前哨_ひと時の安らぎ
辺りを暗闇が覆い、オーシャン・シップは夜を迎えた海を順調に進んでいた。
相浦と塚矢は広々とし、豪華な飾りが様々な場所に施されているレストランの隅のテーブルで食事を取っていた。レストランの造りは天井が吹き抜けになっていて、二階の渡り廊下から見下ろせ、開放感を感じさせるものとなっている。
扉は三つあり、一つはロビーへと続く扉、もう一つは反対側の通路へ続く扉、最後の一つは厨房へと続く扉だった。
船内での食事代や娯楽施設の使用料はその殆どがチケット代に含まれている為、金の持っていない二人にとっては有り難いことこの上ない話であった。
レストランは静寂に包まれていて、客としての扱いを受けているのはこの二人のみだった。他にいる従業員は僅かな慌ただしさを感じながら動いている。
椅子のない、他の円卓状のテーブルはこのレストランの広さに対してあまりにも数が少なかったが、それぞれが均等の間隔を持って配置されている。更に両側の端には長いテーブルが並べられていた。
「いやー助かった。だってさ、俺無一文だったんだよね」
「お待たせしました」
正装をしたウエイターが二人分の料理を運んできた。それを相浦と塚矢の前にそれぞれの注文の品を並べ、歩き去っていった。その料理は綺麗に彩られたフランス料理だった。
「俺、こんな料理なんてなかなか食べることないからなぁ。だけど、こんなに綺麗だと食べるのが勿体ないね」
相浦が首を縦に振り、頷いた。
「でも、お腹も減ったし、食べよっか?」
相浦は再び頷いた。
「いっただっきまーす!」
相浦と塚矢はフォークを手に取り、食事を始めた。二人は空腹であったのか、目の前の料理をいとも簡単に平らげた。
「ふぅ、御馳走様」
二人はほぼ同時に食事を終え、席を立った。目的もなく、とりあえず二人はレストランを後にした。
「さぁて、どうしよっか?」
塚矢が隣を歩いている相浦に視線を移すと、相浦はそれに答えるように手帳にペンを走らせる。
「何なに?」
相浦は書き終えた手帳を塚矢に見せた。
『今夜の寝る場所はどうします?私達には部屋がないから…』
「あっ、そうだよね。それじゃあさ、ここでちょっと待ってて。俺がいい場所がないか、探してくるから」
一階のロビーに行き着いたところで、塚矢は相浦の意見も聞かずにどこかへ走っていった。相浦は仕方なくロビーのソファーに座り、塚矢の帰りを待つことにした。
広く作られたロビーには五人が座っても余裕できる程大きいソファーが幾つか置かれ、隅には第一甲板にある娯楽施設へと続く階段などがある。そして外に面した壁の内、人の高さ程まではガラス張りで外を望めるようになっていた。
ロビーは人通りこそある程度はあったが、ここに留まる人は疎らだった。その殆どが小綺麗に着飾った身なりをしている。相浦はオーシャン・シップの十周年記念パーティーを知らなかった為、それが不思議で仕方なかった。