オモテ_突然の来訪者
時刻 二二:〇〇
「一、二、三……………十人か。多いな」
漣は二階の渡り廊下から身を潜めて、レストランを見下ろしていた。その両隣にいる塚矢と市ノ瀬も漣と同じ態勢でいる。
「どうするの?十人もいたら、どうしようもないよね?」
「普通に助けようとすれば、どうしようもないから今からどうするかを考えるんでしょ?それとも、相手の人数が多すぎるからやめておく?」
漣は強い口調で塚矢に反論する。
「やめる訳ないだろ。やめたいなら、勝手にやめてくれ。俺は一人でもやるからな」
「だって」
塚矢はあたかも自分ではなく、市ノ瀬が言われているように視線を向けた。
「べ、別に私はやめたいなんて言ってないでしょ」
「どうかな。勢いで協力するなんて言っちゃったけど、今さら怖くなってきてるんじゃない?」
「そんなこと―――」
市ノ瀬が大声を張り上げようとしたところで、漣が手で口を塞いで遮った。
「静かにしろ。相手に聞こえたら偵察をしに来た意味がないだろ」
漣の表情は真剣さを映し出す、厳しいものとなっていた。
「そうだね。まぁ、とにかく必要な情報は分かったんだし、とりあえず仁巳ちゃんの所に戻ろうよ」
「そうだな」
漣達は来た道を引き返し、五階にある一等客室の一室に戻った。
三人は暗闇に包まれた部屋に足を踏み入れる。
「仁巳ちゃん?どこにいるの?まだ三十分も経ってないんだけどなぁ」
塚矢が言葉を紡ぎながら歩を進めていくが、相浦からの返事はない。しかし、塚矢の歩は市ノ瀬が部屋の電気を付けた瞬間に止められる。
「この子に用がおありですか?」
「お前は…」
「仁巳ちゃん…」
そこには、脅えて涙を流している相浦とその相浦の後ろで頭にハンドガンを突き付けている藤堂の姿があった。
「貴方達は、代償の絵って言うものを知っていますね?私は、それを欲しています。それで、絵の所有者は貴方達の内、誰です?素直に渡してくれると助かります」
藤堂は感情を含まない言葉を淡々と告げていった。
「俺達は代償の絵は持ってない」
漣ははっきりと言い切った。市ノ瀬は塚矢の言っていたことが漣の口から証明されたことに驚きを隠せずにいる。
「貴方は?」
藤堂は視線を塚矢に向ける。
「漣君の言う通り、俺も持ってないよ」
「後ろの方はどうです?」
「わ、私?」
市ノ瀬は自分を自身の手で指差した。
「私は代償の絵は欲しいけど、持ってないよ」
「聞いてないことまで答えなくて結構です」
「ごめんなさい」
市ノ瀬は僅かに俯き、体を縮めた。
「さて、貴方達は持っていないということですね。ですが、その嘘はどこまで通用するでしょうか?」
藤堂は引き金に指を掛け、手に力を籠めた。
「これでも答えは変わらないですかね?」
藤堂はこの場の空気にそぐわない、笑みを見せた。
「仁巳ちゃん!」
「相浦!」
三人がそれぞれに相浦の名を呼び一歩前に踏み出した瞬間に―――――
先頭にいた塚矢の足元に銃弾が撃ち込まれた。藤堂の持つ銃口が塚矢に向けられている。
「次はこちらに穴が開くことになりますよ?」
藤堂はその銃口を相浦のこめかみに戻した。
「くっ……」
漣は歯を食いしばることで怒りを抑え、平静を保った。
「もう一度聞ききます。さっきの通り一人ずつ答えてください。代償の絵を持っていますね?」
「持ってない」
「俺も持ってないって」
「私だって」
三人は先程と同じような答えを返したが、藤堂の表情に納得した様子は窺えない。
「そうですか……それじゃあ、質問変えましょうか。三人の中で、誰が代償の絵を持っているのか、知っていますか?」
「知らないな」
「知らないよ」
「知ってる訳ないじゃん」
藤堂は三人の答えを予想していたのか、あるいは知っていたのか、それを鼻で笑った。
「確か君、藤堂とか言ったっけ?」
塚矢は不意に藤堂に言葉を投げ掛けた。
「えぇ、名前を覚えていただけているとは嬉しいですね」
「君はさぁ、代償の絵の存在を信じてないんじゃなかった?」
「貴方の言う通り、私は信じてなどいません。ただ、本当にあるのなら、一度は拝んでみたいと思いましてね、こうして探し歩いている訳です。それより、そろそろ吐いてはどうですか?代償の絵の所有者は誰かということを。でないと―――」
藤堂はその銃口を更に相浦のこめかみに押し付ける。
「やめろ!!分かった、言うよ。代償の絵は俺が持ってる。これは渡すから相浦とこいつら二人は解放してくれ」
漣は声を張り上げて一歩前に踏み込んだ。
「えっ?でも、さざな―――」
市ノ瀬が言葉を紡ぎ出そうとしたが、塚矢の手に口を塞がれ、遮られた。そして、塚矢は市ノ瀬の耳元で言葉を囁いた。
「ここは漣君の言う通りにしておこう」
「でも、それじゃあ漣君は……」
「多分、殺されるね。でも、仕方ないよ。漣君がそうすることを選んだんだから」
市ノ瀬は黙り込み、悲しげな表情のまま俯いた。しかし、塚矢の表情には暗さなどの感情は窺い知れなかった。
それどころか、市ノ瀬との会話でさえ片手間のように済ませ、絞った視界に藤堂だけを映し出していた。何か策があるのか、或いは平然と漣を捨てられるような人間なのか。
「だったら、証拠を見せてください。代償の絵の所有者は体のどこかに絵が刻まれてるっていうからな」
「見せれば、三人は解放してくれるな?」
「えぇ、もちろんです」
漣は右腕のシャツを捲り上げ、風景画のような刺青を見せた。
「そうですか…残念です」
藤堂は言葉を最後に引き金を迷いなく引き絞った。しかし、寸前で銃口の向きが変えられ、銃弾は相浦の目の前を通り過ぎていった。
「貴方達は本当に持ってないみたいですから、私は退散しましょうか」
「な、なんでわかる?」
「貴方が代償の絵の元所有者であるということは実に有名な話ですからね。その刺青の意味は分かりませんが、そういった行動を起こしたということはそういうことでしょう」
「くっ…」
「では、私は失礼しますね」
藤堂は相浦を離し、この部屋を後にした。




