1章 誕生 11話 長い夜5
「寺沢さん、1階はちょっと苦戦しました?」
ポテチを食べながら、鬼頭は俺を迎え入れた。
「おい、鬼頭、人が死にかけてるのに余裕だな。お前いっぺん死ぬか?」
「何言ってんですか。必要と判断したら応援を出す、という指示だったでしょ?必要ないと判断したんですよ。寺沢さんのマーカーがゆっくりと中央通路を進んでいくのが分かりましたからね。多分、無双してるんだど判断しましたよ。」
ぐっ、正解だ。まるで世紀末のラオ〇のごとく、屍の上を歩いていたような気がする。。
「まぁ、結果オーライだな。」
「えぇ、リーダーは結果が全てですからね。」
そんな話をしていると、寺沢家の部屋の扉が開き、友里が起きてきた。
「ふみさん?どこか行ってた?下の方が少し騒がしかったようだけど。」
友里の背後が少し揺らいで見える。
うっ、これはバレてる。。俺が内緒で下の階を2時間足らずで制圧して、ほっと一息、ここでコーヒーすすってるの、完全にばれてる。こういう時は、噓をついてはダメだ。素直に真っすぐ謝るのが一番なんだ。修羅さんが顔を出しかけてる。お帰り頂くには、洗いざらいゲロした方が賢いんだ。
「あ、うん。ごめん、友里。実はみんなが寝てる間に下の階の安全を確保してた。内緒にしてたのは悪いと思ったけど、余計な心配をかけたくなくて。」
目を細めて近づいてくる友里。すっと安全圏に離れていく鬼頭の後姿が見える。薄情者め。
友里はそっと俺の胸に顔を埋めて、小さく震えながら声を絞り出す。
「ふみさん。。心配かけたくないのはわかるけど、一人で無茶しないでって言ったよね?みんな不安だけど、ふみさんがいるから何とか普通にしていられるんだよ?私も、花も杏も、ふみさんがいなかったら、どうしていいかわからないよ。。お願い、せめて私には教えて。鬼頭さんほど頼りにならないかもしれないけど、私もできるだけふみさんのこと助けられるように頑張るから。。お願い、私を一人にしないで。。」
・・・・・。
言葉もない。
知らない方がいいこともある、とはよく言うが、それはまだまだ甘い。究極の信頼関係の先には知らない方がいいことなんて存在しない。すべてを受け入れて、そのうえで、赦し、頼り、支えあう。俺と友里はそんな夫婦になろうと、結婚式でも去年の10年目の結婚記念日にも、お互い約束しあったじゃないか。俺は自分の浅はかな判断を、優しさと勘違いしていた。馬鹿だな。
「わかった。ごめん。もう勝手なことはしないよ。友里に相談するようにする。」
「相談はしてくれなくてもいいよ。ただ、ふみさんの決めたことを教えてくれればいい。尊重するから。」
「ありがとう。」
二人は見つめあう。涙に濡れた友里の目が愛おしい。俺はそっと友里の唇に・・
「んで、こいつら、どうするんですかぁ?」
鬼頭。てめぇ、あと10秒待て。
「きゃぁ、何?ゴブリン?生きてるの?」友里も我に返ってしまっているじゃねーか。
「ゴブっ、可愛らしいメスですねぇ、ダンナのツガイですかぁ?」
ボキィィイーーー!!「ゴブブブbbb!!」
「きゃあ!何ふみさん、今この人なんて言ったの?なんで叩いたの?え?え?」
「ん。あぁ、気にしないでいいよ。たまに躾けないと馬鹿なことを言うから、ちょっと小突いただけだよ。まぁ、こいつらは特に大したこともできないだろうし、俺に逆らったら損だということは丁寧に説明してあるから、大丈夫だと思う。4階にでも繋いでおいて、定期的に見回るようにしよう。」
それよりも、、
