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辺境の道具屋  作者: 丸亀四鶴
18/62

18.道具屋の魔法武器


様々な魔道具を自然に生み出すのが迷宮である。

元は人の持ち物であったモノが迷宮に吸収され、密度の高い魔力に曝されたことで魔道具化した、という説が一般的であるが、産出される魔道具の中には、探索者が持ち込んだとはとても思えないような物まであるから不思議だ。


何者かが魔道具化されることを願って置いて行ったのか、それとも家にあった不要な物を不法投棄したのか。いずれにせよ、入口に監視兵がいる迷宮に誰にも見咎められず出入りすることは難しいので可能性は低い。

そして魔道具の中で一番の謎が魔導書の存在である。血心注いで作り上げた魔導書を迷宮の中に置いてくる者などいないし、


稀に迷宮で現れる魔導書は魔法士達にとって垂涎の的になるのだが、物自体当たり外れが多く、使用する場合は組合登録をする義務があるので必ず鑑定が必要になる。

この鑑定をやってもらう行為が「高い」のである。


鑑定能力を持つ者は少なく、能力を持っている者は探索者組合か商業組合に抱え込まれてしまい、気ままに鑑定を使う事など出来なくなってしまう。

ロウのように【鑑定眼】という固有能力を持つ者が自分の店を持ち、気儘に鑑定行為をしていることは非常に珍しい事なのだが、黎明の錬金術師サキの弟子という肩書が、ロウを自由気儘にさせてくれているのだった。



自由都市国家ラプトロイの裏路地にある「道具屋」の扉には閉店と書かれた札がぶら下げられ、重厚な店の扉も朝から閉じられたままである。

こんな事は良くある光景で、気儘な店主がまた旅に出たのか、また工房に籠っているのかと、ご近所さん達は気にも留めていなかった。


実際、店主であるロウは工房に籠って生産活動に勤しんでいる。

一昨日店を訪れた探索者ヴェルニカのため、魔法発動媒体となる魔道具の制作を行っているのだった。


ロウが制作しているのは彼女が得意とする武器「槍」で、魔法の発動をアシストする「魔法槍」でもあった。

自分には魔法を使う才はない、と言っていた依頼主でもあるヴェルニカを鑑定したところ、まだ顕現していないが二属性魔法の使い手であることを示していた。


名 前:ヴェルニカ・コルスメルウ

種 族:獣人族(狐人)

状 態:平常

能 力:戦士 探索者エクスぺリア


固有能力:【瞬足】【聞耳】

特殊能力:【火風属性魔法(未)】【身体強化魔法】

通常能力:【槍術】【体術】【索敵】


仲間を作らず、単独で迷宮探索を続けているというヴェルニカに、ほんの少し危うさを感じたロウは彼女の能力を発揮できるような魔法槍を作ろうと考えたのである。


ただ、探索者達からは「槍ほど扱いが難しい武器はない」と評されるほ、槍は戦う相手や場所を選んでしまう武器だ。

例えば迷宮の中なら、大部屋や大脈道ならば取り回しもできるが、蟻の巣のように入り組んでいて死角が多い細脈道ではその能力の半分も発揮できない。下手に振り回したら仲間も巻き込んでしまう恐れがあるからだ。


しかも槍の遣い手は金属鎧などの防具を装着できない場合が多い。金属重槍ハルバードなどを振り回す力自慢なら別だが、たとえ身体強化魔法を使ったとしても、槍の利点でもある変化自在な動きが阻害されるし、機動力まで奪われるとあっては防具を装着したままの戦闘は好ましくないのである。

闘う相手にもよるが、槍の長さは遣い手の身長の2倍ぐらいまでが適当というのが一般的である。長くなればそれだけ取り回しが難しくなり、槍の長所を生かせず戦闘にもならないことも起り得るのだ。

彼女が今使っている槍は汎用品で、特注した物ではないという。魔法槍など高いモノは手が出ないため、武器屋に置いてある数打ちの中から自分にあったものを選んできたもので、壊れればまた新しい物に買い替えているとの事だった。


まずは柄の制作に取り掛かる。


複合部材で作られる槍の中で、柄は最も重要な部分であり柄の素材や造りで槍としての強度が左右されると言ってもよい。槍には「突き刺す、撫で斬る、叩き伏せる」という使い方があり、柄自体も打撃の武器として使われることがあるからだ。

しかし、ただ堅いだけでは折れてしまい、重量もそれなりに重くなってしまう。

ロウが作る魔法槍は金属と木の複合部材で構成され、柄に堅さと適度な靱性を持たせたもので、これまでも戦闘中に「折れた・曲がった」という苦情は一度も出ていない完成度の高いものだった。


