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辺境の道具屋  作者: 丸亀四鶴
29/62

29.道具屋と本当の後始末


建物と建物の間から見える空が青い。

常食のムギとコメの収穫が終わった場所に別の穀物や野菜を植え替えるこの時期は、雨も風も少なく雲一つない穏やかな天候が続く日が多い。


自由都市国家ラプトロイは、元々は小高い丘の頂上に建てられた城を中心に広がった街で、今だ拡張し続けている発展途上の街であり、国でもある。


ある程度の人口増加を見越して、第二防護壁からだいぶ外側に作られた第三防壁内も、施政者の思惑とは別に無秩序に建物が建築され、整備された大通りから三ブロックも入ってしまえば宛ら迷路の様相を呈している。

なぜなら、防護壁の内部の空間には限りがあり、少しでも開いているスペースがあれば横へ上へ地下へと建物が拡がっていくためだ。


たとえ入り組んだ路地裏でも、元々傾斜地に建てられた建物なのでそれほど日当たりが悪いことはないが、緩やかな坂道や階段も多いため、初めて路地裏に入り込んだ者は必ずと言って良いほど道に迷ってしまう。

そんな街だからこそ、入り組んだ細い路地から見上げる空は非常に狭くなってしまうのだ。


ただ、それでもこの国に住む者達に不満などはない。ここは種族を問わず、誰で住む事が出来る街なのだから。



大通りから外れた裏路地にある「道具屋」は六日ぶりの開店である。とはいっても、ご近所さんもロウが長く休んでいた事を気にする風でもなく、店を開けるため表に出てきたハクと朝の挨拶を交わしていた。

この店が予告もなく何日も閉める事など、日常茶飯事でもあったからだ。


組合依頼の迷宮探索で大変な思いをしたロウは、一日だけ休みを取り、その翌日からは新たに依頼を受けたシモンの武器、防具の修理に取り掛かっていた。

深淵での戦闘でシモンの魔法剣と鎧は相当傷付き、そのままでは新たな探索に出向くことなどはまず無理なので、シモンも探索は休みにしている。ロウが修理を急がなければシモンが探索に行けない状態なのだ。


「それではディルさん、店番は頼みますよ。」


店のカウンターの上で寝そべるディルに一声かけて、ロウはハクと共に工房へ入って行く。


まずは魔法剣の修理から始めよう。

シモンの魔法剣【水踊の剣】を手に取り、陽の光に翳して見詰める。


シモンがこの魔法剣を手に入れる以前に使っていた剣は、左右対になった魔鉄製のレイピアで、左右とも同じ属性魔法強化と刺突硬化が魔法付与された魔法剣であった。

その双剣がロウと出会った時に迷宮で折れてしまったため、ロウが新たな剣を売った訳だが、その日以来、彼女の剣の整備はロウの仕事となっている。


シモンの双剣の一つ魔剣【雷鞭】は、曲がっても傷付いても翌日には元に戻っている。魔剣と呼ばれる剣は殆どがこのように自己修復するので、定期的に研ぐくらいで整備の必要はない。

だが、ロウが製作した魔法剣【水踊の剣】はそうはいかない。定期的な整備は必要だし、折れてしまったらそれまでだ。


しかも【水踊の剣】はミスリル製で、修理加工は非常に高い火力と魔力を必要とする材料で作られているので、その辺の工房で適当にという訳にはいかないのだ。


ミスリル鋼の加工は妖精族ドワーフ種の固有能力であり、人間族の鍛冶師には不可能とされている。

ドワーフの固有能力となっている理由は、鍜治に必要な高火力を得るために、精霊魔法つまり火の精霊と契約して強火を貰い受けているためで、精霊魔法が使えない他種は火力不足でミスリル鋼を加工すら出来ないのだ。


一方、古代魔法の使い手であるロウは、「より強い火」を召喚する事によって高火力を再現している。もっとも、師匠である錬金術師のサキから「炎は色で温度が変わる」と教えを受け、より高熱を発する炎の召喚に成功した、というのが実情なのだが。

また、高熱に耐える炉も作らなければならない。迷宮で採取できる蒼魔水晶を錬成して純度を上げ、粉末にしたものを粘土に練り込んで炉を作る、所謂魔高炉というものだ。


さて、シモンの剣は迷宮で百体もの死霊兵を斬ったため所々刃零れし、大きな傷も入っている。ただ、ヒビが入っていなかったのが幸いだった。


刃零れまでしてしまっては、もう研ぎ程度では補修できないため、再鍛して剣を直すしかない。


まず補修材として拳大のミスリル塊を柄杓の中で熔解させ、一旦溶解させる。溶け出したミスリルを金床に取り出して極限まで薄く、表面が滑らかになるように丁寧に叩いて引き延ばしていく。

