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辺境の道具屋  作者: 丸亀四鶴
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3.道具屋と古代樹の杖


常に温暖な気候で明確な季節区分が無い場所に位置する自由都市国家ラプトロイ。

この都市国家で「季節」というものを感じる事が出来るのは、短い雨季があることと、収穫の季節に七日間に渡って大きなお祭りが開かれる事くらいである。


自由都市国家ラプトロイの北にある山からは顔料となる鉱石が採取できるので、この街の建物のほとんどが無秩序に染色され、それが却って華やかな印象を人々に与えているのだが、今の時季はちょうどその雨季が終わり、それまで建物の屋根や通りに積もっていた埃が洗われて、土色だった街も本来の色を取り戻したかのように鮮やかな光に包まれていた。


雨季が終わった頃は人々動きも慌ただしくなり、商人や露天商は自店に客を呼び込もうと声を張り上げ、探索者達は普段は『迷宮』に潜る者も、この時ばかりは水を得て活発化した魔獣を狩りに『魔境』へ向かう者が多く、朝早くから防護壁の外へ出て行った。

外に出る者が多くなれば、どこかの探索者が戻らないとか街の近くまで魔獣が増えているとか、物騒な噂話が町中に広がるのだが、それすらも季節を感じる風物詩の一つだ。


裏路地の『道具屋』は、探索者や商売人たちの間で囁かれている噂など全く関係なしに普段通り営業中である。

もっとも店は相変わらず閑古鳥は鳴いていて、今日も朝の開店から「客」は一人も来ていない。


『道具屋』にリクソンらが訪れてから二日ほど経過している。


店主のロウは結局リンセルが持ち込んだ、折れた杖の修理を請け負った。

元々自分が作った魔法杖でもある。壊れてそのまま風化させてしまうのは忍びないし、この杖を造った切っ掛けとなったメルミラとの思い出もある。


この杖をリンセルの祖母メルミラが持っている理由。それはアッシミアであるメルミラがまだ若く、探索者として活動していた時代まで遡る。


その頃のロウは、探索者に素材収集を依頼するだけの余裕がなかったので、自身も探索者としてはセンター下級であり『魔境』も『迷宮』にも入ることは出来たので、道具作りに必要なの素材集めを外注することなく殆ど自力で集めていた。


探索の単独行動は非常に危険であり、ロウのような片手間探索者は勿論、本職の探索者でも最低エクスぺリアクラスにならないと単独探索は出来ない、いやすべきではないとされている。

だが、特定素材だけを求めるロウと組んでくれる者などおらず、ロウの素材集めは常に一人、単独行動であった。


それでもロウが死ぬことなく素材集めが出来たのは、「相棒」の黒蛇ディルのお陰である。

黒蛇ディルは危険を察知する能力が高い。人族が持つ能力で言えば【索敵】や【気配察知】に近いモノで、周囲200m範囲にいる生物は、その動きを全て把握することが出来る。

その中でも主であるロウにとって危険度が高い生物をランク付けするほど賢く、ロウに前もって危険回避を促してくるのだ。


ディルがいるおかげで戦闘スキルが皆無であるロウでも単独で探索することが可能だったわけだが、「思いもよらぬ」出来事はどの世界でも起こる。


その日もロウは『迷宮』に入り、向かう先に居る魔獣をやり過ごしながら、浅階層で鉱石採取を行っていた。


目的の鉱石も採り終え、帰ろうと出口に向けて通路を歩いていたロウの足元、迷宮の床が突然崩れ、ロウは二層ほど下の階層の、魔獣が屯する小部屋に落下してしまったのである。

落下の衝撃でロウの右足は折れ、相棒のディルも瓦礫の下敷きになり動けずにいる。


因みにだが、ロウは迷宮で落し穴の罠によく引っ掛かる。

斥候もおらず一人というのもあるが、何よりディルは落し穴に罠だけは感知できないからだ。


当然、ロウは部屋にいた十数匹のビックエイプという猿型魔獣に囲まれることになった。


ロウは何とか立ち上がり、ディルがいる瓦礫の山を背にして反撃しようと身構えた時、その小部屋に乱入してきたのがメルミラとジルモの二人組であった。

遊撃戦士でレンジャー的技能を持つジルモと魔法士であるメルミラはこの国で長年コンビを組んでいる探索者であり、連携の上手さは他の探索者も一目置くところである。

この二人の息はぴったりで、集団のビックエイプをあっという間に攪乱し、一体一体仕留めていった。

もちろんロウも出来る今出来る限り投擲や火魔法を打込み、二人が有利に動けるようビックエイプをけん制する。


当時は三人ともセンタークラスの探索者である。人数さえ揃えば浅層にいるビックエイプなど敵ではなく、ほどなくして小部屋の中の魔獣を掃討したのである。


危機を脱したロウとディルは二人に礼を言い、対価を支払うべく二人の求めるものを聞いたのだが、この二人はただ笑って取り合わず、それどころか怪我をしたロウとディルの傷の治療までしてくれたのだった。

