表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境の道具屋  作者: 丸亀四鶴
24/62

24.道具屋と迷宮魔法陣


魔法士組合のフィジルモが鱗粉を風魔法で飛ばしてから、ロウは手持ちの回復薬、薬師の姉妹が作った上級回復薬を取出し、蒼天のメンバー一人一人に飲ませている。

ロウの回復薬とサンラーンの回復魔法で全快したメンバーは、既に守護魔獣の亡骸が消えて無くなった「試練の間」を後にし、第十一階層へと降りで行った。


第十一階層に降りた先は大脈道に繋がる前の大きな広場になっており、探索者達の野営地になっている。

今日の探索はここまでで、地上にいれば鐘四つ刻(十七時くらい)はとうに過ぎているだろう。


この場所にはロウ達以外に四組ほどのパーティがいて、少し距離を取りながら野営の準備をしているところだった。

ロウ達も空いている一角に陣取り野営の準備を始める。


蒼天がバオ(テント)三つ、組合職員とロウとシモンが各々一つずつである。シモンはロウのバオに一緒で良いとかなんとか言っていたが、ロウが丁寧にお断り申し上げた。


寝場所が出来ればあとは食事を作るだけだ。


蒼天のメンバーは自分達で用意するという事なので、組合職員とシモンの食事はロウが作る事を引き受けた。

こんな時に作る料理は、持ってきた材料の雑多煮か、建国の勇者様が熱愛してレシピを確立し、それが一般的にも広まった料理カレーを作るのかの二択である。


勇者様は当時、誰も目もくれなかった植物からスパイスなるモノを抽出し、この辺境に済む人族の食生活に革命を引き起こしたと云われている

この味に魅せられたロウも、仕事以上に情熱を傾けているのが香辛料作りなのである。店の屋上に専用の菜園を作り、魔境に行けは群生地を捜し、種だけでもと行商人から情報を集めて、現在までに相当数の種類を集めたのだ。


組合職員として同行しているレインブルとフィジルモも、出来上がったカレーを口に入れるとこれまで味わった事のない香ばしさと辛さが口の中に広がり、思わず呻き声を上げる。


「う、美味い・・・」

「だろう?ロウのカレーは世界一美味いのだぞ。偶にしか食す事が出来ないのが残念でならないよ。」

「これはもう商品に出来るレベルですよ。組合の食堂にあったら毎日でも食べたいですね。」

「ありがとうございます。そう言って頂けると苦労が報われるというものです。」


少し離れたところで鍋を囲んでいた蒼天のメンバーも匂いにつられてやって来て、「まだあるからどうぞ」というロウの勧めを断る事が出来ずご相伴に与かり、同じように呻き声を上げた。

結局、残ると思ったカレーは全て無くなり、食べた者達も作った者も満ち足りた気分で食後の茶を喫している。


食事を機に全員が一塊になったところで、蒼天のカリウスがシモンとロウに向けて先程の失態を詫びる言葉を口にする。他のメンバーも食事の時とはうって変わった沈鬱な表情になった。


「シモンさん、ありがとうございました。シモンさんの助けが無ければ、俺達だけだったら確実に死んでいました。」


エクスぺリア級の探索者パーティ「蒼天」のメンバーは、思わぬ油断から第十階層の守護魔獣ヴァーミガーの脅威の前で危うく命を散らすところであった。

同行していたシモンの機転で難は逃れたが、これまで何度も倒してきた魔獣に後れを取ったことは、彼らに少なくない動揺を与えていた。


そんな彼らにシモンが語り掛ける。


「これは私も注意している事なのだが・・・」


迷宮の深層まで到達するくらいの実力者になると、狩場へ向かう途中での注意力、判断力が落ちてしまうというのだ。

例えば、第二十階層に降りるためにはその上の階層の守護魔獣を全て倒さなければならない。それを迷宮に潜る度に繰り返し倒していると、相手の魔獣が弱く感じてしまうのだという。


つまり、慣れ。前も倒せた、倒すのに時間と手間がかからなくなった、という思い込みが油断と驕りを生む。

蒼天も第十階層の守護魔獣とこれまで何度も戦ってきたのだろう。だが、今回のように通常一体しか出現しない魔獣が、いつの間にか二体も現れたり、相手の能力が格段に上がっている「亜種」の場合もある。姿形は同じでも、毎回同じ魔獣とは限らないのだ。


