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辺境の道具屋  作者: 丸亀四鶴
17/62

17.道具屋に持ち込まれた宝


この世界には魔法というものが存在し、その種別は様々あれど、日常生活や生産活動はもとより、様々な争いや魔獣との戦いで用いられ、もはや人族にとってなくてはならない能力である。


魔法を行使するには一般的には詠唱または魔道具による発動があり、特異なモノでは魔法陣や魔導書といった媒体を使うか、高位の探索者や王軍の魔法士長の中には、頭の中でイメージしただけで魔法を発動させる強者もいるという。

因みに建国の勇者は詠唱による魔法発動が合っていたようで、攻撃魔法を詠唱するより術に特長的な名前を付けて、その名を叫んで発動させるという特異な方法を生み出している。

この方法を「詠唱短縮」と呼ばれていて、たとえば火属性魔法の「ファイヤーキヤノン」や水属性魔法「アクアトルネード」など難易度が高い術は、現代においてもその「名」は健在であり、短縮の効果については魔法士組合で長く研究が行われているらしい。


生活に関わる小規模魔法ならば魔力が安定した大人なら誰でも使えるが、生産活動や戦闘で使う魔法は使える者が限られてくる。

そこには持って生まれた「素質・適性」が大きく関わっており、望んだからとて得られるものではないのである。



自由都市国家ラプトロイがある辺境では、青天の穏やかな日が続いている。

農業を生業にする者にとっては、そろそろ一雨欲しいと言うところであるが、その他大勢の者達にとって晴れの日が続くということは喜ばしいことでしかない。

街を歩く人々の表情も落ち着いており、大勢の人が歩く目抜き通りの喧騒の中にも、どこか長閑さがあった。


そんな目抜き通りの喧騒も聞こえないほど裏路地に入って行った場所にある「道具屋」は、本日も相変わらず暇であった。

もともと分りにくい裏路地にあるため客足は遠く、そんな状況に慣れきっている店主も、店の宣伝を頼んだり客寄せをしたりは全く行っていないので閑古鳥が鳴くのは当然であった。


そんな道具屋の中に入ると何故か空気がひんやりとしていて、香ばしい珈琲の香りが漂い、途切れ途切れだが涼やかな笛の音が流れていた。


「ポ~♪ポッポ~♪」


店主のロウがカウンター内の椅子に座り、珈琲を飲みながらいつもの分厚い本を読んでいる。

ロウの使い魔となったハクはロウと対面して客席に座り、透明な水晶の笛を吹いていた。漸く覚えたてのメロディを途切れ途切れ奏でるだけなので、音楽として聴けるモノではないのだが、笛の音色が良くハクが出す音の流れもゆったりとしているのでどこか心地よいのだ。

実際、カウンターの上にいる黒蛇のディルは気持ち良さげに目を閉じている。


そんな長閑な午後の一時だったが、前触れなく店の扉に付けた鐘がカランと鳴り響き、一人の客が入ってきた。

一目で探索斜路分かる格好をした猫獣人の女である。この店では間違いなく一見の客で、ロウは会ったことがなかった。といっても、本当に暇なこの店に来る客は殆ど決まっているので、当たり前だと言われれば否定しようがない。


入店して女は物珍しそうに店内を見渡すと、カウンターにいるロウを見つけて近付いてくるが、一緒にいる黒蛇とメタルスライムを見て身体を固くする気配が伝わってきた。

女の気配を敏感に感じ取り、先を制すようにロウが女に話しかけた。


「あ、いらっしゃいませ。この二体は僕の使い魔なので危険はないですよ。」

「そう・・・。」


あぁ、これが普通の反応なのだろう。

黒蛇姿のディルはともかく、これほど大きく成長したメタル系スライムは、体に触れた武器を吸収するわ、魔法抵抗が高いので攻撃魔法の効果があまりないなど、探索者達にとって戦いたくはない魔獣の部類に入るからだ。

一方、こんな事に慣れっこになっているディルは、するするとカウンターの下にある自分専用の籠の中にもぐりこみ、客の視界の中から見えなくなってしまった。


「あの、買取りをお願いしたいのだけれど良いかな。」

「はい、ここは道具屋ですからもちろん買取りも行っていますよ。」


探るような表情で小さい声で要件を伝えると、女はホッとしたように息を吐き、片手に持っていた大きな包みをカウンターの上にドンと置いた。

槍を小脇に抱え直して包みを開けていくと、中から出てきたのは、片手で持つにはちょっと大きいと思われる大きさの本であった。


「この街の迷宮に潜って初日に見つけたのよ。」


何の動物なのか真黒な皮で表装され、背表紙と四つ角部分には銀色の金属で補強されている。横方向にベルトが巻かれていて、金具を止めれば普段持ち歩いていても本が開かない構造になっているようだ。

