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辺境の道具屋  作者: 丸亀四鶴
14/62

14.道具屋の採掘仕事


この世界での定理でもある「魔素」というモノの発生源となっているのは「地脈」と呼ばれる大地神の脈動であると言われている。

地脈は水や溶岩、空気、素粒子、気、そして魔素といった、この世界における生命体の活動と密接にかかわっている物質の発生源であると考えられており、地下迷宮よりもずっと深い場所を流れていると古くから伝えられているモノである。


地上には、地脈から発せられるエネルギーの影響を受けやすい場所とそうでない場所があり、人族が住む場所は地脈の影響を受けにくく、魔獣が多く住む場所は受けやすい場所だというのが一般的な認識となっている。

例えば「魔境」は巨大な爪で切り裂かれたような渓谷が広がっていて、その一部は地脈まで達しているため魔素が噴出し強力な魔獣が生まれる。

また、洞窟や鉱山で掘り進められる抗道などは地上よりも地脈にも近く、閉鎖された地下空間には魔素が溜まりやすい故に魔獣達が生まれやすいのだ。


魔獣が生まれてくる確たる理説はないが、「地脈」や「地下空間」が魔獣発生要因であることは間違いない。

自由都市国家ラプトロイにある迷宮も、より地脈に近かい地下空間があったからこそ「迷宮」となり得たのである。




魔水晶の鉱脈がある廃坑の入口には、道具屋の主とローブを羽織ったスケルトンが並んで立っている。

手を繋いでいる二人は、逆光の陰だけを見れば二人はまるで親子のようにも見えてしまうだろう。


二人がいよいよ廃坑に入るという時に、道具屋の主ロウは首に巻き付いた黒蛇の頭を微笑ながら優しく撫で、そこに誰かがいるかのように話しかけた。


「さて、ディルさん。お願いします。」


ロウの言葉を聞いたディルは、スルスルと肩から降りてきてロウから少し離れ、鎌首を持ち上げると爆発的に魔力を解放した。

ディルの周囲が陽炎のように揺らめき、黒蛇の身体がどんどん膨張して巨大化していく。


やがて変身が終わり元のハイメドゥーサの姿に戻ったディルは、さっそくロウを抱え上げて抱きしめた。


「ロウ様!」

「はいはい、ハク。ディルさんも仲間だよ。怖がらないで良いから。」


ディルの強力な魔力に当てられ、ロウの身体を盾にして隠れていたハクの身体が小刻みに震えている。

そんな様子を見たディルも、直ぐにロウを解放しハクの傍まで行って骨だけの頭を優しく撫でてあげた。


ロウとハクが並び、その後ろをディルが守る陣形で廃坑の中に入っていく。元は洞窟であった廃坑は、ディルでも通れるくらいの天井高さはあった。

魔鉄鉱山だったこの洞窟は鉱石を求めて横穴があちらこちらに掘られ、平面的には相当の広がりを見せていて、地図を持たない者なら直ぐに迷ってしまい、出口を見つけるまでかなりの時間を要するであろう。


そんな横穴だらけの抗道を迷いもなく三つの影が進んでいく。

入口付近にいた魔獣は、ディルが変化する時に解放した魔力で奥へ逃げ込んでしまったのか、第一層では魔獣は一体も見つからなかった。

ロウはこの抗道に何回か出入りしており、下の層まで行く目印が付いた道も分っているので、注意するのは横穴から飛び出してくる魔獣や獣達だけだである。


ロウ達の目的は第三層の中間点くらいの場所にある「行き止まり」となっている抗道である。魔鉄を掘り進む途中で魔水晶が出てきたので採掘を諦め、そのまま放置されてしまった場所だった。

