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辺境の道具屋  作者: 丸亀四鶴
12/62

12.道具屋と夜の道


辺境縦断道とは、北の山を挟んで反対側にある鉱山都市国家グランデル、南の海に近い自由都市国家ラプトロイ、その中間にある紡績都市国家ブラーダを結ぶ街道である。

さらに、ラプトロイとブラーダの中間地点からは、西のハウンドール王国へ向かう新たな横断街道が、グランデルからも北のオブトル王国への街道が整備されており、これらの道を総称して辺境大脈路と言われている。


この世界の夜は二つ月が支配している。

森に住まう魔獣達は二つ月が現れると活動を活性化させ、獲物を求め森の中を彷徨い歩く。

防護壁の中に住まう人族は、魔獣と出会わぬように外へ出ることは無く、運悪く外で野営することになった者は、魔獣除けの結界魔道具を張り巡らせ、火が絶えることが無いように寝ずの番をしなければならない。


森を迂回するかのように敷かれた街道には、もちろん灯りの付いた街灯などなく、夜になれば森の木々や草原の草花が音を吸収して静かなことこの上ない。

いくら街灯が無いと言っても、天には淡く輝く二つ月が揃って半月を作っているので、道を見失うようなことはなく、寧ろ月明かりで青白く塗られた世界は幻想的で美しかった。

この夜、右側の森の奥では魔獣達が嫌う月光草が光胞子を吐き出しているので、いきなり暗がりから魔獣に襲われるという心配もなさそうである。


ここは自由都市国家ラプトロイから紡績都市国家ブラーダへと続く辺境縦断道で、日中ならば常に人や荷馬車が往来する辺境の大動脈だ。

だが陽も暮れてしばらく経つこの時間は、人も馬車も既に街に入っているか、街道沿いに三カ所ある宿営地で野営をしているはずで、街道には動くモノの影もなく、静寂そのものである。


しかし一つだけ、馬車の往来もないはずなのに馬鹿正直に道の端を歩く人影があった。


丈長のフード付きマントの中は、いつもと同じ白い高襟のシャツに黒いズボンという服装で、足元はだいぶ使い込まれているが、よく手入れされた頑丈そうな長編みの半長靴を履いている。

武器は愛用の短槍のみで、防具の類は身に着けていない。

まだ気温が下がる時期ではなく、こんな夜中でもマントを羽織れば少し暑いくらいであった。


そう、辺境縦断道を北の向って歩くのは道具屋である。もちろんロウの首には黒蛇のディルが巻き付いていた。

ラプトロイの東門を出たのが鐘二つの刻(鐘一つ刻は九時、鐘二つ刻は十三時、鐘三つ刻は五時、鐘四つ刻十七時くらい)をだいぶ過ぎた位で、門番には閉門まで帰らなくても門は閉めるぞ、と脅されて出てきた。

街を離れるにつれ人影はとんどん減っていき、陽が沈んでからは途中の宿営地に入っている商隊や旅人を見たくらいで、街道を歩く者はロウ以外全く居なかった。


もちろん、道具屋の主従がこんな時間に歩いているのには訳があった。

この先にある街道との分岐路から少し森の中に入ったところにある小さな村に行く予定で、その村への到着が夜中でなければならないのだ。


何故夜中なのか。

その村、テングド村は人間族だけで三百人が暮らしていた村で、農耕と森の恵みで細々と生活する中規模の村であった。

過去形になるのは、この村が数十年前に起こった魔獣の襲撃によって全滅してしまったからである。

しかも、運が悪い事に襲撃してきた魔獣の中には、嘗ては魔法士か貴族であった者が闇に呑まれてリッチという魔獣となったモノが居て、殺された住民の殆どがアンデッドやスケルトンに変えられたのである。


