【お題三つ:いちごあめ・高校生・ゆがんだ愛】大好き
「はぁ……」
友達の天照ちゃんは、今日も学君のことを見て、恍惚とした表情を浮かべている。
「……いつも通りだけど、一応聞いておくよ。どうしたの、天照ちゃん」
私が尋ねると、天照ちゃんは学君をストーキングし始めるところだった。私は急いで天照ちゃんの腕をつかみ、ストーカー行為を阻止する。
「須産ちゃん! なんで私の愛を学君にぶつけちゃいけないの? よくストーカーって表現しているけれど、私にはそんな気は一切ないからね!」
それが一番危ないのではないかと思ったが、それを口に出すのも彼女を刺激することになってしまいそうだ。
「……そうだね、愛だね天照ちゃん……」
私の返答に満足した彼女はまた学君をの後をつける。
このやり取りで十分わかったと思うが、彼女は学君が好きだ。かれこれ二年間片思いをしている。高校一年生初めから高校二年後期の今に至るまで、ずっとである。
私は胸ポケットからいちご飴を取り出し両端を引っ張り、飴本体を取り出す。飴は口の中へ、ゴミは再び胸ポケットに入れる。
「……天照ちゃん、待ってー」
私は天照ちゃんを追いかける。似たような毎日。
「学君可愛いよ。後ろ姿とかフランク・モーリーの定理並みに可愛いよ、いや待って、モーリーをも超えるかもしれないよ。可愛いよ。……そう思わない? 天照ちゃん!」
彼女はいわゆる完璧人間だ。テストではほとんど一番、体力テストでは女子の中で最優秀生徒にも選ばれている。他の生徒たちからも好かれている。スタイルは、抜群とまではいかないが、なかなかである。しかしそんな彼女を嫌う者がいた。それが学くんだ。
頭が良かったから嫉妬しているとか、今まで体力テストはダントツ一番だったとかではない。だが、苦手なのだそうだ。
彼女は完璧主義者なので、自身を嫌う人が一人でもいるのは嫌なのだろう。はじめ、彼女は学君のことをできる限り洗い出した。住所、電話番号、家族構成、部屋の位置、趣味、好きな人……。彼女はすべての情報を見て、学君を好きになったのだという。
「……天照ちゃん、まだわからないのだけれど、学君の好きなところって、結局のところどこなの? 天照ちゃん」
学君がかわいいのは十分聞いた。耳に胼胝ができるほど聞いた。辟易する。うざったい。鬱陶しい。でも、一つに絞るとしたら、どこなのだろうか。
「須産ちゃん、決まっているよ」
彼女はそういうと頬を赤らめて続ける。
「あのかわいい容姿から繰り出される罵倒よ。私の命を削るかのような激しい罵倒。今まで一度だって感じたことのない感覚が、私の心を劈くの。ああ、もっと嫌われたい。いや、結婚して一生嫌われ……いや、ツンデレよ。きっとあの子はツンデレよ。そう、ツンというマイナス要素からデレという超プラス要素への跳ね上がり。そうに違いないわ。っていうかそうよ。だってあの子所々で私にやさしいもの。ああ、ツンデレ最高。否、学君最高っ!」
情報を見て好きになった割には、情報に全く基づかない理由だった。天照ちゃんはそういいながら学君に急接近して後ろから抱きつく。
「ガバルアルビッソ、ターツー!?」
訳の分からない大声を出す学君。私は天照ちゃんを引き剥がしに近寄る。
「な、何ですか! いきなり!」
「ごめんね、いきなりじゃなくてこれからは事前に言うわね。ついに公認なのね」
学君に抱きついたまま、恍惚とした笑みを浮かべる天照ちゃん。一方学君は慌てながらも真面目な表情で彼女の耳元で囁く。
「てめぇ、ここがどこだと思ってこんな破廉恥なことやってくれてんだよコラ。テストができても常識はさらさな無いんだな。気持悪ぃって何回も言っているはずだぞ。去りやがれ」
彼のきちんとした容姿からは到底想像できない言葉遣いだ。一方の天照ちゃんは……。
「はうぁ……ん、傷つくわ……」
なんかエロいこと……失敬、豪いことになっている。言葉では傷ついていると言っているが、絶対「良い」とか「もっと言って」とかを意味しているのだろう。
私が天照ちゃんを学君から引き剥がすと学君は私に礼を言い、去っていった。天照ちゃんは不満そうだった。
この日、私はある決意をした。学君と、天照ちゃんに関する秘密の作戦。
私は自室のベットに寝転ぶと、携帯の待ち受けを見る。そこには私と天照ちゃんの写真があった。
「明日、作戦決行よ」
