前哨_忌まわしき記憶
「持ってきたぜ、ボスの言う通り三十分以内にな」
川崎は連れて行った男達と黒の大きめのバッグを重そうに持ち、紫村の居る部屋に戻ってきた。
「よくやった」
紫村の呆気ない労いの言葉を川崎は聞き流し、そのバッグを部屋の中央に投げ捨てた。川崎の後ろにいた男達もそれを習い、一人一人同じ行動を繰り返していった。
「いいか、でけぇのはそのまま鞄に入れて持っていく。服の中に忍ばせられる銃だけを取れ」
紫村の言葉を受けた男達はそれぞれのバッグに歩み寄り、指示通りに銃を手にしていく。
「ボス、それと一つ問題があったぜ」
「なんだ?」
紫村の表情が僅かに厳しくなる。
「それがな、一応全部数えたんだが、ハンドガン一丁とアサルトライフルが一丁、それに銃弾も百発近くなくなってたぜ。俺が聞いた数よりはな」
「ちっ、藤堂!」
バッグの近くで三丁のハンドガンを器用に両手に持っていた藤堂が振り返り、紫村に歩み寄った。
「なんですか?」
言葉こそは紫村に向いているものの、その意識はハンドガンの準備に余念がないようだ。
「ここに積み込む手筈をしたのはてめぇだろ?」
「はい。そうですが……何かありました?」
ここで漸く視線を紫村に向けるが、藤堂は話を飲み込めていなかった。
「船に積み込む時には全部揃ってたか?川崎の話だと、ハンドガンとアサルトライフルが一丁に弾も百発近くなくなってるらしい」
「そうですか。私は積み込む前に確認しましたが、ハンドガンが三十二丁、サブマシンガンが十丁、アサルトライフルが二十丁、ショットガンが一丁、それに銃弾も全て揃っていました」
藤堂の言葉を聞き、紫村の表情が更に厳しいものになる。
「そうか。少し雲行きが怪しくなってきたな」
「大丈夫ですよ。そもそも、計画というものはあくまで人間の頭で考えるもので、それを計画に移せば必ず多少のずれは起きて当たり前ですから。それに気にする程のことでもないですよ」
「あぁ……そうだな」
しかし、言葉とは裏腹に紫村の表情は厳しさの中に僅かな不安を映している。
「はい、ボス。これはボスのハンドガンです。弾も込めておきました」
藤堂は器用に持っていたハンドガンの一丁を紫村に渡した。紫村はそれを受け取り、腰の後ろに忍ばせた。
「おい、クルーエルはまだ戻ってきてねぇのか?」
紫村が藤堂に尋ねる。
「そういえば、まだみたいですね」
「ったく、何やってんだあの女は。だから俺は―――」
「あら、私ならここにいるわよ」
突如、紫村の言葉を遮り、伴場の声が部屋の入口付近から届いてきた。紫村は伴場の方に振り向き、睨み据える。
「いつから居た?」
「貴方達が銃の話をしてた時からよ」
伴場が入口から三歩程踏み進めた。
「遅ぇじゃねぇか」
「そうかしら?これでも早く戻ってきたのよ」
「あぁそうかい。とにかく、全員の準備ができたら行くぞ」
紫村の言葉には苛立ちが含まれていて、伴場はそれに気付いてはいたが、意には介さなかった。
「ところで、私の頼んだものは用意してくれたのかしら?」
「そのことなら藤堂に聞いてくれ」
紫村は親指で背を向けていた藤堂を指差した。伴場は促されるままに藤堂に視線を向ける。
「どうなの?」
「ちゃんと用意してありますよ」
藤堂は一丁ずつ両手に持っていたハンドガンを伴場の視線まで上げ、軽く見せつける。
「貸して」
伴場が手を差し出すと、藤堂は歩み寄ってその手に一丁だけハンドガンを乗せた。伴場はハンドガンを受け取り、手触りなどの確認を始めた。それをしばらく見詰めていた藤堂が、終わりを見計らって声を掛けた。
「どうですか?」
「えぇ、確かにグロック18ね。ありがとう」
感謝の意など欠片も含まれていない伴場の言葉を藤堂は聞き流した。
「さっきの話を聞いてる限りではこれといい、ベレッタといい、随分と質のいい銃ばかりだったわね。どうやって、手に入れたの?」
「私にはちょっとした伝手がありましてね。そこから、手に入れたものですよ」
藤堂は控え目に発言し、口元に軽く笑みを見せる。
「そう」
「よし、てめぇら。準備はいいか?」
紫村は頃合いを見計らって、誰にでもなく声を上げた。男達はそれぞれ返事をし、頷く者もいた。
「それじゃあ、パーティーの始まりと行こうか」
紫村が嫌らしい笑みを浮かべ、部屋を出ていった。それに続き男達も続々と部屋を後にする。
そして、その大群には一階のロビーまで降りてきた。しかし、全員が降りてきた訳ではなかった。その大群は五人程欠けていて、藤堂の姿もなかった。
ロビーには相浦が一人しかいなく、殺伐としていた。相浦は先頭にいた紫村の顔を見て、表情が恐怖で凍り付いた。
相浦の脳裏に忌まわしき記憶が鮮明に蘇ってくる。
いや…
お願い…
やめて…
やめて!
ドドドドドドドドンッ!!
ドドドドドドドドンッ!!
銃声。
私の全てが失われた銃声。
私の全てを奪った銃声。
目の前に倒れる二つの何か。
床に血が広がってく。
ただ怖かった。
男達は私を覗き込んでくる。
「ボス。このガキはどうします?殺っちゃいますか?」
「殺すにしても、私は嫌ですよ。子供を手に掛ける程、悪人ではありませんから」
「ガキなんぞ放っておけ。それよりさっさと行くぞ。警察のアホどもが来る前にな」
「了解。おい、行くぜ」
「えぇ」
男達は居なくなった。
私の……
私の………
私のお父さんとお母さんを殺して。
相浦は忌まわしき記憶を振り払うように頭を左右に振り、もう一度視線を紫村に向ける。
紫村はそんなこと気付きもせず、パーティー会場に歩を進めていく。相浦の視線は紫村の動きを姿が見えなくなるまで追っていた。
そして、紫村達がロビーから居なくなった後に相浦は走り出し、ロビーを立ち去った。