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辺境の道具屋  作者: 丸亀四鶴
13/62

13.道具屋が見る従魔


月光草とは辺境の森でよく見かける雑草で、特に薬の原料とか毒になる植物ではない。

雑草といっても、見た目は人の膝くらいまである仙人掌のような植物で、光合成はせず地中から養分を吸い取って生き長らえている。


だが、この辺境地に住む人族が月光草を見つけると、根を傷めないように土から掘り出して、自分達が住む村の周辺の森に移植する。


月光草は日中こそただの雑草だが、夜になると淡く光る「胞子」を飛ばす。青白く発光しながら飛ぶ胞子は、呼吸器から体内に入ると、魔核から流れ出る魔力を阻害する働きがあると言われている。

それ故、森にいる魔獣達は月光草が多く生息する場所には近付かないので、人族は「魔獣除け」として月光草を重宝しているのだ。

もちろんすべての魔獣に効果がある訳でもなく、息をしないアンデッドやゴーレムにはまったく効き目がなかったり、大型の魔獣などにも効果は薄い。

それでも、体毛がある魔獣などは、月光草の胞子が身体に付きやすく、そのまま巣に帰ると近くで月光草が生えてくることになるので、月光草には近寄って来ないのだ。


今、一人の男が歩いている元は「道」だった所にも多くの月光草が群生していて、以前この付近に人族が住んでいたことを覗わせた。

過去形であるのは、道が荒れているからである。この村の様子を定期的に調べに来る探索者位しか通らない道なので、草が伸び放題なのだ。


道というものは誰かに必要とされているから作られるモノである。道がなければ先に勧めず、道が無くなってしまっては後戻りができない。

だが必要とするモノがいなくなれば、道は荒れ、大自然に飲み込まれて朽ち果てていくしかない。


今、膝上位まで伸びた雑草をかき分けながらロウが歩いている所も、そんな必要とされなくなった道の上であった。



木々の間から差し込んでくる月明かりと、月光草胞子の淡い光を頼りに荒れた道を進んでいく。

もっとも、ロウもディルも夜目が利くので、鬱蒼と茂った森の枝で光りが遮られても、それほど困っている訳ではない。

たとえ何十年も放置された道でも、周りの景色とはそこだけ微妙に違うし、スケルトンの魔石でも狙ってきたのか、探索者達が通った痕跡も残っている。


そのまま荒れた道をしばらく歩いていくと、唐突に森が切り開かれた平地が出現しかつて村だった場所が出現した。村を開拓するため、村人の家を作るため、この一帯の木は切り倒されていたのだろう。


ロウの視線の先には、殆ど崩れかけている魔獣除けの防護柵があり、蔦のような植物に覆われた姿ではあるが、まだ崩れずに残っていた。

さらに防護柵の内側には、朽ちた木造平屋の家屋が今でも数多く残っているのが見える。


数十年前に魔獣の襲撃で滅び、今は亡者たちの村となったテングド村に到着したのだ。


ロウは【隠蔽】をその身に纏い、ゆっくりと防護柵へ近付いて行く。

ボロボロになった柵の隙間から中の様子を伺ってみると、村内の道や建物の陰、防護柵沿いに、元はこの村の住人の成れの果てであるアンデッドとスケルトンが大量に蠢いていた。

アンデッドやスケルトンが夜な夜な徘徊しているためか、村の中は地面が踏み固められて、数十年たった今でも雑草すら生えていない状態である。


この村を襲った魔獣の中に死霊術師リッチがいため、この村にはアンデッドかスケルトンしかいない。

見る限りでは彼らの動きは緩慢で遅く、一所から全く動かない個体すらいる。しかし、アンデッドやスケルトンはひとたび生者の匂いを嗅げば、その血肉を貪らわんと我先に寄ってくるのだ。


「・・・結構いますね。予想以上です。」


ロウは村の防護柵の外繁る木の陰に潜み、注意深く中の様子を伺いながら呟く。


ここから見える範囲ではアンデッドの方が多く、長い年月を経て体の部位が欠損している者や、肉が剥げて骨が見える者ばかりだ。

アンデッドでも従魔化する事は可能で、むしろ「やり易さ」から見れば殆ど抵抗なしで受け入れてくれるのだが、視覚的にちょっと無理がある。

ロウは村の周囲を少しずつ移動しながら、スケルトンが多くいる場所と適当な侵入できる経路を探していった。


やがて村の外を一周周り、それでも適当な個体を見つけられなかったロウは、外からの捜索を諦めいよいよ村の中へ入ることにした。

空を見れば村に着いた時より幾分明るくなってきている。今が好機だった。


亡者たちに気が付かれないよう、【隠蔽】を纏ったまま村の中に入るのだが、隠蔽能力を持たないディルは入れないので、ロウが一人で入ることになる。

ディルはロウの身を心配して自分だけ残るのは嫌だと言い張るのだが、黒蛇のままでは襲われるし、元の姿に戻れば亡者たちは恐慌を起こし、どんな行動に出るか予想もつかない。

