1章 誕生 6話 倉庫
「ただいまー。」
突然ガチャリと開いた非常扉の音に、非常扉の前で完全に寝ていたカイマンが一瞬ビクッとしたが、俺だとわかるとまたゆっくり眼を閉じた。おい、警護として本当に大丈夫か?人間の子供くらいの知能はあるハズなんだけどなぁ。
「はやっ!マジで早すぎなんですけどぉ!」
「そうですよぉ!ちょっとは心配してたんですからね。何だか拍子抜けです。」
本多とミドリちゃんだ。作戦本部の会議室の前のスペースでティータイム中だったようだ。本部のすぐ近くにカップ式の自動販売機があり、社員証をかざすと給与天引きで買えるので楽ちんなのだ。
「おいおい、サボるなよ。いつネットが繋がらなくなるか分からないんだぞ。他の子たちも頑張ってるんだから、お前らもちゃんと仕事しろ。」
「「はぁい。」」
そう言うと、そそくさと本部に戻っていく。俺も後ろから続き、作戦本部に入る。
「あっ、お父さん!!おかえりなさい!!」
「お父ちゃん!!!」
花と杏が走って抱きついてくる。杏は甘える時だけ俺のことをお父ちゃんと呼ぶ。分かりやすい。俺は思いっきり左右の二人を抱きしめる。
「ただいま。花、いい子にしてたか?杏はいつ起きたの?」
「うん!」
「さっきだよ!」
同時に返事が返ってくる。ホワイトボードにお絵かきしたから見てくれ、と連れて行かれそうになるのを、友里が止める。
「お父さんは、まだお仕事中なんだから、もう少し二人で遊んでなさい。」
「「はぁい。」」
さっきの本多とミドリちゃんと全く同じトーンでハモったな。さてと、
「悪いけど、みんな作業をやめて本部前ロビーに集まってくれ。共有しておきたい情報がいくつかある。花と杏はそこでもう少しお絵かきしてなさい。」
皆に集まるように言い、俺はホットコーヒーを買ってロビー中央で集まるのを待つ。
5階フロアは南北10mx東西40mの大きな縦長のオフィスゾーン、南側に小さめの会議室が6つ並んでいる。その先の西側は今は防火シャッターが下りており金属製の壁がある。防火シャッターの向こうにメインエレベータとロッカーとトイレがあったのだが、今はこちらから直接行くことができない。北側の壁は全面窓になっており北側なので直射日光があまり入らないが、全てブラインドがされている。北東部には大エレベータと、非常階段、自動販売機、トイレがあり、東側の壁沿いに作戦本部のある大会議室と今は巨大冷凍庫と化している中会議室がある。5階を制圧してすぐに死体の処置に困ったので、みんなで死体を中会議室に運び入れ、俺のアイスメイキングで完全な冷凍室としている。しばらく腐敗が進むことはないだろうし、ペット達の餌になって頂く事にした。俺のスノーカイマンはイリエワニがベースで、腹が減ると奥さんや子供まで襲って食べてしまう凶暴性と馬鹿さを持つ。心配だったので、しばらく餌に困らないのは実は助かる。
東側半分の机と椅子は東側に寄せており、今は東の防火シャッターの前にシャッターの強化のために山積みになった机の壁、10mあけて高さ2m程の第1バリケード、また10mあけて第2バリケード、また10mあけて第3バリケード、そして非常口と大エレベータ周りに第4バリケードを構築している。窓からの侵入は想定していない。作戦本部の前には10m四方のスペースがある。これを俺たちは本部前ロビーと呼ぶことにしている。
「まず紹介したい人がいる。一人だけだが何とか救出できた。田中千晶ちゃんだ。まだ若い、みんなでサポートしてやってくれ。ゆかちん、この後、頼むわ。千晶ちゃん、でいいかな?後でゆかちんに説明を受けといて。」
「オッケーてらっち。植田由香です。よろしくね、千晶ちゃん。」
「あ、はい。えーっと、田中千晶です。死にそうな目にあっていたところを寺沢さんに助けて頂きました。今はちょっと何が何だかわからないですけど、よろしくお願いします。」
