1.
「うわっ、もう朝か………そろそろ寝ないと」
カーテンから射し込む朝日に目を細め、ノートパソコンの電源を落としてベッドに入った。
ん?朝は起きる時間だって?大丈夫。何故って現在絶賛夏休み中だからである。あーっ、大学生ってこんなに素晴らしい生活ができるんだね!夢に見た一人暮らしが今、現実のものになっている。感無量とはこのことだ!
私、小鳥遊春は今年めでたく大学生となりました。
どうしても一人暮らししたかった私は、親に頼みこんで県外の大学受験を申し出た。というのもこの子たちのためである。うつらうつらと重たくなる瞼を上げて眺めた山積みのゲーム、通称“宝の山”。結構雑食で様々なジャンルのゲームに手を出してはいるものの、唯一実家でプレイできなかったのがこの『乙女ゲーム』だ。携帯ゲーム機でできるものは嗜んできたが、やはり対応機種というのが立ちはだかる。やりたいと思っても家族の目が気になりすぎて実家で乙女ゲームなどやっていられない。ゆえに私は頼みこんだ。どうにか一人暮らしさせてくださいと。両親の反応はあまり良くなかったけど、2人が指定した大学に合格できたら許してくれると聞き必死になって勉強した。私の偏差値では難しい大学だったけど最後の1年間はまだ見ぬ彼氏たちのために血反吐を吐く思いで勉強した。
その結果がこれである!
「ふふ、しあわせぇ~………」
明日はバイトだから生活のリズムを整えないとね。ごろりと寝がえりをうって冷房のきいた快適な温度の部屋で眠りについた。
***
「おはようございまーす………」
うう、結局続きが気になって徹夜で彼氏との交流を深めてしまった。リア充も大変だわ。
強い日差しにやられた目を瞬かせてバイト先の居酒屋にやってきた。日中はランチ(定食)をやっていて、夜はメインの居酒屋にシフトするという経営の、こぢんまりしたお店だ。今日は一日入る予定なのにやってしまった。
「おはよー。ありゃあ、ずいぶん眠そうだね」
「おはよう、春ちゃん。夜更かしでもしたの?」
「えへへ…………」
おじさんとおばさんに笑われてしまった。
夫婦営業のゆったり居酒屋は私の癒し兼すてきな働き口である。光永くんのお友達とかが来なければ忙しすぎないし、何より怒られないのがいい。もちろん注意はされるけど2人は怒鳴ったりしないで丁寧に教えてくれるから覚えるのも楽しい。高校生の時は校則でバイトができなかったから、働くってこういうことなんだなぁって実感するのはいいものだ。
「はよーっす」
中で作業用のエプロンをつけていると光永くんもやってきた。
「おはよう。今日もよろしくね」
「おう………ってお前、寝てないのか?隈できてるぞ」
「あ、うん。ちょっとね」
目ざとく見抜かれて視線をそらした。お化粧してきたのになんでそこまで気づかれちゃったんだろう。
「その薄化粧で隠せてるとでも思ったのか?」
「心読まないでよ!」
「朝からにぎやかだねぇ」
またおじさんたちに笑われてしまった。くっ………だいたい光永くんのせいだ。
「何やってんのか知らねぇけど、ほどほどにな」
ぽんぽんと私の頭をなでて光永くんは厨房の中に入っていった。こういうところが恋愛下手な私には心臓に悪い。光永くんくらいイケメンだと勘違いもしようがないけど、お互いの条件が何か一つでも違っていればコロっといっちゃってたと思う。わりかし確信をもって思う。
彼の名前は光永透くんで、私をこのバイトに勧誘してくれた他大学の同級生。バイト雑誌を見ながらこのあたりをふらふらしていたら偶然出会って、『バイト探してるの?じゃあいいとこ紹介するよ』って字面だけだと怪しい勧誘みたいな口調であれよあれよと話は進み今に至る。その頃の光永くんは新しいバイトの子を探すのに必死になっていて、私のこともやっと見つけた!って感じで急に声をかけてきたんだよね。最初は驚いたけどちゃんと説明してくれたし、私も最終的には人助け+イケメン+優しい夫婦という素晴らしいコンボにやられました。今では声をかけてもらえてラッキーと思うほどです。でも光永くんは私が気まぐれで辞めてしまわないか不安みたいで極端に優しい。というか甘い。薄給でも賄い付きだし、こんなにいいところ簡単に辞めたりしないのにね。ちょっと口は悪いけど基本優しいし、たまにやる甘い仕草や声に何回か意識が飛びかけた。それとも素であれなのだとしたらイケメンマジギルティ。
「そろそろ夏休みに入るし、学生向けの安いランチも始めませんか?」
「そうだねぇ。優斗の友達も透の友達も毎年よく来てくれるし、早めに始めようか」
最近光永くんは厨房の手伝いに入るようになった。どうも光永くんは厨房に入りたかったみたいで、ランチも始めるしもう一人バイトがきてくれないかってずっと2人にお願いしていたらしい。優斗くんも高校生になってお手伝いできる時間が今より限られてくるし、私は待望の新人だったみたい。
でもイケメンの上に料理スキルまであるとかチートだよね。どこのもこみちなの?
