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代償の絵  作者: 水芦 傑
25 years later
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強欲で傲慢な男


 三十人程の大所帯の男達が乗船しようとしていた。その最後尾にはたった一人だけ女がいる。

この大所帯をまとめる男は目つきが悪く彫りの深い顔立ち、それにその顔立ちに似合う茶色の短髪という髪型をしている。男の態度は常に偉そうだった。

 強欲で傲慢な男、紫村武章しむらたけあき

 その行動は常に欲望という本能に従い、欲望を満たすことを全てに生きてきた。

 紫村は犯罪を平気で行う無法な地下組織に属していた。今までは。しかし、今は属しているのではなく、そのトップに立ち、動かしている。

小さな組織ではあるが、ある程度のことは自分の思い通りにしてきた。そして今も自分の本能に従い、自分の思い通りにしようとしていた。




 ―――三ヶ月前


 街外れの倉庫街の一角にある、錆びついた倉庫の中で真夜中に二人の男が銃を手にした男達に囲まれている。一人は紫村であり、もう一人は三十代半ば程の痩せ細った男だ。

 その男の顔は恐怖で塗り潰されている。その恐怖の原因は周りを囲む男達の銃口が全てその痩せ細った男に向けられていることだろう。

「ボ、ボス。こ、これは一体どういうことですか?」

「なぁ、江澤。なんでこんなことになってるのか、てめぇ自身が一番分かってるはずだよな?」

「そ、それは……」

 江澤と呼ばれた男は言葉を詰まらせた。

「まぁ、それでも分からねぇって言うんなら、鉛玉がてめぇに分からせてくれるはずだぜ?」

 紫村の威圧的な態度に江澤はその場に正座し、頭を下げた。

「すみませんでした!!組織の金を横流ししたことは組織の為に―――」

 紫村は江澤の下げた頭を踏み付け、言葉を遮った。

「言い訳なんか聞きたかねぇんだよ。だが、俺だって極悪人じゃねぇ。だから、てめぇにはチャンスをやろう」

 紫村は踏みつけていた足を離した。

「ほ、本当ですか!?」

 江澤は顔を上げ、見開いた目で紫村を見詰める。

「江澤、俺が今一番何を望んでるのかを当てて、それを実行しろ。そうすれば、てめぇは見逃してやるぜ」

「ボスが一番望んでることは横流しした金を全額返して欲しいってこと…ですか?」

 江澤は怯えながらも紫村に尋ねる。

「そうか…てめぇはそう思ったんだな?」

「は、はい。金にはまだ手を付けてません。だから、時間さえいただければ―――」

 言葉の続きを待たずに紫村は江澤の顔を蹴り上げる。

「ぐはぁ…!」

 江澤はそのまま後ろに倒れ、紫村が歩み寄る。

「はずれだ。正解を教えてやろうか?正解はな、てめぇが苦しんで死ぬことだ。会計士が横流しをして生きていられると思ってんじゃねぇよ!はーっはっはっは!!」

「そ、そんな……」

 江澤の恐怖は絶望へと変わった。

「おい、銃をよこせ」

「はい」

 囲んでいた男達の内の一人が紫村に持っていた銃を渡した。紫村は何の躊躇もなく、その引き金を引いた。

「ぎやあああぁぁぁー!!」

 断末魔は倉庫内を数秒、無情に満たしただけだった。江澤の両足に銃痕が残り、そこから血が溢れ出す。

「よし、連れて行け」

 二人の男が江澤の腕を持ち、引きずるように倉庫の隅にある三畳程の小さな部屋へ連れて行った。それに応じ、大勢の男達も移動する。

その部屋は窓もなく、暗闇が佇んでいる。二人の男はその部屋に江澤を投げ入れた。

「江澤、毒ガスは好きか?」

 それを好きな人間がいるとは思えない。

「ボス、やめてください……俺には家族が……」

「家族?あぁ、あの小学生のガキと美人の奥さんのことか。残念だが、てめぇにはもう家族なんて呼べるものはこの世にはいねぇぞ。死に際の恐怖で震えてるのを見るのなんて、最高に楽しかったぜ?とにかく、てめぇはそこで苦しみながら人生の最期を迎えるんだ。家族の最期が自分っていう気分はどうだ?」