最初に作るのは魔法槍の心臓ともいうべき、柄の中に通す心棒の制作である。

工房奥の魔法炉にはすでに火が入っていて、約1kgのミスリル鋼が橙色に燃えていた。


加工が出来る温度まで十分上がった事を確認してからインゴットを鉄床の上に取り出し、【魔槌】で叩き一気に伸ばしていく。こうした鍛造の作業には少しずつロウの魔力を注入しなければならず、最も精神力が削がれる作業だ。

心棒に必要なのは強度ではなく魔力を通しやすくするための純度であるため、元々純度の高いインゴットを使っている。ここでの作業は残っていた不純物を取除くというよりは、形の加工のための工程と言って良い。


ミスリルのインゴットが徐々に伸ばされていく。心棒といっても作られているのは円形ではなく、角が付いた八角形をしている。

不思議なのは、奥行きが1m程度の魔高炉なのに、それ以上の長さがある加工中の棒がスルスルと抵抗なく入って行く事である。空間魔法の応用なのだが、炉の内壁を拡張して使っているのだ。その証拠に熱して橙色になっている部分は常に1m程度なのだ。

この工程を数十回繰り返すと、元のミスリル鋼の塊は長さ2.3mの棒状のモノに形を変えた。


ロウは熱せられた心棒を取り出すと、冷却泥を塗って冷やしていく。

短い物なら浸しておけば良いのだか、2.5mもの長さに加工されたものを浸す器などそうあるものでもない。三つ又を使い三点支持で横たえ、泥が乾燥する傍から速やかに重ね塗りしていかなければならない。

この作業はハクも手伝い、左半分を器用に塗っていく。鍜治の助手としてもハクは中々優秀であるようだ。


心棒が自然冷却されている間に、柄の本体の加工に取り掛かる。

柄の本体は「魔境」でよく見かけるクロセンテラの木を使う。名の通り樹皮や幹が黒い木で心材は硬い割には靱性に優れ、魔素溜り近くによく生えるため、多くの魔力を内包しているせいか魔法加工がしやすいのである。

既に外塗りも終わっていて、漆黒の光沢を持つ柄が作業灯の光を吸収しているかのようだ。


ロウは予め持っていた直径4cm、長さ4m程の素材を倉庫から出して作業台に置き、曲がりやひびが無いか入念に調べていく。

素材としての条件が問題ない事を確認すると、ロウは何度も棒の重心を測定しながら両端部を少しずつ切断し、ヴェルニカが一番扱い易いという3mの長さに「詰めて」いった。


そして穂を取り付ける部分の芯を幅1.5cm未満で奥行き50cmも刳り貫いていかなければならない。穂と柄の接合方法は、注文者が拘らない限り殆ど挿し込み式にしているためだ。

もちろん使っていく間の修理費用はかぶせ方式の方が用意だろうが、命を預ける武器なのだから出来得る限りの強度を持たせたい、というのがロウの考え方である。


細い刃物で少しずつ丁寧に削っていくのは根気がいる作業であり、全てが手作業となる。【錬成】か若しくは【古代魔法/排除】を使えば、木材を刳り貫くことは簡単なのだが、穂の固定で一番重要な作業であるから手先の「感覚」を大事にし、調整しなければよい槍は作れない。

反対側の石突き部分も同様に削っていく。これも後で心棒を埋込むために必要な作業で、柄の中心を正確に刳り貫かなければならない工程だ。


この工程を消化するだけで丸一日を費やしてしている。

ロウとハクは道具を片付け、床を綺麗に掃き掃除してから工房の灯りを落とし、店へと戻っていった。



二日目、やはり裏路地の「道具屋」は店を閉めている。

ただ、朝に店の扉が開き店主と従魔のスライムが出てきて、店の前で大きく身体を伸ばしている姿があったので、近所の者は店主が旅に出たのではなく、また物作りに没頭しているのだなと納得して日常に戻っていった。


店の工房では、槍の柄に心棒を挿入する魔法工程が行われている。


無垢の木製柄と金属の心棒を一体化するには、ロウの【錬成】で柄の中心部分を外側に圧縮して空間を作り、心棒を挿入していくという方法である。

作業台の上にしっかりと固定した柄の石突き部分から、【錬成】を発動させながらゆっくりと柄の中に心棒を挿入してゆく。魔法工程なので真直ぐ入って行く様子と完成形とを鮮明に思い描くことが重要で、集中力が途切れぬよう慎重に進めていく。

