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1章 誕生  2話 オフィス



6階のカフェテリアを出て、まず向かったのは一つ下の5階オフィスにある自席。オフィスに入る手前の右手に小さなロッカールームがある。作業着などを置いておける小さな個人ロッカーがあるので、そこで血だらけになった服を脱ぎ捨て、新しい紺色のポロシャツに革のライダージャケットを羽織る。トイレによって顔についた血を洗い流そうとして、ふとスキルのことを思い出す。


「水魔法を試しとくか。本当に出るかな。もし夢だったら俺ただの殺人犯になっちゃうな。」

やや自嘲気味に小さく笑った後、意識を集中させて小さくつぶやく。


「クリアウォーター」


突然、目の前の空間が揺らぎ、バレーボール程の水の塊が目の前にぷかぷかと浮遊している。あぁ、俺ホントに魔法使いになっちゃったよ。。やけに冷静なのは「心23」の壊れ精神力のせいかな。


「フローコントロール」


目の前の水の塊を細かいミスト状にして体の表面に添わせる。フローコントロールは液体の流れ、動きを自由に操る魔法で、制御が難しそうだったが、指を動かすかの如く、いとも簡単に精密な制御ができた。体やズボンに付着した血と混じり合い少し赤くなった水滴が目の前に集まり、またバレーボールのような塊となった。

それを排水溝に流し、ふとズボンが全く濡れていないことに感動する。液体なら何でもコントロールできるのか。皮膚の潤いに必要な油脂は残っているので、深層心理で必要と認識しているものは除去しないでくれてるようだ。万能だな。


トイレから出てさっぱりしている俺を見て、友里が少し驚いた表情をしたが、「後で説明する」という俺の言葉に素直に頷き、オフィスへ向かう。


入り口のセキュリティ装置に社員証をかざし、自動ドアを開け、オフィスに一歩踏み出すと、奥の方から喧騒が聞こえる。


「一回おちつきなさい!」


「前から一回言おうと思ってたんだ!お前のせいで俺はxxxxx!)


俺のことを目ざとく見つけた一つ下の後輩の鬼頭がニヤニヤ笑いながら小走りで近づいてくる。


「おい、鬼頭。何があったんだ?」


「森田部長がご乱心なんですよ。山田常務に喰ってかかってるんですよ!常務にお前、とか言っちゃってますからねぇ。相当荒れますよ、これ。いやマジで。」

と鬼頭が笑う。どうしてお前はいつも他人のもめ事をそんなに楽しそうに話すんだ。


「もうちょっと近くで見ましょうよ、寺沢さん。」


「いいって!それより鬼頭、お前に相談があるんだ。」

そう言って、真剣な目をした俺を見て


「あ、その目、結構ガチなやつですか?奥さんまでマジじゃないですか。どうしたんですか?結婚はまだする気はありませんよ。」


「違う。お前が結婚しないのはわかってる。ちょっと個室に行こう。」

と言って小人数用の個室になったミーティング室に歩き始めたとき、奥の方が一層騒がしくなる。


「俺らも言わせてもらうけどな!お前は絶対に許せないんだ!偉そうにしやがって!!」


「君たち、一体どうしたんだ!?落ち着け。」


山田常務が5人の男に囲まれ、胸ぐらを掴まれているのが見えた。5人の男の目を見て、ギクリとした。俺が殺した赤目のオッサンの目と同じだ。まだ上の階で転がっているだろうオッサン。見てしまうと心が折れてしまいそうだったから、死体には一切目を向けなかった。あのオッサンの血走った眼。ヤバい、と思ったその時。


