15.道具屋の迷宮探索
迷宮はなぜ生まれるのか、という問いに正確な答えを持つ者は創造神くらいであろう。
この世界にある迷宮には、洞窟型のものと平地型の二種類があり、その範囲は広大である。
洞窟型とはその名の通り、自然界にある洞窟や鍾乳洞に迷宮核が現れ、地下空間をどんどん拡張して出来上がった迷宮で、ラプトロイにあるのもこの洞窟型である。
平地型とは、盆地や渓谷などの地形で生まれ、岩壁や密集した樹木でランダムにエリア区切られた迷宮のことをいう。
過去に構造型といって高い塔のような迷宮が発生した時があったが、この迷宮は勇者様によって攻略されてから直ぐに崩壊し、今は土台部分が残って観光地となっている。
ラプトロイの迷宮の中は「大脈道」と呼ばれる直径5mほどの主通路と、幾つも分岐していく「細脈道」、そしてその先にある魔獣が湧き出る「部屋」に大別される。
大脈路に魔獣が湧き出ることは滅多になく、この道さえ知っていれば戦う事無く下の階層まで降りる事が出来るのだが、第五階層以降は下の階層へ行くための「試練の間」があり、そこに出現する守護魔獣を倒さなければその先の通路が開かない仕組みになっている。
富を得るために入って行く人族への試練なのか、このような強い魔獣を、巧妙に隠された罠を、迷宮は万全の準備をして待ち構えているのだ。
その試練を乗り越えられなかった者は迷宮に喰われてしまい、薄暗く血腥い閉鎖空間に永遠に捕らわれてしまう事になるのである。
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迷宮の中はそこかしこにヒカリゴケが付着して淡い光を放っているので思いのほか明るい。
ただしこのような状態は大脈道だけに見られるもので、静脈道はヒカリゴケも少なく、曲りくねっているので暗がりが多いため、別の光源を用意する必要があるのだ。
それは迷宮探索者なら誰でも持っている普通のアルコールランタンか、魔道具の光魔法ランタンで、魔力量が多い者は生活魔法で光源を作り、それを維持して明かりをとっている。
第六階層の大脈道の真中を、お揃いのフード付マントを羽織った二つの陰が歩いていた。
自由都市国家ラプトロイの裏路地にある「道具屋」の主ロウと、一昨日従魔にしたばかりの水晶スケルトンのハクである。
第五層の「試練の間」にいた守護魔獣、体長4m程で六本の足を持つ赤毛熊オルベアードを瞬殺し、たった今下層域に入ったところである。もっともオルベアードを瞬殺したのは、現在は黒蛇姿に戻っているハイメドゥーサのディルなのだが。
探索者でも上級ルーキークラスかセンタークラスのパーティで狩る獲物だが、上位種の妖魔族であるディルにかかれは、寝ているゴブリンに矢を撃ち込むくらい簡単な事であった。
オルベアードは素材として毛皮が防具に、骨や内臓が薬に、肉は食用にと、余すことなく使える魔獣で、上手く解体して売れば銀貨十枚(100,000ギル)にはなる。
迷宮での素材の解体は迅速に行わなければならない。
魔獣が闊歩する迷宮で解体を行えば血の臭いを嗅ぎつけて別の魔獣が寄って来るし、死体をそのまま床に置いておくと徐々に沈んでいき、迷宮に「喰われる」ためである。
探索者達は細脈動か部屋である程度魔獣を狩ったら、魔法拡張鞄の中に入れておくか、迷宮に喰われないようにするため結界魔法を織り込んだシートの上に乗せて置き、大脈道まで持ち出して解体するのである。
ロウは魔法拡張鞄を持っている、というより造る事が出来るので、迷宮で採取できる素材となり得るものは全て鞄の中に突っ込んでいる。
オルベアードは肉が食用になるので、死体をそのまま亜空間倉庫【氷結世界】に投げ込んで冷蔵保存することにした。
用事が済んだら、どこか安全な階層で解体するつもりだった。
さらに下の階に行っても大脈道しか通らないのだから、戦闘もない。
第四階層くらいまでなら時折すれ違う他の探索者もいたのだが、この第六階層で出会った探索者はまだいない。
ほとんどの探索者は日中に活動するので、鐘四つの刻(鐘一つ刻は九時、鐘二つ刻は十三時、鐘三つ刻は五時、鐘四つ刻十七時くらい)以降で迷宮に残っている者は、更なる深層を目指しているものか、迷宮内で野営している高位の探索者達である。
