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辺境の道具屋  作者: 丸亀四鶴
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2.道具屋への依頼


石造りの建物が多い自由都市国家ラプトロイ中に、涼やかな鐘の音が二回連続で響き渡った。

石壁に反響した鐘の音が不思議なヴィブラートを醸し出し、余韻を残して消えていく。


この世界では昼の時間を四等分して一日に四回教会の鐘が鳴らされ、街に住む者の生産活動の目安としているのが一般的である。

この鐘を鳴らす者は教会の天読みと呼ばれる人達で、その日一日の気象を記録し、それを何年も何十年も続けてきた者である。太陽の位置を見ただけで現在の刻が分かるのだとか。


鐘二つの刻(鐘一つ刻は九時、鐘二つ刻は十三時、鐘三つ刻は五時、鐘四つ刻十七時くらい)を過ぎると、周辺の食堂では職人や労働者達が店先に並び、そうでない者は屋台で買ってきた軽食などをぶら下げて午後の仕事に戻る時間帯となる。


この時間は一斉に客足が動き出すこの時間帯が稼ぎ時である。

特に大通りに軒を連ねた食べ物を扱う屋台からは、美味しそうな調理の匂いとこれでもかというくらいの大きな客引きの声が発せられ、少しでも前を歩く人へ買ってもらおうと必死だ。

それはこの裏通りでも一緒で、向かいの食堂には近所の職人たちが詰めかけ、注文を受ける看板娘ロザリーの声が通りまで響いてる。


だが、この『道具屋』の中だけはそんな喧騒とも無縁の様で、静かな時が流れ・・・いや、朝からずっと閑古鳥は鳴いている。つまり、開店から客は一人も来ていない。


それはそうだろう。こんな裏通りにある何を売っているかも判らないような店に入ろうとする人は、物好きか冷やかしか、そうでなければ得物の整備を依頼してくる常連さん位だ。

何せこの店、休みの日が多い。正確には店主がモノを造っている時、または必要な素材や材料を獲りに行っている時は休業するのだ。それが不定期となれば、この店に客が来ない理由が分かるというものだ。

事実、昨日までの十日間、何か材料でも集めに行ったのか、店の扉に「臨時休業」の札をぶら下げてずっと店を閉めていたのである。


そして今日、久しぶりに「営業中」の札が掛けられたのだが、果たしてこの街で開店を知っている者がいるとは到底考えられない。


だが、店内に据えられた接客用カウンターの高椅子に座る店主は、客が来ない事を意にも介さない様子で分厚い本を読んでいた。

通りに面した二面の壁の上部にある小さい明かり取りの天窓しかないため店内は薄暗いのだが、これもこの店オリジナルの魔道照明が白く塗られた天井を照らし、間接照明となって本を読む程度には十分な明るさを確保している。


珈琲の香ばしい香りが漂う店内には、開かれた天窓がら無理矢理入ってくる通りの喧騒と、時折本の頁を送る音だけが流れ、店内に置かれた武器の禍々しさとは相反する穏やかな空気が充ちていた。


そう、ここは『道具屋』なので当然、戦いに使う道具「武器」も取り扱っている。


客が入口の扉を開けたとすると、先ず目に付くのは店の一番左奥にある、店主が座るカウンターだ。

入口に立って時計廻りに見渡すと、左手が店と工房と隔てる石壁になっており、カウンターの手前に置いている陳列棚には様々な薬が並べられている。薬は全て試験管のようなガラス瓶に詰められ、木栓で密封されているこの店オリジナルの形状だ。


店の一番奥の壁には幾つもの魔道具が並べられている。点火器具や水魔法の水筒など一般的なモノから、魔法結界具や魔法拡張鞄のようなあまり出回らないモノまで無造作に置いてある。

希少なモノについては、それが迷宮から引上げられたモノなのか、それとも店主が作った物なのか、誰が聞いても笑って答えてはくれないそうだ。


右手の壁一面と入口側の壁には色々な形をした剣や槍、魔法士達が使う魔法仕様の杖が掛けられている。

この店のモノは殆ど店主が隣りの工房で作ったものでその種類は多岐にわたり、実用重視のショートソードから長さが3m近いハルバードまであり、魔法性能を付与されてそれ自体が淡い光りを放つ金属製のモノまで置いてあった。