銀色の金具には何かの文様が、表紙の部分にはこの本の題名だと思われる赤い文字が記されてある。


ロウは一目でそれが何であるか判っていた。制作者の魔力と命と思いを込めて創られた魔導書である。


この世界にある魔導書の殆どは「召喚魔導書」と呼ばれるもので、本に魔力を与え、それを本が増強して召喚魔法を発動する媒体である。

ただ、召喚魔道書にはいくつか種類があり、一般的なものは魔獣召喚書、属性魔法を召喚する書、氷、稲妻、溶岩など複合魔法の召喚書である。

珍しいモノになると、幻獣や聖獣といった伝説の獣を召喚する書、聖邪精霊の召喚書、異界の生命体を召喚するための書などが存在すると言われていた。


魔導書はどのように作られるのか。


材料は魔獣の皮、文字には魔力水と染料と製作者の血を混ぜたものが使われていて、強い魔獣の皮、魔力量が多い魔法士の血ほど、使う素材となるモノによって魔導書の力に優劣が生じると云われている。

頁の一枚一枚に作者の魔力を定着させていくために、特殊な文字を【錬成】の能力を使いながら記入していくので、この能力が無い者が魔導書を作ることはできない。

例えば人間族が属性魔法召喚書を作る場合、皮の頁に書いていくのは魔法文字と呼ばれる特殊文字で、魔道具などの製造にも使われている、魔法士なら誰もが覚えなければならない文字である。


「たぶん何かの魔導書だと思うのだけど、どうかな?」

「ええ、間違いなく魔導書ですね。とても珍しい文字で書かれています。」


さて問題の魔道書だが、おそらく人間族が使う魔導書ではない。表題に書かれているのは古代文字で、これを読める人族は殆どいないのである。

目の前に置かれた魔導書のように、ベルトで巻かれ開けないようになっているものは、タイトルの古代文字を詠唱して封印を解かねばならないのだ。つまり、この魔導書は古代文字を理解する者以外は開く事すら出来ない代物なのである。


「これ、組合にも持ち込んだけど、誰も開ける事ができなかったの。」

「なるほど・・・それでこの店にやって来たと?」

「ええ、中身が判らないんじゃ売るも買うも出来ないじゃない?そしたら副支部長がここに行けって教えてくれたの。」

「はぁ・・・またですか。」


ロウは内心ガックリと肩を落とす。この店に飛び込みで来る客の殆どがあの副支部長の差金である。


たしかに、迷宮で生まれたか、封印されていた魔導書を開く場合、最も注意しなければならないのが使用者への「呪い」である。

正確な手順で開かなければ、能力低下や精神支配など様々な異常状態を引き起こすトラップが発動し、最悪の場合、命を落とすか理性を失い狂うか、いずれにしても碌な事にはならないのだ。

仕掛けた罠を解除できないような魔法士は使う資格がない、とでも言いたいのであろうか。


「もしこれが魔法召喚の書だったら私が使おうと思うの。どうかな?開けることは出来そう?」

「・・・」


期待に満ちた目でロウを見つめ、ロウの答えを急かすように身を乗り出しくる。


そんな彼女を見ることもなく、ロウはカウンターに置かれた魔導書を観察していた。

彼女が言うように、魔法召喚の魔導書であればその価値も高く、値もそれなりに高額で取引されるであろうし、探索者ならば自分で使っても活動の助けになるのは違いない。


この世界には魔法が存在するが、主要四種族の中で人間族と獣人族は、魔法を使えるかどうかは個人の適性能力に依るので、当然魔法を発動できなかったり、極端に内包魔力が少なくて魔法を維持できないという人も存在する。

生活魔法すら使えないという者は稀だが、逆に攻撃魔法や身体強化魔法を使える者となると、その数はだいぶ減ってしまうのだ。

そんな魔法適性が低い人間族は、魔道具や魔導書を魔法発動の補助媒体にしているのである。

そうした経緯があるため、数ある魔導書のなかで一番需要があるのは属性魔法の召喚書である。魔導書があれば魔法を発動させることが苦手な者でも、それなりの威力の魔法を使えるようになるからだ。


しかし、ロウが見る限り、この魔導書は属性魔法を召喚する魔導書ではないように思える。

もちろん、中身を見てから出ないと判断できないが、珍しい黒皮を使っていることや属性魔法召喚の書にしては分厚いことを考えると、おそらく魔獣召喚の魔導書であるのは間違いないだろう。