今もずっとオニヤンマが2匹、淡い光を放ちながら千晶ちゃんの周りを飛んでいる。まだメンタルダメージが回復していない証拠だ。無理もない。何時間も乱暴され続けていたんだからな。
「わぁ、若いねー。いくつ?」
石原さんが聞いている。石原さんは29歳と賞味期限リーチだからな。
「16歳です。中卒で今年就職したところです。。」
「ぶっ!16ぅぅ!?」
思わず、俺はコーヒーを噴出した。おいおい、マヂか。若いな、とは思ったが高1じゃねぇか。
この後の儀式どうしようかな。。
実はここにいる俺が救出したメンバー全員血や体液でドロドロだったので、俺がクリアウォーターとゲイザーで混ぜた適温のお湯をフローコントロールを使って、きれいさっぱりにしてあげたのだ。もちろん最低限の場所は隠してもらったが、裸でお願いした。6人全員一列に並べて、同時に洗ってあげた。股間に水を這わせる時なんて、ほとんどの子がそこは自分でやります、とか何とか言っていた。大丈夫すぐ終わるからと、体内に残る体液まで一緒に取り除いてあげたのだが、全員、怒ってるのか恥ずかしいのか感謝しているのか、分からないリアクションだった。友里が相当嫌がったが、散々犯された子たちの気持ちを汲んで我慢してくれた。理解のある嫁だ。
さて問題は、去年までJCだった千晶ちゃんの体を洗ってあげることへの罪悪感というか背徳感というか役得感。しかし他の誰にも任せられないし、この真冬に水道水で洗うなんて可愛そうだ。仕方ない、ここは心を鬼にして洗ってあげるしかないな。そう仕方ないねん。おっと久しぶりに関西弁が出てもうた。
「さて、千晶ちゃん、まずは体を洗った方がいいよね?で、大変言いにくいんだけど、俺が洗ってあげると一瞬で完璧にきれいになるんだ。魔法を使ってね。恥ずかしいの我慢できる?」
激しい妬みの視線を感じる。鬼頭がただでさえ細い目をほぼ眼閉じてんじゃねーかというくらいに細めて、俺を見ている。ドンマイ、組織には時に、その道のプロにしかできない役割ってのがあるものだ。
その少し後方で、ユラリと陽炎のようなものが立ち込める友里が見える。これって完全に修羅モード発動してますよね。でも状況を理解している嫁が、修羅を抑え込もうと自分の内面と激しい戦いを繰り広げているのが分かる。頼む、勝ってくれ友里!
「千晶ちゃん、あれ超おススメ!寺沢さん、奥の方まで丁寧に洗ってくれるから、すっごい気持ちいいよぉ。」
クソビッチ本多が余計なことをほざく。
薄い陽炎だったのが、業火のようになってますよ、友里さん。。頼む抑え込んでください。
「え、あ、はい。恥ずかしいけど、すぐ終わるなら我慢します。寺沢さん、お願いします。」
前を向いて生きようという意志を込めた強い目で見つめる千晶ちゃん。後方の修羅が一気に収まる感覚。
「ふみさん、いいよ。千晶ちゃんのこときれいにしてあげて。」
「こっちだよ、千晶ちゃん。あ、寺沢友里です。女子最年長のおばさんだけど宜しくね。」
まだ16歳の子が過去に引きずられず覚悟を決めて、前進しようとしているのが、分かったようで、友里は千晶ちゃんの手を軽く握りトイレへついてくる。
ついてくるんかい!やりにくいわ!とも言えず、俺も後を追う。
千晶ちゃんの儀式も無事に終わり、次にゴブリンの説明を始める。
「今回、6階で遭遇したモンスターの情報について共有しておきたい。」
カイマンの背中に乗せた、カイマンに腹を喰いちぎられて絶命した裸のレッドゴブリンと、頭がなく胸にボーリングサイズの穴の開いたローブを羽織ったレッドゴブリンメイジを皆の前に差し出す。
ざわざわ。。。。
