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辺境の道具屋  作者: 丸亀四鶴
11/62

11.道具屋と黒い楪


短い雨季が終わってしばらく経ち、雲一つない空から陽の光が容赦なく降り注いでいる。

それでも南側の海から流れ込んでくる湿った空気は「魔境」の森に吸収されるため、自由都市国家ラプトロイは湿度がそれほど高くはなく、昼夜問わず過ごしやすい。


この時期は魔獣の活動が活発化すると言われ、事実、探索者組合には防護壁外の農場から魔獣の討伐依頼が多く寄せられていた。

街内にある迷宮でもそれは同じで、迷宮内の魔獣が普段より凶暴化し、時には「亜種」と呼ばれる力も知恵もある魔獣も出現し、探索者達を苦しめる。


こうした状態が続けば、当然探索者達の武器や防具の消耗も早くなり、整備に出したり新しい物を購入したりする必要が出てくる。

そして、兵士や探索者達の活動が活発化すると物流も多くなり、自国だけではなく他の国からやってくる商隊も増えてくるのだった。


辺境縦断道とは、北の山を挟んで反対側にある鉱山都市国家グランデル、南の海に近い自由都市国家ラプトロイ、その中間にある紡績都市国家ブラーダを結ぶ街道である。

さらに、ラプトロイとブラーダの中間地点からは、西のハウンドール王国へ向かう新たな横断街道が、グランデルからも北のオブトル王国への街道が整備されており、これらの道を総称して辺境大脈路と言われている。


商隊はこれらの街道を通って一斉にラプトロイに向けてやって来る。

その荷の種類は多岐に渡り、鉱山都市からは大量の鉱石や武器防具の類が、ブラーダからは麻や綿、そして衣類が、中央からは珍しい宝石や魔道具、食料品などが入り、逆にラプトロイに保有されていた迷宮産の宝や、魔境の素材が放出されるのだ。

さらに、それらの商隊の護衛としてやってきた他国の探索者や傭兵達も、帰りの護衛仕事が出始める間は迷宮や魔境に出向いて副収入を得ようとするのだ。


普段は辺境の都市国家を巡る商隊キャラバンくらいしかいない街道が人と馬車が常に行き交い、この時ばかりはラプトロイの北門も解放されている。


まさに「絡繹」と言う言葉が相応しい時期であり、ラプトロイの目抜き通りは「辺境大市」と称して何時にも増して活気に溢れていた。



街の活気など無関係とばかりに、相も変わらず閑古鳥が鳴くのは裏路地にある「道具屋」である。

表の扉には「開店」の札を掛けているにも関わらず、店を開けて半刻も立つが、まだ一人も客は来ていない。そう「客は」なのだが。


「ロウ。この店の珈琲は実に美味しいな。」

「ヴェルモートル様。ここは珈琲を飲むお店ではなく、物を売る道具屋なのですが。」

「だが、私の前にこうして珈琲がある。小腹が空けば軽食も出てくる。」

「・・・それはヴェルモートル様がご所望でしたので。お断りする訳には・・・」

「ロウ。私のことはシモンと呼びすてて構わないと、かねがね言っているはずだが?」

「・・・。」


同じような会話を、ほんの十数日前にカウンターを挟んで交わしたばかりだった。

ロウは長閑に話を進めるシモンを前にして、引き攣った笑顔を浮かべている。


今朝、いつも通りに店の扉を開けると、まるで冬のような冷気が襲い掛かり、ロウは単独で「魔境」へ入っていった自分の考えが間違っていたことを思い知らされた。

それはそれは素晴らしい笑顔で店の前に建つシモン・ヴェルモートルを、ロウはこの時ほど恐ろしいと感じたことは無い。


その場で立ち尽くすロウを強引に店の中へと押し戻し、定位置であるカウンターの一番奥の席に座って珈琲を注文したのがほんの少し前の事だ。


「ヴ、ヴェルモートル様、もしかして何かお怒りになっていらっしゃる・・・?」

「いや、怒ってなどいないぞ。ロウが私との約束を反故にし、たった一人で魔境へ行ったことなど怒ってなどいないぞ。」


カチャリとカップを皿の上に置き、シモンは満面の笑顔をロウ向ける。

その仕草だけなら、この世の男ども全員が見惚れてしまうほどであるのに、彼女の周りには黒い霧と青の冷気が纏わりついているかのように見えて、ロウはそれどころではなかった。