ミスリルの薄鉄板がある程度冷えたら、ハサミを使って剣と同じ幅で短冊状に切っていく。


次に、水踊の剣を魔高炉の中で過熱していく。真赤になった剣を取り出し、軽くたたいてから、再度炉の中で加熱する。

十分熱が行き渡ったらもう一度取り出して、前工程で作った極薄鋼板を片面に乗せる。もう一度炉に入れて剣と同じ温度になるまで加熱する。


高純の同素材を剣に纏わせて再鍛する補修法である。原材料成分が均等になるよう自己調整するミスリル鋼の速成を生かしての手法だ。

しかし、素材が冷えてしまう前に鍛えなければならないので、熱くしかも微妙な力加減が必要となる大変な作業である。


再び魔高炉から剣を取出し、魔力を込めた魔鎚を振り上げて鍛えていく。以前は一人で行う行程だったが、今はハクという有能な助手がいる。合図と共に裏を返したり、炉に運んで熱したりと新米助手は大忙しだ。


ある程度同化したら、反対側の面で同じ工程を繰り返す。薄板が定着したら魔高炉で一気に過熱し、制作工程と同じように魔力を込めて鍛えていく。魔高炉に突っ込んで熱しては叩き、形を整えて冷やしを繰り返し、元の形に戻れば完了だ。


薄鉄板は欠けた部分や傷が付いた部分に溶けて流れていき、元の平坦な刀身が蘇ってきた。

細かく精密に叩きながらバランスと形を整え、最後に冷却泥の中に浸して温度をゆっくり下げていく。迷宮の壁を削って細かく砕き、魔獣の骨の粉末と混合して粘土状にしたものだ。熱くなった金属を均等に冷やすと共に、魔力を帯びたモノで密封し内包魔力を定着させるための工程である。


旧材と新材を融合させるためには、鍛える時に相当の魔力を使ってしまうので、ロウの体力も限界に近い。


「さて、今日はここまでにしましょうか。」


外は既に陽も落ちてしまったので、研ぎは明日の仕事にして、ロウとハクは同じように背伸びをしながら工房を出て行った。



シモンの鎧はこの街の探索者の間では垂涎の的となっている、ロリカ型全身鎧である。

ロリカプレートという鎧は、体の動きを阻害しないよう何枚もの鋼板を重ね繋ぎ合せるように接合した鎧で、普通の全身鎧に比べると非常に軽く、通気性も良いのが特徴だ。


上半身だけで四十もの部品で構成されているうえ、下半身のタセット・キュートレットは、横と後ろの部分が丈の長いスカート状になっており、こちらの部品ツも多い。

それぞれの部品は、蜘蛛型魔獣デルスパグラーの糸を束ねたもので結び、固定しなければならない部分は、師匠の教えでもある「リベット止め」を使っているので、バラバラになるようなことはまずない。


さらに、鎧の裏面は雪山に生息するアイスウルフの白毛皮を張り付けて、どんな動きにも追随する伸縮性を確保するとともに、肌を保護する役割を持たせている。

素材がミスリルと魔鉄の合金なので、鎧の表面は銀色に輝き、背面が純白なので、褐色肌のダークエルフ種であるシモンに良く似合っていた。


鎧を構成する部品の一つ一つに魔法耐性強化、物理耐性強化、魔力障壁の魔法陣が付与されており、正に護りに特化した性能を発揮している。さらに要所には重力魔法の軽量化魔法陣も刻んでおり、シモンは鎧の重量を殆ど感じていないほどだ。

まるでコートを着ているかのような鎧は、物理魔法耐性能力に優れているのは当然として、軽量化魔法で鎧の重さを感じない、ということが良い。


丈夫さ、頑丈さを求めれば当然鎧の重量は増すことになる。なにより鋼板を重ねるという珍しい技法で作られたロリカプレートは、見た目にも美いのだ。

部品が多いため描きいれた魔法陣の数も相当なものになったが、ロウが我ながらよくやったものだと自画自賛している一品だった。


何度か同じ鎧を作ってくれという依頼はあったのだが、製作にも整備にも手間がかかるし、一つ仕上げるだけで何日も費やさなければならない工程が面倒なので、ロウはすべて断っていた。