「ぐわぁぁぁあああ!!!」

「きゃぁぁぁぁああ!」


山田常務の悲鳴と一呼吸遅れて野次馬の女性たちの聞こえる。


俺は走り出していた。


「ちょ、寺沢さん、やばいって!絶対近づかない方がいいですって!!」

そう言って追いかけてくる鬼頭に向かって


「嫁と娘を見といてくれ!」

と叫びながら、手を前に突きだし、来るなのサイン。コクリと頷く鬼頭を確認し、また前を見て走る。

常務の周りには人だかりができている。


チッ、烏合の衆、邪魔だ。通路沿いの消火器を拾い上げ、あと20m程のところで、「どけ!!」と叫ぶ。


モーゼの奇跡とまではいかないが、オリンピック選手顔負けのスピードで消火器を担いで突っ込んでくる俺を見て、よろけるように道を開ける野次馬共。

視界の先にはうずくまる山田常務と右手に血に染まったハサミをもって見下ろす森田部長と他4人の男が見えた。5人の男が同時に血走った眼をこちらにギョロリとむける。


怖い。あの眼、まじで怖いっす。


頼むぞ、俺の身体能力。「体6」はホッキョクグマレベルなんですよね?「技10」はイチローの2倍の運動性能なんですよね?大丈夫!100m程離れていた場所からここまで5秒かかってないもん。俺、あり得ない戦闘能力なはず。そう信じて、消火器をぶっ放す!白い粉が5人の男たちに降りかかる。そこへ突っ込み山田常務を抱え上げ、ステップバックで野次馬の円まで下がる。


「大丈夫っすか?山田さん?」


「ううぅ。寺ちゃんか、何が起こってるんだ。うぅぅ。」


「後で救急車呼びます。ちょっと待っててください。」

そう言って消火器の粉が落ち着くと、真っ白な顔で余計に目立つ真っ赤に染まった双眸がこちらをギョロリと向く。


「うががぁぁあああ!!」


一斉に俺に向かって走り出す5人の男。


こんな状況でもやはり、俺は冷静だった。「心23」すげぇな。

真ん中の男に全力で消火器を投げつけると、めきっという何かが割れたような音が男の顔から聞こえグシャグシャになった顔を上に向け後ろにそのまま倒れる。空いた真ん中のスペースに一歩踏み込み、両手で二人の男の首を掴み、勢いのまま後頭部から床に叩きつけると、男たちは一度ビクンとなり、動かなくなる。立ち上がり右の男の膝を蹴り抜くとぐりんと180°回転し首から床に落下。ゴキッという音が聞こえたが、気にせず一番左にいたハサミを持った森田部長の方を振り返る。

お世話になった部長さんで、優しく気さくな人だったんだが、一体どうしたんだ、と赤い眼を見る。一瞬の躊躇の隙をついて、森田部長はハサミで俺を切りつける。左手でカバーしたが少し腕が切れる。がそれだけだった。俺はすばやく森田部長の手首を掴み後ろへ回し、地面に押し倒す。


「ぐがががぁがが!!」


森田部長は猛獣のような声を出しながら抵抗するが、俺の拘束は解けない。


そこでファンファーレの音が聞こえた。


◆ ◆ ◆

おっ、書斎に戻ってきた。

腕の切り傷はもちろん跡形もなくなっている。

さて、モニターを触ると黒いウィンドウに蛍光の青い文字で表示されたキャラクターシートがポップアップされる。


------------------------------------

名   前:寺沢文也てらさわふみや

種   族:人間

レ ベ ル:2

性   別:男性

職   業:エンジニア

基礎能力 :心 23

      技 10

      体 6

アビリティ:スキルデザイン ランク2|(ユニーク、アクティブ)

      リセット|(SSR、パッシブ)

      マネージメント ランク3|(SR、パッシブ)

ス キ ル:棒術2

      物理1

      化学1

      生物5

      水魔法3

      土魔法2

      日魔法1

      ユニーク1

      残ポイント7pt

パーティ :なし

------------------------------------


レベルが2になり、残スキルポイントが1増えて7ポイントか。「格闘」取っておいた方がいいかな。常に武器があるとは限らないしなぁ。でも俺のステ振りで前衛をいつまでもやるとは思えないし。うーん、悩むな。まぁ家に帰ったら金属バットとかゴルフクラブとかがあるし、まぁそれまでは人間相手ならやられることはないだろうな。魔法があるんだから、そのうちモンスターとかエイリアンとか出てくるんだろうか。そしたらもっと生存率を高める必要があるし、医療分野を充実させる必要があるな。小一時間で2回も赤目に襲われたことだし。よし、都合よく回復魔法がリーズナブルに入手できるし、日魔法上げとくか。日魔法が聖なる力、月魔法が闇の力って関係なんだよな。なんで曜日なのか?余計分かりにくいだろ。

・日魔法2:サンライト、キュア


うん、やっぱり安心感が違うな。戻ったら山田常務にかけてあげて応急処置してあげないとね。

あ、そうそう。レベルが上がったから、また一つスキルを作れるんだよな。

俺はそこから小一時間程、これから起こり得る様々なシーンを想定した。やはりまずは生存率を高めること、特に家族の命を最優先事項として考えたときに、遠距離回復手段が重要である、という結論に達した。

覚えたてのキュアは対象に触らないと効果を発揮できない。生物3の昆虫創成と日魔法2の単体小回復魔法のキュアを足し合わせて、同時に創成する数を増やした。

|(生物学3+日魔法2)x6÷ランク2=15

必要に応じて、回復効果のある鱗粉を撒く金色に輝くアゲハ蝶を6匹創り出す魔法。うん、中々センスいいんじゃね?