もちろんロウは、あの日シモンが本気で一緒に「魔境」に行きたいと言ったのではない、と思っていたのだが、それを言い訳にしては拙いということだけはなんとなく分かる。


「も、申し訳ございません!」


ロウは直角に腰を折り、頭を下げて謝罪の言葉を口にする。もうこれは謝罪するしかない、と本能が教えていた。


「・・・。」


シモンの沈黙が店を支配する。


「ふう・・・。」


そんなため息が聞こえた後、ひんやりとした手がロウの頭に乗せられ、優しく銀髪を撫でた。


「全く。一人で行動するのは危ないと言っているだろう。迷宮や魔境では何が起こるか分からないのだから。」

「はい・・・。今後気を付けます。」

「まぁ、無事で帰って来たわけだし、小言はこれで終わりにしようか。」


どうやらシモンの怒りも収まったようで、ロウはホッと息を付いた。


シモンとの最初の出会いからもう数年経つが、二人はお互いの事を詮索せずに少し距離を置いた付き合いを続けている。

もちろん男女の関係になっているでもなく、彼女が求めているのも「男」としてのロウではなく「別」のロウなのだということも理解していた。


ロウは彼女の武器防具を作り、偶に珈琲と軽食を供する。

他の常連さんに比べても少しも特殊な位置付けではないのだが、二人の間に起きた事件が他の誰にも見えぬ繋がりを作ってしまったのだ。


勿論、そんなことは表に出さない二人であるのだが。


「だがロウ!君が私との約束を反故にしたのはこれで三度目だ。それは償って貰わねばならん。」

「は~、もう如何様な罰も受けますので、何卒ご容赦ください。」

「三度だから三回権利があると思うのだ。」

「もう、ヴェルモートル様の思いのままに・・・。」


もはやロウに反論する気力など無い。

彼女の強引さは身に染みて理解している。ここで反論でもしたら、さらなる怒りを招くのは火を見るより明らかである。


「そうか、それでは一つ目、次の休日は私と一緒に街の散策だな。」

「へ?」

「うむ、他国から大きい商隊が続々と来ている時だし、今回は第二防護壁周りの周回通りまで解放して市を開くらしい。」

「ああ、前回は東大通りを使って大混雑になって、あとで大揉めしましたからねぇ。」

「うむ、別に何か欲しい物がある訳ではないが、他国の品々には少し興味がある。ぜひ行こう。」

「私でよろしければご同伴させていただきます。」

「よし!では二つ目だが、私を族名ではなくシモンと呼ぶこと。」

「え?い、いや、それは流石に不敬では・・・」

「何を言っているのだ?族名は貴族のような家名とは全く異なるものだ。貴族ではない私に不敬など当て嵌まらないぞ。」


妖精族は人間族では覚えきれぬ長い名を持っているが、普段は真名と、族名と呼ばれる一族の出自名を併せて名乗っている。

貴族が名乗る姓とはまた違うもので、それは自分か妖精族である証明みたいなものなのだ。


「いやいや!リミテッドの探索者様を呼び捨てなど出来ません!ましてやあの連中が何と言うか・・・。」


ロウが言うのは、この街で知らぬ者はない一団、シモンに全く相手にされていないにも拘らず彼女を女神と崇拝し、何かと騒ぎを起こしている連中のことである。

ロウは過去に何度も一人歩きの夜の街で殺気を感じ、日中でも街を歩く時は極力気配を消しているほどなのだ。


「心配ないぞ?ロウが「魔境」に行っている間ちょっとした悶着があってだな、はっきり言ってやったのだ。」


聞けばシモン様。

身の程知らずに口説いてきた男を一瞬で地に這わせた挙句、ケンカ騒ぎを遠巻きに見ていた公衆の面前で言ったそうな。


「私はすでに道具屋のモノだ。私とどうこうしたいのであればそれ相応の対価を道具屋に支払ってもらおう。安くはないがな。」


今度こそロウは表情を無くした。シモンが言ったセリフはロウにとって死刑宣告に等しい内容である。

まだ明らかにされていない三つ目の要求の事を思うと、本気で街から脱出することを考えたロウであった。



少し日が過ぎて、今日はラプトロイの休日である。

外からの商隊が次々と入国してきて、街の賑わいが日に日に大きくなっている。


今、ロウとシモンが並んで歩く西大通りも、外からやって来た商隊も露天商組合から空きスペースを借りて出店を出しているので普段より営業している店が多い。