「あのさぁ、友里、鬼頭・・・俺ちょっと外の様子を見てきたいんだ。余程の事がない限り、このビルは安全だ。少なくとも、あと数時間でどうにかなるようなもんでもないと思う。それよりも時間との勝負が会社の外でも起こってると思う。俺のワガママだが、友里の両親、ミニバスの子供たちを助けに行きたい。その他にも皆が助けたいと思う人たちをリストにして、順番に助けに行く。」
後を促すような二人の目線を受けて、俺は続けた。
「今、日本で・・少なくとも中部地方では、このビルが最も安全だと思う。自衛隊がどのタイミングで動いてくれるか分からないが、おそらく警察よりも安全だ。ここに鬼頭を司令官として残し、防衛を任せたい。俺の方は、この夜の間に、まずは友里の実家および周辺住民の安否確認および安全確保、次に花と杏の通ってる轟南小学校、通称ゴーナン小に行って、夜錬をしていたはずのミニバスの子達の様子を見に行ってくる。状況に応じて、ここへ避難させる。」
さらに続ける。
「日が明けたら、Dテック全域の制圧作戦を実行する。そのための事前行動として、夜の間は野外にいる赤目共は掃除をしておく。10班ほど鬼頭に預けるので、自由に配置してくれ。あ、鬼頭は課長に昇進したから、パーティは64名まで組めるようになったぞ。俺は晴れて次長昇進だけどな。まぁ、外は数が減らせれば十分なんで、決して無理はせず、防衛第一で頼む。」
そして、少し間をあけて、切り出す。
「友里は・・・、どうしたい?」
間髪入れず答える友里。
「ふみさんについていく!もちろん、花と杏も!」
「そう言うと思った。。。危ないよ?」
「もう置いていかれるのは嫌っ!」
こうなったらテコでも動かない。降参だ。
「はいはい、わかったよ。まぁ、いい感じの守り神も創れるようになったし、大丈夫だと思う。んじゃ、早速、花と杏を起こしてきて、特に杏は寝起きが悪いから。」
友里は満足そうに、部屋に戻っていく。
それを見て、今まで黙っていた鬼頭が口を開く。
「寺沢さんのやりたいことは理解しました。他に何か指示はありますか?」
「1階で助け出した娘達は、きれいに洗って、服も着せたし。今は寝ているが、どうなるか分からない。アゲハとオニヤンマで心と体のケアは続けるのは当然として、少し経ったら女性陣を起こして、順番に見張りを立てた方がいい。男のお前よりも女性の方が、彼女たちも落ち着くだろうからな。」
「OKです。まぁ、俺だけ徹夜なんて、勘弁なので、もう少ししたら班ごとに起こすつもりでしたし、問題ありませんよ。それより自衛の武器が欲しいですねぇ。」
「あぁ、お前たちは本多以外、射撃スキルをつけた。射撃は投擲も含まれるので、今は高校球児のエース級の球が投げられると思うぞ。食堂の包丁やナイフやフォーク、あと倉庫の鉄のバー材を適当な大きさにカットして弾となるものを準備しとけば大丈夫だろう。」
「非常事態の連絡手段はどうしましょうか?」
「電話はつながらないと思った方がいい。メールは使えるから、状況が大きく変化した時だけ、連絡をくれ。余程のことがない限り、俺からは連絡しない。」
「了解。でも寺沢さんメールなんて見ます?平常時ですら俺の仕事のメールはほとんどスルーされてきた気がしますけど。」
俺はメールとかLIN〇とかのやり取りが好きじゃないんだよ。コミュニケーションってのは直接話してナンボだ。旧人類なのかな、俺って。
「まぁな。作戦目標時間は3時間だ。今は・・・11時すぎか。少し休んで0時に出発。深夜3時までに戻るつもりで行こうかな。」
パァァァーーーーン!