そして、店の真中に置かれている硝子で囲まれた結界付の棚には、この店の目玉である【闇の魔法剣ルーン】と【覇者の杖ロザリオスケイン】が宙に浮いた状態で漂っていた。

魔法付与された武器としては非常に高い性能を持っており、探索者や魔法士にとって一度は手にしてみたいと思う代物である。

店主は客寄せのための非売品と言っており売る気など全く無いようで、どんなに金貨を積まれても首を縦に振らないという。


こうした魔法付与された武器は【付与】の能力を持った者しか造る事が出来ず、希少で値段的にも高価な物が多い。殆どが『迷宮産』であることも希少性に拍車がかかっている要因となっている。

だからこそ探索者達は、こうした魔法性能が付与された武器が自然発生する『迷宮』に潜り続けるのだ。


だが、この店の店主はこの【付与】の能力を持っており、魔法付与の依頼があれば依頼主の戦い方や魔力量を診て、武器や道具に最良の魔法を付与することで、一部の人族の間では知られた存在である。


ただし、よほど気に入った相手や、魔法付与を理解しそれを使いこなせる者にしかその能力を使わない。

何故なら、魔法性能を持った道具、特に武器は、使い方を誤ったり、使い手の魔力量が少なかったりすると持主の魔力を吸収し続ける「暴走」を引き起こし、最悪の場合使い手は魔力枯渇で死に至る危険があるからである。

いくら大金を得ても渡した武器で相手が死んでしまったら寝覚めも悪い。


それでも職人としては良いモノ、誰も作れないモノを造りたい。そうして制作を続ける内に人には売れない、無駄に性能の高い武器が増えてしまうのだ。

おそらく、この店で売られている品物の殆どがそんな店主の手による作品なのだろう。


そういうわけで、よく言えば品揃えが豊富、悪く言えば雑多な品揃えの店が出来上がったのである。

武器を売る店、薬を売る店など専門店が多いこの街で、商会直営の大店ならまだしもこんな小さな店にも拘らずこれだけ節操もなくモノを扱う店は珍しい。


だからこそ、ここはただの『道具屋』なのだろう。



しばらくすると通りの喧騒も落ち着き、店内の静けさが一層深まっていく。

だが、そんな静寂を破るように店の扉が押し開けられ、扉の内側に取り付けられた金属製の鈴が「からん」と乾いた音を立てる。


「邪魔するよ。」


静寂を破ったのは、ガッシリとした体格の探索者風の男と、十五、六歳の背の低い若い女の二人連れである。

男の方は背に長剣を背負い、年季は入っているが良く手入れされているハーフプレートを身に着けている。一方女の方は、探索者養成施設の魔法士訓練生を表わす黄色縁取りのハーフローブを身に着けていた。


「いらっしゃいませ。おや、リクソンさん、こんな時間にどうされました?剣の整備はこの間やったばかりですよね。」

「やぁロウ。もちろん愛剣は上々だ。言われた通り手入れも欠かさずやってるしな。」

「それは感心です。手入れをすれば長くもつし、長くもてばそれだけ手に馴染みますから。」


入ってきた客は以前この店で長剣を買って行った探索者で、主に迷宮に潜って日銭を稼いでいる男だ。探索者のランクも中堅のセンター中級まで到達しており、この街の探索者組合でも腕の良い探索者と評されている。


探索者とは言わずもがな『魔境』での素材採取や魔獣討伐、迷宮の探索を行う者達であり、この街でも登録名簿上は約三千人の探索者が活動している。

また、探索者組合とは彼ら探索者の元締めのような所で、特定国に属さず、全世界の主要都市や街に支部・支所を置き、探索者の活動を総括的に支援している組織である。

魔境や迷宮で得た素材や道具類の買い取り、傷薬や魔力薬の販売、護衛や魔獣駆除などの依頼仕事の斡旋は元より、探索者になろうとする者のために養成施設も運営して新規探索者の養成と初心者の死亡率低減に努めている。


探索者は能力や実績によって格付けされているが、見習いとビギナー以外は特に仕事の制限はない。その制限もルーキーにならないと『迷宮』には入れない、というものだけで、後は全て自己責任ということだ。

探索者の格付けとは七つのランクに分かれており、更に同じ色でも下級、中級、上級に分けられ、上に行くには組合の試験を受けなければならない規則がある。

なお、見習いとリミテッド、レジェンダリには格上げ試験はあっても昇級試験はない。


・見習い

・ビギナー(上中下級)

