乙女ゲームが真実とは限らない!?
「あああぁぁあああ~~~~~~~!!!!!!!」
深い深い溜め息を吐いたのは、リサ・フェルト。
ピンク掛かった栗色のふわふわと波打つ髪を持つ清楚な雰囲気の可愛らしい少女。
王都と国境の間辺りにある小さな農村に生れた、ごく普通の農夫婦の娘に過ぎない彼女は、幸か不幸か、いや、彼女にとってはとても不幸なことに精霊に愛されていた。
彼女は、幼い頃から自らの奇特性をよく理解し、ひた隠しにしていた。
と、いうのも、彼女には前世の記憶があったのだ。
名前を佐伯理紗という、恋に恋するどころか、好きな人も出来なきゃ、モテもしないと乙女ゲームに恋を求めて、気づけばアラサーという侘しい人生だった…。
そんな彼女は、何の因果か、最後に駄々はまりした乙女ゲーム、『精霊姫の華やかな恋』のヒロインに転生してしまった。
確かに、確かに、駄々はまりしていた。
だが、現実問題として、中世ヨーロッパ風の身分制のある世界で、ただの農民の娘が貴族ばかり集まる学園に行き、ましてや恋をして貴族の位を貰うなど、仕来たりばかりの生きにくい世界で、どれ程の努力が必要か…。
そんなガッツがあれば、前世の彼女だって恋人を捕まえられただろう。
そして、そんなガッツのない彼女は、まあ、どうせまた恋は出来ないだろうが、親の決めた相手と家庭を築けばいいと楽観視していた。
恋は出来なくても、リサは情がない人間ではないのだから。
だが、そんなリサの計画を嘲笑うように試練は起きた。
本来の乙女ゲームでは、ヒロインは、自らの奇特性に気付かず、また、決して学が高いと言えない村の人々も、精霊と話すヒロインを変わり者の娘と思いつつも、温かく見守っていた。
そして、十年ほど王都に修行に行っていた村に代々続く教会の息子が帰ってきたことでヒロインが『精霊姫』と呼ばれる、精霊に愛されていた特別な存在だということが分かり、ヒロインはこの国一番の学園へと入学させられる。
そんな筋書きを壊すために、リサは、人前ではひたすらに精霊達を無視した。
当然、教会の息子も気付かなかった。
だが、運の悪いことにその年は国中で日照りが続き、夏は猛暑に襲われ、収穫量も激減、冬は雪が荒れ降り、水不足や餓死者を多く出した。
そんな中、何故か小さな農村を中心にその周辺だけ雨が降り、収穫量も例年より少なくとも問題なく冬を越せる量を保っていた。
家族や村の人に死んでほしくないという優しさ、教会の息子にバレてないしという見通しの甘さ、その結果、彼女は、精霊姫だと国に勘づかれ、原作通り、国一番の学園に放り込まれたのである。
「確かに!確かに!原作でもちょっと強引な所はあったかなぁーとは思ってたけど、ハミルド様のゴリ押し半端なくない!?」
「彼もなりふり構っていられなくなったのでしょう…。リサってば、誰との恋愛ルートも進めないんだもの」
「ふつーにイヤ!小さい頃から馴染んでるカリアナですら苦労する世界だよ!?前世からの根っからの平民娘に貴族の奥さんが出来るわけない!!シンデレラストーリーは物語だから美しいの!私はそんな苦労ごめん被る!!」
「いいじゃない…まだ、血は繋がってないじゃない…」
そう言って遠い目をしたのは、カリアナ・ギルゲイン。
ギルゲイン侯爵家の令嬢にして、『精霊姫の華やかな恋』のお邪魔虫キャラ。
本来なら選民思想に塗り固められた傲慢で我儘な王太子、ハミルドの婚約者筆頭にして、剣の腕なら国一番と吟われるレイジェン・ギルゲインの異母姉。
そんな彼女の劇的beforeafterの原因も前世も記憶である。
前世の名前は不明だが、バリバリのキャリアウーマンとして働いており、理紗と違い恋人も居り、三十路を過ぎ、結婚が決まった矢先に浮気相手の妊娠が発覚。
「お前なら一人で生きていけるけど、こいつには俺しか居ないんだ!」と聞きなれたセリフと共に別れ、その後に事故死。
気付けば、妹に勧められて見たアニメに転生。