『迷宮』から無事脱出し、店に戻ったロウは数日間店を閉めて工房に籠り、持っていた最高の材料を使って【古代樹の杖】と【魔鉄の直刀】を製作して二人に渡したのであった。


すでに七十年も前の話だが、後に夫婦となるこの二人はそれ以来、時々店に現れては杖や直刀の整備を頼み、大好きな紅茶を飲みながら四方山話をして帰っていく。

お互いの惚気話、数々の冒険の話、子供が生まれたこと、子供が探索者組合で働き出したこと、孫が生まれたこと、探索者を引退したこと、本当にいろいろ話をしてきた。


二人は長い年月の中で姿形が変わらないロウをコードミア種と思い、それでも特に気にすることなく普通に付き合いを続けてくれたのだが、いつしか夫であるジルモが姿を見せなくなり、やがてメルミラも店を訪れなくなった。

アッシミアの寿命は短いのである。


人間族のコードミア種は一万人に一人くらいの確立で生まれる突然変異種で、通常種のアッシミアに比べて特異能力持ちが多く、寿命も極端に長い者が多い。

一見若く見えても百を超える者など珍しくなく、長寿の者は妖精族並に生きた事例もあるという。


一昔前はアッシミアから妬み嫉みの対象となり迫害を受ける時代もあったのだが、獣人族や妖精族が寿命が長いようにコードミア種も徐々に受け入れられ、近年はそういった差別はなくなりつつあった。

それでも、自分がコードミアであることを語る者は少ないし、ロウのように一所に拠点を構えて暮らす者も滅多に見る事がないのである。



ロウの姿は店舗スペースの隣にある工房にあり、作業台の上に置かれている折れた杖を見つめていた。

飴色に変わった樹本来の手触りは心地よく、良く手入れされて尚付いた細かな傷が、杖の風格を演出している。杖に巻き付く蛇の意匠は、ディルも一緒に助けてくれた感謝を込めてロウが彫ったものだった。


真中で折れてはいるが、持主の思いが強いのか杖自体が魔道具化したのか、僅かながら魔力が残留していることが伺える。


(魔力が定着しているならば、元の状態に戻すことは可能だ・・・。)


まず、ロウは折れた杖の切断面を重ねて合わせて元の杖の形に復元する。部材は幾らか欠損してはいるが、ほぼピタリと重なった。

次に工房の一番奥にある倉庫まで行き、在庫で残っていたエルダーエントの木片を持ってくると、作業台の万力に固定して薄い木皮状に削っていった。

木皮を包帯代わりにして折れた杖を固定すると、ロウは自分の七つある能力のうち【錬成】を使って折れた断面に魔力を集中させ、杖を元の状態に戻していく。


錬成という魔法は元々金属や鉱石に対して用いる術だが、ロウの適用対象は幅広く、生物以外なら融合/圧縮/分離/分解/乾燥/抽出などの行程を行うことが出来るのだ。

しかし、形だけ元に戻しても杖が持っていた潜在能力は戻らない。


ではどのようにすれば元の状態に戻せるのであろうか。ロウの豊富な知識は既にその答えは導き出している。

この木製の杖に本来の魔力と性能を持たせるため、同じ材質のもの、つまりエルダーエントに一旦吸収させ、再び取り出せばよいのである。

エントは同族が傷付くと健康体が一旦体内に吸収して傷を修復し、再び分裂して個に戻る性質を持っている。もちろんこれはエルダーエントでも同じだ。


問題はエルダーエントがいる場所が『魔境』の奥地であり、そこまで行ってエルダーエントに接触しなければならないことだ。

ロウの記憶が正しければ、街に一番近いエルダーエントの生息地は『魔境』の中に分け入って最低四日はかかる水場の近くである。当然エントやトレントも多く生息している危険地域であった。

さらにうまくエルダーエントに出会えたとして、杖を吸収させて一日、吐き出すのを待って一日、往復を考えると最低十日は必要なのである。


(まぁ、何とかなるかな。魔獣は全て避けて行けば良いし、万が一の時は・・・。)