「こいつらは6階の掃除が終わった頃にエレベータで下の階から上がってきたところ、問答無用で襲ってきたので撃退した。レッドゴブリンと名付けたこいつらは4体でカイマン4体を失った。」
ざわざわ。。。。
「この服を着ているゴブリンは、火魔法を使ってきた。それが苦戦の原因だ。鉈のようなものを持っていて、ある程度連携して攻撃してくる。知性を失って統制の利かない赤目よりもよっぽど危険だと判断している。。」
「おそらくゴブリンはまだいるとみた方がいい。4階より階下は危険だ。非常階段の扉はセキュリティロックを解除しないと入れないので、恐らく大丈夫だと思うが、俺は急いで、7階を確保して、電気、通信の確保と武器になりそうなものの確保をしたい。
もうすぐ夜になる。夜の非安全圏での活動は極力避けたいので、7階の安全が保障され次第、6階のカフェテリアで食事を取り、鬼頭以外は早めに休んで欲しいと思う。」
「俺は?」
鬼頭がどうせロクでもない話だろうと予想を付けたように聞いてくる。期待に応えてやろう。
「お前は明日の朝までに情報収集結果をまとめろ。レ〇ドブルおごってやるから。」
「はぁ!?マジで言ってるんですか?俺も結構疲れてるんですけど。」
「大丈夫、お前ならやれる。期待してるぞ。」
「まぁ、上司がやれって言うならやりますよ。安全っていう対価はきっちり払ってもらってますから。それより寺沢さん、ゴブリンが襲ってきたら、どうすればいいですか?」
「うーん、そうだな。俺がMPの余裕を見ながら最大限の戦力を創出して、このフロアの護衛に充てる。7階は誰もいないと思うので、俺ができるだけ急いで見てくるわ。」
「了解。あんまり誰もいないはず、とか連呼しているとフラグみたいですけどね。」
「あと、皆しっかりレベルアップしたぞ。それぞれ特殊能力が使えるようになってるはずだけど、夜食事の時にでも話すよ。今は時間が惜しいので、楽しみに待ってて。」
「うわぁ、楽しみですねー。今夜は寝かしませんよぉ。。質問攻めです。」
ゲーマー本多がノリノリだが、若干卑猥な誘いに聞こえるため、反応してはダメだ。最近の社会はセクハラには厳しいのだ。男が圧倒的に不利な不公平なシステムなんだ。
ゴブリンは冷凍せずに、そのままにしておいてもらう。
後で解剖しようと思っている。世界の謎に一歩でも近づけたらラッキーくらいのもんだが、モンスターとは言え、死体を解剖することに躊躇しないのは俺の精神力が強くなってるからか?
出発前に、今度は1回ずつ少し時間をあけて護衛部隊を創成していく。自分のMPの最大値を把握するためだ。順番にカイマンを創っていく。7体創ったところでまたしても黄色く左目が点滅する。貧血のような感覚もある。前回から大分レベルが上がったとは言え、俺の最大MPは288~336の間ということだ。トンデもない数字のような気がする。すぐにオニヤンマたちが淡い光を放ちながら俺の周りを飛び始める。数分で黄色い点滅が消える。まぁ、全快するまで、待たなくてもいいだろう。偵察と明かりとしても優秀なオニヤンマをもう少し増やそう。追加で創成しとく。新しく呼び出したカイマンとオニヤンマたちも含めてパーティを組み直す。
前衛カイマン、後衛サーペント、回復アゲハ、偵察オニヤンマでバランス型の基本ユニットとして、5階と6階に配備しよう。所詮簡単な命令しか実行できないが、一応基本戦術を教え込む。オニヤンマが偵察し、敵を発見すれば円弧を描き、生存者を発見したら八の字を描く。それを見て、カイマンとサーペントが中近距離から敵を攻撃する。アゲハ、オニヤンマは非戦闘状態の時のみ身体的、精神的ダメージを受けたパーティメンバーを回復する。戦闘中は離れて待機し、カイマン、サーペントの両方が死亡した場合、全力で離脱し、隠れる。敵の定義は仲間以外の侵入者すべて、および俺の指示した対象とした。
