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代償の絵  作者: 水芦 傑
25 years later
49/50

表裏一体_対峙

 静寂と暗闇に包まれた貨物室に一つの足音が歩いていた。

 その人影はモーターボートの近くの壁まで行き着くと、その壁に設置されている何かを操作し始めた。

 操作を終えると共にプールのような場所に面した壁が、まるで遺跡の隠し扉のように開いていった。

 月明かりが貨物室に射し込み、淡い光が溢れた。貨物室を見渡す分には不自由のないものだった。光と共に風も舞い込み、僅かに貨物室の熱気を外へ逃がした。

 そしてその人影にも月明かりは照らされた。それはこの悪魔のような計画を一人で作り上げ、実行に移した男、藤堂だった。

 藤堂がモーターボートに乗り込もうとした時―――――

「おい、俺を置いてくつもりか?」

 普段、表情にあまり変化を与えない藤堂でもその言葉には驚嘆を映し出した。その声は明らかに死んだ筈の紫村の声、そのものだった。

藤堂は僅かな恐れと興味を同時に感じ、振り返る。そこには闇の中に佇む一人の人影があった。月の光が顔までは届いていなく、誰かということは確認できない。

「ボス、生きていたんですか?」

 紫村の死を見届けていない藤堂はあらゆる可能性を考え、当たり障りのない返答をした。

「おいおい、俺を利用するだけ利用しておいて、お前だけは逃げるつもりかよ?」

 次に聞こえてきたのは紫村ではなく、江澤の声だった。

「貴方は一体…」

「私?私はね、貴方が何をしたのか、知ってる人よ」

 それは女である伴場の声だった。しかし、その声もそして先程の二人の声も確かに目の前にいる誰かから発せられていた。

「俺だって、知ってるぜ」

 漣の声。

「そうそう、私も君のこと、疑ってたんだよねぇ」

 市ノ瀬の声。

「今、お前の罪を暴いてやる」

 眞田の声。

「どうです?今の心境は?」

 そして―――――藤堂の声。

 それも藤堂自身が発した声ではなく、その人影からだった。

「貴方は……」

 藤堂はその言葉の続きを心の中で紡ぐ。

 ――誰だ?

「私ですか?私は―――――」

 藤堂にはその人影の存在が自分の常識を超えた何かとしか、理解しなかった。

 人影は不意に歩を進め、暗闇から月明かりのもとに姿を現した。それは、塚矢だった。

「貴方だったんですか。いえ、やはり貴方でしたかと言うべきですかね」

 藤堂に納得したような表情が見える。

「貴方は確か、塚矢と言いましたか?それはいいとして、何故色々な人の声が聞こえてきたんですか?非常に興味が湧きましたよ」

「職業柄のせいか、一度聞いた声は真似ることが出来るようになったんだ」

 詐欺師を職業と呼ぶかどうかは別として、塚矢のそれは常人には決して真似の出来るような芸当ではなかった。

「面白い特技ですね」

 藤堂は口元を歪め、笑みを作る。言葉や表情こそ面白いという感情が見受けられるが、そこに感情はなかった。

「しかし、驚きはしないのですね。死んでいたはずの人間が目の前にいるというのに」

「驚くも何も、生きていることに気づけたからこそ、ここに来たんだ」

「なんの話ですか?」

「惚けるつもりか、だがお前の仕組んだことはすべてわかっている」

「仕組んだ?実に面白いことを言う人ですね」

 藤堂には余裕があるのか、口元をニヤけさせた。

「私にはまったくなのことだか…」

 藤堂の言葉を介さず、塚矢は自らの話を続けた。

「最初に違和感を感じたのは、市ノ瀬と共に俺を捕まえた時だ。やっと、と一言いっていたのは俺たちが最初からあそこにいることをわかっていたということだろう?」

「ほう?続きを聞きましょうか」

「市ノ瀬が乗客のリストを求めていることはわかっていたんだろう。そして記念パーティが始まる時間帯を狙って市ノ瀬があの辺りに現れることも計算済みだった。そうだろう?」

「クックック…」

 藤堂の表情は今までにないほど、感情的に笑っていた。

「だが、すぐには現れなかった。だから、やっとだ。市ノ瀬がすぐに現れなかったのは、俺と出会ったせいだ。そう、お前にとっての誤算が、俺ということだ」

「それで?それだけでは私が何かしたということにはならないと思いますが?」

 塚矢は淡々と藤堂を追い詰めていく。

「次に、お前は漣や相浦と一緒にいたあの場に姿を現したことだ。あの時俺は確信したよ。お前がこの船で何かをやろうとしていることを。だが、目的がわからなかった」

「そうですか。特に不自然なところはなかったかと思いますが」

「代償の絵の存在をきっぱりと否定していたのに、俺たちにそれを出せと言った矛盾。それをうまいこと理由付けていたが、お前の目的は代償の絵なんかじゃなかった。お前の目的は、それは俺たち四人に藤堂という存在を印象付ける為だった」