ロウはいつもと同じ格好で白シャツと黒ズボン姿であり、肩から下げた革の鞄からはディルが顔を覗かせている。

シモンも軽装で、ロウに合わせたように白のシャツと黒のタイトパンツ姿。ただし腰には愛用のレイピアを挿していた。


第二防護壁の西門で待ち合わせした二人は、そのまま防護壁の周りに立ち並ぶ移動商店を見て廻り、第三防護壁西門に向かってゆっくりと歩いていた。


第二防護壁は貴族や騎士、大商人など特別な身分が与えられた者達の居住区と、庶民らが住むエリアとを隔てる壁でもある。

当然警備も厳しく、人々が出入りする通用門も第四防護壁の門と同じくらいの兵士数が常駐し、警戒に当たっていた。


リミテッドクラスの探索者にもなると、治安のよい第二防壁内に住む事を許されている。

当然シモンも第二防壁内に屋敷を持っており、探索中の留守と身の回りの事はメイドを二人雇って生活しているということだった。


第二防護壁沿いの道は、有事の際は兵が展開する道でもあるため道幅が14mもあるのだが、普段から庶民が通ることは殆どなく閑散としている。

しかし、今の時期だけは壁の反対側に商隊の馬車が何十台も連なり、自分の馬車の後ろに簡易な店を広げて集めてきた商品を並べているので、貴賤問わず多くの人で賑わっていた。

第二防護壁付近に店を出す商人は、骨董品や宝石、ガラス工芸品、など高級品を扱う商人が多いのだが、見るだけならばタダとばかり、この時だけは多くの庶民も冷やかしに訪れるのである。


ロウとシモンも、何か気になる店を見つけては足を止めて覗いたり、時にテラスで茶を喫して休んだりと、ゆっくりとした足取りで数多く並んだ店を見て廻った。

結局このエリアでは二人とも欲しい物は見つからず、一番の賑わいを見せる西大通りへ流れてきたのであった。


「やっぱりすごい人出だな。毎年のこととはいえよくこれだけ集まったものだ。」

「シモン様、少しテラスなどで休まれますか?朝からだいぶ歩き回りましたから。」

「ふふふ、私を誰だと。迷宮も十二層くらいまでなら日帰りもできるのだぞ。」

「はは、そうでした。」

「うん、やはり名前で呼ばれるのは気分が良いな。私達の距離がだいぶ近付いたようだ。」


そんな軽口を言い合いながら上機嫌のシモンと、どこかぎこちない笑顔のロウが並んで歩く姿はまるで恋人同士のようである。

事実、シモンを知る者達は、普段から男を寄せ付けない彼女がこうして男と二人で歩いている姿を見て驚愕し、思わず往来で立ち止まってしまったほどだった。


辺境で知らぬ者はいない【雷滅の黒蝶】の二つ名をもつシモンが誰かのものになった、という噂は本当だったのか、と。


そんな公衆の目を敏感に感じながら、体を小さくして歩くロウの目に止ったのは、第三防護壁にほど近く大通りの外れに拵えていた露店であった。

その露店から流れてくる、人間族ではまず感じることは出来ない独特の魔力の質を感じ取ったのである。


他の露店と同じように日よけ代わりに布を三方に張り、木箱を裏返したその上に商品を並べているだけの変哲のない露店である。

店主は中年の男で、服装から判断すると北のオブトル王国辺りからやって来た商人であろうか。


そして、ロウが見入っているのは、何の素材で作られているのか分からない奇妙な仮面であった。

人の顔を模しているが、目の部分だけ薄く開口があるだけのシンプルな作りだ。半面が白色で残りが黒色に塗られている。


店の前に立ったロウは店主に悟られぬよう【鑑定】を発動させ、異様な魔力を放つ仮面の詳細を調べてみると驚くべきことが判明する。


名 称:操魔の仮面(幻魔族)

能 力:魔力吸収/憑依/無属性魔法/自己再生

状 態:昏睡 

原 料:不明


幻魔族とは、「古き者」と呼ばれる者達の中でも既に絶えて久しい幻の種族で、この世に何時どのようにして生まれたかもはっきり分からない謎の多い種族であった。

それは「生物」と呼ぶには少し語弊があるように、人族にとって「モノ」でしかないのに、それが自我を持ち、「生」を主張していたのだ。


幻魔族がまだ世に多く存在した時代、人族は彼らの事を「付喪魔」と呼んでいた事を知る者は、もうほとんどいないのだが。


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