尤も、そんな高位探索者達は、第十階層より深い階層で活動しているので、第六階層から第九階層辺りでは夜になると人影が全くなくなるのだ。
それでも人の目はあるかも知れない。
だからディルが元の姿に戻れるのは各階層の「試練の間」だけだった。
第六階層の守護魔獣は、巨大蠍スミオニヴァが二匹。
岩も砕く二つの鋏と頭上から襲ってくる毒針が厄介だが、一匹をロウが引き付けている間にディルが片割れの頭を素手で殴り叩き潰した。残りの一匹もディルは水魔法【ウォーターソー】で毒針を斬り飛ばし、尻尾を振り抜いてスミオニヴァを岩壁に叩きつけ、あっという間に討伐してしまった。
この魔獣も外殻や鋏、毒針などが素材となる。ロウは手早く魔核と毒針を取り出すと外殻は背中から尻尾の硬い部分だけ剥ぎ取って、魔法拡張鞄の中へ放り込んだ。
第七階層の双頭蛇魔獣ミズチはディルの姿を見ただけで恭順し、自ら下層へ行く道を示したので戦闘にはならず、すんなりと目的地である第八階層へ到着したのである。
「ロウ様、この階が目標の魔獣がいる場所?」
「うん、この階は魔鉄やミスリルの鉱石が取れる場所があってね。そこにいる魔獣だよ。」
「は、は~わかった!メタル系のスライムね!」
「正解。よくできました。」
メタル系スライムは直径20cm程度のボール状をしているのだが、自分の周りで同族が倒されるとその身を吸収して自分の身体を大きくする事が出来る。
何匹か固まった場所を見つけて一匹ずつ倒していき、適当な大きさになったところで拘束し、ハクの魔水晶の身体と等量交換するのだ。
ハクの身体を交換する時、同時に使い魔召喚の魔法を使えば、メタル系スライムの使い魔が誕生する。
メタル系スライムの使い魔は、その形態を自由に変える事が出来る。
一度記憶したモノならは人族にも擬態する事が可能であり、身体の大きさも強度も圧縮率を変えることで自由に変化させるのだ。
もしハクが生前の自分を記憶していれば、笛の吹き方を覚えていれば、魔水晶の笛を鳴らす事が出来るかもしれない。
ロウがハクの身体をメタル系スライムにすると決めて迷宮に潜ったのは、この為だったのだ。
ただし、使い魔となった時にハクの記憶が残っているかどうかは、やってみないと分らない。
「おっと、この部屋にいましたね。数も十分です。」
「ね、どうやって倒すの?ディルじゃ全部いっぺんに潰しちゃうよ?」
「それは僕が、こうして・・・」
ロウは右手を胸の前で伸ばすと、掌に青色の魔法陣を出現させて小さな氷の矢を作り、一番近くにいたスライムに目掛けて放った。
氷の矢は正確にスライムの魔核を貫き、メタル系スライムが力無く崩れ落ちる。
すると、近くにいた別のメタル系スライムが寄ってきて形が崩れたスライムを吸収し始めた。
スライム同士が融合したのを見たロウは、再び氷の矢を放って融合したメタル系スライムの魔核を破壊した。
しばらくこの作業を続けていくと、メタル系スライムが徐々に大きくなってくる。
「ロウ様・・・なんかね、弱い者いじめしてる気になっちゃう。」
「それは言わない。僕も小さな罪悪感と戦っているんだよ・・・。」
やがてメタル系スライムは仲間の身体を吸収し、魔水晶のハクの身体と同じくらいの大きさまで膨れ上がった。
「さて、この位でいいかな?拘束せよ【古代魔法アースバンド】」
メタル系スライムの身体の下に山吹色の魔法陣が出現し、メタル系スライムの動きがピタリと止まった。
「念のため、加重せよ。【古代魔法グラビル】」
更に重力魔法で荷重をかけ、メタル系スライムを完全に拘束する。
「さぁ、最後の仕上げと行きましょうか。ハク、このスライムに触れてごらん。」
部屋の隅で様子を見ていたハクが近付いて来て、ロウの命令通りに両手を伸ばしてメタル系スライムに触れると、ハクの手首くらいまでがスライムの体の中に埋もれた。
その瞬間を狙って、ロウは持っていた短槍でメタル系スライムの魔核を刺し貫いた。
「いきまよ。【錬成スワップル】そして【古代魔法 使い魔召喚】!」
小部屋の中に眩い光が満ちた。