「クックック…面白い、本当に面白いよ…!」

 藤堂は壊れたような、不気味な笑みをやめることはない。

「だが、お前があのロビーで死んでいたのを見て、お前の目的がなんとなく見えてきたんだ。あのタイミングでお前が死ぬことも殺されることもあり得ない。これだけ緻密に考えられていた計画でそんなミスを犯すわけがない。死ぬタイミングは、いや、死体を転がすタイミングはもっと後の筈だろ?」

「あそこを見られてしまったのは確かにいただけなかったですかね」

 塚矢の言葉を肯定するような素振りを見せた。

「だから、お前の動きを知るために、今回の鍵となった奴らに乗船の経緯を詳しく聞いて回った。それでわかったよ。お前が何をしたかったのか」

「あなたの答えとやらをお聞かせ願いますか?」

 藤堂の余裕は事実を突きつけられても崩れることはなかった。

「お前の目的は自身の組織の壊滅。そしてその目的を隠れ蓑にし、本当はパーティに出席している要人たちを人質にとることじゃなかったのか?」

「クックック…ハーーッハッハッハ!!」

 いつまでも冷静でいた藤堂とは思えない程、高らかに笑った。それは塚矢の言葉の正解を意味していた。

「実に素晴らしい…!貴方のような人がいたとは。まだまだ、こんな面白い人が世の中にいるのなら、楽しめそうだ…!」

「何を言っている?」

 塚矢に藤堂の言葉の意味を理解することはできなかった、いや、興味すらなかったのかも知らない。

「確かに、貴方の言うとおりだ。だが、八十点、というところでしょうかね。何故、人質に取ったのか、というところまではわからなかったのですね?」

「……………」

 塚矢からの返答はない。

「まぁいいでしょう。ここまで辿り着いたご褒美ということです、教えて差し上げましょう。私は元々、別の組織に所属している身なんですよ。二カ月ほど前にあった放火事件をご存じですか?」

「あぁ」

「あれの主犯格の男、斎松というのですが彼も私と同じ組織の人間なんですよ。実はその組織はまだ表に出したくないので水面下でしか動けないんですよ。ですから、私達が別の組織に入り込み、その組織の必要なことを行う。そうすれば、後ろにいる組織は見えてこないでしょう?まぁ、あの放火は彼の勝手な暴走なんですがね。これは余談ですが、斎松さんが入り込んだ組織の末端には市ノ瀬さんがいましたね」

「紫村の組織を壊滅させた答えにはなってないぞ」

「急かさないでください。もう五年年近く紫村さんの組織にはいましたが、もう必要なくなったんでね。この組織自体はもう終わっていましたし、いい機会だったので。証拠隠滅、みたいなことですよ」

「お前、そんな理由であれだけの人間を死に追いやったのか?」

「そうですが、何か?」

 藤堂はなんの感情もなく、あっさりとそう言いのけた。

「腐ってるな」

「そうですかね?実に楽しかったですよ?」

 藤堂は笑みを見せる。これこそが藤堂という男の本性なのだろう。

「もう一つ聞かせろ。何故、代償の絵の争いを使った?そんなことをしなくとも、組織を壊滅させることなど、貴様にとっては容易なことだろう」

「私はね、代償の絵の存在を知ってから、それによって幾つもの争いがあることも知りました。一度でいいからその争いを意のままに操ってみたかったんです。つまり、ただの遊びですよ」

 これだけのことをしておいて、遊びという一言だけでは片付けられないだろう。しかし、藤堂の心の中ではきっちりとその一言で片付けられていた。

「私も一つ、聞いてもいいですか?」

「なんだ?」

 塚矢が怪訝に問い返す。

「貴方は一体何者なんですか?最初に会った時とは雰囲気や言葉遣いがまるで違います。それに人の声を簡単に真似ることができる人なんてそうそういませんよ」

 塚矢はなんの感情もなく、無表情のままで答えた。

「そうだな。小悪党の詐欺師とでも言っておこうか。貴様こそ何者だ?これ程の計画を考えるだけの頭脳を持ち、実行に移せるだけの力を持っている。貴様のような人間こそ、そうそういるものじゃない。そうだろう?」

「そうですか?私のような人間は幾らでもいると思いますよ。それと、私はもう死人なので、誰だかなんてどうでもいいでしょう」

 塚矢は藤堂の言葉の意味を理解しかねた。藤堂の表情から見せかけの感情が消える。

「どういう意味だ?」

「実は、もう斉松さんも解放されたようで、私の目的は達せられたのですよ。私の死体はちゃんとその辺に投げておきましたし。ですから、貴方だけではなく、この船の乗客全員に死んでもらおうと思いましてね」

 藤堂は上着の内ポケットから何かを取り出した。

「それはなんだ?」

「私がこのスイッチを押すだけでこの船にあらかじめ仕掛けておいた爆弾が爆発します。木端微塵、という訳にいきませんが、確実に沈没するでしょうね。そういう風な場所に仕掛けておきましたし、爆弾もそれに必要な量を用意しておきました。これで、少なくとも死体の隠ぺいくらいにはなるでしょう」