・日生物魔法15:スワローテールバタフライ


これじゃタダのアゲハ蝶なんだが、語感が気に入ったので、良いことにする。どうせ俺しか呼ばないし。


さて、最後に気になるパーティの文字。「なし」とあるのでパーティは組んでいない状態なのだろう。文字に触ってみると説明画面がポップアップしてくる。

・パーティ

マネジメントアビリティを有する個体|(以後マネージャー)はパーティを構築可能。アビリティランクによってパーティの人数上限が変わる。

パーティを組めるのは、マネージャーが一定以上の尊敬や信頼を得ている、かつパーティに加入することへの双方の同意を得た個体のみ。パーティから脱退、もしくはパーティそのものを解散するには、いずれか片方の意志があれば可能。一度脱退すると1週間、同一マネージャーのパーティには参加できないペナルティが課せられる。パーティ間のメンバー移動、配置転換は自由に可能であり、ペナルティは一切課されない。

パーティメンバーは自分の所属する最小単位のパーティユニットの経験を共有できる。また、自分の所属する一つ上位のマネージャーの経験も共有できる。|(つまりこれは同僚と上司の得た経験値は分配される、ということ。細かい配分やルールはよく分からない。)

マネージャーは、パーティメンバーがパーティに所属している間のみ、メンバーのキャラクターシート編集を行うことができる。

マネージャーはランクに応じて、パーティメンバーの健康状態と位置を把握できる。


あ、これって友里と花と杏をもしかしたら強くできるってことじゃないか?しかも危機管理も可能になる。これはすごい発見だな。戻ったらすぐにパーティ申請しよう。


こうして、満足した俺は書斎を出る。今度ははっきりと周りが見える。森田部長が目の前で俺に押さえつけられて怒りの表情で赤い眼で睨みつけているドアップのパノラマ映像。。やはり俺が見ている景色ってわけだな。多分そこらで転がってる4人の赤目野郎が死んだのだろう。今回は息があるかないかは確認しないと起き上がられて被害が広がると厄介だな。

それよりも森田部長はどうしよう。縛り付けて警察に突き出してもらうか。何となくお世話になった人を手にかける気がしない。


大体の方針を決めて、俺は階段を上った。


------------------------------------

名   前:寺沢文也てらさわふみや

種   族:人間

レ ベ ル:2

性   別:男性

職   業:エンジニア

基礎能力 :心 23

      技 10

      体 6

アビリティ:スキルデザイン ランク2|(ユニーク、アクティブ)

      リセット|(SSR、パッシブ)

      マネージメント ランク3|(SR、パッシブ)

ス キ ル:棒術2

      物理1

      化学1

      生物5

      水魔法3

      土魔法2

      日魔法2

      ユニーク2

      残ポイント5pt

パーティ :なし

------------------------------------


◆ ◆ ◆


「森田さん!俺です!寺沢です!落ち着いてください。」

「ぐるわぁぁあああ!!」


森田部長は眼から赤い血を流しながら、首をジタバタさせている。全く俺の声が聞こえていないようだ。


「すみません、何人かで森田さんを後ろ手に縛るの手伝ってもらえませんか?」

と言って野次馬を見上げて、俺はギョッとする。俺を取り巻く20人ほどの野次馬のほとんどの目が赤い。

だらしなくよだれを垂らしている奴もいる。


「ダメだ!逃げろぉぉ!」


俺はとっさに叫んだ!何人かいる正常な者たちがキョトンとしている。くそっ。余裕ねぇ。俺は押さえている森田部長の首を捻じりながら、その場で思いっきりジャンプした。

このオフィスの天井は配管がむき出しでコストダウンと先進的なデザインを両立した作りになっている。4m近くある天井の配管に手を伸ばし、何とか捕まりよじ登る。NBA選手真っ青の自分のジャンプ力に若干引く。下方では森田部長の首があり得ない方向に捻じれているのがちらりと見えたが、それ以上に凄惨なシーンが見える。野次馬だった3人の女性たちがそれぞれ4,5人の男に服を破られて、今にも犯されそうになっている。俺は彼女たちを知っている。生産技術本部の隣の部署、材料技術部のアシスタントで可愛いのに接しやすくオジサンたちのマドンナ3人組だ。すれ違うたびに「寺っち今度飲みに連れてって下さいよぉ」と屈託のない笑顔を見せてくれる。これで好意ゼロだったら主演女優賞だってくらい、可愛い奴らだ。そんな彼女たちが必死に輪の外に逃げようとしているが、男たちに押し倒されて見えなくなる。中心付近の奴らは俺を見上げて叫んでいる。山田常務はピクリとも動かない。いくらなんでも酷すぎるお、この状況。

