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代償の絵  作者: 水芦 傑
25 years later
26/50

オモテ_通称、ランダム


時刻 二一:三〇


六階 一等客室


 一等客室の一室で出入り口の扉が開いた。

 中でソファーに腰掛けていた塚矢、市ノ瀬、相浦の三人はその扉を見詰めながら息を呑んだ。塚矢はあの時漣に耳打ちされた言葉通り、一等客室の指示されたに来ていた。

 開いた扉から現れたのは頭から僅かに血を流している漣だった。

「大丈夫………じゃなさそうだけど、生きて帰って来れたんだね」

 入ってきた漣にまず声を掛けたのは塚矢だった。

「おいおい、俺が死ぬとでも思ってたのか?」

「まぁ、相手が相手だからね。あのクルーエルなら殺されても仕方ないと思ってたよ」

「こうして生きてられたんだから、縁起の悪いこと言うなよ」

 漣は軽く笑いながら、相浦の隣に腰を下ろした。相浦は漣を見た途端に下げていた鞄を漁り出し、ハンカチを取り出すと漣の額の血を拭き始めた。

「あぁ、ありがとう」

 相浦はその言葉に頭を左右に振って答えた。相浦が漣の額を拭き終わると、鞄にハンカチをしまい、今度は手帳とペンを取り出した。そして、相浦は手帳に何かを書き始め、それが終わると漣に見せた。

『上着を脱いでください。腕の傷の応急処置をしますから』

「あっ、これ?やらなくても大丈夫だから。こんなかすり傷、放っとけば治るって」

 相浦は更に手帳にペンを走らせる。

『ダメです。そういう傷は早めに応急処置をしないと、更に悪くなるし、治るのだって遅くなりますから』

「確かにそれはそうだけど……」

 漣は渋々着ていた上着を脱ぎ、傷のある腕の方のシャツを捲り上げた。その二の腕辺りには風景画のような刺青が彫られている。相浦は鞄の中から救急セットを取り出して手当を始めようとしたが、その刺青に目が止まり、そのまま見惚れていた。

「ん?どうしたんだよ?」

 相浦は漣の言葉に我に返るような素振りを見せてから、再びペンと手帳を手に取り、何かを書き始める。

『この刺青、どうして風景画みたいなんですか?』

「あぁ、これ?それはまぁ色々あってな……」

 漣は言葉を濁し、苦笑いをしている。塚矢は気に掛かったのか、身を乗り出して漣の腕を覗いた。塚矢はその絵のような刺青に見覚えがあり、ここにいる他の三人が気付かない程僅かに、そして一瞬、その表情が厳しくなった。

 相浦が一通りの手当を終えたのを漣が確認すると、話を切り出した。

「三人ともこれからどうするんだ?」

 その言葉に一番早く反応したのは市ノ瀬だった。しかし、それは漣の問い掛けの答えになるものではなかった。

「うーん……私はどうしよっかなぁ。さっきは所有者を見付けようと思ってたけど、よくよく考えると私にはもう代償の絵が必要ないしなぁ……」

 市ノ瀬は顎に手を当て、唸りながら考え込んでいる。

「塚矢、お前はどうするつもりなんだ?」

「俺?俺はどうするもこうするも逃げるに決まってるでしょ。幸い、この船の貨物室にはモーターボートが積んであるみたいだし。こういうことに巻き込まれるのはもうごめんなんだよ」

 漣は未だ思考を続ける市ノ瀬を余所に最後に相浦に目を向けた。

「相浦は?」

 相浦は俯き、表情が僅かに暗さを漂わせている。漣はその様子を察したのか、それ以上声を掛けるのを止めた。

「漣君はどうする気?」

「俺は………」

 漣は一度言葉を区切った。

「俺は捕まってる乗客達を助けたいって思ってる。それで、お前達にも協力して欲しいんだ」

 塚矢の表情が僅かに苛立ちを見せる。

「そっか。それじゃあ、頑張ってね」

 塚矢は先程の苛立ちを隠すかのように感情のない笑みを表情に作り、腰を上げた。

「ちょっと待ってくれ。話だけでも聞いてくれないか?」

「そうだよ。話ぐらい聞いてあげればいいでしょ」

 市ノ瀬は漣に言葉を続けた。

「分かったよ。但し、聞くだけだからね」

「ありがとう」

 漣が感謝の言葉を告げると、誰にも目を向けずに視線を伏せ、静かに話し始めた。

「五年前、俺は人を殺したことがあるんだ。それも一人や二人じゃない。何十人もだ」

 市ノ瀬は瞬間的に驚きを見せたが、すぐに平然を取り繕った。

「あの日、俺は母さんが行方不明になって、どうしようもない感情だけが俺の中にあって、ただ夜の街を彷徨い歩いてたんだ。それで絡んできた不良がいて、暗い裏路地まで連れてかれて体中を殴られた。その時、何かを切れたみたい全てがどうでも良くなって、その二人を殺したのが始めだった。俺は人を殺すことに間違った快感を覚えちまってよ……それからはもう何人殺したか分からなくなる程の人を殺めたんだ」

 部屋には重苦しい空気が漂うなか、塚矢は無表情で言葉を紡ぎ出した。

「五年前ってことは……もしかして、漣君があのランダムなの!?」


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