ウラ_影の動向
時刻 十八:〇〇
貨物室
「流石にもう大丈夫だよね」
そう言って市ノ瀬は貨物室を出て行った。その姿を影から見送る男がいた。
「ったく、ネズミだの幽霊だの言ってくれるぜ」
見送った男、江澤は言葉を吐き捨てた。市ノ瀬の見た人影は幽霊でもなんでもない、確かに人だったのだ。
「あの野郎、聞いてねえぞ。他にも忍び込んでるやつがいるなんてよ」
ここに導いた男を思い出しながら、悪態をついている。
「さて、こんなジメジメしたところとはとっととおさらばだな」
江澤は口元を歪め、市ノ瀬の行動を辿った。
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時刻 二一:四〇
五階 廊下
死臭が、満ちていた。
人間から肉塊に成り果てたその数は五。
肉塊の周りのカーペットは既に赤黒い液体が染み込んでいる。
そして、その中心にただ一人だけ生を続け、佇んでいる者がいた。顔に飛び散った血液を拭おうともしない女、伴場だった。艶やかな赤いドレスにも血は飛び散っているのだが、同色である為、気にかかる程目立ってはいない。
その両手にはハンドガンと血に塗れたナイフが握られている。
伴場は生きていながらも、その表情は人形のように冷たく無表情だった。静けさが保たれている廊下で伴場の背後から近付いてくる足音は二つあった。
伴場はその音量から距離を測り、自分の間合いまでそれが来ると、振り返ってハンドガンを向けた。
「物騒ですね。こんなことをした上にいきなり銃を向けてくるなんて。現代の日本では考えられないことですよ?」
ゆっくりとした口調で言葉を紡ぎ出したのは紫村の側近、藤堂だった。その傍らには組織の中で、そしてこの船に乗ってから今まで伴場は見たことのなく、背中にアサルトライフルを携えた男だった。その男は痩せ細った体つきをしていて、非力そうな印象を受ける。
しかし、伴場は組織の人間は全て把握していた為、その男の醸し出す雰囲気はその組織の男達に非常に近いものを感じたことに多少の疑問に思った。だが、今の伴場にはそんな小さなことは組織を壊滅させるという目的の前に消し去られた。
「とりあえず、その銃を下ろしてください。私は貴方に話をしに来たんですよ?」
伴場は藤堂への返答はなく、黙ったままハンドガンを握る手に力を込めた。
「私はある情報を手に入れましてね。それが貴方にとって有益な情報であった為に貴方に伝えてあげようと思いまして……どうですか?知りたくありませんか?」
「どうでもいいわ」
「本当にどうでもいいんですか?今の貴方がそのようなことをしている原因に関係ある情報なんですが……」
藤堂は口元を僅かに歪め、笑みを作った。伴場はその話に僅かな反応を見せ、藤堂はそれを察して話を続けた。
「それで、貴方にある仕事を頼みたいんです。報酬としてその情報を教えます。受けていただけますか?」
「その情報は私に仕事をさせる程の価値があるの?」
「えぇ、もちろんです。そうでなければ、こんなことを言い出したりしませんし、仕事を受けて頂けるなら先に教えてあげましょう。それで、価値のある情報かを見極めてもらって結構です」
藤堂の表情は伴場が必ず自分の依頼を受けるという自信が窺え、伴場もそれに気付いていた。伴場は向けていたハンドガンを下ろし、ドレスの中に戻した。
「いいわ。その情報とやらに本当に価値があるなら引き受けてあげる。それで、その情報って言うのは一体なんなの?」
「こんな死体だらけの場所ではなんですので、どこかの部屋に入りましょうか」
藤堂は一番近くの部屋の扉を開き、伴場を引き入れた。そして、その後を藤堂が続いて入ろうとした時にその足を止めた。藤堂は後ろに首だけを振り向かせ、背中越しに男に目を向けた。
「江澤、少し席を外してもらえますか?」
「俺にこんな臭い場所で死体と一緒に待ってろって言うのか?さっきまでずっと薄暗い貨物室で次は死体に囲まれる場所かよ」
江澤と呼ばれた男は不服そうな表情を見せる。
「そうではありません。隣の部屋で待っていただいて結構ですから。話が終わり次第、迎えに行きます」
「仕方ねぇな」
藤堂は部屋に入り、扉を閉めた。
一等客室の扉がゆっくりとその口を開いた。その部屋の中には江澤が苛立ちながら、藤堂を待っていた。
「遅かったな」
「そうですか?これでも急いだ方なんですけどね」
藤堂の言葉を江澤は鼻で笑った。
「それで、あんな危険な奴に一体何を頼んだんだ?」
「あの方は危険な訳ではないですよ。ただ、価値のあるものの為にどんな仕事もこなすというだけの利口な人ですよ」
「それで?」
江澤は先程の質問を更に問い質す。
「それは―――」
藤堂は一度言葉を区切ってから口元を歪め、感情なく笑った。
「後のお楽しみです」
「まぁ、どうでもいいが、次は何をするんだ?」
「それの結果待ち、ということになりますが、とりあえず江澤はもう少しここでお待ちになってもらえますか?」
「ちっ、また待つのかよ」
「ええ。でも、安心してください。決して後悔はさせませんから」