そこには掘削壁一面に魔水晶が露出されていて、直ぐに掘削を諦め放置されたようで、亀裂や損傷が少なかったと記憶している。


二層目に降りてもゆったりとしたペースで進んでいくが、稀に出てくる小型魔獣もディルが後ろから威嚇すると竦ませるか、慌てて反対方向に逃げ出すしかなかった。


ハクも大人しくついてくる。

時々笛を見る行動は相変わらずだが、第二層に入ってからは、後ろにいるディルが気になるのか振り向く素振りも見せるようになった。


そしていよいよ第三層に降りていく。目的の場所はは直ぐに見つかり、早速ロウは採掘を始める。

鉱石を岩盤から採掘する方法は様々あが、大きく分けて二つの方法、道具を使って掘るか、魔法を使って掘るかに分けられる。

当然、ロウは魔法を使う方だ。


ロウは壁一面が魔水晶になっている際に片膝立ちになって、亀裂や不純物の有無、厚さなどを丹念に調べていく。

しばらく壁に張り付いてようやく眼に適う場所を特定すると、満足そうに頷いた。


ここからが錬成魔法を使った採掘になる。

ロウは右手を伸ばし掌を魔水晶の表面に付けると、四角形を作るようにゆっくりと右周りに動かしていく。

その行動では何の変化もなかった魔水晶だが、最初に掌を置いた点にもう一度ロウの掌が重なった時、「ピキッ」と小さな音がして50cm位の四角形が現れた。

四角形を作る白い線は、魔水晶をくり抜くような形でだいぶ奥まで続いているようだ。


次にロウが左の掌に黄色の魔法陣を発現させると、四角形の内側に押し当て、そのままゆっくりと引き抜いていく。

掌に張り付いているかのように、壁の中から魔水晶の塊が押し出され、まるで棺のような形をした2mほどの魔水晶が掘り出された。

掘り出された魔水晶も丹念に調べたロウは、問題なしと頷き、ハクを傍に来るよう手招きする。


「さてハク。この上に寝転んでください。」

「・・・」


ハクは逆らう事無く、言われた通りに魔水晶によじ登り、仰向けに寝そべった。

これで全ての準備が整った。


「さてと、いきますよ。融合せよ【錬成フージェット】」

「わぁ・・・綺麗。」


ロウの詠唱と共に、ハクの上に身体がすっぽり収まるほどの大きな白の魔法陣が出現した。

白というより白金、プラチナの光を放つ美しい魔法陣である。


白の魔法陣が回転しながらゆっくりと下降し、そのままハクの身体を魔水晶の中に押し込めながら下降を続けていく。

しばらくしてハクは魔水晶の中に完全に取り込まれた状態になった。


「次はハクの骨格が覚えている、元の体の形で定着させます。復元せよ【錬成リバス】」


ロウがゆっくりと回転する魔法陣に触れる。とすると白の魔法陣は山吹色に変わり、一際まばゆい光を放った。

黄金の光がハクが横たわる魔水晶に吸い込まれていく姿は幻想的で、横で見ているディルの表情も上気している。


魔法陣は再び下降し、そまままハクの身体を通過して背中の方に移動すると今度は上昇する。それを二度三度と繰り返して再び元に位置に戻った。


「うん、ここまでは良し。最後に余分な魔水晶を落としましょうか。分離せよ【錬成セパレスト】」


魔法陣が再び上昇する。

一旦魔水晶の外に出た魔法陣は、今度は高速で回転を始める。

そのまま徐々に下降していき、魔法陣が触れた部分から余分な水晶が消滅して徐々に人の形が浮かび上がってきた。

命を落とす直前に姿に復元しているのだ。


やがて魔法陣は人型の背中部分まで下降しながら徐々に輪の大きさを縮め、その形を背中に焼き付けるため、一層眩い光を放った。


光が消えた後には、魔水晶が透明なクリスタルに変質した人型、少女の姿をしたハクが横たわっている。

透明なクリスタルの中に人骨がある姿は、若干気持ちが引いてしまうものがあるのだが、ともあれ仮の身体を得る事には成功したようだった。


「これは随分可愛らしい女の子だったんだね。」

「硝子みたいに透明で綺麗。うん、完全に女の子ね。」


クリスタルで構成されたからだなのでシルエットでしかないが、身長が140cmくらいの少し痩せた女の子だった。

髪は、多くの田舎の子供がそうであるように肩口で切り揃えられている。

背中に魔法陣の文様は印されているが、透き通った身体を持つハクが蘇ったのである。


「さて、ハク、起き上がれるかな?」

「・・・」


相変わらず無言だが、ハクは慣れない身体を少しずつ動かしてゆっくりと起き上がった。

先に上体を起こし、残った魔水晶の上に座ると体の向きを変え、自然の動作で立ち上がる。

そして真先に取った行動は、右手に持つ笛を持ち上げ、そっと口元に当てて笛を吹く様子を見せたのだった。


「うん、大丈夫そうだね。おや・・・笛まで復元しましたか。」


ハクが握っていたのは元の土笛ではなく、透明な魔水晶で出来た縦笛であった。

ハクは何度も何度も笛を鳴らそうと身体を揺らしている。やがてどうしても音が出ない事を悟ったのか、また片手に持ち替えて直立した。