 藤堂に躊躇いは見られない。そのスイッチを押すという行為に感情は存在しないのだろう。

「本当は証拠隠滅の為に仕掛けたんですが、必要以上に用意しておいた甲斐がありました。備えあれば憂いなしですね」

「貴様、本当に人か?それを押すだけで、二百人近い人が死ぬかもしれないんだぞ?」

「それを言うなら、貴方だってそうでしょう?貴方も人の仮面ばかりを被り、実際は感情のない人のように見えますが、違いますか?」

 藤堂の言葉に僅かな過去が脳裏に浮かび、塚矢の表情が感情を取り戻した。

「ふざけるな!私は貴様などとは違う。違うんだ。私と貴様を一緒にするな」

 塚矢に怒りが見え隠れしたが、すぐに平静を保った。

「そんなに怒鳴らないでください」

「一つ言い忘れていたが、貴様がそのスイッチを押したとしても何も起こらないぞ」

「どうしてですか?」

「爆弾は既に私が全て解体させてもらった。爆弾に関してはちょっとした知識があるんだ。これがそうだろう?」

 塚矢は何かを取り出すと、それを目の前に投げ捨てた。それは藤堂の見覚えがあるものだった。

「本当にすべてを解体できたんですか?あれだけのものを」

「あぁ。なんとなくだが、予測はついた。だから、探してみたんだが、随分としかけたんだな」

「貴方のペテンではないんですか?詐欺師のようですし、嘘を吐くのは専売特許みたいなものでしょう?」

 藤堂は見覚えのあるそれを見ても、疑いを緩めることはなかった。しかし、塚矢は嘘を吐いているとは思い難い程、冷静さが窺い知れる。

「そうですか。では、試しに押してみましょうか」

 藤堂の揺さぶりにも塚矢は全く動じなかった。

これだけの嘘を吐いていてもなお。

 そう、塚矢が爆弾を解体したというのは全くもってはったりだった。勿論、塚矢は爆弾の知識など欠片もない。

 それどころか、たったの一つしか爆弾を見つけてなかった。そして、塚矢が投げ捨てたものも、塚矢がこのはったりを成功させる為に作ったものだった。

「押したければ押せ。何も起こらないがな」

 藤堂はスイッチに指を掛けたまま、動かなかった。そして、沈黙。

 藤堂が躊躇っているとは思えないが、それでも押す素振りは見えなかった。塚矢もその様子に疑問を抱き、僅かに緊迫感を感じていた。

 そして、藤堂が静かに言葉を紡ぐ。

「このスイッチを押しても爆発は起こらない、そういうことにしておきましょうか」

 意図の見えない藤堂の言動に塚矢は未だ緊迫感を感じたままだった。藤堂はそのスイッチを捨て、踵を返した。

「どこに行くつもりだ?」

 藤堂の歩が止まる。

「どこにって…貴方には関係のないことでしょう?それとも、私を警察にでも突き出すつもりですか?貴方だって、小悪党でも犯罪者でしょう。それなのに、敵である警察に手を貸すのですか?どちらかと言えば、私達は仲間じゃないですか」

「さっきも言ったが、貴様のような人間と一緒にするな」

 藤堂が振り返る。

「同じですよ。警察からすれば、貴方も私も同じ犯罪者です」

「そうだとしても、このまま貴様を逃がすような真似だけはしたくない」

「そうですか。ですが、私自身もこの計画も結局は一部でしかない。私を捕まえたところで何も変わらないんですよ」

「どういう意味だ?」

「そういう意味ですよ」

「しかし、最後とはずいぶん余裕だな。逃がさないと言ったろう?お前のような人間を野放しにしておくのは私の苛立ちの原因になるからな」

 藤堂が呆れたか諦めたかは定かではないが、腕に嵌めていが時計を外した。

「昔、スパイ映画でこういう爆発する腕時計というのを見たことはありませんか?私はあれを信じてはいなかったんですがね。何故なら、腕時計であれだけの爆発を起こせるとは思いませんでしたから」

 塚矢は藤堂が何かをすると察したのか、警戒して一歩後ろに下がった。

「大丈夫ですよ。人を殺せる程の殺傷能力はありませんから。ただ、痛みはかなり伴いますが」

 藤堂は言葉を紡ぎ終わると共に塚矢の前にその腕時計を投げ捨てた。腕時計が床に付いた瞬間、突然大きな音をたてて爆発した。

 塚矢は自分の顔を腕で覆った。しかし、藤堂の言葉とは違い、爆発自体はそれほど大きくなく、多くの煙を吐き出しただけに留まった。

「ちっ、嘘つきが」

 塚矢は舌打ちをして、その煙を払いながら進んだ。その煙の奥には既に藤堂の姿はなく、モーターボートが一隻消えているだけだった。

「逃げられたか。柄にもないことはしない方がいいってことか」




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