「だから、決して君たちが弱いわけじゃない。次から油断しなければ良いのだよ。」

「はい。胆に銘じます。俺達はまだまだ未熟なんだと、痛感させられましたよ。」

「うむ、ここはまだ先が見えない迷宮だ。君たちのような優秀な探索者が最前線に来てくれれば心強い。」


これで話は済んだとシモンはこの話を止め、ロウの後片付けを手伝いに行くため立ち上がった。



天候の変化も時計もない閉鎖空間で「翌朝」と定義する事は難しいが、熟練の迷宮探索者は魔力操作を使い、体内時計で正確に時間を言い当てるという。

周囲にいた他の探索者パーティも活動を開始しており、十分に休息を取った一行は、朝食を取った後に野営を引き払い、さらに下層階へと降りて行った。


第十一階層の守護魔獣岩蟹は、巨大な鋏と岩のように堅い甲羅を持った攻守に優れた魔獣である。

今回は守護魔獣との戦いでも蒼天のメンバーに油断はない。彼らは素早い動きで岩蟹を翻弄し、弱点である足の関節部分に攻撃を集中して動きを止め、余裕をもって止めを刺していた。


そして第十二階層は灼熱地獄階である。

耐熱の魔道具が無ければ先に進む事が出来ない環境で、最近二名の探索者が死亡した事件は記憶に新しい。


ロウはディルを連れてきているので、火竜の皮で作ったローブを着用している。裏地に魔法陣を描いて対熱効果を高めた魔道具だ。シモンはロウが作った耳飾り風の対熱魔道具を装着しているので、普段通りの姿で涼しい顔をしていた。

この階層には鳥型魔獣ドルスバードが巣食っているが、大きな音を立てたり攻撃さえしなければ、向こうから襲ってくることはない。

溶岩流に架かる石橋を二人ずつ渡り、守護魔獣がいないこの階層を抜けて第十三階層へと降りていった。


第十三階層は第十二階層と同じ構造だが、突き当りに「試練の間」があり守護魔獣が探索者を阻んでいる。


だが、この階層の様子は第十二階層とは全く違っていた。ドルスバードが巣穴から飛び立っており石橋の上に集まっているのだ。

良く見れば石橋の上に何かが置かれているのが確認できる。間違いなく人族、他の探索者であろうことは直ぐにわかった。


既に死亡しているのは間違いないだろうが、倒れている場所が悪い。石橋の上では迷宮に「喰われる」ことはないので、ドルスバードは敵がいると思い込み、臨戦態勢を解かず巣に戻らないのだ。

一、二匹ならまだしも、百以上いるドルスバードを足場の悪い石橋上で相手にすることは自殺行為だ。


「まずいな・・・。あれでは一日、二日は巣に戻らないぞ。一体何があったんだ?」

「装備だけで判断するなら単独できた探索者ではない。仲間は・・・落ちたのか、先に行ったのか・・・」

「どうする?十一階層まで戻るか?食料は覚束ないが、あれでは先に進めないぞ。」


皆が迷っていると、突然ロウの懐からハクが飛び出して2m程のスライム型に戻り、石橋に向かって跳ねていく。そして、黒山になっているドルスバードに近付いて行くと、いきなり触手を伸ばしてドルスバードを捕食していった。


ドルスバードが一斉に飛び立ってハクに向かって攻撃を仕掛けてきた。それは魔法攻撃の火弾であり、鋭い嘴と鉤爪での物理攻撃であり、容赦ない攻撃がハクを襲う。

しかし、スライム体のハクには魔法攻撃も物理攻撃も通用しない。ハクは触手の数を増やしていき、ドルスバードをどんどん捕食していった。


ドリスバードも敵意がある者、無い者を判断できるほど賢い魔獣である。

成す術なく仲間が捕食されていくのを見て、自分達が敵う相手ではないと判断したのか攻撃を諦め、巣穴の方へ戻っていった。


戦いが終わったと判断したハクは、触手の一つを人型の腕に変えて手招きをしている。その様子を見ていたロウ達一行は全員呆気にとられた。

ハクの賢さと、凄まじいまでの攻撃力とを目の当りにし、主であるロウでさえここまで強い個体だとは思ってもいなかったのだ。ともあれ、石橋の中央でハクが睨みを利かせている間に、死亡した探索者を回収し、全員が無事に渡り切ったのであった。


