30.道具屋と鉱山都市
人族にとって辺境地であるこの地には明確な国境線はなく、ラプトロイのように防護壁で囲まれた都市国家が多い。
一歩外に出れば強靭な魔獣が跋扈しているため、人族は高い壁を作って魔獣の侵攻を防ぎ、壁の中で安全を確保している。防護壁が無い小規模な村などあっという間に飲まれてしまうので、国の領土として広げられないのが実情なのだ。
だからこそ、各都市国家には衛星都市と呼ばれる数百人規模の町が二つ三つ存在する。ほとんどが農産物の生産を手掛けていて、半石半木の防護柵を設置して外敵の侵入を防いでいる。
このような環境では、辺境に住みたいなどと考える者は少ない。だが、何らかの理由で人族が支配する世界に住み難くなった者、未開の地で一攫千金を夢見る者、人種的差別を受けた者などは辺境に集まってくる。
少しでも人手が欲しい都市国家には、犯罪者の流入は別として、人種差別や貧富の差で入国を断るような国は無いのだ。
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辺境縦断道とは、南の海に近い自由都市国家ラプトロイと、北の山を挟んで反対側にある鉱山都市国家グランデル、その中間にある紡績都市国家ブラーダを結ぶ街道である。
その辺境縦断道をロウは一人、オーグに揺られて走っていた。
一人といっても、首には黒蛇のディルが巻き付いてロウの肩越しに景色を見ているし、フードの中にはアダマンスライムのハクが南瓜くらいの大きさになって収まっている。
オーグは二足歩行の大人しい鳥型魔獣で、空を飛ぶ事が出来ないし重い荷物も積めないが、地上を走る速度は早く馬よりも持久力があるため、一人旅などでは良く使われる魔獣である。
辺境都市国家を結ぶこの街道を移動する場合、費用が安い順に並べると、まず乗合馬車、次いで単騎馬、オーグ、貸馬車、竜車、単騎竜という事になる。さらには飛竜で移動する手段もあるが、ロウのような庶民には、おそらく生涯経験することはない移動手段だ。
もちろん自分の足で歩くことも、リャンという人の歩速と同じ程度にしか移動できない四足獣に荷物だけ預けて歩く方法もあるのだが。
旅人の移動は陽が昇っている間、一日四刻(八時間くらい)である。そうなると、オーグを駆ってラプトロイから紡績都市まで二日、その先の鉱山都市までさらに二日ほど日数を要することになる。
今日も天気が良い。北に向えば向うほど寒くなる季節だが、最南のラプトロイは元より、鉱山都市まで行っても雪が降るようなことは滅多にない。
この時期は収穫した農作物を積んだ輸送隊や、季節変わりの品を積んだ商隊が少なくなっていく頃で、街道はどこか長閑な雰囲気であった。
ロウの旅の目的は鉱山都市での材料調達である。
先の迷宮探索でロウの短槍も傷付いてしまい、それなりの修理をする必要がある。穂先の材料である緋緋色金の在庫も少なくなったので、それを探すため鉱山都市へ向っているのだ。
シモンの魔法剣や鎧も修理したので、魔鉄やミスリル鋼の在庫も心許ない。
迷宮魔法陣の件で組合からたんまりと謝礼を頂いたし、何やら魔法士組合が裏で動いていると聞いたので、これはしばらく街を出てほとぼりを冷ました方が良いと思い、材料の調達も兼ねてラプトロイを離れたのである。
ラプトロイを発って既に五日目の朝。少し遅れたが、間もなく鉱山都市が見えてくる距離まで近付いている。途中、魔獣に襲われることもなく、野盗が出てくることもなく、なんとか無事に辿り着けそうである。
そもそも、辺境の都市国家は各々が軍を持ち、定期的に街道の警備に当たっているので魔獣や野盗が出てくるのは稀だ。
辺境縦断街道は各国が範囲を決めて管理しており、街道沿いの平原や森まで軍が巡回しているので、魔獣が出てもすぐに駆逐されてしまう。野盗に至っては統率された大所帯ならまだしも、「魔境」が近いこの辺境の地でいつ来るかもわからない獲物を待ち伏せなどしていたら、自分達のほうが魔獣に襲われてしまう可能性が高いのだ。
それでも害敵に襲われるリスクは無いわけではない。そのため都市間を移動する商人や旅人達は、数十人から百人規模の集団を作り、その数に見合うだけの護衛を協同で雇って移動するのである。