・ルーキー(上中下級)

・センター(上中下級)

・エクスぺリア(上中下級)

・リミテッド

・レジェンダリ


リクソンがこの店で買った剣はロウが鍛造したロングソードであり、【火属性魔法具現】【属性魔法抵抗】という魔法性能を付与した業物である。

そんなリクソンはこの店に剣の整備や時に素材の持ち込みを行う常連であり、酒場に行けば同じ卓で酒を飲む店主ロウの数少ない友人の一人でもある。


「ああ、ところで本題だがちょっと見てもらいたいものがあるんだ。この娘の杖なんだが・・・。」

「は、初めまして、魔法士見習いのリンセルと言います。杖が・・・大切な杖が折れてしまって・・・。」


そう言ってリンセルは布に包まれた物をカウンターに置き、丁寧にその布を剥がしていく。

包まれていた物は、長さが1m程の細い木製の杖で、杖の周りに巻き付く蛇の意匠が施されている不思議な形をしたものだった。


通常、魔法杖となると鑑定能力を持つ者であれば必ずそこに宿る魔力を感じるものだが、カウンターの上の折れてしまった杖からはその魔力をほとんど感じることは出来ない。

ロウは自分の能力でもある【鑑定眼】を使って折れた杖の詳細を調べてみる。


鑑定という能力は、鑑定しようとする対象に触れてそのモノが持つ魔力なり材質の感触なりを感じなければならない。

しかし、ロウの能力は対象に触れずとも情報が読み取れるもので、対象までの距離がある程度離れていても必要な情報は読み取れるのである。


名 称:古代樹の枝(魔法杖)

能 力:水土属性魔法増幅、魔法影響範囲増強、魔力集積

状 態:破損

原 料:エルダーエント(亜種)


「これはエルダーエントの杖だね。とても珍しい材料を使っている。」


エルダーエントとは『魔境』の奥深く、魔素濃度が高い場所に生息する魔植物で、外見こそ大木と変わりないが自由に動き回ることが出来る個体の上位種である。

決して好戦的な種ではないが、森を乱す魔獣や人族には無条件で襲い掛かってくる魔植物だ。物理攻撃や魔法攻撃にも抵抗力は高く、上位種ともなれば二等級魔獣に匹敵する強さを持っている。


ただ、エルダーエントとの人間族の接触例は非常に少なく、森に住まう妖精族のエルフ族でさえこの上位種を見ることは少ないと言われていた。


それを原料に使った杖となると、その希少性や潜在能力の高さからどれ程の値で取引されるか、考えるまでもないだろう。

勿論、持主であるリンセルもその辺りは十分理解しているようで、無表情に杖を見ているロウに遠慮がちに言ってきた。


「見習い風情が持てる物ではない事は分かっています。これは魔法士だった祖母から受け継いで・・・形見なのです。」

「ほう・・・。」

「二年前です。無くなる間際に私を呼んで・・・。祖母のような魔法士になろうと今は養成所で勉強しているのです。」


リンセルの祖母はアッシミアの人間族で、この街の中堅までの探索者であれば誰でも知っている治癒魔法士だった。今では高名となったリミテッドクラスの探索者も、一度は彼女の治癒魔法の世話になっているはずである。

彼女の魔法能力は高く、大抵の傷は痕も残らず癒してしまううえ、怪我をしている探索者は無条件で治療し、見返りを貰うようなことはない無欲の人であった。

そんな彼女を助けていたのが、この古代樹の枝なのである。


「リクソンさんからこの店のロウさんなら直せるかも知れないとお伺いしました。お願いします!この杖を助けて下さい!」


そう叫ぶように言うとリンセルは体を折り曲げて頭を下げた。

この店に来るまでも、この街にある魔道具屋で何度も頭を下げてきたが、どこも「折れた杖は治せない」と断られてきた。杖としての形は治せても、破損によって失われた杖本来の能力は戻せないのだ。


そんな事を繰り返し、失意のまま街を歩いていたリンセルに声を掛けたのが、養成所の教官でもあるリクソンだったのだ。


そしてこの店にやってきた。


この魔法杖を直せるかどうか、そう聞かれたならば、ロウは迷いなく「直せる」と答える事が出来る。

そう、この魔法杖を造ったのは、他ならぬこのロウであるのだから。


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