没落フラグをへし折る傍ら、見え隠れする攻略キャラの本性に気付き、今ではサポートキャラよりヒロインに有益な情報を流している。
そう、例えば、乙女ゲームのメインヒーロー、ハミルドの少し天然な穏やかな性格は都合が良いからであって、素は国と民を想う優しさはあるものの、その利益の為には手段を選ばない性格で、表の天然は毒を吐いたり、追い詰めたり、ゴリ押しするのに丁度良いからという理由だったり、国益の為に精霊姫の血を王侯貴族に迎えたがってるなどである。
そして、乙女ゲームでは、カナリアの選民思想とレイジェンの男尊女卑思想の決め手となったレイジェンの引き取り、及びに冷遇は、カナリアの出来る範囲で改善した。
まあ、せいぜいカナリアが優しくすることしか出来なかったが、結果、好意を持たれた。
なぜこうなった!?とカナリアは、頭を抱えたが、ある意味当然である。
自分を見ない情婦の実母に顔を会わせる度に癇癪を起こす義母、そしてそれをせせら笑いメイド達の中で、唯一手を差し伸べてくれた少女。
落ちない方がおかしい。
だが、カリアナからしてみれば、話が違う!!と声を大にして叫びたかった。
乙女ゲームのレイジェンは、剣一筋の脳筋で、恋に奥手な純情派。
特殊な家庭環境は逆に女性に理想を求め、いっそ男尊女卑と言われた程である。
まかり間違っても、父や国王に条件付きだがカナリアを妻にする事を認めさせるような、外堀から埋めていく狡猾さは無かった筈である。
そして、疑問に思い観察すれば、攻略キャラの乙女ゲームの性格と本性の違いにドン引きした。
全ては、狡猾な男達の都合の良い外面で、最近では精霊姫を落とすために使われている。
だが、卒業間近になってもリサが誰にもなびかない為、焦れたハミルドのゴリゴリ押し始めたのだ。
「異母姉弟でよくもまぁ、結婚まで漕ぎ着けたね…。執着心がマジで怖い…!」
「それ、私が一番感じてるから!!あと、ほら…あの子認知されずに、養子って形で迎えられてるから…」
「わりと初期から狙われてる…!?」
「違うよ!てか、ルーリアの方はどうなのよ!!」
「やめて!現実を見せないで!!」
そう嘆くのは、ルーリア・メルセイ。
建国時から国を支えてきた他の貴族からも一目置かれる、…貧乏伯爵家の令嬢である。
乙女ゲームのサポートキャラで、歴史古き伯爵家のご令嬢として、貴族との繋がりも深く情報通でありながら、通いの使用人を数人雇うのがやっとの家庭で、出来ることは自分で!という教育をされていた為、ヒロインと意気投合する。
そんな彼女もまた転生者であった。
だが、二人とはちょっと違う。
きっと前世の記憶は他の二人よりも鮮明であると自負するが、他の二人よりも前世の記憶の影響もまた受けていないとも自負している。
そんな彼女の前世は、いわゆるコミュ障といわれるもので、小中で友達作りに失敗。
一人ぼっちの教室が居ずらくて不登校。
なんとか高校を受かったものの、また友達作りに失敗。
いっそ死んでしまいたいと願っていたら、手違いで殺してしまったと自称神様が現れ、一つだけ願いを叶えてくれると言うので、次はコミュ力カンストしたい…と願ったのだ。
そして、気付けば、ハマっていた乙女ゲームのサポートキャラに転生。
前世の記憶は鮮明で、根本の好みや価値観は同じだが、気軽に人に話しかけ、盛り上げれるバランス感覚の上手な今と、もたもたしてるうちにグループが形成され、話しかけられてもおどおどしてた前とは似ても似つかない。
そんな彼女は、今世で好奇心は猫をも殺すということを身をもって体験している。
前世なら危うきには近寄らず、見ざる聞かざる言わざるを徹底していたが、今世の彼女は、好奇心のまま、深く考えもせずに突っ込んだ挙げ句、藪から蛇を出したのだ。
なんだかやたらと相手の警戒心とやる気を削ぎ、油断させるお得な性格で、情報収集をしつつヒロインに情報を流していたルーリアだったが、カリアナが現れ、警告を促してきたことで、自分の情報とカナリアの情報の齟齬が気になり、より多くの情報を集め、矛盾点を見つけた。