鉱山都市グランデルは、妖精族のノーム種、ドワーフ種が多く住み、人間族は人口の半分もいないという珍しい国である。
南北東の方角を六つの鉱山に囲まれた台地に出来た街で、もともとは南北に連なる山脈の麓に出来た工場町だったのが、山の奥、つまり東へ東へと採掘が進むにつれて入り江の様に抉られて、山の中へ拡張されていった街なのだ。
このため、魔獣の侵入を防ぐ防護壁は、街の入口である南の山から北の山までの直線で結ばれた全長6kmの壁しかなく、山を越えてくる魔獣に対しては丸太や鉄棒で組んだ柵しか作っていない。
あまり害敵の侵攻を意識していないのは、此処は「職人が住まう国」であり、この都市国家から大陸中央の方へ鉄鋼製品が供給されるので、その供給を止められたら大きな損失を被ることを近隣各国が理解しているからだ。
さて、漸くグランデルに到着したロウは、検問所での手続きを終えて分厚い防護壁を潜った。
街の風景は丘陵地にあって縦に延びるラプトロイとは全く異なり、横に広がるように広く見える。これは用地が必要な製錬工場や鍜治房が多く、階数が多い建物集合住宅などの建物が少ないからだ。
しかし、街の入口の防護壁沿いには、三階建の宿屋や商店街が軒を連ねていて、買い付けに来た商人や旅人が行き交う雑多な雰囲気があった。
ロウはまずこの街に来た時に定宿にしている宿屋に向い、荷物とオーグを預けて街に繰り出した。
商店街には、やはり剣や槍といった武器、鎧や盾などの防具を並べる店が多いが、木工品や宝石店、刃物や工具を扱う店もあれば陶器具店など工芸品を扱う店も結構並んでいる。
店に並ぶ品々は、他国の市場と比べれば数段品質の良いものが並んでおり、年季の入った探索者や部下を引き連れた身形の良い商人たちが、肩を並べて店内の品物を物色していた。
ロウの目的は原料となる鉱石かインゴットの買い付けなので、こうした店では手に入らず、知り合いの工房まで出向き直接買い付けなければならない。
だが同じ商売人として、どんなモノが如何なる値段で置いているのか、非常に気になるところであり、時々立ち止まって品定めしながらブラブラと商店街の中を歩いていく。
こうして見ていると思わぬ掘り出し物に出会えたりもするので、ロウは【鑑定眼】を発動させながら商品を眺めていった。
中には考えられない安価で売られている魔法剣や、その鞘で呪いを封じている魔剣まであり、その多種多様さは見ていて全く飽きがこない。
商店街をくまなく歩き、掘り出し物のミスリル短剣と火属性の魔法剣を一本ずつ、それと魔法障壁が付与されていたボロボロの魔法盾を一つ購入してから、遅い朝ご飯にでもしようと、食堂が固まる通りの方へと足を向けた。
そちらに向かう途中、ロウは外れにある一軒の店で思わぬモノを見つける。
食器や壺など陶器を扱っている店なのだが、その中に様々な形の素焼きの笛が置いてあったのだ。スライム型になってロウのフードに収まっていたハクも気が付いたようで、フードの中でモゾモゾ動く気配がしている。
素焼きの笛はハクが生前に持っていた物と同じ種類である。ロウは店に入ると店主に話しかけた。
「珍しい物を売っているのですね。」
「おう、兄さんは土笛を知っているのかい?知り合いの工房で作っているんだが、余り売れないな。」
「突然なのですが、私従魔を連れておりまして・・・。」
「お?そ、そうなのかい、その首に巻いた蛇なんだろうが、それがどうかしたのか?」
「その従魔が笛好きなんですよ。見せてあげても良いでしょうか?」
「はあ!?従魔が笛だって!?何を言ってるんだ、そんな訳・・・・あるのか?」
「はい。ハク、出ても良いですよ。」
ロウが声を掛けるとフードの中からハクが飛び出し、床の上で小スライムの姿を店主に見せてから瞬く間に人型へと変化した。
驚いて目を見開く店主に、どこから出したか自分の魔水晶の笛を突き出して見せびらかすと、そのまま笛で曲を奏で始め、一層店主を驚かせた。
通りまで流れるその美しい音色を聴いて立ち止まった通行人も、白金の異形が笛を吹いているのを見て驚いている。
「お、驚いたぜ・・・、なんだよこのスライムは。」
「この通り笛が大好きなんですよ。よろしいでしょうか?」