一方魔獣等の召喚の書は、属性魔法の召喚魔導書と比べると人気がない。というより需要が無い。

隷属や魅了で支配してしまえば別なのだが、人族が魔獣を使役するには、お互いの信頼関係を構築することが必須である。しかし、魔獣と意思疎通できるようになるには相当時間が掛かるし、最初から使役する側の意のままに動いてくれることはほとんどない。


「どうかしら?副支部長はあなたなら開く事ができるだろうって言っていたけど。」

「ええ、魔導書を開くことは出来ると思います。順番通りに金具に魔力を通し、その魔導書の表題を唱えれば良いので。」

「そう!!良かった!すぐに開くことは出来る?」

「ただ・・・」


ロウは彼女に、先程まで考えていた魔導書に関する推測を正直に伝えた。

この魔導書は、ロウが手を触れようとした時に、一瞬だが魔力を吸収しようとした気配を見せている。おそらく魔導書に掛けられた罠の一種だろうが、最初に見つけた彼女では発動しない罠が、なぜロウが触ロウとする時に動く気配を見せたか謎だった。


「え?魔法を召喚するヤツじゃないの?」

「そうですね。でも、非常に珍しい魔導書です。この古代文字を研究されている人なんかには喜ばれる代物ですね。」

「そんな人いるの?」

「・・・絶えて久しい文字ですからね。あまり聞かないですね。」

「そんな・・・せっかく攻撃魔法が使えるようになると思っていたのに・・・」


彼女は溜息と共に肩を落とし、先ほどまでとはうって変わって表情を無くして魔導書を見詰めていた。


何か事情があるのかと察したロウは、彼女に椅子に座るよう勧め、自分のためにもう一杯作ろうとしていた珈琲を彼女のために作り始める。苦みが強い飲み物が嫌いな人もいるが、彼女に聞けば眠気覚ましによく飲んでいるという。

やがて、珈琲を前にして彼女が少しずつ話し始めた。


実は、エクスぺリア中級の探索者である彼女ヴェルニカは、ここ最近の探索活動で行き詰っていた。

彼女は獣人族に対して差別や偏見がある国で育ったため、人間族や妖精族と共に行動するのがあまり得意ではなく、基本的に単独行動か、時々野良パーティに参加しているのだという。

主な活動の場は、拠点としていた町周辺での討伐や護衛業務だったが、差別で肩身の狭い場所にずっと居るよりはと、実力主義で差別が無いと云われているこの辺境の地へ拠点を移したのがつい最近である。


得意の槍や剣技なら並みの男性探索者以上に使える自負と実績はあるので、「魔境」であれ「迷宮」であれ、何とかなるだろうと安易に考えていたのだったが・・・。

まず「魔境」に出て驚いたのが魔獣の多さで、四方八方から襲ってくる魔獣に背後を取られることもあって、単独で活動するのはとても難しい場所だということを思い知らされた。

それならば、と「迷宮」に潜ってみたのだが、大脈道や細脈道なら問題なく戦えるが、「部屋」に入ると魔獣の強さが格段に上がり、槍だけでは抑えられず何度も危険な目に遭ったのである。その度に自分の能力の無さを呪ったものだった。


そんな時、たまたま入った「小部屋」で岩壁に埋まっていたこの魔導書を見つけたのだった。

長い探索者生活で魔導書が何たるか位聞きかじっていた彼女は、たとえ牽制程度でも良いから魔法が使えれば戦略の幅が大きく広がると思い、小躍りして探索者組合に持ち込んだのだ。


「何の根拠もなく魔法召喚のヤツだと思い込んでいたわ。ホント自分が嫌になる・・・」

「開けてみなければ判りませんが、間違いはないと思います。」


ロウは魔導書に書かれた文字を既に読んでいる。そこに書かれているのは「アウロヅテル=デヒットヴェッド=ヒポテリアン(この世に非ざる幻なる者を召ぶ)」とある魔導書の表題であった。


「仕方がないわね・・・、魔法は諦めるわ。で、この魔導書は買取ってもらえるのかしら?二束三文かも知れないけど。」

「そうですね、この店だと百万ギル(金貨一枚)しか出せません。」

「ええ!?そ、そんなにするの?」

「僕の趣味と合致した結果、ですね。古代文字に興味がありまして。」

「そ、そうなんだ・・・」

「でも、ヴェルニカさん。宜しければ七日後に、またこの店に来てみませんか?」

「え?」

「あなたが望む魔法発動媒体をご用意できると思います。」

「ええ!?ホントに!?」


驚いて立ち上がるヴェルニカを尻目に、ロウは至って静かに笑みを浮かべていた。



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