私はそのまま眠りについた。
次の日。いつもよりも早く登校する。お母さんに「まだ早いわよ」と声をかけられたが無視する。
まずは朝、学君に声をかけて、頼みごとをするところから作戦はスタートする。
走って学校に向かっていると、学君の後姿を確認した。彼はいそいそと歩いている。私はその彼に追いつくと「学君、おはよう」と声をかける。学君は体を震わせて、こちらを睨む。
「ああ、あの女の友人。ええっと、須産さん。もしかして……天照もいるんですか」
彼は真っ先に天照ちゃんの存在を確認する。私が天照ちゃんはいないことを伝えると、彼は「そうですか……」と少し俯く。
「あの、学君」
私は寒空の下、手を合わせてお願いする。
「――」
「――」
教室で作戦について新たなプランを立てていると天照ちゃんが現れた。真っ先に私の席に来ると「須産ちゃんおはよー」と言った。私もあいさつし返すと、彼女は両手の手袋を外して私の頬を包み込む。
「冷たっ。やめてよ」
私は笑いながら彼女の手を払う。彼女も「えへへ」と言いながらまた手袋を嵌める。赤い手袋は、一見派手で幼稚に見えるが、彼女がつけるとファッション誌を見ているみたいだ。無地の赤手袋がファッションの最前線にあるような錯覚を感じる。
ひとしきり笑うと、私は窓の外をなんとなく眺める。雲一つない冬空。いい、告白日和だ。
放課後、今朝頼んだ通り、学君と合流する。その前に、天照ちゃんが告白をするよう、仕向けなければならない。もちろん、手は打ってある。
「天照ちゃん、私ね、明日学君に告白しようと思っているって相談されちゃったの」
天照ちゃんはぽかんとした顔を一瞬見せると、すぐに理解して真剣な顔になり、こちらを向く。
「……本当?」
きっと私の目を直視する。私は罪悪感を感じつつも、自分のためにはこうするしかないんだと言い聞かせ、「うん」と言う。
「誰よ、それ。教えて! いや、教えろ! そいつをぶっ殺して……!」
「天照ちゃん!」
予想通り、天照ちゃんは興奮状態となる。こうなると人間だれしも正確な判断ができない。私は、彼女の肩をつかみ、耳元で囁く。
「……先手必勝だよ、天照ちゃん」
うまくいった。うまく行き過ぎているくらいだ。これはフラグではない。もう、欠陥なんてどこにも見られない、素晴らしい状態となった。
あの後、天照ちゃんは学君を中庭に呼び出した。もちろん、告白するために。学君のところに行く前に、私に「当たって砕けろ、だよね」と笑っていた。たぶん、彼女の精神状態は、笑っていられるものではないだろう。ここで砕ければ、好きな人が奪われてしまう。愛を注ぐ対象がいなくなってしまう。きっとそれは、苦しく、空しいのだろう。
「ふふふ……」
ついつい顔が緩む。計画達成のビジョンは、もう見えている。
放課後、中庭の桜の木の下。私はそこから隠れて天照ちゃんと学君を見ていた。彼女らはベンチに腰掛けて、まだいつも通りに会話している。天照ちゃんは学君に触ろうとし、学君はそれを払う。そして学君が暴言を浴びせる。こちらに声は聞こえてこないが、大体は予測できる。すると、天照ちゃんが立ち上がった。ついに時が来た。さあ、天照ちゃん、告白を……。
「好きですっ! 付き合ってください!」
こちらにまで聞こえるような大きな声。よく使われるセリフだが、飾らず、ストレートに相手の心に届くので効果は大きい。しかし、この場合、答えは分かっている。私が先に根回ししたのだから……。
「……僕も!」
ん、今「も」って聞こえたぞ。「も」って「too」か?まさか……。
「僕も、貴方が、す、好きです」
「ええっ!?」
「はぁっ?」
天照ちゃんの声に重なって、私も大声を出してしまう。なんということだ。計画は完璧であったはずだ。どこから、狂ったんだ。イライラして、甘いものが欲しくなって、ポケットを弄る。いちご飴が見つかったので、素早く包装を解いて口へと放り込む。いつもよりも少し酸っぱい飴の味は、たぶん一生忘れない。
私は彼らよりも先に教室へ戻ろうと走っていた。頭の中では何を間違えたのか、それだけを考えていた。
今までの計画を整理しよう。
私の目的は、「天照ちゃんの愛の受け皿になること」だ。簡単に言えば「天照ちゃんと私が相思相愛になること」である。今回の計画で、天照ちゃんの完全な学君離れを目指していた。