その時、外で銃声のようなものが鳴る。
「!?」
「・・!!??」
鬼頭と目を合わせる。
「何ですか?今の?」
「わからん。」
俺は部屋に行き、友里に屋上に様子を見に行くことを伝えると、鬼頭を連れて階段を駆け上がった。
◆ ◆ ◆
北と南の方から散発的に銃声が続く。叫び声のような悲鳴も聞こえる。
「うちの北門って警察が包囲してて、周辺の道路を封鎖してるんでしたよね?あれって。。」
「そうだな、おそらく赤目かゴブリンの襲撃を受けて封鎖が突破されてるんじゃないか?」
「そういえば、ビルの外にいる赤目の数が随分少ない気がしますね。」
そう言ってビルの下を見下ろすと夕方はウジャウジャいた赤目が疎らにポツポツと徘徊しているだけだった。
「もしかして、会社の中の女性たちは、ほとんど残ってないんじゃないですか?で、赤目は繁殖相手を求めて外にあふれ出しているんじゃ・・・。」
「俺もそんな気がする・・・。」
二人で煙草に火をつけて、遠くを観察する。南側は建物お陰でよく見えないが北側の工場は平屋なので、その先の様子が辛うじてわかる。
警察車両が何台かで道路を封鎖しているが、その周りに何百人もの人が押し寄せている。花火大会の時の河川敷のようだな、と場違いな感想が頭に浮かぶ。数人の警察官が発砲しているが、多勢に無勢だな。ドンドン飲み込まれていく。
「鬼頭、これは本格的にヤバいぞ。ほとんどバイオハザードだ。ちょっとひとっ走り行ってくる!」
そう言って屋上から飛び降りる俺。
「ちょっ!奥さんにまた叱られますよ!!」
「誤魔化せ!!」
着地前にクリアウォーターで大量の水を発生させ、そこへ飛び込み衝撃を和らげると同時に水の流れをフローコントロールで制御して前へ体を押し出し、走り出す。ついでに体についた水分も飛ばし、オリンピック選手顔負けのスピードで駆け抜けた。
◆ ◆ ◆
北門周辺は地獄絵図だった。
10名以上いた警察官は一人を除き、物言わぬ亡骸となり果てていた。
唯一の生き残りの周りには人だかり、いや赤目だかりができていてる。
女性警官だったんだろう。
まだ襲われて10分ほどしか経ってないはずだ。間に合うといいが。。
「ショットガン!!」
赤目だかりは、どさどさと崩れ去り、その中心から、思った通りひどく乱れた制服姿の女性と、それに覆いかぶさるように腰を振る赤目が2体。体制が低かった分、弾が当たらなかったのであろう2体の頭を蹴り飛ばし、女性を持ち上げる。
これまた、若い。
「もう大丈夫だ。気は確かか?」
女性はブンブンと首を縦に振る。目には涙を浮かべている。
少し離れたところに広がっていた赤目達もわらわらと集まってきている。一様に、俺にお姫様抱っこされている女性警官を見ているようだ。
「しっかりつかまれよ。アイスメイキング!!」
俺は足元から直径2m程の氷の塔を創り出し、集まってくる赤目達の手の届かない上方へと非難する。
上空に氷の道を作りながら、歩く俺。警察車両を通り過ぎ、車一つない夜中の産業用道路を見下ろす。
辺りを見渡す。今俺たちのいる北側の道路は横一直線で100m以上ある。一番離れている赤目達も旨そうな女性警官を認識したのか、ゾロゾロとこちらに近づいてくるのがわかる。俺の真下10m程のところは赤目の大渋滞だ。赤目達は上を向いてギャーギャー騒いでいる。
まぁ、試し打ちしておくか。俺はいつもより丁寧に意識を集中させ、小さくつぶやいた。
「死の霧。。。」
と同時に無数のパチンコ玉のような水滴が俺の足元に現れ、ふわふわと漂う。下の方からは阿鼻叫喚が聞こえる。ジューッという肉の溶ける匂いがうっとおしい。蒸気のような煙もフローコントロールで制御できるようで、上空の一か所に集まるようにする。
1分もしないうちに声がやむ。まだ死の霧はその工程の1割も進んでいないが、もう不要と判断し、即時中和を行う。大量の氷と水をフローコントロールで密封した仮想の密封空間に強酸を流し込む。凄まじい発熱と冷却と中和が一気に進み、暫くして中和が完了する。そこには塩の山以外は何もなかった。赤目達は1匹残らず塩になりましたとさ。
死の霧。これ、オーバーキルすぎるんじゃねぇか?設計ミスったな。。威力落して効果範囲広げられないかな。。
◆ ◆ ◆
俺は友里の前で土下座している。
言った傍から、いきなり相談なく単独で飛び出し、赤目の大群を殲滅。女性警官を一人救出して帰ってきたところに、心配で屋上に来た友里と花と杏と出くわしたのだ。
「本当にごめんなさい!一刻を争うとこだったんだ!」
「わたしからもお願いします。お許しを!!お代官様ぁ!」
女性警官まで土下座している。
友里も呆れてものが言えない、といった表情だ。ナイスだ!ミニスカポリス。
「もういいわ。確かにふみさんが飛び出さなかったら、その娘もどうなっていたことか、わかんないしね。」
「そうなんです!おかげで何とか先っちょだけで済みました。これも寺沢さんのお蔭です!」
おい、こいつ、まさか本多ビッチ系か!?先っちょがどうした?