「も、もちろんだ。いやいや、良いもの見せてもらったぜ!いい話のネタが出来たよ。」
ハクは早速品定めを始め、幾つか音を出して見ては元に戻し、何回かそれを繰り返した後に一つの笛を持って動かなくなった。どうやら刃型吹笛が気に入ったようだ。
「どうやらこの笛が気に入ったみたいです。おいくらですか?」
「何と!買ってくれるのかい!?どうせ売れ残っていたやつだ。千ギル(銅貨十枚)と言いたい処だが、半値でいいぜ!」
「お!ありがとうございます。お代です。」
「陶器だからな、落として割ってもいけねぇや。この組紐を付けてやるからよ、使う時は首から下げておけよ、従魔ちゃん!」
「・・・」
ハクがコクコク頷くと、店主の顔が綻び、思わずと言った感で手を伸ばして頭を撫でている。ハクは受け取った笛を体の何処かにしまい、人型から再び小スライムの姿に戻ってロウのフードの中に納まった。
ハクの喜びの感情と、ディルがご飯を求める不機嫌さが伝わってきて、ロウは歩きながら苦笑を浮かべていた。
何度か訪れ、顔見知りにもなった食堂で質、量とも満足のいく食事を摂り、店を出たロウ達は、今度は酒場が軒を連ねる歓楽街へと足を向ける。
鉱山都市というからには鉱工業が盛んな国と思われがちだが、実際は防護壁の外には麦畑と果樹園が広がっている。その殆どが酒の原料として栽培されているものだ。
この国では麦酒、米酒、果実酒の醸造が盛んであり、連続蒸留を用いた酒精の強い蒸留酒も多く作られているのだが、生産された蒸留酒の三分の一が自国消費であるというから驚きである。
そんなだから、この国にはとにかく酒場が多い。
まだ鐘二つの刻(鐘一つ刻は九時、鐘二つ刻は十三時、鐘三つ刻は五時、鐘四つ刻十七時くらい)にも届かない時間なのに、すでに飲んだくれている職人風のドワーフ族や旅人などで混雑していた。
流石に娼婦や酌婦は経っていないが、店も七割くらいは開店している。
酒場を巡り、美味しいお酒を探すのも、この街にきた目的の一つである。
ロウの工房にある空間倉庫の中には蒸留酒を入れた樽が十四樽ほど置かれていて、そのうち十樽がそれぞれ二年ごとに仕込んだ自然熟成もの、残り四樽が魔法促進熟成の二十年、十五年、十年、五年物だ。
ただの道具屋に大量の蒸留酒がある理由は、ロウがこの街での蒸留酒造りに一枚噛んでいるからである。
その昔、ロウと師匠のサキ、そしてこの国に住むノーム族のボワワロムの三人が共同で作った特製蒸留釜があり、ボワワロムは今でもこの地で醸造所を営んでいる。
ボワワロムの醸造所では特殊な熟成方法を取ることによって、味わい深い蒸留酒を造りだしており、連続蒸留で酒精を強くした酒ほど良いうというドワーフ族が多い中、ボワワロムが造りだす酒は神にささげる上品な酒、魔法で作った至高の酒などと噂され、いまでは高値で取引されるまでになっている。
最近ではどこかの国の貴族や、身形の良い商人が大量に購入していく事もあると聞いている。
ロウはボワワロムが毎年仕込んでいる蒸留酒を、二年ごとに一樽ずつ譲り受けており、鉱石の買い付けのついでに、今年仕込んだ蒸留酒を受け取りに来たのである。
ハブスの店に少量ずつ卸して小銭を稼いだり、求められるままラプトロイの有力者に無償提出させられてはいるのだが。
お酒というモノは常に美味しさが追求されており、どんどん新しい酒が生まれている。こうして酒場を歩いていると、店の込み具合や外に出された品書きや料金表示が目に入ってきて、そうした情報が自然と手に入るのだ。
この街で飲まれるお酒の主軸はやはり発砲麦酒で、次いで蒸留酒、果実酒、米酒が横並び、高級路線で熟成酒となっているようだ。
取りあえず、老若男女で賑わっている手頃な店へと入る。
「そういえば師匠が美味しい米酒を飲みたいといっていましたね。探してみましょう。」
「・・・」
お酒を飲まないハクは買ってもらった笛を早く吹きたくて不満そうだが、お腹も膨れた上にお酒も飲めると知ってディルが嬉しそうに尻尾を振っている。
五百ギル(銅貨五枚)も出せば上等な蒸留酒が飲める街である。一杯の酒をディルと分け合い、何軒か酒場をハシゴして、最近の一押し、お奨めの米酒の銘柄を探り当て、大満足の主従は宿へと帰って行った。