ロウにとっては一度は行った事がある場所だし、戦闘技術などせいぜい【体術】くらいしかないが、気配察知に優れた能力を持つディルと一緒なのだから、魔獣と鉢合わせすることは無いはずだと楽観的に考えていた。



だが、そんな風に考えているロウにとって、単身で『魔境』に入ることより、長期間店を閉めることになるより、大きな問題が今、目の前のカウンター席に座っていた。


ある事件でロウと関わってから頻繁にこの店に通い詰めている探索者である。

妖精族のダークエルフ種で、精霊魔法に精通し身体能力を生かした体捌きや武器の扱いにも長けた種族という通説を、そのまま実物にしてしまったような女性である。


この街の探索者なら彼女の事を知らぬ者はいない。

主に『迷宮』の探索を主体として活動しているのだが、ほとんどが単独行動であり誰かと共に探索を行うことは稀だという。

それでも迷宮探索の最前線である第二十二層まで到達している猛者であった。

本来ならレジェンダリクラスの実力を有すると噂されているが、組合の薦めを無視し昇級試験を受けていないことも、彼女の特異さを語る材料にもなっている。。


それだけの有名人なのだが、長命な妖精族で歳を経ても容姿が変わらないためか、彼女が何歳でこの街には何処から来たのかなど、詳しく知っているのは探索者仲間でもほんの少数だという。


並みの男より身長が高く、しなやかな身体とすらりと伸びた手足は、種族特性でもある褐色肌も相まって彼女が探索者であるとは思えないほどほっそりとしているようにも見える。

目鼻立ちは非常に整っているのだが、少しだけ吊り上った目尻と燃えるような紅い瞳が彼女の強い意思を表わしているかのようで、見る人には「可愛らしさ」とは掛け離れた印象を与えていた。


彼女はカウンター席に座っているのだが、対面で立っているロウと目線がほぼ同じだ。頭の後で束ねているロウよりも遥かに艶やかな銀髪が、手に持ったカップを口元まで運ぶたびに腰の付近で揺れている。


「ロウ。この店の珈琲は実に美味しいな。」

「ヴェルモートル様。ここは珈琲を飲むお店ではなく、物を売る道具屋なのですが。」

「だが、私の前にこうして珈琲がある。小腹が空けば軽食も出てくる。」

「・・・それはヴェルモートル様がご所望でしたので。お断りする訳には・・・」

「ロウ。私のことはシモンと呼びすてて構わないと、かねがね言っているはずだが?」

「リミテッドクラスの、しかも上級探索者様を呼び捨てになど出来ませんよ。」

「ほう?それならば探索者を辞めてしまえば、ロウは私のことを優しく呼び捨てでシモンと呼んでくれるのだな。よし、この至福の一杯を頂いたら早速組合に辞表を届け出て来よう。」

「ヴェルモートル様・・・冗談はお止め下さい。」

「いやいや大真面目だぞ?歳の差、身分差、種族の差。障害があってこそ結ばれた絆は強固なものになるという。」

「・・・結んだ覚えがございません。」


同じような会話が、この数年の間にカウンターを挟んで何度も繰り返されてきたが、ロウはこの高名な探索者が本気でこのような事を言っているとは思っていないし、実際に具体的な行為をされたわけでもない。

ただ、この美貌のダークエルフが裏通りの怪しい道具屋に通い詰めていることは探索者の間では有名な話であり、お店に物を買いに来るのではなく噂の真偽を確かめに来る者までいるのには内心辟易としているロウであった。


「ところでロウ。何か大変な依頼を受けたそうだな。壊れた魔道具を元通りにするとかしないとか。」

「相変わらずの早耳ですね。使い魔でもお持ちですか?」

「何、君のことなら何でも知ろうとあちらこちらに網を張っているだけさ。昨日の夕食の時間まで知っているかも知れないぞ。」

「逆に怖いです。ヴェルモートル様。」

「ロウ。君が素材を集めに『魔境』などへ行くときはぜひ一緒に行きたいものだ。ぜひあの時の姿を私に見せてくれ。」

「・・・」


名 前:ロウ

種 族:妖人族(※※※※)(隠蔽)

状 態:平常

能 力:魔道技士/付与魔法士/探索者センター(中級)


 固有能力:【鑑定眼】【古代魔法】

特殊能力:【錬成】【魔法付与】

通常能力:【鍜治】【体術】【隠蔽】


この店の主は、すでに絶えて久しい古の魔法を受け継ぐ者であるのだ。


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[気になる点] もちろんロウも出来る今出来る限り投擲や火魔法を打込み もちろんロウも今出来る限りの投擲や火魔法を打込み
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