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代償の絵  作者: 水芦 傑
25 years later
25/50

オモテ_クルーエルの暴走

漣はその隙を見逃さず、振り返って背後の人間にハンドガンの銃口を向ける。そこに立っていたのは息を荒げた長身の男、和達だった。

「あれ?どうなってるの?」

漣は銃口を向けても惚けるこの男のことを知らず、ハンドガンを持つ手に力を入れた。

「撃たないでぇ!!」

 その声はあの冷静な伴場が発したとは思えない程、感情的だった。漣はハンドガンを下ろし、伴場の方に振り向く。そこには既に感情的な伴場ではなく、感情を見せないクルーエルの姿があった。

「お前の知り合いか?」

「えぇ、彼は私の知り合いよ。貴方はもう行ってもいいわ。貴方が代償の絵を持ってないのは知ってるから」

「そっか。あの絵を探してたのか。じゃあ俺には関係ないな」

 漣はその場から走り去ろうと二、三歩駆け出したところで足を止めた。

「忘れてたけど、これ」

 漣は持っていたハンドガンを伴場に差し出した。

「ごめんなさいね」

 伴場がハンドガンを受け取ると、漣は再び走り出して立ち去っていった。

 しかし、漣は走りながら心の中では安堵していた。実際にあのまま誰も現れず、伴場との戦闘を続けていれば、負けていたのは確実に自分だと漣は悟っていたからだ。そして、誰だか分からない長身の男に感謝した。

 漣はそのまま、塚矢に耳打ちした場所へと急いだ。

「よかったぁ。探してたんだよ?クルーエルのこと」

「そう。あのね、和達。聞いて欲しいことがあるの」

 伴場は神妙な面持ちで話を始めようとした。しかし、和達は自分の話したいことが先行していたのか、伴場の言葉は耳に届いていなかった。

「あのさ、クルーエル。僕、ちゃんと謝りたくて……ごめんなさい!!」

「えっ?」

「だって、クルーエルが突然泣いちゃったのは僕のせいでしょ?僕さ、馬鹿だからいつも何か考えたって五分も続かないんだ。だけど、こんなに同じことをずっと考えてられたのなんて、クルーエルのことが初めてなんだ」

 無邪気に笑う和達を前にすると、さっきまでの緊迫した空気感が嘘のように感じられ、伴場は気が抜けて溜め息を吐いた。

和達は唐突に自分の持論を語り出した。

「ねぇ、人間の人生でハッピーエンドなんて存在しないって知ってる?だってさ、確かにどんな出来事もハッピーエンドで終われるかもしれないけど、人間の最後に待ってるのは死以外有り得ないんだからさ。地球を守る為に死んだとかのどんな価値のある死でも、周りの人を幸せにして自分も幸せでいた、みたいなどんな素晴らしい人生を送ってきたとしても、その死を受け入れて笑いながら死んでいったとしても、一人の人間の死は必ず誰かの悲しみを生むんだよ。それはバットエンドだとは言えないけど、ハッピーエンドだと言えると思う?僕はハッピーエンドだって思えないんだ。だったら、せめて生きてる間はいつでも楽しい方がいいでしょ?だから、クルーエルにもそんな悲しい目をしていて欲しくないんだよね」

 伴場は和達の妙な持論に少し納得していた。

「それでさ、どうすればいいか頑張って考えてみたんだ。一つしか思いつかなかったけど、クルーエルって便利屋でお金を払えばなんでもしてくれるんだよね?」

 伴場は急に話の方向性が分からなくなり、僅かに目を丸めた。しかし、そんな伴場を余所に、和達はまるで昔の楽しかった思い出を語るかのように笑ったまま、話を続けた。

「だから、ちゃんとお金も払うから僕に付いてきてくれない?泣かせちゃったお返しに一生掛かっても僕がクルーエルのその目を笑わせてあげるから。ね、ダメ?」

 和達は便利屋の意味を履き違えていた。確かにお金さえ払えばなんでもすると言ったのは伴場だ。しかし、それは飽くまで殺しなどの犯罪において自分には出来ないことを代わりに行ってもらうという意味だ。

