表裏一体_一か月前
――――――一ヶ月前。
「ねえ!どこなの!?ねえ早く教えてよ!!」
喫茶店のテーブル席で向かい合う男女のうち、女の方が店内に響くほどの声を出し、テーブルから身を乗り出した。
「おいおい。落ち着けって。周りのやつが見てるだろ」
「あ、えっと、うんそうだね。ごめんなさい取り乱しちゃって」
「いや、いいんだ。ただ、こういう世界で情報を扱うものとしての自覚をもっと持った方がいいと思うぜ、市ノ瀬」
向かい側の中年の男は気取ったセリフを恥ずかしげもなく吐いた。
「そうですね…はい、ごめんなさい山本さん。でも、代償の絵って聞いちゃうとどうしても…」
市ノ瀬は椅子に深く腰掛けなおし、目の前のコーヒーを啜る。落ち着きを徐々に取り戻し、一呼吸ついた。
「ふう。もう、大丈夫です」
「そうかそうか。じゃあ話を戻すぞ」
「はい」
山本と呼ばれた中年は少しの間を持った後、静かに話し始めた。
「実際の話、今代償の絵がどこにあるのかはわからない」
「そうなんですか…」
市ノ瀬はあからさまな落胆を見せ、肩を落とした。
「だが、私の仕入れた情報筋によれば、一か月後だ」
「一か月後?」
「あぁ。オーシャン・シップ、って知ってるか?」
「豪華客船のこと?」
「そうだ。なら、あれの記念航海が予定されてるのもしってたか?」
「それは知らなかったけど、でもなんでオーシャン・シップなの?」
「その記念航海に代償の絵が現れるって話だ」
「……………」
うつむいて考え込む市ノ瀬。そして、口を開く。その顔は今までの興奮しきった先ほどまでの表情とは違い、仕事の顔をしていた。
「情報の信憑性は?」
「今回のに関しては百パーセント保障するぜ」
「情報源は?」
「信頼できる筋から、ってことで」
「そう」
市ノ瀬は指を一つ立てる。
「どう?」
「おいおい、勘弁してくれよ。話にならんな」
「その情報の信憑性は、あまりに薄いと思うのは私だけ?」
「お前の気持ちもわかるが、これに関しては絶対の自信がある」
「証明になるものもないのに売れる情報だと思うの?あなたもこの仕事は長いはずでしょ?」
市ノ瀬の圧倒的な正論にも、山本の態度が崩れることもなく、さらにふんぞり返った。
「もちろん、そのこともわかってる。だから、一つ提案がある」
「何?」
「今回の情報はお前が前々からほしがってたもので、なおかつ他人に情報を売るためじゃないだろ?」
「え、えぇ」
「だから、こういうのはどうだ?その情報の真偽を確かめてから、っていうのは。俺は後払いで一向に構わん」
「…………なるほど、私が嘘をつく可能性もあるわよ?」
「その辺はぬかりない。俺も一人そこにもぐりこませるつもりだったからな。そこで確認が取れれば、お前が何と言おうと支払はしてもらう。だから…」
山本は手のひらを広げて見せる。
「…ちょっと、ぼったくりすぎじゃない?」
「お前はこの価値、もちろん理解してるよな?」
「くっ、わかったわよ。それでいいわ」
「よし、成立だ」
満足げな山本は上着の内ポケットから便箋を取出し、市ノ瀬に差し出した。
「これは餞別だ。まあオプションみたいなもんだ」
「これは?」
疑問になりながら、市ノ瀬は便箋を開け、中身を覗いた。
「それがあれば乗船にも苦労しないだろう。正規なルートじゃないがな」
山本はくすりと笑う。
「そう、ありがとう。素直に受け取っておくわ」
「あぁ、それとここは私がもってやる」
「ありがとう。お言葉に甘えるわ」
便箋を鞄にしまった市ノ瀬は席を立った。
「それじゃあまた、支払の時にでも」
「あぁ、またな」
踵を返し、市ノ瀬は店を後にした。
店を出た市ノ瀬は小さくガッツポーズした。
「やった…!やっと、代償の絵に辿り着ける…!」
気分が高揚しながら市ノ瀬は歩き去っていく。山本はガラス越しにその背中を見送りながら、煙草に火をつけた。
「ふぅ」
天井に煙を吐きつけた山本は静かに口を開く。
「これでいいか?」
「ええ、申し分もないと思われますが、何か不満でも?」
山本の背中からその返答は行われた。
「いや、あいつは代償の絵にご執心だからな。まあ大丈夫だろう」
「そうですか。支払のくだりの演技、上手でしたよ?」
皮肉のように背中の人は話した。
「よせやい。あんなの演技なんてもんじゃねえよ」
「ふっふっふ…まあいいでしょう。それともう一つ頼みごとが」
「ん?なんだ?」
「これを」
背中の人は振り向かずに写真を差し出した。山本もまた、振り向くことなくそれを受け取る。
「こいつは?」
「先ほどと同じようにその方にも情報を流していただきたい」
「方法は?それと、そもそもこいつは?」
「方法は任せます。それが誰かを調べるのが、あなたの仕事でしょう?」
山本は苦虫を噛むように舌打ちをした。
「はいはい。上客様に頼まれたら断れませんなあ」
返すように、山本も皮肉を口にした。
「では、お願いします。期限は一週間」
それだけを言い残し、背中の人は席を立ち、店を後にした。
「…ったく、面倒くせえなあ。誰だよ、このガキは」
山本が眺める写真に写っていたのは―――――――――漣剣吾、その人だった。