あいにくと推理する頭は無かったし、だからどうしようというつもりもなかった。
だが、たまたま。
本当にマジでたまたまなのだが、前世のイチオシキャラのエレイク。
乙女ゲームでは、浮世離れした清廉潔白の神官見習いの美少年である彼と関係を持ったという女性や少女が複数名居たのである。
本当か、妄言か知らないし、調べる気もなかった。
ただし、目の前で密会が行われているというのならば別。
と、彼女は好奇心の赴くままに出歯亀し、結果見つかって、現在狙われているのである。
ーーーーー
「ねぇ、どういうこと?」
柔らかい声音なのに何故だかやたらと迫力のある声にその場にいた全員が、ゾクリと肌を粟立たせた。
「確かに彼女達も有益だけど、優先順位が違うよね?」
「…すまない」
「え…?何?精霊姫を迎える以上に彼女達は有益なの?自分の立場分かってる?」
畳み掛けるように責め立てる青年、ハミルド。
幼い頃から知る仲間内の為、彼は苛立ちを隠す様子もない。
「ミハルドは彼女を気に入ってるだろう…」
「だから何?僕の利益なんて国の利益に比べればちっぽけな話だろう?」
そう言いきるハミルドに仲間達は、苦笑する。
「優しい僕に真面目なユーフェル、世話焼きなタルダンに真っ直ぐなレイジェン、無邪気なスレインに浮世離れしたエレイク、チャラけたギゼル。これだけの選択肢があれば、誰かしらに落ちると思ったのに…!」
そう、乙女ゲームの設定と言うべきか、表向きの性格と言うべきか、先に述べた三人の除けば、真面目でお人好しな公爵令息のユーフェル、爽やかで世話好きなハミルドの乳兄弟のタルダン、元気で無邪気な辺境伯令息のスレイン、残念な女好きの伯爵令息のギゼル、この四人が攻略キャラである。
そして、レイジェンとエレイクを加え、すでにリサによってフラグをへし折られ済みの六人となる。
「全員残っていても難しかったんじゃない?精霊姫ってば、俺ら全員避けてたし」
「…学園の広さをあれほど憎んだことはありません…」
「僕なんて、会うのに半年もかけちゃったんだよ!!」
上から、タルダン、ユーフェル、スレイン。
彼らの言う通り、リサは、ルーリアとカナリアの協力の元に攻略キャラを全力で、避けていた。
「顔見知りになった時には、すでに二年近く経っていたしな…」
レイジェンは、カナリアと近かった事で、避けやすく、三年に上がる前にやっと名前と顔を覚えてもらった位である。
もちろん、リサはレイジェンを昔から知っているので、敢えて覚えてないフリをしていただけであるが。
「避けられないと割りきった瞬間に友達売るし…」
リサが聞けば、勝手にハニートラップに掛かったのだろうと良いそうだが、遠回しにハニートラップを仕掛けていた。
本性が腹黒ド鬼畜なユーフェルに勝ち気な少女、ハミルドの為になら何でもするタルダンには同じハミルド崇拝者の少女、無邪気で残虐なスレインにはツッコミ体質の少女、影が薄く無口で無表情なギゼルにはおしゃべりな少女。
全てカナリアとルーリアの情報を元にいつか使えるかも…と打算込みで仲良くなったリサ達の友人の一部で、実際にうまい具合に噛み合ったのである。
もちろん、ハミルドやレイジェン、エレイクにも仕掛けられている。
だが、国益第一のハミルドはなびかず、エレイクもリサの知らないところでルーリアと出会い、何でか気に入ったらしい、
レイジェンの事に関しては、面白半分で突っついたらレイジェンがカナリアへの恋を芽生えさせてしまった…。
反省はしてるが後悔はしてない。と言うのがリサの言である。
「てか、彼女の本性が未だに掴めない…」
そして、リサは攻略キャラの前で全力で猫を被った。
ハミルドやタルダンの前で無礼なまでにハキハキした少女、ユーフェルの前ではおどおどした大人しい少女、レイジェンの前では女性特有のドロッとした少女、スレインの前ではバカで頭の軽い少女、エレイクの前では気が短いせっかちな少女、ギゼルの前では男性恐怖症。