それでは良い個体を見つけることも難しくなるし、従魔化するための魔法も効きにくくなってしまうのだ。


ディルの頭をひと撫でして地面に降ろすと、ロウは【隠蔽】を纏い村の中へと入っていった。


村の中は静かだった。

アンデッド達の動きは緩慢で、力が弱まる時間帯と重なっているためか、動いている個体は少なくなっているようだった。


ロウは臆することもなく堂々と村の通りを歩いていく。アンデッドやスケルトンとすれ違っても、彼らがロウに気付くことはないようだ。


周囲に目を配りながらしばらく歩くと、ロウは一体のスケルトンに目が留まった。

村の大通りから外れた脇道に佇むスケルトンであり、身体が小さく欠損もないので、錬成生物にするにはちょうど良い大きさの個体である。


だが、ロウが注目したのはスケルトンの身体ではなく、そのスケルトンが手に握っているものだった。

スケルトンは生前に自分が大事にしていた物に固執すると言うが、この個体が持っていたのは折れた笛のようなものだったのだ。


折れているとはいえ、粘土を焼いて作った笛が数十年経っても原型を留めているのは奇跡に近い。


(よほど大事にしていたんですかねぇ。)


どんな理由であの笛に固執しているのか判らないが、スケルトンになっても壊れないように扱っていたのだと推測される。

ロウは従魔化するスケルトンをこの個体に決めた。


まずこのスケルトンを村の端まで誘い出さなければならない。

ロウは周囲を見渡して他の個体がいないか確認すると、目標のスケルトンがいる路地へと入っていく。

スケルトンの前に立ち、身体に纏った【隠蔽】を一旦解除して自分という存在を認識させる。その後直ぐにもう一度【隠蔽】を纏うが、一度生者を認識したスケルトンはロウの存在を逃さない。


ロウはスケルトンが自分に向かって来ることを確認すると、普通に歩いて路地裏を出て行く。

当然、スケルトンも追いかけてくるが、歩みが遅く普通に歩くロウに追い付く事が出来ない有様だった。

ロウが街を出る時間を調整して、わざわざこの時間に村へ到着するようにしたのはこのためである。


そのままスケルトンと追掛けっこをしながら村の外周まで行き、ロウだけが村の外に出る。村の外で様子を見ていたディルが、すかさずロウに寄ってきて身体を這い上がり、定位置の首に巻き付いた。


一方スケルトンは『自縛』という結界に阻まれて、村の外には出られないでいた。

それでもスケルトンは、必死に手を伸ばしてロウを掴み取ろうとする。


ここでロウが【隠蔽】を解除し、古代魔法の一つ【隷属】を発動させる。

すると直径1.5m程の漆黒の魔法陣がスケルトンの頭上に浮かび上がり、ゆっくりと回転しなから下降して、骨だけになったその身を包み込むと、スケルトンは身体を硬直させ動かなくなった。

