく仕事場に立つことが認められるのだ。

その後、研鑽を積んで一人前と認められた者は、己の技術をさらに磨くために外の世界へ出ていき、自分の工房を持ったり、あるいは流れの鍛冶師としてあちらこちらの国を巡ったりするのである。


そんな気質のドワーフ族だからこそ、自分の仕事に強い信念を持っており、良い武器、良い防具、装具、道具を生み出している所以であるのだ。



翌朝、宿屋を出たロウは、工場地区にある知り合いの鍜治工房を訪ねた。工房と言っても、ロンドバンの工房は製鉄所も兼ねているので規模も大きく、銅や鉄、魔鉄やミスリル鋼まで様々な鋼材が揃っているのだ。


ドワーフ族であるロドンバンとは、鉱山で魔獣に襲われていた彼の息子ランドバンを助けて以来の付き合いだが、ロドンバンはロウの鍜治の腕前も認めており、実年齢は別として、今では自分の息子のように可愛がってくれている。


開け放たれている販売所の扉を潜ると、剥き出しの柱が立っているだけの広い店舗に、様々な金属のインゴットが山と積まれている。店の中は鉄の匂いと油の匂いが混ざった独特の匂いが立ちこめているが、ロウはこの匂いが嫌いではなかった。


「ああ!!なんだロウかい!いらっしゃい!久し振りね!!」

「レンテレイさん、おはようございます。相変わらずお元気そうですね。」

「あたしから元気を取ったら何が残るんだい!せめてお綺麗になりましたね~くらい、お世辞の一つも言いなさいよ!」


店番をしていたロドンバンの奥方が目ざとくロウの姿を認め、元気に挨拶を送ってきた。

ドワーフ族の女性は人間族の女性と比べると若干背が低く、それでいてグラマラスである。髪の毛量が多く、クセのある髪を幾本にも編んで頭の上で束ねているのが特徴だ。


因みに男性は、身長がドワーフ族の女性と同じくらいで筋骨隆々、胸板が分厚く、二の腕など丸太ほどもある。決して、通説にある「樽のような体形をしている」者だけがいるわけではない。

一様に髭を生やしているのは、火を扱う鍜治仕事でも髭を燃やさず仕事が出来るぞと、一流であることの意思表示であり、髭を焦がしている者は二流三流と見られてしまうのだ。

レンテレイの軽口に苦笑いを浮かべつつ、ロウは材料の仕入れにきたと伝え、店内を物色させてほしいと願う。


「ああ、好きなだけ見ておきな!アンタなら案内もいらないだろ?台車はそこだよ!」

「ありがとうございます。見させてもらいますね。」

「ん!あとで奥に顔を出しな!旦那にロウが来たって伝えておくからね!」

「それと、はい、今年も作ってみました。皆さんでどうぞ。」


ロウは魔法拡張鞄の中から蒸留酒大樽を一つ取り出した。

この工房を訪ねる時の決まった手土産手ある。ロドンバンの家族はドワーフ族の例に洩れず酒好きであるが、酒に「酔う」ことよりも「味わう」事を覚えた酒通でもあるのだ。

何故かロウが作った十五年促進熟成の蒸留酒が大好物であり、ここを訪れた折には必ず持ってくるのが慣例となってしまったのだ。


「ん!いつもありがとね!!みんな楽しみにしてるんだよ、これ!」


レンテレイが破顔して礼を言い、樽を軽々と担ぎ上げて早速奥へと運んで行く。こうした無用の遠慮のなさがドワーフ族の特徴であり、ロウは大好きだった。


店に残されたロウは、山と積まれたインゴットの中から次々とミスリル鋼と魔鉄を取り出していく。この工房のインゴットは品質のバラつきが少なく、純度も申し分が無いのでどれをとっても安心なのだ。

すぐに店に戻ってきたレンテレイに代金を支払って、インゴットを魔法拡張鞄に収納していく。合計で四百万ギル(金貨四枚)の出費だ。迷宮探索の報酬もシモンの剣と鎧の修理代金も、ほとんど飛んでしまった。これでも促進熟成蒸留酒一樽のおかげで、ずいぶん安くしてもらっているのだ。


レンテレイの後に続いて店の奥に行くと家族の住居があり、居間では立派な長髭を蓄えたロドンバンが早速蒸留酒の栓を開けて飲んでいる所だった。ロウが来た、というより蒸留酒が手に入ったと聞いて仕事を放りだしてきたようだ。