彼らの神経を逆撫でする、もしくは関わりにくい少女を演じるのである。
もちろん、彼らの前でリサの性格が変わるのは皆が知っていたが、媚び売る所か避ける為の演技の為、わざわざ咎める人は居なかった。
「よく、そんな女性相手にしてて心折れないね…」
そんなあからさまに関わりたくないです!と絡みづらい性格を演じる彼女に心折れそうになったところで、自分好みの少女と出会い六人はすっかり心折れたのだ。
「だから良いと思わない?彼女なら立派に王妃を演じられると思うんだ」
その言葉に全員が納得した。
いくらカナリアやルーリアの助力があったとはいえ、ただの農家の娘に過ぎないリサが、幼い頃から次期権力者を約束され、幼少から魑魅魍魎の蠢く貴族社会を生きていけるようにと教育された、その中でも見た目も能力も一流の、大人さえ化かす有能な少年達を相手に本性すら見せずに、それどころかフラグをへし折り続けるなど並大抵の能力じゃない。
それこそ、ハミルドの望む、最も国益になる王太子妃を演じることも出来るだろ。
「取り敢えず、彼女の進路をどうするか…だね」
ただの農家の娘で、学園に通うお金などないリサは、特待生として全額免除、全て支給の為、国で進路を決める事が可能なのである。
「まあ、無難なのは神殿預りだけど…」
「それじゃあ、僕との接触がかなり減る…」
「剣術も魔術も頭も悪くはないが、たかだが三年の技術と知識じゃ、騎士団や魔術師団、文官にするには足りない…」
「精霊姫を侍女にするわけにはいかない…」
全員が頭を悩ませる。
「仕方ない…。こうなれば、なりふりかまってられない。早く王妃教育もしたいし、言質をとって婚約者にしよう」
「…出来るの…?」
「奥の手だったが仕方ない。この三年間で精霊姫なかなかの地位を学園内で築いている。
女生徒からの嫉妬からある程度、身を守ることも出来るだろうし、なりふり構わず接触を試みる」
「では、精霊姫に憧憬する愚かな王太子ではなく、一人の少女に惚れ込んだ一途な王太子だと思われるように世論を調整しておきます」
「うん、お願いね」
こうして卒業までの一年を切った頃に、転生した少女達の知らないところで話は纏まった。
ーーーーー
「ハミルド様!ミス・フェルトは、先ほどあちらに向かいました!」
「ああ、ありがとう。えっと…」
「ディーン子爵家のシェリーヌです!」
「ディーン家のシェリーヌね、覚えておくよ」
「は、はい!ありがとうございます!」
「じゃあ、僕、行くね」
「はい!」
有能で厄介な少年達がこれからの方針を決めて、一ヶ月。
先の光景がそこらかしこで見られるようになった。
「やあ、ミス・フェルト」
「はーい、ミスター・アスレイン。
では、私、急用があるので失礼します」
また別の廊下で、リサはこの一ヶ月で天敵と化した少年を見つけ、回れ右してダッシュする。
ーガシッ
「まあまあ、そんなこと言わずに」
腕を掴み、穏やかな笑顔を見せるアスレインにリサの顔が引き攣る。
ミハルドのキラキラした整った顔とは違い、可もなく不可もなく印象の薄い地味顔のアスレインだが、その人に安心感を与える笑顔がミハルドと同じ厄介なものだとリサはすでに知っている。
「未婚の女性に軽々しく触れるなんて失礼じゃない?」
「君が逃げようとするからだろ」
「用事があるんです!」
「へー、何の?」
「あんたに関係ないでしょ!」
「そんなこと言わずにさ」
リサとアスレインが言い合っていると、音もなく現れた腕がリサの腰を抱きしめ、アスレインがリサの手を離す。
「あああぁぁぁあああああ!!!!!!覚えとけ、アスレイン!!」
「やあ、アスレイン。いつもいつもありがとう」
「いえいえ、ハミルド様のお望みとあらば」
まるで呪いのように言葉を吐くリサを無視して、ハミルドとアスレインは和やかに挨拶をする。
アスレインは、男爵家の四男坊で勉強も魔術も剣術も得手負手はあるものの中間辺りから下の方をふらふらしてる程の実力しかなく、本来ならこうして、王太子のハミルドに覚えてもらえるような人物ではないはずだった。