それにこの男は自分の言葉の意味を理解しているのか。その言葉は誰が聞こうとプロポーズと取られてもおかしくないだろう。

そして、伴場もそう思ってその言葉を受け取った。

「私にそれだけのことをさせるなら金額は高いわよ?」

 伴場は和達をからかうように言葉を紡ぎ出した。しかし、心の中では既にどうするか決まっていた。

「今はまだお金はないけど……いつか必ず払うから、それまで待ってくれる?やっぱり、前金じゃなきゃダメとか?」

「ちなみに普段の仕事は全部前金で支払ってもらってるわよ」

「そうなんだ……」

 和達ははっきりと落ち込んでいることを態度に出した。まるで、伴場に見せつけるように。

「それより、まだ私の名前を言ってなかったわね」

「えっ?名前はクルーエルでしょ?」

「それは仕事用の名前よ。付けたのは私じゃないんだけど。もっと、ちゃんとした日本人らしい名前があるわ」

 和達は目を見開き、全力投球で驚いていた。それはまるで喜劇のようにやりすぎた驚き方だった。しかし、この男の場合、無理もなかった。

何故なら、伴場を日本人ではなく、日本語を流暢に喋る外国人だと思っていたからだ。

「そんなに驚くようなことじゃないわよ」

「だ、だって、クルーエルってどこかの外国人なんじゃないの?ほら、髪だって金髪だしさ」

「私が?ふふふっ、初めて言われたわ、そんなこと」

 伴場は口に手を当て、上品な笑い方をした。

「私の名前は―――」

 伴場の言葉は破裂音によって遮られた。そして、その銃声は和達の頭に風穴を開け、和達は地に伏した。

 伴場はその状況を一瞬だけ理解が追い付かなくなっていた。いや、信じたくなかった。

 しかし、幾つもの命を掛けた修羅場を乗り越えてきた経験が伴場に嫌という程理解させた。息が苦しくなるような、胸にぽっかりと穴があいたような、そんな喪失感をただ感じていた。それでも、涙を流すことはなかった。

普段の伴場であれば、いや、伴場がクルーエルとしての姿でいたら、この状況ですら眉一つ動かさずに平然としていられただろう。しかし、和達と出会ってしまった時点でクルーエルとしての伴場はそこにいなくなっていた。

伴場にとって自分の経験を恨んだのも、人の死がこんなに悲しく感じたのもこれが最初で最後だろう。銃声の原因を作った男、紫村がショットガンを手に少し遠くから歩み寄ってくる。

 紫村は更に和達の胸の二発の銃弾を撃ち込んだ。廊下に引かれていた高級感が漂うカーペットを赤黒い血が広がりながら染めていく。

 伴場はその場に力無く座り込み、ただ目の前の和達を眺めていた。

「おい、何やってんだ?てめぇの仕事は見付けた奴と楽しくお喋りすることか?違うだろ。ったく、こっちは高ぇ金払ってんだから、しっかり働け」

「………………」

 伴場は無言のままで紫村のことさえ見ようとしない。

「だから信用出来ねぇって言ったんだ。計画を立てた藤堂の野郎がてめぇを必要だと言うから、しょうがねぇけどよ」

 伴場の耳には紫村の声が届いていなかった。

「おい!なんとか言え!!ちっ、とにかくクルーエルの名に恥じねぇようにちゃんと仕事しろよ。それと、俺は会場に戻る。お前もすぐに戻れよ」

 紫村は踵を返し、歩を進めていく。

 そこでようやく伴場は我に返り、紫村の背中を怒りと恨みを籠めて睨み据えた。

 ――許さない……あんただけは絶対に……

 しかし、伴場はそれから何分経ってもその場から動こうとしなかった。それから、数分後に四人の男達がここにやってきた。それは川崎のチームに加わり、他の場所を探すように指示された男達だった。

「うわ。何この死体……」

「あれ?クルーエルさんじゃないですか。何かあったんですか?」

 その男達にもまた伴場からの返答はなかった。伴場は立ち上がり、四人の男を睨むように見据えた。その表情からは決意に満ちたものが窺い知れる。

「ちょ、睨まないで下さいよ。怖いじゃないですか。一応、俺達仲間なんですから」

 突如、伴場が両手をドレスの中に入れ、ハンドガンを手に取って、手前にいた二人の男の額に銃口を向け、引き金を絞る。

 二人の男の額には銃痕だけが残り、絶命した。

「な、てめぇ!!何しやがんだ!?」

 後ろにいた残り二人の男はそれぞれが持っていたサブマシンガンとアサルトライフルを構えると同時に後ろに跳んだ。

 二人の男は銃を乱射し、伴場を狙った。しかし、伴場は手前にいた片方の男、いや、死体を盾にし、その銃弾の嵐を防いだ。

 装填されている銃弾が底をつき、二人の男は新たに銃弾を装填しようとする。しかし、それより早く、アサルトライフルを持っていた男に伴場が近付き、額を撃ち抜いた。

「ひ、ひ、ヒ、ヒヤヤャャャヤヤヤーーー!!!」

 残り一人の男は言葉にできない程の恐怖をなんとか叫びに変えた。そして、サブマシンガンを投げ出し、逃げようと一目散に来た道を走り出した。伴場はその男にゆっくりと照準を合わせる。

 乾いた音が静かに放たれた。



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