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代償の絵  作者: 水芦 傑
25 years later
33/50

オモテ_漣 VS 川崎

一階 ロビー


「どうだ?」

 漣は塚矢に授けられた計画を実行する為に一階ロビーに行き着いたところで、無線機を手に取った。

『もうちょっとでつけると思うよ』

 市ノ瀬からの返答は少し暗い声だった。漣はそれにすぐに気づく。

「どうした?」

『えっといや、それがね…』

「なんだ?何かトラブルでもあったが?」

『いやそういうわけじゃないんだけど…』

 煮え切らない市ノ瀬に漣は更に問いただした。

「だったらなんだ?何か不安なことなら早めに言ってくれ」

『実は…一巳ちゃんを置いていけなくて連れてきちゃった』

「……大丈夫なのか?」

『任せて!一巳ちゃんは必ず私が守るから!』

「……わかった。じゃあ、頼んだぞ。着いたらまた連絡をくれ」

『了解です、隊長!』

 最後の返答に漣は不安に駆られるのも仕方ないだろう。

 漣は緊張に心の半分以上を支配されていた。漣は今までこれ程までに大人数の為に何かをするということは初めてだった。そのせいか、多少の冷や汗を額に浮かべている。

 心を落ち着かせようと一度深呼吸するが、心音は更に早くなるばかりだ。

 もう一度、深呼吸をしようとした時、漣の視界にロビーの階段から上がってくる人影が映った。

 その男とは相浦を助けた時に殴り飛ばした男、川崎だった。

 漣が気付くのと殆ど同じくして、川崎もその姿を捉えていた。その瞬間、川崎の表情は一変し、憎悪と怒りを映し出す。

「てめぇーーーー!!!」

 川崎は肩に掛けていたアサルトライフルを即座に構え、漣目掛けて乱射し始めた。しかし、漣はそれより早く近くにあったソファーの影に跳び込んだ。

 止まる事のない連続的な銃声がロビー内に響き渡る。川崎は既に目標である漣を見失っているのにもかかわらず、アサルトライフルを四方八方と適当に乱射していた。

「くそっ、今はこんな奴の相手をしてる場合じゃないのに……」

 アサルトライフルが最後の一発を吐き出し、鳴り響いていた銃声が止む。その瞬間に漣がソファーの影から飛び出し、川崎の元へ駆けていく。

 川崎が新たな銃弾を装填し終えたところで、漣が川崎の目の前まで行き着き、アサルトライフルの銃口を蹴り飛ばした。

 アサルトライフルは川崎の手を離れて床を滑っていった。漣はその勢いのまま、川崎の腹を殴り付けた。川崎の体がくの字に曲がり、両手で腹を押さえて怯んでいる。

漣は畳みかけるようにして、顎に的確に拳をぶつけてから川崎の腹を押さえている両手目掛け、足の裏で蹴りを入れた。川崎の巨体が僅かだが浮かび、そして後ろに吹っ飛んでいく。

