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代償の絵  作者: 水芦 傑
25 years later
50/50

表裏一体_帰港


「代償の絵と関わるのはできればこれが最後にしておきたいなぁ」

 塚矢はオーシャン・シップが見渡せる小高い場所で一人呟いた。

 この男は警察に関わると面倒なことになると判断し、逃げてきていた。しかし、この場所からはまだ離れようとはせず、感傷に浸るかの如くただ佇んでいる。

「今回は流石に色々な人と関わり過ぎたかな。もうそろそろ、顔も変えないと」

 今は一人でいるのだが、藤堂と対峙していた時のような雰囲気はまるでない。この男は自分という人間でさえ、幾つかの種類を持ち、使い分けていた。自分ですら、成り済ますという言葉が合っている。

 それがこの男が百面と呼ばれる所以なのかもしれない。そう、そして百面という異名には言葉通りの意味がある。

 それは―――――変装という面での意味。

 塚矢は不意に首元に手を這わせ、そこの皮膚を剥ぎ取り出した。みるみるうちに顔の皮膚が剥がされていく。そして髪さえもそれに従っていった。

 そこには既にオーシャン・シップに乗っていた塚矢の姿はなかった。

はっきりとした顔立ちに、茶髪が映えている。全体的には歳を悟らせないような、年齢不詳さをたらしめている。先程までのどこか裏のありそうな雰囲気を払拭し、男らしい雰囲気を漂わせていた。

オーシャン・シップで塚矢に出会った人々が今の塚矢を見ても、それが塚矢である気付けないだろう。

 それほどまでに様変わりしていた。

「今度からはあんなことが起きても絶対に首は突っ込まないようにしないとな」

 塚矢は踵を返し、どこでもない場所に歩を向けて、歩き出した。



―――――――――――――――



事件から一週間後。

 姿を消した藤堂はある街の喫茶店でコーヒーを啜っていた。この喫茶店は見るからに寂びれてはいるが、それもレトロな雰囲気を作り出している。店主も寡黙でこの店の雰囲気の一部と化していた。

客はテーブル席に座っている藤堂の他にカウンター席に競馬新聞を手にした中年の男が一人いるだけだった。

男の耳にはイヤホンがあり、競馬中継でも来ているのだろうと推察できた。

藤堂は誰かと待ち合わせをしているのか、少し店の外を気にしていた。不意に携帯が鳴り、藤堂はそれに出た。

「はい」

『今回はすまなかったな。だが、お前のおかげで助かったよ』

 電話口から聞こえてきたのは男の声で、その男はいきなり謝罪を述べた。

「いいえ。今回はいい駒が沢山ありましたから、私の負担も少なかったですし。それに何より楽しめましたし、面白い方にも出会えました。私にとっても収穫の多いものでしたよ」

 心なしか、藤堂の声には高揚感が珍しく窺い知れた。

『そうか。お前がオーシャン・シップのシージャックをうまくやってくれたおかげで、交渉もうまく進んだ。やはり、お前に頼んで良かったと思える。で、あいつとは合流したか?』

「まだです。もう待ち時間を十分ほど過ぎていますが、彼は時間にルーズなところがありますから、気にはならないですがね」

『そうだな。もしかしたら、尾行をまいているのかも知れないな』

「そうかも知れませんね。みすみす彼を解放するというのも私は少し疑問を感じましたから」

『こっちも簡単じゃなかったんだ。それをみすみすとは随分な言いようだな』

「いえ、そういう意味ではありませんよ。仲嶺さんの交渉術のおかげで彼が解放されたということは確かですから。どう交渉したのか少し興味が湧きますよ。ただ、公安の方々もこのままただでは引き下がらないでしょうね」

『分かってるならいいが…で、少しその収穫というのを聞かせてくれないか?あいつはまだ来ないだろうからな』

「そうですね。ではどこから話しましょうか―――」

「いらっしゃい」

 寡黙な店主が低い声で客を迎い入れた。

店に入ってきたのはまだ少し幼さの残る顔立ちに金髪という不釣り合いな容姿の男だった。

その服装も黒で統一されていて、髑髏を模したネックレスやブレスレットなどの貴金属も沢山身に付けていた。雰囲気はロックバンドのボーカルと言ったところか。

 男は入ってくるなり、迷わず藤堂の向かいの席に腰を下ろした。

「あぁ、すみません。彼が来ました。では、この話はまた後で」

『そうか。こっちに来る時はくれぐれも変なのを連れてくるなよ』

「分かっています。では、失礼します」

 藤堂は電話を切ると、携帯を内ポケットにしまった。

「今回はすいませんでした。僕が勝手なことをしたせいで」

 男はその容姿や格好とは正反対に低姿勢な言葉で切り出した。

「気にしないでください、斎松さん」

 藤堂は金髪の男、斎松秋兵さいまつしゅうへいに笑みを見せた。

「それよりその格好はどうしたんですか?髪を染めていますし…正直言わせてもらいますと、似合ってませんよ」

「これは仕方がなかったんですよ。あそこの組織はこういう格好をしてないと馴染めなかったんですから。僕だって早く着替えたいですよ」

「まぁいいです」

「でも、今回のことで僕は組織のトップなんてのは向いてないなぁって実感しました」

「そうですか。それと、無駄だと思いますが、一応聞いておきます。どうして遅れたんですか?」

「ちょっと尾行に手間取っちゃって…」

 藤堂の質問に斎松は口籠りながら答えた。

「私なら簡単にまけますから別に連れてきても良かったんですが」

「それは駄目です!藤堂さんの顔を見られたらどうするんですか?藤堂さんはうちの大事な幹部じゃないですか」

「そういう貴方も幹部なんですよ?自覚してますか?」

「……すいません。今回のことは本当に反省してます」

 斎松は俯き、その表情は明らかに落ち込んでいた。

「だったらいいんですが」

「それより、今妹はどこに?」

「安心してください。妹さんなら仲嶺さんに預かってもらっていますよ」

「そっかぁ。仲嶺さんなら安心ですね」

 斎松は安堵で胸をなで下ろした。

「さて、話はこの辺にしておいてもうそろそろ行きましょうか」

「そうですね。妹の為にも頑張らないと」

 二人は立ち上がり、藤堂は千円札をテーブルに残していった。

「美味しかったです。御馳走様」


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