「ロウ様、ハクちゃん笛を吹けるようにならないかな?とっても残念そう・・・。」

「う~ん、身体の器官から空気を送らないといけないからね~。使い魔にする時に選ぶ身体によるかな。」

「この子元は人間族みたいだから、人間族の身体を手に入れれば?」

「うん、ディルさん。それじゃ人を殺しちゃうので却下。」

「え~~~・・・」


ロウもハクにしっかりと生前の人格が残っていることに驚きつつ、ディルと同じようにこの子の吹く笛の音を聞いてみたいと思った。

このスケルトンがただの従魔ではなく、ロウの使い魔となれば様々な能力が顕現し、もしかしたら楽器を使って旋律を奏でる事ができるかもしれない。


それにハクは、これまで使い道がないと言われた魔水晶の使い道を示してくれたのだ。

魔水晶を生活道具として使うのではなく、娯楽道具として使えれば可能性はどんどん広がっていく。縦笛や横笛だけではなくオカリナやパンフルートなども作れるかも知れない。


「うん、使い魔に昇華させるときに使う個体次第かな。一旦街に戻って、迷宮に入りましょう。」

「え?!迷宮に行けるの?やった!」

「今回は少し深い層まで行かなければならないですね。」

「どこ?」

「第八層の魔獣ですね。たぶんあれなら体の器官も再現できると思います。」

「ロウ様はディルが守るから大丈夫!あの黒いエルフもいらないから!」

「ああ~、また怒られちゃうかな?まぁ、何とかなるでしょう。」


ロウは少しだけシモンの怒った顔を思い浮かべ、ぶるっと身体を震わせた。

そしてもう一度魔水晶の壁に向かい、同じ手順で大きな塊を掘り出すと、魔法拡張鞄の中に収納する。

さらにハクの身体を作った余りの魔水晶も、適当な大きさに砕いて魔法拡張鞄に放り込んだ。


「さて、ここを出て街に戻りましょうか。ディルさんお願いします。」

「うん、わかった!」

「・・・」


ロウの掛け声にハクも頷いたように見えたのは気のせいだったか。

三人は行き止まりの道を反対の方向へ戻っていった。



三人が廃坑を出たときは、既に陽も落ちて二つ月が姿を見せていた。付の位置から判断すればまだ日は変わっていない頃合いか。


夜ならばハクも動きが良いので、そのままラプトロイに向けて歩き出した。

もちろんディルは廃坑を出たあたりで黒蛇の姿に変化し、ロウの首に巻き付いている。


夜通し歩き続けているとやが陽が昇り、その陽も反対側の山の頂に隠れようかという頃に、ようやくラプトロイの東門に辿り着いた。


自由都市ラプトロイの第四防護壁は普段東西の門しか開いていないが、他国からの商人が押し寄せるこの時期だけ北門が解放される。

今日も北門は解放されていて、夕方のこの時間でも十台もの馬車と多くの人々が並んで審査を待っていた。


ロウは、従魔にしたとはいえ魔獣を連れている以上北門に並ぶわけにもいかず、いつも通り東門まで移動して入国審査をしている探索者の後ろに並び、自分の番になるのを待った。

いつも通り顔馴染の衛兵が審査を行っていたが、ロウの傍にいるフードを被ったハクに目に留めると、審査を他の者に任せてロウの所まで近付いてきた。


「道具屋よ、また魔境に入っていたのか。」

「いえ、テングド村まで行っていました。従魔が必要になりまして。」

「従魔。デングドってことは・・・そいつはスケルトンかい?」

「ええ、アンデッドでは街に入れませんし。人型であることが重要だったのです。」

「まぁ、従魔にしたんなら仕方がないが、街のなかでスケルトンを連れて歩いたら攻撃されるかも知れんぞ。」

「ハク、フードを取ってごらん。」


ロウが命じると、ハクは素直に被っていたフードを落とし、クリスタルに包まれた新しい体を晒した。

ハクの頭部は、夕暮れの茜色を吸収して赤髪の女の子のように錯覚してしまう。


「こ、こいつは・・・。まぁ、お前さんの言うことは聞くようだし、そんな姿になっている理由も詮索はせん。だが、あまり人目に晒すなよ。」

「はい、気を付けます。」

「詰所で従魔登録をしておけ。憲兵所にも通達を出しておく。」

「いつもご面倒掛けてすみません。」

「それも仕事だ。しかし、黒蛇といい水晶のスケルトンといい、話題に事欠かねぇ奴だ。入っていいぞ。」


気の良い衛兵は、ディルの頭を撫でながらロウに入国許可をだす。


そのまま門横にある衛兵詰所まで行ってハクの従魔登録を済ませると、ロウは迷宮の入口の方へ歩いていく。

廃坑の中で一日を費やしたうえ徹夜で歩き、さらに今日一日、ラプトロイまで歩き通したというのに、彼はこのまま迷宮へ潜るつもりでいた。


この時間なら殆どの探索者は迷宮の外に出てくるので、ハクを人目に晒す事も回避できるのだ。


「ディルさんも、もう一頑張りお願いします。下ならそうそう探索者はいませんから。」


ロウはそう言って黒蛇の頭を撫で、迷宮の中へと入って行った。


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