「おう、よく来たな、小童!!やっぱり美味えな、こいつは!!」」

「ロドンバンさん、ご無沙汰していました。お陰さまで良いインゴットが手に入りました。」

「生意気言うんじゃねえ!!金属の良さを語るには百年早えよ!それより、最近は何を作ったんだ?!武器か?鎧か?つまんねえモノは造って無いだろうな!!!」


ロドンバンはロウに会えば必ずこんな調子である。

もちろん彼も職人である。ロウが作りだす武器や魔道具の類は一級品と認めており、そのアイデアやデザイン等には少なからず刺激を受けているのだ。また、ロウも然り。目指す目標であり良き好敵手でもあるのだ。


「そうですね、最近は新造の鍜治仕事が少なくて修理や補修の注文が多いです。でも、この間久し振りに・・・」


ロドンバンは蒸留酒をチビチビ舐めながらロウの話を聞いて頷いている。やがてロウのお茶を持ってきたレンテレイも、その場に残って夫と共に蒸留酒を飲み始めた。

ロウがこの家を訪れた時の決まった風景であり、いつもは騒がしい職人一家の一室が穏やかな雰囲気で包まれるひと時であった。



ロンドバンの工房を辞してからロウが向ったのは、この辺りの公共の屑鉄置き場である。錆びた鉄の山、工房で余った切れ端などを置いていく場所で、工業組合が管理している。

ここに廃棄されるものは殆どが普通の鉄で、鍜治の際の切れ端や、客から引き取った折れた剣などばかりであり、希少金属や魔鉄が混ざることはまずない。基本的には誰でも持って行って良い事になっているが、好き好んで屑を持っていく者などおらず、定期的に月番の製鉄所が持って行き、溶かして再利用するのである。


屑鉄は工房の名が入った50cm角の木箱に入れられ、無造作に置いてある。月番が屑鉄を荷車に移して持っていったら、工房が空き箱を持って帰るというシステムだ。


では、なぜロウがこの場所に来たのか。それはここにロウの目当てである金属、緋緋色金が混ざっている可能性があるからだ。

緋緋色金は「生きた金属」と云われている。普通に鉱山で純度の高い鉱石として採れる場合もあれば、こうした屑鉄が変質して生まれる場合もある。そんな不可思議な金属なのだ。

そして一度緋緋色金に変質したモノは、その純度を上げていけば再び変質して元の鉄に戻ることはない。


たまたま屑鉄を拾ったら緋緋色金だった、というのはこうした理由があったのだ。もちろんこの情報はほんの一握りの者しか知らない。

しかも、屑鉄をただ鑑定しても『鉄』若しくは『酸化した鉄』としか認識されない。鑑定を行う者が予め緋緋色金の性質を理解し、実際に加工した経験が無いとその場では認識されないのである。

因みに緋緋色金を扱ったことがある者には『変質した鉄』、『混成鉄』などと認識されるのだ。


工業組合で許可を貰ったロウは、置き場に到着すると広範囲で【鑑定眼】を発動させ、頭に入ってくる膨大な情報から必要が無いものを一つ一つ消去していき、目的のモノがある場所を特定していく。

一方、ディルはロウの首から滑り降りると、木箱の隙間を掻い潜っていき、見たものを全て鑑定している。

ハクは本来の大スライムの姿に戻ってから何十本という細い触手を伸ばして屑鉄一つ一つに触れて確かめていく。


三者三様の鑑定方法で、この屑鉄の山に希少金属が含まれていないか確認していくのだ。


「思っていた以上にありますね。これは運が良かった。」


鑑定を終えたロウは独り言を呟いて口角を上げた。

今回の訪問で屑鉄が置かれていたのはこの場所だけである。それでも目標の分量以上に混在しているのが分り、労力も格段に軽減される事となったのだ。


その後、屑鉄置き場で金属の塊と格闘する事、おおよそ二割刻(一刻が二時間、二割刻が一時間、四割刻が三十分、八割刻が十五分くらい)。木箱に入った屑鉄をひっくり返しては戻しを繰り返して、選別した「怪しい」屑鉄は木箱二つが一杯になるくらいまで集める事が出来た。


組合事務所まで運んで行き、箱の中身を見てもらってから屑鉄の代金を支払った。因みに代金は木箱一つが一万ギル(銀貨一枚)と驚くほど安い。屑鉄を再生した再生鉄の品質はどうしても不純物が多くなり、初製の鉄より若干劣るためである。