黒の魔法陣はスケルトンの魔核を中心にして、ゆっくりとした回転を続けている。


すると強力な魔力の気配を感じたのか、村の中にいた亡者が一斉にロウの方へ集まってきた。


ロウは目の前のスケルトンだけを見ている。

やがて、ロウを捕まえようと伸ばした腕が徐々に下がってきて、眼球のない黒の空洞がロウの目を見つめ返すように見上げてきた。


「よし、成功かな?」


スケルトンはロウを見上げたまま動かない。

いつの間にか、その個体の周りは別のスケルトンやアンデッドで囲まれていた。


「さてと、最後の行程です。君の名はハクとしましょう。骨だけにね。」


名を貰ったスケルトンの身体が一瞬光りに包まれると、黒い魔法陣が粉々に砕け散った。

魔法陣が無くなるとスケルトンの硬直は解け、スケルトンの胸の中で浮いていた魔核が淡く火が灯ったように輝き出した。


従魔化が成功した証である。

ロウは満足そうに頷くと、従魔となったスケルトンに右手を伸ばして言葉を掛ける。


「おいで、この村を出ようか。」


自分に向けられたロウの手をじっと見つめるハク。やがて笛を持っていない方の手を延ばしてロウの手を取ると、自らの脚で村の外に出てきた。


「さぁ、新しい世界の始まりです。宜しくハク。」

「・・・」


手と繋いだ主従は、森の外へ向けて歩き出した。



完全に夜が明けてしまう前を黎明という。藍色から紫色へ、そして朝焼けに代わる。

その朝焼けに染まる空にはぽつりぽつりと紅い雲が浮かび、これから陽が昇るまでの僅かな時間、空の主役を演じている。


辺境縦断道に戻った主従は、再び北へ向けて歩いていた。ロウが先を歩き、ハクがその後に続いている。

ハクはロウが持ってきた大きめのフード付のローブを与えられ、すっぽりと身体を覆いフードも深く被っているので、ハクがスケルトンであることを伺わせるのは、ほんの僅かばかり覗いた足元だけである。


このまま街道を進んでいけば、すでに遠くに見える北の山を西迂回して紡績都市国家ブラーダに続いているのだが、ロウの目的は北の山にあり、再び街道を逸れて行かなければならない。

あと二日はかかる行程だった。


辺境都市を結ぶ定期馬車にでも出会えば別だが、歩いている旅人を親切心で乗せてくれる馬車などはない。

こんな辺境地では盗賊の類は少ないのだが、やはり「自分の身は自分で守る」が原則の街道である。余計なことと関わって命と積荷を危険に晒すわけにはいかないのだ。


もっとも、そんな事情はロウも分っているのでただ無心に歩くだけである。

従魔にしたハクもスケルトンであるので疲れ知らずだ。


ハクも黙々とロウに付いて来ている。

それは喋れないのだから当然なのだが、ロウが何気なくハクを観察していると、時折手をローブの外に出して持っている笛を確認しているのに気が付いた。


スケルトンは過去に執着を持つ魔獣たが、従魔になった段階でその執着から解放され、未練は残さないと言われている。

しかし、ハクは従魔になっても笛を放すことは無かった。


「とても大事な笛なんですね。」

「・・・」


もちろん返事はない。

魔獣が従魔となっても人族だった時の記憶が戻る訳でもなく、知恵が回るようになる事もない。ハクが笛を持っている理由は、ハク自身も理解していないだろう。

ただ「執着」が強かっただけなのだ。


だからロウも答えを期待した訳ではない。ただ何となく聞いてみただけなのだ。


黙々とひたすら街道を歩き、夜は結界魔道具の中で野営をする。

街道を逸れて一日歩き、ようやく目的地の鉱山に到着した。


ロウが求める魔水晶の鉱山は、元々魔鉄が採れる洞窟鉱山だった場所である。

魔鉄の埋蔵量は極めて少なく、終いにはこの世界で「屑鉱」と言われている水晶の鉱脈が出てきたので、早々に廃棄された鉱山だった。


水晶は脆く加工もできないうえ、ほとんどのモノに不純物が多く含有されているいので使い道がない。

だが、長い年月魔素に晒された水晶はそれ自体が魔力を持って魔水晶となり、魔法発動媒体にも使われるが、それならば魔核の方が良い、ということになる。


以前魔鉄を求めてこの辺りを探索していた時に偶然この廃坑を見つけ、単なる好奇心から中を調べたロウは魔水晶の鉱脈を発見したのだ。

発見したからといって、当時は何かに使うような予定もなかったので放置していたのだが、久し振りに訪れるその場所はどうなっているのだろうか。


今では廃墟となった小さな鉱山町の中で一夜を明かしたロウ達は、ようやく廃坑の入口の前に立った。

この廃坑の入口には、廃棄された後に外部から魔獣が入ることは無いように簡易結界が張ってあるが、それほど強いものではないので、今は魔獣の棲家になっている可能性もある。


従魔となったスケルトンのハクも、入る時に少しは影響を受けるかもしれないが、主の命令があれば入ることができるはずだ。


「では、行きましょうか。」


ロウは誰かを誘うような言葉を呟いた。


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[気になる点] アンデッドとスケルトンとかアンデッドやスケルトンって書いてあるけど、そもそもスケルトンがアンデットでしょ? わざわざ書き分ける必要あるのか?
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