「寒いよー、お父ちゃん。」
杏がしがみついてくる。
「とにかく、ここは寒いから中に入りましょう。」
俺たちは一旦、作戦本部に戻ることにした。
◆ ◆ ◆
北門には基本部隊をいくつか配置した。これで赤目単独では余程の大群でない限り、会社の中からも外からも通ることはできないはずだ。
・基本部隊:カイマン、カイマン、サーペント、オニヤンマ
実はあの後、南正門にも行ったが、女性警官はいなかったらしく、赤目は駅前の方に広がってしまった後だった。まだ遠くまで行っていなかった赤目達を100体くらい潰して回ったが、埒があかないので、追撃部隊に跡を追わせて戻ってきた。今はもう深夜0時前、終電の時間だ。祝日の工業都市の駅前の深夜というのは意外と閑散としている。いくつかの飲み屋と夜の店が開いているくらいで人通りはまばらだ。この程度の人通りなら被害は急速には広がらないだろうが、閉店後のキャバ嬢あたりが狙われそうだ。完全に止めることはできそうにないな。追撃部隊には朝日が昇り明るくなる前には戻るように指示をする。こんなもん、町中で見かけたら、赤目どころの騒ぎじゃないしな。逆に駅前は大パニックになってしまう。余計な混乱だけは避けておこう。
まぁ正直、多少街が混乱したところで俺の知ったことではない。そのうち、そんなことも言ってられなくなる。世界で何が起こっているのか、その非日常性を感知できず、連休明けにただ漫然と学校へ、会社へ向かうような奴らは、遅かれ早かれ淘汰される。ダーウィンも言っているように、強い種というのは、変化に最も対応できる種だ。今、この激動の世界で、どう変化に対応するか?何が必要で何が不要か。今まで常識を捨て、何が新常識で何が新非常識か?ただ、今それを声高に叫ぶのは得策ではない。変人扱いされる可能性もある。政府もバカじゃない。統制は任せておいた方がいいだろう。
南正門にも更に基本部隊をいくつか配置して警戒に当たらせた。
帰るついでに、俺は敷地内のすべての建物の1階の入り口は俺が巨大な氷の壁で封鎖した。北の3工場、西の設計棟、南の事務棟は既に氷の牢獄となっている。
敷地内にはパトロール部隊を放ったので、そのうち屋外の赤目は狩りつくされるだろう。建物の中はまだいるだろうが、この寒空の中なので、数日は閉じ込めておけるはずだ。女性の多い順に、事務棟、設計棟、3工場という順で開放していくことにしよう。そこは鬼頭の手腕に任せてみようと思う。ゴブリンメイジがいると苦戦するだろうが、頑張ってほしいところだ。石橋を叩いて叩いて渡らないような自身の安全には細心の注意を図る性格の鬼頭だから安心できる。
「オーライ、オーライ!!」
救出した女性警官の早田珠樹が元気いっぱいに警察車両を誘導する。
生産技術本部前の駐車スペースには、パトカー6台と簡易装甲が施されたバス型の護送車が2台。
あと警察の皆様から回収したリボルバー式拳銃が20丁。銃弾は全て打ち尽くされていた。護送車とパトカーの銃弾のストックをかき集めても、あまり沢山なかった。そういうレベルの危機管理なんだろう。まぁ、当たり前か。人が正気を失って大挙して襲ってくるなんて、想像もしていないはずだ。
問題はこの被害状況は無線で警察本部に伝わっているということ。ただし、愛知県警や特殊部隊は恐らく名古屋中心部の方に回っており、ほぼ轟警察単独もしくは周辺の市警察の応援を貰いながらの対応となる。会社に近づいてきた警官が最初に見るのは、北門周辺に徘徊する巨大な氷のワニ。南正門では同じくワニと人間の死体100以上が氷漬けにされている地獄絵図!まぁ俺が臭うと嫌なのでヤッったんだが。しかも警察車両や銃は奪われた様子。。どう考えても氷のモンスターが何かをやった、と思うだろうなぁ。普通ならパニックになるだろうけど、万が一正義感溢れる優秀な指揮官がいたら、ワニたちを倒し、中に捕らわれた人たちを救出しようとするかもしれないな。そうなるのが嫌なので、看板を立てかけてあるのだが、