川崎は壁に激突し、そのまま項垂れるように座り込んだ。

「こんなことしてる場合じゃないってのに、世話焼かせてくれるな」

 漣が踵を返し、歩き出そうとした時に腰に携えていた無線機から声が聞こえてきた。

『もしもーし』

 漣は無線機を手に取り、応答した。

「もしもしって……電話じゃないんだからよ」

『そうだよね。だけど、こんな時なんだからそんな細かいこと気にしなくてもいいじゃん。細かい男は女の子にもてないよ?』

「うるせぇよ。それでそっちはどうなんだ?」

『はいはーい。こっちは準備万端でーーす!隊長!』

 漣の問い掛けにこんな状況でも元気のいい声が返ってきた。しかし、漣は市ノ瀬に気を取られ、後ろで川崎が起き上がったことに気付けなかった。

「いつから俺は隊長になったんだよ?まぁいいか。よし、それじゃあ―――」

 漣の声が遮られる。川崎が漣の首に腕を回し、絞め上げたせいで。

川崎の目は既に焦点を半分失い、漣を死に追いやることだけ没頭していた。まさに怒り狂うとはこのことを言うのだろう。

 漣は抵抗しようと無線機から手を離し、川崎の腕に両手を掛けた。しかし、川崎のその巨体に見合った腕力にとって、漣の力は介さない程、届かなかった。

『ちょっと…漣くーーん。どうかしたの?おーーい!』

 無残に落ちた無線機から返答されない問い掛けが幾度となく、繰り返された。

 その間にも漣の首を絞める力は除々に強まっていく。漣はもがき苦しみ必死に抵抗するが、その体が持ち上げられたことにより、絞め上げる力は一気にその強さを増した。

「かっ……はっ………」

呼吸もままならない漣の意識は朦朧とし始め、両手が力無く川崎の腕から放された。しかし、漣は諦めることなく川崎の脇腹に肘打ちを喰らわせる。

それ自体は川崎の行動をやめさせるには程遠いものではあったが、先程受けた二回の痛みが腹に蓄積されているせいか、川崎は悶絶で顔を歪ませ、漣から腕を離した。

「ゲホッ!ゲホッゴホッゴホッッ!!はぁはぁ……」

 漣は解放された途端に地面に片手を突いて何度も咳き込んだ。それから、胸にもう片方の手を当てて呼吸を整えようとしている。

しかし、それより早く川崎が痛みから立ち直り、漣の腹を蹴り飛ばした。漣はまるで石ころのように無抵抗のまま転がっていく。

 川崎は漣の元に歩み寄り、軽々と漣を持ち上げた。そして、甲板とロビーを遮るガラスに向かって―――――投げ飛ばした。

 ガラスは激しい音をたてて割れ、その原因となった漣の体には幾つもの破片が刺さり、傷を残した。更に伴場に受けた頭の傷が開いたのか、額から血が流れ出す。甲板に放り出された漣は受けた衝撃の大きさに全身の反応が僅かだが、鈍くなっていた。

「く、くそっ……」

 無理矢理に体を起き上がらせるが、既に川崎が漣を見下ろしていた。川崎は漣の上に乗り掛かり、何度も顔を殴り付ける。

 川崎はそれで怒りが収まったのか、平静を取り戻した。そして、立ち上がって後ろに一歩下がると、ハンドガンを取り出した。

「てめぇには借りがあるからな。死ね」

 川崎はハンドガンの銃口を漣に向けた。漣は目を閉じ、今度こそ自分の最期を覚悟した。

綺麗な満月の月明かりが二人に浴びせられる中、銃弾は放たれた。

 銃声が鳴り響いた為、確かに銃弾は放たれたのだが、漣の視界は再び復活した。

 ――何が起こったんだ…?

 漣が見上げていた川崎が突如、力無く、そして漣に覆いかぶさるように倒れた。川崎の後頭部には銃痕が残っている。理解が一瞬追い付いていなかったが、それにより漣は撃たれたのは自分でなく、川崎なのだと分かった。

 漣はすぐさま巨体の元川崎を退かし、立ち上がって辺りを見回してみるが、視界の中に人影を捉えることはなかった。

――一体誰が……?

消えぬ疑問を心の中に残しつつも漣はロビーへと戻った。

『ちょっと!漣君!!応答してよ!何かあったの!?大丈夫!?』

そこで無線機を通じて聞こえてくる市ノ瀬の声に気付き、自分の置かれていた状況を思い出した。

そして、駆け出しながら素早く無線機を取り、そのまま市ノ瀬に応答した。

「あぁ、俺は大丈夫だ。それより、早く電気を落としてくれ」

『あっ、何があったの!?大丈夫!?』

「俺は大丈夫だって。それより早く!」

 しかし、返ってきたのは了承ではなく、市ノ瀬の困惑だった。

『それが、電気系統がどれだか分かったんだけど、なんか色々スイッチがあってパーティー会場のスイッチがどれだか分かんないの』

「だったら、全部落とせ!」

『う、うん。分かった。また電気を入れる時は連絡してね。それと、私達も後でそこに行くから待ってて』

「それじゃあ、後でな」

 漣が腰に無線機を戻すと、ロビーの電気が消えて月明かりがこのロビーに差し込んでくる。それを確認し、漣は全速力でパーティー会場に向かい、その姿は暗闇の中に消えていった。



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