この品質劣化の対処法が錬金術であり、不純物を取り除く【錬成】を行う事で純度の高いインゴットを製作する事が出来るのだ。

だが、錬金術師を雇うにしても金がかかる。それならばロウのように安価でも買ってくれた方が、組合としても都合か良いのである。


もっともロウにとっての【錬成】作業は、屑鉄から緋緋色金を抽出する作業となる。

緋緋色金の抽出は、一般的に行われている金属の融点差を利用して鉄分を取り除くという手法ができない。鉄が混ざった状態だと鉄と同じ融点で溶け出してしまうためである。

純度の高い緋緋色金を得るためには、どうしても錬金術の【錬成】によって緋緋色金だけを分離させなくてはならないのである。


ロウは木箱ごと魔法拡張鞄の中へ収納すると、組合職員に礼を言って工業組合の建物を後にした。



ロウが次に向かった先、ボワワロムが営む醸造所は街の南側にあり、その周辺には同じような醸造所が十一軒ほど並び、様々な酒を造っている。

そのうちの半分ほどが麦酒を作る工場で、四軒が果実酒の醸造所、ボワワロムの醸造所ともう一軒が蒸留酒を造っていた。


酒造主達は「品質の良いものを大量に」を掲げており、互いに「品質」や「味」を競いこそすれ、「利益」や「売上」を奪い合うことは決してしない。一軒でも操業を止めれば、需要に見合うだけの量を供給できない事態に陥ってしまう。この国でそんな事が起きたら暴動に発展しかねない。


ロウはそんな酒造町の一番外れにある醸造所の軒を潜った。

ここで作る酒が並ぶ店舗の奥では、両肩から吊るすような作業ズボンをはいた子供位の身長しかない男が、まるでロウを待っていたかのように片手を上げていた。


ノーム族は一様に背が低く、人族の子供と同じくらいまでにしか身長が伸びないが、土と水の魔法に長けた種族で、鉱山での鉱石採取や、田畑や果樹での農作物育成に優れた技術を持っている。

酒造りにもその才能を如何なく発揮し、世にある酒は彼ら一族が全て造っているといっても過言ではないほどだ。


「や、やあ、ろ、ロウさん。ひ、久ぶりだな。で、ディルもな。」

「こんにちわ、ボワワロムさん。この醸造町は活気があって良いですね。何処も彼処も忙しそうです。」

「こ、今年も良いさ、酒ができたんだな。の、飲むか?」

「ぜひ!それを楽しみにこの街までやってきました。」


即答するロウを見て、ボワワロムもニカッと歯を見せて笑う。

少し言葉がたどたどしいのは、ボワワロムは初見の人族とは全く言葉を交わす事が出来ない程の極度の人見知りだからで、この蒸留所を営むようになってようやく人見知りが改善されてきた、という筋金入りだ。


元々はサキが美味しいお酒を探すためにやって来た都市国家である。

そこに満足出来るモノが無かったから作ればよいと行動を起こし、酒造りを得意とするノーム族の中で、人見知りが過ぎて、ただの使い走り扱いされていたボワワロムを引き抜き、醸造所を作ってしまったのだ。


近年は連続して蒸留できる蒸留釜が開発され、酒精の強い蒸留酒を短期間で作れるようになったが、サキは繰り返し蒸留を行う単式に拘り、昔の記憶だといって奇妙な形の蒸留釜を造り、味わい深い蒸留酒を造り出していた。

さらに出来上がった蒸留酒を、数十年に渡り『特別性の』木樽に入れて地下で熟成させることで、より円やかな味を生み出している。この熟成酒が大人気なのだ。


地下にある貯蔵庫へ降りて行くと、天井を支える柱の間隔で年代別に綺麗に区分けされた酒樽が並んでいる。こうした地下空間の創作はノーム族の得意分野である。


ボワワロムは新造酒を置いてある一角にロウを連れて行くと、真新しい樽の栓を開け、まだ若い蒸留酒を小さなカップに移してロウに手渡した。

白い陶器で作られたカップの中の、ほんの少しだけ薄く色着いた液体を見詰める。澄み切った蒸留酒はこれから何十年も掛けて熟成され、その色はより濃い琥珀色に変わっていくのだ。


ロウは少しだけ口の中へ含み、まだ若い蒸留酒の突き刺してくるような刺激と、鼻腔に抜けてくる香りを楽しむ。


「うん、いつも通り。少し香りが立つかな?」

「こ、今年はムギが太っていただな。き、去年とす、少しだけ、違いあるけど、あ、味は大丈夫!」

「そうですか、また楽しみが増えました。」

「じゅ、十年後は、きっと、う、美味くなってるだな。ほら、持って行け。」


隅の方に置いてあった木樽を指差すと、今年の分だ、といってまたニカっと歯を見せて笑う。


「ら、来年は、果実酒を蒸留したヤツがの、飲み頃になる。そ、その時にまた来い。」

「ええ、必ず伺いますよ。師匠にも伝えておきます。」

「さ、サキさん、げ、元気か?」

「ええ、あの人は全然変わりませんよ、これからもずっと。」

「そ、そうか、そうだよな。」


二人で向き合い、どちらからともなく声を出して笑い始める。

地下空間の倉庫に響く笑い声は、二十年以上も時を経た蒸留酒と同じくらいに穏やかなものだった。



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