今朝、学君を見つけた私は、学君にこうお願いした。
「あの、天照ちゃんの告白……断ってほしいの」
「は? いきなりだな。あいつの近くにいるとそんな変なことが言えるのか」
学君は朝から不機嫌なのか、その名前を聞くのが嫌だったのか、イライラしている感じだ。
「あの、天照ちゃんはね、勘違いをしているのよ。あなたを好きだと思っているようなのだけれど、あれはたぶん、ただの執着。あなたに対する愛情というよりも癒着や依存に近いわ。だからね、目を覚まさせてやってほしいのよ」
私は彼の目をしっかり見て、話す。すると伝わったのか、彼は手をひらひらさせて早足で校門を抜けていった。
その後、天照ちゃんに学君への告白を促すために「学君に告白しようとしている女子がいる」と伝えて、さらに、今日中に告白させるために「明日告白しようとしているらしい」ことも伝えた。
この時点で天照ちゃんが振られることはゆるぎなかったはずだ。
誰かが私を陥れたということなのか。
私は突如、肩をつかまれて停止する。勢いよく振り返ると、学君がいた。
「学君……なんで?」
「むしろこちらが聞きたい。何故告白を促したんだ」
天照ちゃんには学君に私が今朝頼んだ内容は伝わっているらしい。天照ちゃんに、合わせる顔がない。
「いいよ、全部話す。私の目的は――」
私はすべてを学君に話した。学君は特に驚くこともなく、聞いていた。
私が話し終えると、学君は口を開いた。
「お前の計画の綻びを教えてやる。数学大好きなお前ならばわかりそうなものだがな」
「数学……?」
数学と今回の計画。関連性などどこにもなさそうだ。関数を使っているわけでも、方程式で導き出した計画手順というわけでもない。
「よく聞け。俺がいつ『天照のことを嫌い』と言った? お前は自分勝手な仮定を立てて計画を立てたんだ。それはつまり数学で『1+1=30』と思い込んで証明を始めるのと同じくらい愚かだ」
「え、だってあんなひどい言い方していたら誰だってそう思うでしょう」
私が言うと、彼は恥ずかしそうに目線を下に落としながら話した。
「あれはだな……一種の照れ隠し、みたいなものだよ」
「……は?」
照れ隠しで罵倒するようになるとは、これ如何に。学君に好かれた子をかわいそうだと思った。天照ちゃんはむしろ悦んでいたから例外かもしれないが。
まあ、私の計画は最初から破綻していたってことだ。そして、私が隠していた恋心も最初から叶うことのないものだったのだ。
「……全部無駄だったのね。ふふ……あははっ、馬鹿みたいね! 私ったら、一人で盛り上がっちゃって」
私がその場にうずくまると涙が溢れ出した。止められない、二年間分の恋心がどんどん涙に変化していく。そのうち、私は廊下に響き渡る大声で泣いていた。
チャイムが聞こえた。完全下校のチャイム。ああ、こんなことならいっそ。
「あ、おい! どこに行く!」
私は走り出した。涙も拭かずに、闇雲に走った。学君の声が聞こえたが止まらない。止まらない。止まらない――。
私がたどり着いたのは学校の屋上。私の学校には屋上へ行く階段など存在せず、生徒が屋上へ行く方法は、無い。しかし、私はなぜかたどり着いてしまった。
「ふふ、神様も、そう思うよね。生きている必要性なんて、もう無いもんね」
私は屋上の端へと移動する。生徒が入ることを想定していないので、柵など無い。
涙は止まらない。
「じゃあね。天照ちゃん。私が愛情を注ぐ対象は、この世にいないので、一回死にます」
見下ろすと、安寺ちゃんと学君がいた。私を探しているようだ。私は叫んだ。
「もうそんなことする必要ないよ! 天照ちゃん、」
私は、大きく息を吸い込んだ。そして、力いっぱいの声で天照ちゃんに思いを伝えた。
「ずっと好きでした! さようなら!」
そこから先、記憶は殆どない。天照ちゃんの声が聞こえたような気がする。あとは、何か固いものにぶつかる感触。頭から落ちたのだろう。痛いのは一瞬だった。
後味が悪いですので、あなた方もぜひマックの森永キャラメルシェイクをお試しください。なかなか私は好きでした。ただ、甘ったるいので甘々な恋愛小説を読みながらの吸飲はおやめください。
今回は3点リーダーの乱用、ダッシュの乱用、突然の数学など、出来のいい作品ではありませんでした。
松上遥さん、申し訳ありませんでした。
では、今回はこれで失礼いたします。