魔力回復のため途中の休憩はあったものの、金属の心棒が柄の中に消えたのは、もう鐘四つの刻(鐘一つ刻は九時、鐘二つ刻は十三時、鐘三つ刻は五時、鐘四つ刻十七時くらい)を過ぎた刻限であった。


三日目もまた制作に明け暮れる、ロウにとっては至福の日常が続く。

今日の作業は穂と柄の接合である。


穂は長さ50cm、幅5cm、厚み1.5cmの両刃で、蛇身刀と呼ばれる蛇のようにクネクネと曲っているものだ。ミスリル鋼に魔鉄を被せた堅くよく撓る作りになっている。

師匠が教えてくれた「刀」の作り方を真似たものだが、現在のロウの腕では刀のように薄くは作れず、中心部分は1.5cmもの厚さになってしまったのだ。しかし、槍としてはその分丈夫で魔獣に対しては十分威力を発揮できるのではとロウは考えている。

魔獣の中には固い装甲を持つものが多く、弱点を探し出し、一回の攻撃で出来るだけ多くのダメージを与えなければならないのだ。


名 称:蛇身刀(魔法槍)

能 力:火風属性魔法増幅、魔力吸収、魔力適正化

状 態:良好

原 料:魔鉄/ミスリル鋼


もちろんこの蛇身刀は以前ロウが作った物で、いつかこの穂の能力に適合するものが現れれば完成品にしようと保管しておいたモノだ。

そうでなければ、七日という日数で魔法槍が創れるはずもない。素材からの制作となると、鍜治工程から最後の魔法付与まで最低でも十日は必要となる。

特にこの蛇身刀の中茎には、【属性増幅】【魔力吸収】【魔力適性化】と、三つ魔法陣を刻んでいる。特に【魔力適正化】は使用者の魔力の流れを整え、無詠唱で魔法陣に魔力を流し込む優れた陣なのだ。

この蛇身刀を使っていくうちに自分の魔力が馴染み、蛇身刀自らが魔法発動を補助してくれるであろう。


穂を作業台に固定し、柄の方を持って手作業で刳り貫いた口金部分に中茎を挿していく。中茎だけで50cmもあるので、石突きを木槌で叩きながらでも相当時間が掛かってしまうのだ。

それでも事前に柄を精密に刳り貫いていたので、柄と穂が折れ曲がることなく、真直ぐに接合することができた。

そして柄の中では、中茎と心棒がぴったりと接しているはずである。この接着部に魔力を流し込み【錬成】で溶着すると、槍としての強度は数倍にも跳ね上がるのだ。


ここまで作ってしまえば、残りは太刀打ちや石突きなどの装飾品だけである。


四日目は魔高炉でミスリル鋼板を作り、長さ30cm程の円筒状にしてから縦方向に二分割するように切断する。半円になった公判で口金を覆い、槍の弱点となる部分を補強していく。

太刀打ちに使うミスリル板には【重量軽減】の魔法陣と、【隠蔽】の魔法陣を刻み、使用者が普段から槍を持ち歩いても違和感が出ないようにした。

通常、太刀打ちは反しを付けた目釘を打って柄と鋼板を固定していくのだが、ロウの作る槍は、目釘孔と柄、太刀打ちを貫通させ、師匠サキに教わった「ネジビス」という手法で固定するのである。


五日目、最後に石突きの制作である。石突きは槍全体の重量バランスを担う重要な部品である。

特に、蛇身刀は肉厚で槍身も長く重量もそれなりにあるため、槍の重心が穂先の方に偏った状態になるので、ヴェルニカが「使いやすい」というバランスに調整しなければならない。

ヴェルニカが初めて店に来た日の翌日に、店にある調整用の槍を試しに振って貰っているので凡そのバランスは分っているが、納品当日の調整も必要であろうと考えている。


後は装飾だが、ヴェルニカは簡素で実用性があればそれで良いと言っていたので、太刀打ち部に炎を模倣した彫金を刻んだ以外、柄や槍身の彫刻は施していない。

ただ、そのままでは余りにも武骨な槍なので、口金部分に青鼬の毛皮で作った飾り房を取り付けた。


全ての工程が終わり、ようやく魔法槍が完成した。

ロウは槍の柄に魔力を込めながら炎をイメージすると、蛇身刀が紅蓮の炎を纏い、暗くなった工房を赤く染めた。


「ふう、何とか間に合いました。納期は余裕をもって言わないといけないですね。」


そんなロウを横目に、ここ数日懸命に手伝いをしていたハクは何処からともなく笛を取出し、いかにも吹きたそうにロウを見上げている。

ようやく「道具屋」の日常が戻ってきた。


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