そして、中層階の最大難敵でもある十三階層の守護魔獣火喰い鳥だが、回収した探索者の処理を最優先と考え、シモンが【黒雷】で瞬殺して第十四階層へと降りたのである。



第十四階層には溶岩流はない。周りの景色が、再びヒカリゴケが照らすひんやりとした空気の洞窟に戻り、一同はホッと一息ついた。


探索者組合の職員レインブルが遺体を検めたところ、この男はセンター上級の探索者の男で、斥候職であったようだ。もちろん階級的に見ても単独でこの階層まで来る実力は無い。

おそらく他のメンバーもいたのだろうが、この男を置いて先に行ったのが、それとも溶岩川に落ちて命を落としたのか、判断は出来なかった。


レインブルは死んだ男の階級章だけを回収し、迷宮シートの上に寝かしていた遺体を地面に降ろすと、遺体が少しずつ沈んでいくのか確認できる。迷宮に「喰われて」いるのだ。

遺体を地上まで運んであげたいのは山々だが、人族の遺体を魔法拡張鞄に入れる行為は忌諱されており、迷宮で死んだ者は余程の事では無い限り、その場に捨て置くのが常識なのである。


探索を再開する。

蒼天のメンバーは目的地を目前に余計な時間を取られてしまい、若干気が立っていたのか、期待に気が逸っていたのか分からないが、十四階層の守護魔獣巨人ガミュラン相手に相当苦戦し、倒すまでに半刻(一時間)近く掛かってしまった。


そして目的地である第十五階層へ降り立つ。

ここからは魔獣が跋扈するさ「細脈道」を進まなければならないので、先の戦闘で息が上がっている蒼天を回復させるため、少し早いが休息を取ることにした。

その間、ロウは【魔道ランタン】を取出し、これまで使わなかった愛用の短槍の手入れを始めた。


やがて、息を整えた蒼天の案内で細脈道へ入って行く。殿はロウとシモンである。

蒼天は魔法士の魔法士のティファが生活魔法を上手に使い、光球を前方に飛ばして魔獣が潜んでいないか確認しながら進むやり方のようだ。


前後から襲ってくる魔獣を倒しながら慎重に進み、ようやく目的の小部屋の前に到着した。蒼天の話ではこの小部屋の中には猿型魔獣ビックエイプがいたはずだが、何故か中に魔獣の姿はない。


一行は全員小部屋に入り、入口に魔獣除けの結界装置を設置する。カリウスの先導でロウが中に入って行くと、魔法陣は半円筒状の部屋の真中付近の壁にあった。

レインブルが頷くと、ロウを見て言った。


「では、ロウさん。お願いします。」

「はい、さっそく調べます。一応、皆さんは部屋の外にいて下さい。」


そう言ってロウは片膝立ちになり、魔法陣に顔を寄せて詳細を調べていく。岩壁はそこだけが不自然に平坦になっていて、直径20cm程の魔法陣が描かれていた。


真円の中に鎮座する六芒星。六芒星は二つの三角形が作りだす紋様で、それはふたつの場所を表わす。

六芒星の頂点には古代文字が記されていて、見る者が見ればこの魔法陣は六つの意味を持つことが分かる。


それは「試練」「限」「深淵」「力」「与」「闇の使徒」。

更に中央の六角形部には五芒星と双月。双月はこの世界を表わす道標。その二つを囲む古代文字の環は空間を表わす。

そして六芒星の角の間に書かれた文字は接続詞、形容詞となる古代文字。曖昧な表現が多いが、美辞麗句など一つも無かった。


これらが表わしているこの魔法陣の意味は一つ。


「これは転送の魔法陣です。これを起動させると一定範囲のモノが別の場所へ送られるようですね。」

「転移だって!!すごい発見じゃないか!解読すれは世の中が変わるかもしれないぞ!」


魔法士フィジルモが驚きの声を上げる。

転移魔法は確立されていない世界である。ラプトロイの建国の勇者は転移魔法が使えたと記録があるが、それは異界人の能力でこの世界の者が真似できるモノではなかったという。