冷静に観察していて、俺はハッとして入口の方に目を向けると、花と杏をかばうように鬼頭と友里が何人かの男たちに囲まれてるのが見えた。

目をギュっとつぶり、


「悪い!優先順位の問題だ!後で必ず助けに戻る。」と小さく呟き、一つの魔法を残す。


「ゲイザーサーペント!」「襲われている女性を守れ!」


そう叫び、一切振り返らず、入口方向に飛び降り、一気に加速する。


俺の背後では空中がユラリとぼやけた刹那、全長5mはある白い巨大なニシキヘビが3匹現れ3箇所に落ちていく。


100m先に、友里を羽交い絞めにしている男とスカートに手をかける男が見える。苦しそうな友里の表情に、怒りで頭がおかしくなりそうだ。声にならない叫びを上げながら突っ込む。


「ぐうあらぁぁぁああ!」


俺に背中を向けて向けてスカートをずり下した男の脇腹に横蹴りをぶち込む。5m程吹き飛んだ男には見向きもせず友里を羽交い絞めにする赤目の禿げおやじの鼻頭に渾身のストレートを打ち込むとゴリンっという音とともに首が90°後ろに跳ねる。禿げおやじはドサリと崩れ落ちる。左手には鬼頭と取っ組み合ってる若いエンジニア。脇腹に思いっきりボディブローをぶち込むとガマガエルのような嗚咽を漏らして、その場に崩れ落ちる。トドメに首筋をかかとで踏み抜くとゴキッという音がした。

周りを見渡すと、離れたいくつかの場所で悲鳴が起こっている。


「友里大丈夫か?花と杏は!?」

友里はスカートを履きながら、振り返り机の下をのぞき込む。花と杏が這い出てくる。俺はすーっと力が抜けるのを感じる。安堵のため息をついていると、鬼頭が話しかけてくる。


「寺沢さん、めちゃくちゃ強いじゃないですか。っていうか殺しちゃったんじゃないっすか?」


「おう、ちょっと説明してる暇がないんで、友里と花と杏を連れて、そこの会議室に入ってカギを閉めろ。俺が呼ぶまで絶対に開けるなよ。」


「ちょっと待ってください。寺沢さんはどうするんですか?」

そう言う鬼頭を無視して友里が決意の眼差しを向ける。


「きっと呼びに来てくれるんだよね?無理しちゃダメだよ。」


「ああ。」


短い言葉のやり取りで、この世界で何が起こっているのかは分かっていなくても、俺のことを信じているという気持ちだけは伝わる。


「行きましょう、鬼頭さん。この人、普段はポンコツだけど、要領だけはいいから。」

そう言って、花と杏の手を引いて、会議室に入っていく。花と杏は不安そうな顔でバイバイと手を振る。


「分かりましたよ。異常すぎて、まだついていけませんけど、奥さんとお子さんのことは俺に任せてください。」

そう言って鬼頭は会議室の扉を閉めようとして、止まる。


「俺、かなりの軍事マニアなんで一つアドバイスするとしたら、数的不利の乱戦は端から順番に各個撃破が基本です。お気をつけて。」

鬼頭がニヤリと笑う。


「んじゃ、アドバイスのお礼に俺の秘密を見せてやる。。。ゲイザーサーペント!!」


空間がユラリと揺れて3匹の白い巨大なニシキヘビが現れる。


「んあ!!?」

あんぐりと口を開けて細い目を見開く鬼頭をいじらず、


「サーペント、この部屋の中の4人を守れ。いいな?」


俺はニヤリと笑う。サーペントは心なしか頷いたような素振りを見せて部屋の中にスルりと入っていく。


「鍵を閉めるのを忘れるなよ。」


俺はさっきの野次馬に襲われているマドンナ3人組を助けにフロアの中央に向けて走る。


「寺沢さん!端から各個撃破だって言っったんですけどぉーー!」


遠くに鬼頭のむなしいツッコミが聞こえたような気がした。


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