「俺あのランチ定食のレシピ教わりたかったんで楽しみです」
「そうかいそうかい。おれも腕がなるねぇ」
まんざらでもなさそうなおじさんは笑顔で腕まくりしていた。光永くんはここが地元で、高校生の頃からずっとここでバイトしてるんだって。光永くんのこと息子みたいで可愛いんだろうなぁ。キラキラをまとってそうな涼やかスマイルも胡散臭さがなくて2人とも仲良しなのがよくわかる。私もひきこもってゲームばっかりしてないで人と交流しよう。じゃないとぼっち街道まっしぐらだもん。
「じゃあ簡単に掃除したら店開けるわね」
「あ、台拭きしぼってきます!」
「―――ん。俺こっちにいるんだから、開店前くらい使えよ」
おばさん近頃手荒れを気にしてるからここは私がと思った矢先、すでに程よくしぼられた台拭きを2つ、困り顔風な微笑み付きで渡される。本当気遣いもできて優しさに溢れたイケメンなんてこの世に存在したんですね。多少の下心はあれど初めて見ました。
「あらあら、透くんありがとう」
「………ありがとう」
「どういたしまして」
おじさんたちの影響なのか地なのか、光永くんもよく笑う。その笑顔が殺人的にかっこいいことも知らずに。
***
いつも通り昼過ぎから夕方あたりはいったん店を閉め、残った食器の片付けと掃除とメニューの入れ替えを始めた頃、優斗くんが帰ってきた。
「あっ!春ちゃんきてる!」
「おかえり、優斗くん」
軽く掃き掃除をしているところに両手をひろげて特攻された。おじさんたちの息子の優斗くんは私と同じくらいしか背が伸びてないので本当に中学生にしか見えない。って私もこの間まで高校生だったし、優斗くんも中学生だったし、いきなり変わるわけないか。
優斗くんもいつも笑顔で可愛いんだよね。両親に似たんだろうなぁ。初めて会った時は私を見て泣き出しそうな顔してたからびっくりしたんだけどね。何か怖がらせるようなことしちゃったかなって焦った時に光永くんが私を紹介してくれたの。そしたらにっこり笑って飛びつかれちゃって今度は別の意味で焦ったよ。あれ以来会うとハグがお約束になってしまった。おじさんとおばさんはにこやかに見てるけど大学生が高校生に手を出している図は冷や汗もの。2次元じゃなきゃ許されない気が………と思うものの嬉しそうな優斗くんを拒絶なんてできっこないので、毎度ためらいつつ抱き返してしまっている。うわー、神様ごめんなさいごめんなさい!
「優斗は相変わらずだなぁ」
「おい優斗、あんまりひっつくなよ。春が困ってる」
「えっ、春ちゃん困ってるの?」
「ん?んん?」
キラキラした瞳で見ないで。そんな瞳で見つめられて困ってるとか言えるわけないよ。
でも最近気づいたのが、優斗くんて光永くんが嫌そうな顔するのを見たくてやってるところがあるみたい。私このくらいで辞めたりしないのに光永くんてば過保護すぎるんだよね。むしろご褒美―――おっと誰か来たようだ。
とにかく毎回反応をみせる光永くんが優斗くんにはおもしろいらしい。本当の兄弟みたいだ。私だって実際に弟ができたようで嬉しいのは事実だしそこは嘘じゃない。
「そんなことないよ」
「よかったぁ」
あと優斗くんが良心的なのはすぐ離れてくれるところだ。光永くんをからかったらぱっと離れてくれるのでいたたまれない時間はほんの数秒だし、今日も鞄降ろして着替えてくるーと言って2階に上がっていった。
「はっきり言わないと伝わんないぜ?」
「あはは、でも嫌なわけじゃないから」
光永くんのちょっぴり不満そうな口ぶりが子供みたいでおかしい。少しだけ笑ってから止まっていた手を動かし、夜の準備を始めた。
初投稿でわからないことだらけですが、良ければ読んでいってください!
少しでも楽しんでもらえたら幸いです。