それはともかく、鎧の修理である。

細かい傷は仕方が無いモノと諦めてもらう事にして、デルスパグラーの糸を専用のナイフで切り、大きく凹んだ部分や裂傷が大きい部分、曲りが大きく動きに干渉してしまう部分の部品を外していく。結局、修理が必要な部品は約三十にも及んだ。

整備が必要な部品は、火を使わず板金だけで済むモノと、火を入れて修正しなければならないモノとに分別し、それぞれの補修方法を考えていく。


魔高炉に入れる部品は内側の毛皮を剥がし、魔法陣も書き替えなければならない。板金だけで済む部品でも穴埋めが必要であるものは炉に入れなければならないので、裏地の毛皮を剥がしていった。


「うん、結構痛んでいますね。面倒な作業ですが、頑張りますか。」

「・・・」


ハクと共に裏地を黙々と剥がしていく。ハクは元々働き者だったのか、こうした単純作業を黙々とこなし、工房の貴重な戦力になっていた。


まず、外したプレート一枚一枚に必要な分量の補修材を作らなければならない。使用する合金は部位によって割合が異なるが、今回の修理では三配合の合金を作ればいいみたいだ。

三十の部品を三つに分け、補修に必要な分量を計りながら魔高炉で溶かして合金を作り、やはり薄鉄板状に引き延ばしておく。


三種の合金補修材が出来たら、後は一枚ずつ炉に入れて叩き、補修材を加えてまた炉に入れて叩き、一つ一つ仕上げていく作業の繰り返しである。

火の番はハクがやってくれるので、ロウは炉から取り出された部品を叩いて形を整え、それをまたハクに渡して替わりの部品を受け取り修理していく。


この日一日、裏路地の道具屋から聞こえてくる金床を叩く音は途絶えることがなかった。


翌日は昨日補修が終わった部品に裏地を張り付け、元の状態に組み直していく作業である。


分解した部品にトレントの樹液から作った糊を塗って、型を取りながらアイスウルフの毛皮を張り付けていく。再生能力の高いトレントの樹液は、魔力を帯びた部材に接合に最適なのだ。

最後に透明な防錆剤を表面に塗って部品の補修が完了した。


組立作業は、鎧をトルソーに装着し、部品を決められた順番で接合していかなければならない。

接合はデルスパグラーの糸で編み込んでいくのだが、しっかりときつく引き絞って行かないと部材同士に遊びが出てしまい、ガチャガチャ音がうるさくなるし鎧自体の強度も落ちてしまうので、この作業はロウが一人で行わなければならない。


「もうそろそろデルスパグラーの糸も在庫が少なくなってきました。また『魔境』へ採りに行かなければなりませんね。」

「・・・」


独り言のように呟いた言葉だったが、それは隣の店にいるディルの耳にもちゃんと聞こえたようで、バシバシと尻尾でカウンターを叩き、喜んでいる気配が伝わってきた。

ハクも同じで下からロウを見上げ、コクコクと頷いている。


ディルもハクも、決して魔獣との戦いが好きな訳ではなく、ただみんなでお出掛けするのが楽しみなのだ。

そんな二体の様子に苦笑を浮かべながら、細かい部品の結合作業を黙々と続けていく。そして夕方近くになり、ようやく鎧が組み上がった。


ロウは白銀に輝くシモンの鎧を【鑑定眼】で状態を調べてみる。


名 称:銀狼鎧ロリカプレート

能 力:魔法耐性強化/物理耐性強化/魔法障壁/軽量化

状 態:良好

原 料:ミスリル鋼/魔鉄/合金/アイスウルフの毛皮


「よし。ようやく終わりました。状態も元通りですね。」


ロウは腕を組んで満足そうに頷きながら誰ともなく呟いた。そんなロウの姿を真似て、ハクも腕を組みウンウンと首を前後に揺らしている。

その呟く声を聞き留めたのか、店の方からディルがスルスルとやって来て、ロウの身体を這い上り首に巻き付いた。そして舌でロウの頬をチロチロと舐める。


「はいはい、御飯ですよね。今日はハブスの店に行ってお肉でも食べましょう。」


ロウがそう言うと、ディルは尻尾を振り回して喜びを表している。

ハクと共に工房の片付けを急いで終わらせると、工房の灯りを消し、主従は店を出て向かいの食堂へ駆け込んだのであった。

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