転移魔法と聞いて蒼天のメンバー達も歓声を上げた。彼らが期待していることは良く分かる。

この部屋から別の場所へ転移すれば、そこには金銀財宝、封印された神話級の遺物、魔力を多く取り込んだ魔道具の山など宝の山が置かれている事に期待しているのだろう。


だが、ロウは伝えなければならない。この魔法陣の危険性と不完全さを。


「転移ではなく転送の魔法陣です。しかもただ一度限りで転送先は『深淵』、そこに試練がある、と。」


行先は「深淵」としか書いておらず、それがどこにあるのか、どういった場所なのか、何も記されていない。さらに、その場所に行くことは可能だが、行った先にこの場所に戻る転送魔法陣があるのかどうか、この魔法陣は示していないのである。

さらに、一緒に描いてある「試練」の意味を考えれば、真先に思い浮かぶのが迷宮の「試練の間」である。それはラプトロイ迷宮なのか、それとも別の迷宮なのかも分からないのだ。

転送された場所に手に負えないほど強大な守護魔獣がいる可能性を否定できない。


「この魔法陣を起動して「深淵」に行っても、向こうに同じ陣、帰還の陣があるとは限りません。それに、力を示す相手が「使徒」です。生きて帰れるかどうか・・・。」

「なるほど。一方通行の転送であるわけだな?この魔法陣で呼び戻すことは出来ないと。」

「はい。別の小部屋への隠し通路の鍵ならば、必ず「鍵」や「扉」の文字が描かれますが、この魔法陣にはそれがありません。」


実際に他の迷宮で起こった例では、魔法陣を起動させ別の場所に転送、若しくは転移させられた探索者が、終に戻らなかった、という記録がある。

しかも「深淵」を意味する場所がはっきりしない以上、生還できる確率はほぼ無いと言っても過言ではないだろう。しかも試練の相手が「闇の使徒」、所謂邪神の眷属ともとれる相手に打ち勝つ事など出来るのであろうか。


「う~む。隠し扉でなければ魔獣が溢れるようなことはない、か。ならばここを閉鎖するか、魔法陣の解明のために魔法士組合に委ねるか・・・」


探索者組合のレインブルが自分の考えをまとめる様に呟くと、それを聞いた蒼天の戦士職セルダイナーが声を荒らげて抗議してきた。


「おいおい!冗談じゃねえぞ!この先にお宝があるのが分っているのに、諦めろって言うのかよ!!」

「ちょっと!!セル、やめなさい!」


魔法士のティファが叱責するが、それでさらに頭に血が上ったのかセルダイナーが興奮して捲し立てる。


「だいたいこいつの言っている事だって信用できねぇだろ!俺達が諦めた後に一人で来て、これを動かすことも出来るだろうが!」

「セル!いい加減にして!組合の探索なのよ!」

「お宝だったらどうすんだ!?未発見迷宮のお宝なら孫の代まで遊んで暮らせるんだぜ!」


仲間の呼びかけなど全く聞こえないかのように、セルダイナーは制止を振り切って小部屋の中に入り、ロウに詰め寄ってきた。


「だいたい隠し部屋じゃないってそうやって証明できるんだよ!貴様が起動して確かめてくりゃいいじゃないか!」

「え、えっと、この陣は本当に危険な物で・・・」

「動かして見ないと分からないだろうが!!証明して見せろよ!!」


セルダイナーがロウの襟首を締め上げ、そのままロウの背中を魔法陣に押し付けた。それはロウの背中がただ触れただけであり、魔力を通すとか、詠唱を口にするとか、そんなことはしていなかったのだが。

魔法陣は起動し、一瞬だけ光ると元の岩肌に戻る。そして間を置かず部屋の床一面に白色に輝く魔法陣が現れた。壁の魔法陣は起動のトリガーと云うだけで、魔法陣そのものはこの部屋の床に仕込んであったのだ。


「みんな巻き込まれます!!!部屋から出て!!!」


床の魔法陣を見るとロウはセルダイナーを振り払い、大声で叫んだ。あまりに鬼気迫るロウの叫びに全員が飛び退り、輝く魔法陣の外へと退避したが、ロウとセルダイナーは取り残されたままだ。

魔法陣の光が増していく中、その光に包まれながらロウは足元の魔法陣を食い入るように見つめていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