オモテ_再び蘇った男
暗闇に支配されたパーティー会場は乗客達の焦燥や不安が混乱を招いていた。しかし、映画のような惨劇が目の前で繰り広げられたことと江澤の言葉があるせいか、乗客達は誰一人としてその場を動こうとしなかった。
二度目の停電でも、乗客達は恐怖を叫び上げ、耳を塞ぎたくなる程の大音量を生み出していた。江澤もこの状況を落ち着かせようと、大声で乗客達に呼び掛けるが、乗客の耳に届く筈がなかった。それどころか自分が声を出しているのかさえ、分からない状態だった。
漣は状況を把握しようと目を凝らし、辺りを見回す。しかし、視線の先には暗闇が続くばかりだった。
諦めることなく、それを続けていると、次第に目が暗闇に慣れ始めてきた。徐々に視界が風景を取り戻していくのだが、未だ色の判別が付かない程に暗さが支配している。
漣はその少ない視界から状況を理解しようとするが、分かったのは乗客達の姿と一人の男がそれを見ていると言うことだけだった。
漣は無線機を手に取り、市ノ瀬に連絡を入れた。
「市ノ瀬、電気を付けてくれ」
漣からの連絡を待ち望んでいたのか、市ノ瀬からの返答はすぐに行われた。
『えっ!?何!?』
しかし、乗客達の騒音のような叫び声が無線機に入り、漣の声は市ノ瀬の無線機に届かなかった。
「電気だ!電気を付けてくれ!!」
『あっ!うん、分かったよ!』
パーティー会場に電気が戻り、漣の視界も正常に戻る。そこには、予想を超える風景が広がっていた。
「どうなってるんだ……」
それを最後に漣は言葉を失った。茫然としている中で、片腕が血塗れの江澤を見付け、我に返ると共に状況の理解が答えに達した。
「お前は…誰だ?」
「ガキか…なんの用だ?」
「これはお前がやったのか?」
江澤の雰囲気や身なりを見る限り、そう判断されても仕方ないだろう。
「俺はな、こいつらに裏切られたんだ。特にこの組織のボスにはかなり酷いことをされたからな」
確かに江澤の裏切りに対しての紫村の報復は度が過ぎていたのかもしれない。しかし、その原因は江澤にあるのもまた事実である。つまり、逆恨みのようなものだろう。
「それに裏切られたせいで、家族も失って俺自身まで殺されそうになったんだ。俺のことを見捨てたこいつらに復讐する権利が俺にはあるし、そんなことをしたこいつらみてぇな最低の人間には生きる権利はねぇんだよ。だから、俺が地獄に送ってやったんだ。寧ろ、痛みなく殺してやったんだから感謝して欲しいくらいだ」
江澤は復讐心のせいか、或いは代償の絵のせいか、既に正常な感覚を失っていた。
「そんな訳ねぇだろ……」
漣は呟くような声で感情を吐き出した。
「あん?なんだって?」
「そんな訳ねぇだろって言ったんだ!!幾らお前が裏切られたからって、お前に復讐する権利がある訳ねぇだろ!!どんなに酷ぇ奴らだって、生きてる権利がねぇなんてそんなことある訳ねぇだろ!!こんなことしたお前にそんなこと言う資格があんのかよ!!?そんな風に考えてるお前の方がよっぽど生きる権利ねぇよ!!」
漣は怒りをただ言葉に変換することということさえ、精一杯だった。それ程までに江澤の言葉に対して怒りを感じたのだろう。
「なんだと…?もう一回言ってみろよ」
江澤の表情は明らかに苛立ちを映し出していた。しかし、心の中には煮えたぎるような怒りを感じていた。それでもその怒りが表情に反映されなかったのは、代償の絵の力を持ち、自分が優位に立っているというこの状況と自信のせいだろう。
「お前が言った最低な人間よりもお前の方が何倍も最低だって言ったんだよ!!」
「いいか、俺は代償の絵の所有者なんだぞ?お前のような人間を捻り潰すなんて訳ねぇんだ。もし、今すぐ前言撤回するなら、聞き流してやってもいいぞ。お前だってまだ死にたくないだろう?だから、このアホな乗客と一緒に俺の存在に恐怖してればいいんだよ!」
江澤は最後の言葉で自然と語気を強くなっていた。溜まっていた怒りが表情にではなく、言葉に反映されたのだろう。
「ふざけんな!!そんなことするくらいなら、お前に殺される方が全然マシだ!」
「だったら、死ね」
――これで死ぬ覚悟をするのは何回目だろう。
漣はふと思ってしまったが、死への恐怖は既に微塵もなかった。
江澤は首を回し、代償の絵を再び見せつけようとした時―――――ロビーに続く扉が開いた。
「ここって、第三甲板っていうところですか?」
明らかに違う。しかし、その言葉を発しながら現れた男にとってはそう感じたのだろうか。江澤はその男に一瞬、気が散り、動き出せなかった。
「今度は誰だ!?」
確かにそこに現れたのは、和達その人だった。