全てを白にするほどの強い光は、それだけロウが強く魔力を込めたことを表わしている。
その輝きが徐々に薄れて行き、やがて元の薄暗い洞窟に戻った時、ハクだった魔水晶を纏ったスケルトンは崩れ落ち、目の前には体長2m程の青味かかった金属色のメタル系スライムが鎮座していた。
「うん、成功かな?君は、ハク、だね?」
「・・・」
返事は無いが、ハクは全身を揺れ動かして肯定の意思表示をする。
使い魔となったので自分の意思や感情を主であるロウに送れるようになっていた。
名 前:ハク
種 族:スライム族
状 態:興奮
能 力:上位種 使い魔
固有能力:【悪食】【変化】
特殊能力:【重力魔法】【物理魔法抵抗】
通常能力:【感知】【索敵】【硬化】
「おや、魔力を入れ過ぎましたか・・・。魔鉄がミスリルに変質してしまいました。」
「なんか、おっきくなっちゃったね!でも、まいっか!」
「・・・」
ディルの言葉を聞いていたのか、ハクが魔力を集中させて行くと徐々に縮んでいき、やがて直径30cmほどの大きさまで変化した。
ロウとディルの言葉をちゃんと理解できるということは、ハクとしての記憶も残っているのであろう。
「おおお、ハクすごい!!」
「・・・」
さらにハクはもう一度揺れると、今度は少しずつ膨張していき、何と魔水晶だった時の身体と寸分違わず同じ人型に変化したではないか。
魔水晶の時のようなのっぺりとした表情ではなく、目鼻口耳、ちゃんと少女の輪郭まで持っている。
その様子を唖然とした表情で見ているロウとディルを余所に、ハクは元の自分の身体の所までトコトコと歩いて行き、崩れた魔水晶の中から大切な笛を取り出してきた。
手に持った笛をじっと見つめてから、慣れた手つきで笛を口元に持っていき、そして頬を膨らまして息を吹き込んだ。
「ポ~♪」
それは元々の笛の音とは違う音なのかもしれない。
しかし迷宮の閉ざされ空間の中に反響して聞こえる笛の音は、透明な泉のように澄んでいて、とても優しく響いていた。
「ポ~♪ポ~♪」
ハクの笛はまだ曲にはなっておらず、同じ音程をただ鳴らしているだけなのに、ロウに伝わってくるハクの感情はとても高ぶった喜びであった。
「ハクちゃんよかったね!笛が吹けて!」
「今度色々な笛を作ってみましょう。音色が全部違うのですよ。」
「・・・」
ハクはディルに話しかけられて笛を吹くのを止め、その笛を両手で握りしめながらロウを見上げていた。
ロウは思わずハクの頭を撫でてやる。
すると、ハクの喜びの感情が一層高まり、無機質な表情が一瞬微笑を浮かべたように見えた。
◆
ロウ達が迷宮を出てきた時にはすでに朝日が上がっていた。
そのままロウと黒蛇姿に戻ったディル、そして今は普通のスライムくらいの大きさになったハクは、第三防護壁にほど近い、裏路地にあるロウの店「道具屋」へ戻ってきた。
ロウはさっそく従魔となったハクを連れて工房に入り、次なる工程に移ろうとしていた。
今回、ロウがわざわざ使い魔を作った理由は、幻魔族である【操魔の仮面】を覚醒させるためである。
古き者の系譜に繋がる幻魔族が目覚めれば、これまで知り得なかった古き者の歴史を垣間見る事が出来るかもしれない、という理由だった。
「さて、ハクにこの仮面を装着させてしまえば、僕の望みは叶いますが・・・」
「・・・」
店の中に入っても、従順にロウの後を付いてくるハクを見詰める。
幻魔族は憑代となったモノを完全に支配し、思い通りに操る種族なのだ。
つまり、ハクという自我を持った従魔にこの仮面を被せたら、この子の自我はやはり消滅することになってしまうのだろう。
操魔の仮面を持ったまま、しばらく工房で立ち竦んでいたロウは、「ふう」と一息吐くと仮面を持ったまま、工房の奥にある空間拡張倉庫に入って行った。
「また別の機会はあるでしょう。時間は沢山ありますからね。」
そう呟くとロウは、空間倉庫の中にある結界を施した棚の中に仮面を置いて、再び工房へと戻っていく。
「ポ~♪ピ~♪」
そして、工房では違う音の出し方を覚えたハクが、再び笛の練習を始めたところであり、自然にロウの口元が上がってしまうのであった。