 紫村の口元が嬉しそうに歪む。

「そ、そんな……ボ―――」

 紫村は工藤の言葉に耳を貸さず、扉を閉めた。

「ボス!ボス!!お願いします!!」

 江澤の懇願の意が言葉として扉越しに聞こえてくる。しかし、非情な紫村はそれをまるで介していないようだ。

「よし、藤堂やれ」

 紫村の指示に藤堂と呼ばれた男がその部屋の横にある電子機器で作業を始める。その電子機器にはホースが取り付けられており、そのホースの先端は小部屋へと伸びている。

「いいか、てめぇらも良く覚えておくんだな。俺は先代のように甘くはねぇぞ」



 紫村は拠点であるアジトに戻ると自分の机に向かい、一人頭を抱えていた。

「畜生、あいつといい、江澤といい、うちに来る会計士は使えねぇ奴らばっかだな」

「どうかしたんですか?ボス」

 側近であり、組織の二番手でもある藤堂が訝しげに尋ねる。

「組織の金を江澤が横流ししたせいで、うちの資金が底に尽きそうなんだ」

「うちはボスに変わってから、どこからも目の敵にされてますから上がってくる金もたかが知れてますしね。まぁ、あれだけの無茶を何度もしていれば、仕方ないのかもしれませんが」

「うるせぇ!てめぇも少しはどうすればいいか考えやがれ!!」

『続いては今週の特集です』

 テレビではニュース番組が流れていて、それが紫村の勘に触った。

「テレビなんか消せ!気が散るじゃねぇか」

『今週は十週年を迎えた豪華客船・オーシャ―――』

「はいはい。わかりましたよ」

 藤堂がテレビを消そうとするが、その手が止まる。

「例えばの話ですが、こういったもののシージャックなんてのは稼げそうですけどねえ。なんて、成功するのに宝くじを当てるくらいの確率になってしまうでしょうが」

藤堂の独り言に、紫村の意識がテレビに向けられた。

「ちょっと待て。そのまましておけ」

「なんなんですか?消せって言ったり、やめろって言ったり……」

「黙ってろ」

「忙しい人だ」

 藤堂が呆れたように呟いたが、既にニュース番組に見入っている紫村の耳に届くことはなかった。

『オーシャン・シップの十周年記念パーティーは三ヶ月後の六月に行われる予定で、そのパーティーの出席者には各界の著名人が参加するとのことです』

「それだ……」

「えっ?」

 紫村が不意に呟き、藤堂は呆気に取られた。

「藤堂、今の状況を打開するいい案が思いついたぜ」

「まさか、本当に?」

 紫村は椅子から立ち上がると、嬉しそうに口元を歪ませた。

「藤堂、俺はちょっと出てくる。留守は任せたぞ」

「分かりましたよ」

『続いてのニュースです』

 部屋を後にする紫村の背中を見送った藤堂は再びテレビに目を向けた。

『横谷法務大臣宅と村前防衛大臣宅を放火したとして逮捕されたテロリストグループの続報です。この事件は二週間前に起こり、幸いにも自宅には誰もいなかったとのことで、負傷者は出ませんでした。そして昨日、主犯格斎松秋兵容疑者、十八歳を始め、五人が放火の疑いで逮捕されました。警察の取り調べによると、斎松容疑者は―――』

 藤堂は不意にテレビを消すと、ため息を漏らした。

「ふう。彼にも困ったものですね」



 そして、良からぬ企みを持ちながら、紫村達は乗船を行っていた。

 既に半分以上の人間が乗船の手続きを済ませていて、紫村達は全員が一等客室での乗船であった。それぞれの人間は何かの武装している様子はなく、全員が統一性のあるスーツで着飾っている。

 係員はそれを不審に思うことはなかった。普段なら、間違いなく何かしらの確認を行うのだが、今回の航海はパーティーのあるものであった為、スーツの男達がいても特に介さなかった。



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