リッチによって生み出されたアンデッドやスケルトンは通常の攻撃では倒されることはない。

身体をバラバラにしても、魔石を破壊しても、数日経てば元通りに復活してしまうのだ。


高位の光浄化魔法を当てれば消滅するのだが、そんな術者は滅多にいるものではなく、永遠に生あるモノを襲う魔獣として存在しなければならない。

まさに悪魔の所業だが、リッチが討伐されてしまえば、自分が死んだ場所に囚われて、その場から移動することがないのがせめてもの救いである。


ロウが今デングド村に向かっている理由が、村を徘徊するスケルトンにあるのだった。

不死の者は昼夜なく徘徊し生ある者を襲おうとするが、夜明け近くのほんの数刻だけ好戦的な感情が薄れ、動きも鈍くなるのだという。



三日ほど前の休日、シモンと二人「辺境大市」を巡っていたロウは、一つの道具を購入している。

いや、道具と言うよりそれは限りなく生物に近い不完全なものである。


付喪魔。

別名を幻魔族という種族は、人族では見分ける事が出来ない強力な隠蔽を地震に掛けていて、人知れず人族の中に紛れ込んで生きてきた。

稀に自我を持つ魔剣などが発見されることがあるが、それらは全てこの世界の魔素に当てられ、ただの道具から幻魔族へと昇華した「魔」である。


実際、その「道具」は、普通の人が見れば宝石も豪奢な装飾も無く、ただ奇妙に白黒で塗られただけの仮面であり、芸術的価値も全くないようなものである。

実際、売値も銀貨一枚(10,000ギル)とまぁ良い値段であるが、買う者にしてみればそこまで出しても欲しいというものでも無いのだろう。


急に露店の前で立ち止まったロウにシモンが問いかけてくる。


「ん、どうしたんだ?何か見つかったのか?」

「ええっと、ちょっと気になるモノがありまして。お兄さん、この仮面、確かな仕入れかな?」

「おっ!買ってくれるのかい。確かって聞かれればどこぞの闇市なんかで仕入れたモンじゃない、と答えよう。」

「うん、白黒の様子が壁に飾れば良いと思ってね。気になったのです。」

「これは確か、オブトル王国で開かれた没落貴族の資産競売で売れ残ったやつだよ。まぁ兄さんが言うように屋敷の装飾品か何かだな。」

「10,000ギルとは結構する・・・。」

「やっぱり高いかねぇ。見る客は何人かいたんだが値段で興味を無くしてしまうんだよ・・・。」


そんなやり取りを聞いていたシモンが、悪戯っ子のように悪い笑みを浮かべて間に入ってきた。


「店主よ、高いと思っているなら値を下げるべきであろう?少し勉強してみないか?」

「い、いや・・・結構ギリギリの値段でやってるんだよ。今晩の宿代も稼がないと・・・」

「さっきは競売の売れ残りと言ったな?大方纏め買いした山の中にあったモノだろう?売れれば御の字、ではないか。」

「ちぇ!口が滑ってしまったかい。う~ん、今日は売れ行きが悪くてさ、少しでも高く買ってくれないかねぇ。」

「3,000ギル。」

「ちょっ!!!ひでぇ、お姉さんの綺麗な顔がオーガの顔に見えてくるぜ、8,000ギルだ!」

「3,500ギル。」

「マジかよ、普通はそこで4,000ギルでしょ!7,000ギル!。」

「5,000ギル。」

「うぉ!姉さん商売上手いね。姉さんがいたら俺の商品なんか全部売り切るんだろうな、売った!!」

「よし!ロウ、これで良いかな?」


二人のやり取りを呆れ顔で見ていたロウが代金を支払い、仮面はロウのものとなった。

半値まで値切ったシモンがドヤ顔で胸を張っている。


「・・・感謝いたします、シモン様。」


ロウはディルが顔を出している肩掛けの鞄の中に隠していた、魔法拡張鞄の中に仮面を収納した。



その日の夕食もシモンと共にしたロウが、彼女が住む第二防護壁の西門まで送った後、自分の店まで帰ってきたのは夜も遅くである。

食事はシモンが是非にと言う一般区にあるこじんまりとした食堂だったが、出てくる料理の見た目も味も良く、店の雰囲気まで落ち着いていて、とても満足のいくものであった。

多少の酒も飲んだシモンは終始上機嫌で、これまでの探索の話など普段はあまり口に出さない事まで聞かせてくれたのだった。


ロウは裏の勝手口から家に入り、二階の居住スペースには行かずそのまま工房へと向かう。

魔法拡張鞄から仮面を取出して作業台の上に置くと、改めて【鑑定】を発動させ仮面の詳細を調べてみる。


名 称:操魔の仮面(幻魔族)

