前哨_集団の企み
一等客室の一室に三十人程の男達と一人の女が重苦しい空気を漂わせていた。しかし、一等客室の広さでもこれ程の人数がいると、多少の窮屈感をそれぞれの人間が感じることになった。
一等客室は寝室へと繋がっている扉の前に灰色のソファーが二つ、向かい合わせに配置され、その間には硝子のテーブルが置かれている。
そのソファーの反対側には木造りで八人程の人間が向かい合って座れる長いダイニングテーブルにその椅子や更には台所まで完備されていた。
壁は一面だけが全て窓になっていて、外の風景を映し出している。その風景は暗い海と星空なのだが、一向に変わらない風景はそれが絵画であるかのような印象を与える。
その一等客室は全体的にホテルのスイートルームのような雰囲気があった。
男達の表情は強張っていたり、脅えた表情の中に緊張の色が見えたりなど統一性がないものの、何か重要な事柄を控えていることが誰の顔からも窺い知れた。
その中でも落ち着いた表情をしているのは紫村と藤堂のみだった。
「いいか、手筈はちゃんとわかってるだろうな。それぞれが自分の仕事を全うすれば、この計画は何の問題もなく成功するはずだ。てめぇら、気合い入れていけ」
紫村の言葉に誰もが聞き入る中、伴場にだけは僅かな呆れが見受けられる。伴場は話し込んでいる紫村を無視し、部屋の入口へと歩いていく。それに気付いた紫村は話を途中で区切り、伴場を睨み据えた。
「クルーエル、どこに行く気だ?」
「あら、貴方のそのつまらなくて無駄な話を聞くよりは船内の散策でもしていた方がいいと思ったのよ。それに、こんなにむさ苦しくて重たい空気を吸っていたら、気分が悪くなったわ」
「クルーエルさん。だったら、甲板に行くといいですよ。あそこは潮風が気持ちいいですから」
藤堂は伴場の言葉など介せずに口を開いた。
「そうなの。じゃあそうさせてもらうわ」
「勝手にしろ。但し、早めに戻って来い。でないと、計画に支障が出るかも知れねぇからな」
「そう。努力はするわ」
伴場はそれだけを言い放ち、紫村の言葉を待たずに部屋を後にした。
「ったく、あの女だけはいけすかねぇな」
紫村が気分悪そうに言葉を吐き捨てる。そして、伴場の背中を見送った後に紫村は男達に視線を移した。
しかし、声を向けたのは後ろにいた藤堂だった。
「藤堂、今何時だ?」
「今ですか?今は―――」
藤堂は自分の腕時計に視線を落とす。
「六時十分を回ったところですね」
「そうか…よし、川﨑!とりあえず貨物室に行って銃一式を取って来い」
「へいへい。了解ですよ、ボス」
川崎と呼ばれた男が面倒そうに腰を上げ、何人かの男に付いてくるように指示を出して部屋を出ようとする。その男は縦にも横にも大きい巨体で、組織の中でも一番の体格を持っている。
「おい、川崎」
「なんですか?」
「三十分以内に戻って来い。いいな?」
「あれだけのものを持ってくるのに三十分ですか?」
川崎が問い返すが、紫村は無言でただ見詰めるばかりだった。
「はいはい、わかりましたよ。なんとかその無茶な注文通りにしますよ」
川崎は呆れを見せながらも更に数人の男に指示を出し、その男達を連れて部屋を後にした。
「川崎が帰ってきたら、計画を実行に移すぞ」