だが、ハミルドがリサの立場を考え、偶然を装う接触以外をしてこなかった優しさを殴り捨て、周りに聞き回りリサを探し始め、ハミルドがリサを愛し、妻にと望んでいることは、この一ヶ月で学園では周知の事実になっていた。
そして、ハミルドは、リサの行方を教えてくれた者や足止めをした者の名前を聞き、覚えるという、将来の王に顔と名前を売る機会を与える事で批判を少なめ、積極的に協力してもらえるようにしていた。
「アスレインは本当に有能だな。卒業後の進路は決まっているのか?」
「え…、ああ、はい、そうですね。一応学園には通わせて貰えましたが、ぱっとしない成果でしたし、実家に帰って兄の手伝いって所ですね」
兄達に比べてかなり優秀だったアスレインだが、あくまで男爵家にしては…という程度でしかなく、幼い頃から褒められ、伸びていた鼻は、学園に来て、すでにポッキリと折られていた。
優秀なこの子ならもしかしたら城勤め出来るかも…!という家の期待と四男という何も与えられない立場から少しでも良い就職先と縁を…!というアスレイン個人の願いは、努力しても努力しても、良くて真ん中辺りという成績と、跡取りのいない一人娘は男爵家や子爵家まで高位の三男以降の貴族によって取られるという現実によって儚くも消え果てていた。
井の中の蛙。
この言葉を胸に刻み込まれた学園生活、そしてこれからの良くて兄の手伝い、最悪農民落ちの未来を思い、動揺し、遠い目をしそうになるのを耐え、アスレインは、ハミルドに微笑んだ。
「なるほど…。
君が良ければだが、僕から客室付きの侍従に推薦したいと思うんだけど、どうかな?」
「………!!!!!?????」
ミハルドの発言が上手く咀嚼出来ず、頭を傾げたアスレインは、次の瞬間、目を見開き、飛び上がった。
「え?!え!?俺が??俺をですか!?」
「そう。もちろん、無理強いはしない。でも、僕はぜひ来てほしいな」
「はい!!!!」
ほわりと頬笑むハミルドに、ことを理解したアスレインは条件反射のように食いぎみに返事した。
と、同時に、周囲の人々の頭にも事態が理解され、周りは瞬く間に騒がしくなった。
それもそうだろう。
今までは、漠然と王族に顔と名前を覚えてもらえて良いことあるかもー。くらいの認識だったのが、今ここで、リサを足止めすれば、能力に関係なく、城に召し上げられると分かったのだから。
城勤めが絶望的で将来的に平民落ち確定の三男以降はもちろん、長男や次男だってどんな厚待遇が待っているかと期待に胸を膨らませ、令嬢達だって王族斡旋の良縁が待っている可能性がある。
同年代の一流男子達は、すでに他の少女に恋に落ちている。
家のためにも、己のためにも、ハイスペックな男は手に入れたいが、愛されもしたいと思うのは当然の事だろう。
愛される確率の低い一流同年代男子より、愛される確率の高い一流年上男子。
それこそ、王族お墨付きのハイスペック男子…。
今まで、リサの捕獲を手伝っていたのは、王族に本来なら顔も覚えてもらえないような家柄の少年少女達だった。
だが、この瞬間から、リサの敵は、学園全体となった。
「うそ…だろ…」
そして、それをこの一ヶ月で強制的に上げられてきた危機感によって感じ取ったリサは絶望した。
「さあ、せっかくのお昼休みだ。サロンで一緒に食べよう。
アスレインもどうだい?タルダン達も居るし」
「え…!?い、良いんですか!?」
「もちろん!」
まだまだおっかなびっくりしているアスレインだが、どうせすぐに慣れるだろうと、ハミルドが伸ばしたリサの腰を抱く腕と逆の手を恐る恐ると触れるアスレインを引っ張り歩く。
「はーなーせー!!」
「~~~♪」
リサが精一杯暴れたところで、鍛えた男には通じず、ハミルドは鼻唄を歌いながら引きずっていく。
思わぬ、良い買い物が出来たハミルドは今、最高に気分が良いのだ。
成績はぱっとしない、地味で穏やかなアスレイン。