『このワニは人間を襲わない優しいワニです。刺激しないでください。情報が必要な方はコチラまで。』として、鬼頭のメールアドレスを書いておいた。
鬼頭に言ったら、ブチ切れていたが、知ったことではない。
友里からは、余計怪しいんじゃないかと、的確なツッコみを頂戴したが、それもスルーだ。
タマキが無線で、何やら報告をしていたが、要領を得ない説明で、上層部に叱られて涙目になっていた。結局、号泣しながら、「私だって何が何だか分かりません!」と言って切ってしまった。すっきりした表情で「これでいいんです」と言っていたから、いいんだろう。
あ、あと、俺のデザインした霊獣玄武を花に見せてあげた。
能力面や細かい設定まで5時間くらいかけてデザインした。1体出しただけで、MPの1/3以上を持ってかれた。そんな超大作。四神の名を冠するに値する超ド級の兵力。特にその防衛能力は俺でも突破できるか疑問が残るほどの鉄壁さ。まさに家族を守るために創り出された、空前絶後の守護者。
「うーん、微妙だけど、、いいよ。可愛くなくはないし。」
だそうです。花の目は厳しい。
「キューーっ」
玄武が少し寂しそうに鳴いた。いや泣いた、か。
「あ、うん。この子は人間よりも頭がいいんだ。発声器官はないから、言葉は喋れないけど、意味は分かってるから安心してね。この子を花のファミリア、つまり花だけのペットにするからね。花の言うことはよく聞くから、いい子になるように色んなことを教えてあげてね。」
「うん、わかった。ゲンちゃん、私は花。宜しくね。」
「キューーっ」
UCシャーマンというスキルでファミリアを得られる花。このスキルで、一番気にしていたのは杏の「お姉ちゃんだけズルい病」が発病しないか、という点だったのだが、当の杏はというと、玄武を見て友里の後ろに隠れていた。完全に引いている。全く羨ましがってない。大丈夫だ、計算通りだ。悲しくなんかない。
杏はしばらく花の様子を見ていて、少し気になり始めたのか、出てきて玄武に向けて手を出してみる。玄武は杏を安心させようと、目を愛おしそうに細めて、杏の伸ばした手に頬を寄せようとするが、杏はびっくりして、また友里の後ろに隠れてしまう。
「大丈夫だよ、杏。ほら、ゲンちゃんはとってもお利口だから、噛んだりしないよ。」
そう言って玄武の背中に乗って頭をなでる花を見て、恐る恐る出てきては、また隠れてを繰り返す杏を見て、和やかな空気が流れる。
「さて、じゃあ、そろそろ行くか。鬼頭、後は頼んだぞ。」
十分癒された俺は、気を入れ直し、出発を宣言する。
ここから俺たちの家までは車で15分くらい。そこから徒歩3分の距離に友里の実家がある。さらに車なら5分くらいの距離にゴーナン小学校だ。途中に24時間営業のショッピングモールがあるから、全て終えたら、帰りに必要そうなものを大量に買っていこう。一番足りてないのは、衣類と洗剤とかシャンプーとかかなぁ。友里にリストアップしてもらおう。それに、とっておきの店にも寄っていきたい。ムフフ。
何だか、ちょっとした探検気分だ。いや、週末の買い出し気分だ。
護送車に乗り込んだ俺達は、タマキの誘導で北門から更に北へ向かう。建国記念日。世界を激変させた1週間の初日が終わり、深夜0時をちょうど過ぎたところだった。
物語は激動の2日目へ・・・




