表裏一体_失ったもの
さらに一か月、時を遡る。
俯いて歩く少女の、その足取りは重かった。
特別なことがあるわけではないが、それでも重くなった足が軽快になることはない。
重たい足取りのせいか、目的の場所までの速度は遅く、それが彼女自身の考える時間を増やしていることに本人は気づいていなかった。或いは、その巡らせている思考が足取りを重くしているのかもしれない。
少女、相浦は地面を見つめながら溜め息を吐いた。
再び歩き出したところで、視界に足が入ってきた。寸前で歩を止め、衝突は避けられた。
相浦は顔を上げ、目の前の誰かに謝ろうと―――――
―――――ごめんなさ…
そこで気づく。
溜め息の原因に。
そう、謝ろうとしても、謝罪の言葉は出ない。出せないのだ。
相浦は悲しそうに俯き直し、一礼だけをして、その誰かを避けて進もうとした。しかし、その行動をその誰かが制した。
「少しお待ちいただいてもよろしいですか?」
相浦の目の前に手を出して制したその誰か、藤堂は感情のない笑顔を向けた。その言葉に相浦は藤堂の顔を見詰めた。
そこで気づく。
もう一つの溜め息の原因に。
瞬間、素早く後退りした相浦は、怯えながらもその笑顔に対峙しようと構えた。
「そんなに怯えないでください。私は少なくともあなたに危害を加えるつもりは毛頭ないので」
もう一度、笑顔を見せたが、やはり藤堂の表情に感情はない。
―――――何しに来たの…?
嘘だとしても、その言葉と笑顔に相浦は恐怖の感情がほんのわずかに和らいだのか、次に抱いたのは疑念の塊だった。
「まず、先に謝らせていただきたい。私の計算外でした、あれは。申し訳ない」
十は下の少女に藤堂は深々と頭を下げた。
「殺すつもりは、いや、殺させるつもりはなかったんです。ですが、うちのボスの暴走を止めることができなかった」
―――――…………うるさい。うるさい!うるさいうるさいうるさいうるさいっっ!!!!!
感情が込み上げてきて、記憶がフラッシュバックして、ありったけの理不尽にすべてをぶつけた。
―――――あなたが謝ってどうなるの!?お父さんもお母さんも帰ってこないっ!!なんで、なんでお父さんとお母さんは殺されなきゃいけないのっ!!あなたに何がわかるの!!!!私の幸せだったすべてを奪っておいて、謝るだけで済むと思ってるの!!何も帰ってこない!!何も取り戻せない!!何も変わらないのよ!!!私は…私は、あなたたちを許さない。何があっても、何があっても許さない!!!!!!!!
相浦は感情を爆発させたが、一言も声となって届くことはなく、藤堂には一割も伝わっていなかった。
頭を上げた藤堂は、しかし、相浦が滝のように零れ落ちる涙に、その感情を僅かながらに汲み取った。
「謝ってすむものでもない、何かを変えられるわけでもない。それは重々承知のつもりです。しかし、謝らないわけにはいかないのです。そして―――――」
藤堂は更に言葉を続けるが、今までの雰囲気、表情、その眼のすべてが別物となる。
「私はあなたの未来を変えるために来ました。あなたのその感情はどうにかできるかはわからないが、言葉をどうにかすることはできます。しかし、それに必要なのは、あなたの強い意志です」
力強く、藤堂は言い放つ。
「これをどうぞ」
藤堂は内ポケットから一枚の封筒を取り、差し出した。
―――――これは…
「そこに書かれている場所に、書かれている時間に来てください。あなたの意思次第ですが、今のあなたが変わる選択肢は、きっとそこにしか書かれていない」
一方的に話を続ける藤堂に、相浦は気圧される一方だ。
「では、私はこれで失礼します。待っていますよ」
踵を返し、藤堂は立ち去って行った。相浦は背中を見届けてから、受け取った封筒を破り開ける。
その封筒には入っていたのは、一枚の紙だけだった。
紙に記されたのは―――――オーシャンシップの記念航海についてだった。