次に、カイマンだけで組んだ隊を一つ作り作戦本部前を護衛。指令は作戦本部への敵侵入の阻止。作戦本部は完全な最終防衛ラインなのだ。
さらに、余ったカイマンとホーネットでパトロール隊を結成。ホーネットが偵察しオニヤンマと同じサインに応じてカイマンが動く。パトロール隊は、東西をランダムに徘徊するように指示した。細かいルート設定をしても理解できないだろうから。
最後にホーネット1部隊は俺のファンネルとして頑張ってもらおう。余ったオニヤンマは俺専用の偵察兼MP回復要員だな。
・本部エリア警護1~4、カフェ警護1~2、作戦本部前警護、本部パトロール1~2、ファンネル、偵察隊
さぁ、7階倉庫の確認に行くか。
◆ ◆ ◆
ちぇっ。あれだけのフラグを立てておいて、本当に何も出ないとは。。
7階に非常階段から上り、慎重な偵察をしたのにも関わらず、全くの不発で、些か消化不良だ。7階は建物の西半分が完全な大倉庫になっており、様々な金属材料の素材や工具や鉄パイプ等の在庫、使われなくなった設備、事務用品などが整然と置かれている。さすが、うちの会社はしっかりしていて、倉庫と言ってもきっちり区分けされていて、在庫管理も効率的にできそうだ。
ちょうど建物の中央に屋上へ出るための大扉があり、その両隣に大きな部屋が二つある。図書と動力室だ。図書には古い設備のマニュアルなどが大量に保管されており、最近の設備マニュアルはデジタル化されているので、そのうち必要なくなるだろう。動力室には非常用電源やエアコンプレッサ、ルータなどがある。ここは、作戦本部、カフェテリアと並ぶ最重要施設の一つとなる。
大扉は横にあるセキュリティパネルにIDカードをかざし、屋上へ出る。屋上へは管理職しか出ることが許されていない。過去、一度だけ飛び降り自殺者が出たのが原因で、セキュリティ管理が厳重になったのだ。
外へ出て、久しぶりに新鮮な空気を吸うと、タバコに火をつける。
屋上から見渡すと、うちの会社の全容がよく見える。このビルは敷地内で最も高い7階建てで、敷地の東に位置する。南にある正門とそのすぐ近くの2階建ての事務棟、中央広場を挟んで西側には5階建ての設計棟、北側には工場が3棟並んでおり、それぞれエンジン部品工場、コックピット部品工場、電子部品工場だ。その先には北門がある。中央広場は中央に小さな噴水があり、その周りを芝生が養生してある。ところどころにウッドデッキやベンチが置いてある。その周りを桜の木が取り囲んでいて、春になると、お昼休みにお花見を始める社員が続出する。もちろん、お酒は飲めないのだが、仕事中に花見ができるのはいいもんだ。
外はむちゃくちゃ騒がしい。色んな所で悲鳴が上がっているし、保安員が敷地内をバイクや車で走り回っている。だからと言って、ここからどうしてやることもできないし、俺のペット達を救出に向かわせても、焼け石に水だろう。ただ、気になるのは、正常な男が結構いるということだ。俺が生産技術棟で見た男は漏れなく赤目になっていた。なんでだろう。いくら観察しても、よく分からないし、今は自分たちの安全で手一杯だ。安全圏が確保しきれていない今の状況で陸地に下りるとリスクは上がるし、無理はできない。できるだけ早く、このビルを制圧して、会社全域を管理下に置く方がいいかもしれない。外の様子も見ておきたいし、悩ましいな。鬼頭を別働隊のリーダーに据えて、2面作戦を早めに展開したい。このビル制圧の2次目標に、プロジェクトリーダーの育成を付け加えよう。
俺は今後の方針を少し考えながら、会社の外に目を向けてみたが、見渡す限りで、いつもと大きく違う様子はなかった。パトカーや救急車のサイレンは相変わらずいろいろな所から聞こえる。
俺は、夕焼けに照らされまるで赤黒い血で染まっっているような町の景色をしばらく見つめていた。