だが、彼はとっても有益だとミハルドに確信させたからこそ、今回、客室付きの侍従を推薦された。
アスレインが足止めに成功し、ミハルドに引き渡した回数は今回で五回。
積極的に探し回っているわけではないから回数こそ週に一回だが、成功率は100%。
一回目から三回目までは、警戒されることもなくリサを足止め、四回目は警戒されつつも上手く話を繋ぎ足止め、今回は流石に確信されて逃亡されたが捕まえ、なんだかんだしてるうちにハミルドが到着。足止め成功。
何に注目すべきかといえば、この一ヶ月で警戒心を上げに上げ、一度でもハミルドに引き渡した人間には二度と近付かなかったリサが、一度引き渡されながら、その後二回も無警戒で足止めしたという事である。
と、言うのも城の客室には、他国の国賓達が宿泊し、パーティーや晩餐に招待する。
だが常にスケジュールとはいかない。
トラブルはつきもので、遅れることもある。
その時に求められるのが、自然とその事を隠す能力である。
笑顔で穏やかに相手にこちらの本意を知らせずに、楽しい時間と共に時間を稼ぐ。
言うのは簡単だが、国賓達は哀しいかな魑魅魍魎蠢く貴族社会を生きる狸や狐ばかり。
バレれば、笑顔で突っついてくる底意地悪い人も多い。
「さあ、行こう。僕の花嫁」
「いーやーだーーーーー!!!!!」
精霊姫。
ただそれだけの存在は、この国に多くの富(人材)を与えてくれる希有な存在へと変わった。
彼女となら素晴らしい国を作れる。
ハミルドは、確信する。
「逃がさないよ」
数年後、王太子と精霊姫の結婚式が盛大に行われ、国内外から多くのゲストを招き、国民達に祝福されながら幸せに暮らしましたとさ。
「こんなはずじゃなかったのに!!!」
リサ・フェルト
・乙女ゲームのヒロイン
・フェルトは村の名前。
・原作では素朴で健気な女の子。
・転生した結果、面倒臭がりで自分のために周りの犠牲を厭わない性格へと変貌した。
・六人との恋愛フラグは折れたが、ミハルドだけは折りきれなかった。
・実は前世では数回恋人が居たが、バグやキスに嫌悪感しか感じなかった経験から恋愛に不向きと自分を割りきってる。
・後に面倒事に関わりたくないのにハミルドとの接触だけ気持ち悪くない自分に絶望する。
・ヒロイン補正でかなり能力が上がってる。
カナリア
・乙女ゲームのお邪魔虫キャラ。
・原作では、選民主義の傲慢で我儘な性格。
・転生した結果、雑魚キャラがボスキャラへと変貌した。
・負けん気が強くお人好しな性格で、気が付けば身分と相まって取り巻きが付き、女子カーストのトップに立っていた。
・前世も美人だったが負けん気が強く、男を立てるのが苦手で、可愛いげがないとフラれてきた。
・勘当フラグをへし折るために異母弟に優しくした結果、愛された事に頭を抱えてる。
・補正はないが、前世からのスペックが高い。
ルーリア
・乙女ゲームのサポーターキャラ。
・原作でも明るくて友達の多いキャラ。
・ただ前世の友達作りに邪魔な臆病さと慎重さが排除された結果、好奇心のままに行動するが、サポーターキャラ補正か、リサに好都合の情報や事態を引き連れてくることも多い。
・前世から歌が上手く、手先も器用とスペックは悪くないが、前世でも現世でも才能を無駄遣いする。
・頭も容姿も良くないが、それが逆に相手の警戒心を削ぐ。
・彼氏いない歴=前世から年齢。
ハミルド
・乙女ゲームのメインヒーロー。
・国益の為に精霊姫に目をつけたが、精霊姫を追いかけてると続々と有能な人材が発掘され、リサを狙うようになる。
・培ってきた対人スキルをフルに発揮して、適度な距離感と言葉による誘導でリサを追い詰める。
レイジェン
・乙女ゲームのサブヒーロー。
・元々、異母姉のカナリアに懐いていたが、とあることがきっかけで恋心を自覚する。
・カナリアの半歩後ろで支えたい、守りたいと願っている。
エレイク
・乙女ゲームのサブヒーロー。
・ルーリアに面白半分で絡んだ結果、振り回されてる。
・だが、ルーリアを誰かにやるつもりはない。