能 力:魔力吸収/憑依/無属性魔法/自己再生

状 態:昏睡 

原 料:不明


名は個を語るというが、魔を操る仮面なら装着者の魔力を使い、自分の思い通りに操るということだろう。

仮面の能力にある生命力吸収は、自分か生きていくため他の生物に寄生するといった所か。


ロウは付喪魔と話をしてみたい、と強烈な欲求に捕らわれていた。

この仮面が付喪魔となってどれ程の時が経ったのだろうか。その間、この仮面は何を見て何を思ったのか、それを語って欲しいと痛切に願わずにはいられないのである。


「さて、どんな方法が良いか、思案のしどころですね。」


昏睡状態から覚醒させるのは難しい事ではない。

おそらく、人族で言うところの「魔力枯渇」状態と似た症状であろうから、無くなった魔力を補填してやればよい。

ロウが使う古代魔法では、魔法陣を作って魔力を注ぐことが基本であるから、仮面の何処かに魔法陣を描けば魔力を流すことは可能であろう。


ただ、覚醒させたのはいいが、そのままでは魔力供給できずに再び昏睡状態へと戻ってしまうのは間違いない。

仮面を装着させる何らかの「憑代」が必要だった。


そこでロウは悩んでいるのだ。

誰か人族に装着させるというのは論外である。仮面の能力にある【憑依】は装着者の自我を奪う能力であるはずだ。

かといって人型魔獣のゴブリンやオーガなどに装着させても、人語を理解していないので意思疎通もできないし、ただ知恵がある魔獣が誕生しそうで危険極まりない。


「う~ん・・・。機械人形かゴーレムか、ホムンクルスか。どっちにしても時間が掛かりますね。」


機械人形は古代文明の遺跡から稀に発見されるモノだが、これまでに稼働しているものが発見されたことは無いし、その構造は複雑で機能を理解できた者はいないという。

それ自体が魔力を持つモノでもないので、操魔の仮面との相性は良くないと予想できた。

ゴーレムもホムンクルスも、人族によって人工的に創られた例は数えるほどしかなく、完成した個体も体は剣ほどの大きさが限界であり、寿命も短かった。


「やっぱりアンデッドかスケルトンでしょうね。もとは人族だし言葉も通じるかも知れません。」


ただ、不死の者を使うとなると、それはそれで問題が出てくる。アンデッドでは腐臭をばらまくしスケルトンは肉体を持っていないのだ。

第一、街中にアンデッドやスケルトンがいるとなれば、すぐに討伐されるだろう。

人族の間では、アンデッドやスケルトンに殺されると、殺された者も不死の魔獣となって徘徊することになる、と根強く信じられているのだ。


「そうなると、スケルトンをベースに使った錬金生物、か。」


錬金生物とは、ようは魔法士や錬金術士が創る「使い魔」の事だ。

その製法は確立されたものもは無く人によって全く異なるので、使い魔が生まれるのは全て偶然の産物であるとされている。

ロウ自身はまだ錬金生物を作ったことは無いが、その製法は師より何通りか伝授されていた。


ロウは記憶を辿り、人型により近い錬金生物の製法を頭の中で組み立てていく。

食事の時に少しだけ飲んだ蒸留酒が、ロウの頭の回転を滑らかにさせていた。


まずスケルトンがいる場所まで行き、適当な一体を群れから引き離して隷属魔法を掛け、従魔化する。

従魔化したスケルトンは因縁の地から離れる事が出来るので、そのまま魔水晶が採取できる山まで行き、適量を採取する。

土魔法と錬成を使って魔水晶をスケルトンに定着させ、仮の肉体を作る。

仮の肉体は骨格に合せた身体、つまり生前の姿に近いモノになるので、材料削減のためなるべく小さな個体が望ましい。

魔水晶のままでは肉体は脆いので、スライム系またはゴーレム系の魔獣を倒して、その肉体と魔水晶の身体と等量交換する。

この時、スケルトンとしての魔石は消滅し、新たな核が構成されるが、それは術者の魔力量によって内包魔力が変わってくる。


この製法はロウが知る中でもっとも簡単な方法だが、今は眠っている付喪魔にとって十分な内包魔力を持つ個体になるかどうかはやってみないと分からない部分である。

スライムかゴーレムを倒さなければならないのがすこし厄介ではあるが、ディルならば問題なく倒してくれるだろう。


「うん、これで行きましょう。付喪魔が憑代を上手に操れるかは未知数ですが、やる価値はありそうです。」


ロウは満足そうに頷くと、仮面を工房奥の空間倉庫にしまってから二階の居住部屋へと戻っていった。



目的地の近く、辺境縦断街道との分岐路に到着したロウは、月の位置をみて夜明けまでの時間を測る。


「村に到着するのは丁度夜明け前、ですか。少し急いで下見もしておきましょう。」


首に巻き付いたディルを一撫でするとロウは足を速め、まるで走っているかのような速度で、荒れた道を森の中へ向かって進んでいった。



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