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黄昏世界

作者: 平野譲葉
掲載日:2016/03/28

「次の留学先が決まったわ」

 放課後、更科生徒会長に呼び出された二人はいつものようにそう告げられた。

「明日、時守の姫君が用意をして待っている」

「時守の姫君……千歳さんのことですよね」

 明美先輩が"時守の姫君"と呼んだ女性。

彼女には数多くの呼び名があったが、どれ一つとして真名ではないというから驚きだった。ユヅキ達は千歳さんと呼んでいたが、先輩達はいつも違う呼び方をした。

「気をつけていってらっしゃい」

「はい、ありがとうございます」

 ついこの間別の世界から戻ってきたばかりのユヅキにとって、この留学は少々きついものになりそうだった。

「じゃ、明日に備えるんで。俺達はこれで」

「ええ。今回は私たちは誰も行けないけれど、安全よ……たぶん」

 不安の残る先輩の言葉に一抹以上の不安を覚えながら、二人は生徒会室を後にした。

「どんなとこだろね、スグル」

「さあな。革命中とか、戦争中はごめんだね」

 これも笑えない話だ。今まで平和な国があっただろうかと考えるほど、身の危険を感じないことはなかった。

「じゃあ、明日。放課後にね」

「おう。放課後にな」

 明日は土曜日。二人は授業がないことをすっかり忘れていた。


  *〜*〜*


「うわっ、もう朝!」

 飛び起きたユヅキは急いで階下に降りた。

「お母さん、ご飯よそって! 遅れちゃうっ」

 寝ぼけ眼の母がソファに座ってぼうっとしている。

「もう、お母さん。紺の袴はどこ?」

「なにいってるの、ユヅキ。今日、土曜日でしょ」

 バタバタと駆け回っていたユヅキがはたと立ち止まる。

「そう、だっけ」

「そうよ。昨日は金曜日。金曜の夜はいっつもしげちゃんの『朝までシネマ』を観てるでしょ」

 急いで携帯を取り出し、スグルにかける。

「もしもし、スグル。今日土曜日。どうする……うん、そう。……わかったすぐ行く。そっちに行くから……え? あ、それでいいなら、じゃあ、急ぐね」

 スグルも寝ぼけていたらしく、ぼんやりとした返事が返ってきたが、何とか話はついた。

「お母さん、今日ちょっと出かけてくる」

「いつ帰るの、ユヅキ。お母さん、今日は竹下さんと美術館に行く予定なのよ」

「夕方か、それぐらい。夜には帰る」

「あら、そう。気をつけてね」

 母親はあまり行き場所を詮索しない。

それは好都合だった。

 ユヅキは手にしていた小袖を畳むと、箪笥たんすから適当に引っ張り出した服を着た。どうせ着替えるんだから、なんでもいい。

「あんた、朝ごはんは?」

「寮食にするの。いってきまーす」

 荷物もそこそこに携帯を置いて玄関を出た。

「よ。遅かったな」

「女ってそんなものよ。おはよ、スグル」

 すでに待っていたスグルと合流し、住宅街を走る。

「先輩からメールが来た。五丁目の相崎青果店右の路地、突き当たりの扉だってさ」

「相崎青果店? 私、そこ知らないんだけど」

「大丈夫、俺知ってる」

 先を走っていたユヅキが後ろにいたスグルと入れ代わり、走りに走ることおよそ十分。

「思ったより近かったな」

「思った、より、はね」

 息を切らすユヅキにたいして、スグルは平然としている。体育会系ではないのだがスグルは見かけによらないほど、体力がある。以前の留学先では乗馬と剣術と護身術を華麗に発揮していた。それらを一体何時何処で身につけたのか、ユヅキは知らない。

「行くぞ」

 青果店横の路地に入って行く。人一人入れるかどうかの猫道だ。突き当たりにつくまえにどちらからともなく手を繋ぐ。迷子になったら文字通り、生き別れになる。それだけは避けなければいけなかった。


  *〜*〜*


「最近遠くなってない?」

「気のせいだろ。ほら、いくぞ」

 丈の低い草が生える草原と月も太陽も昇らない星空、『星落の海』。風も吹かないし、雨も降らない。降るのは星だけだ。細い一本道も相変わらず、赤い屋根はまだ見えなかった。

「ほらな、見えた。遠くなんかなってないだろ」

「嘘。遠いってば」

「嘘なんかつくもんか。いっつもこれぐらいだ」

 扉が開く場所は気まぐれだ。開けたときすぐ目の前にあの赤い屋根が見えることもあれば、一時間近く歩いてもたどり着かないことだってある。それに蜃気楼のように、見えているのに全然近づけないこともあった。その反対もある。

「こんにちは、千歳さん」

 今日は何とかたどり着き、玄関を開ける。

「いらっしゃい。待ってたわ」

 スミレ色の服を着た千歳さんはいつものように出迎えてくれた。

「じゃあ、早速だけど。今回は『黄昏世界』と呼ばれるところよ」

「黄昏……嫌な予感」

 名は体を表す。

「日程は二日。ちょっと危険な所ね……ちょっとじゃないかも。かなりかしら」

「うっ、なんですかそれ。どんなとこですか、そこ」

「別名『廃墟の国』。複数の武力勢力が戦いを続ける、法も国主もない。あるのは廃墟と、文明期の遺跡のみ」

 身の危険どころではない。命の危険だ。生きて帰れるんだろうかとユヅキとスグルはそろって天井を見上げた。

「そしてもう一つ。他世界と違うのは、多胎ということ」

「タタイ? なんですかそれ」

「多胎。双子や三つ子のこと。スグル君、魚や昆虫が多くの卵を生むのはどうしてだと思う」

 いきなりの質問にスグルは黙りこむ。

「子孫をのこすため。生存率をあげるため」

「そういうこと。自然界ではどれだけ子を産んでも、生き残るのはほんのわずかだけ。人間は珍しいほうなのよ」

「一生に一人か二人ってとこだよな。双子だって百人に一組って聞いたことがあるし」

「『黄昏世界』では乳児の死亡率が桁外れに高いの。そうゆうのが続くと人間も進化していくのね。双子や三つ子、四つ子なんかも普通に生まれるようになっていったのよ。ついには一人で生まれるほうが珍しいほどに」

 出生率低下が嘆かれる今日この頃だが、いまのところそんな風に進化はしていない。それが正しいのかどうかも分からないが。

「えーと、で、今回の名前は何ですか?」

 これ以上聞くと本気で行けなくなりそうだから、うまく話を変える。

「二人の名前の一字をとって、ナオキカエキよ。悪いけど、設定は無し。記憶喪失を装ってもらうわ」

「漢字圏ですか」

「そうとも言えるのかしら。この世界の言語は一度滅びたの。そのあと他世界から輸入したのが漢字よ。だから音を表わしているに過ぎないわ。服はこれ、持ち物はこれね」

 渡された服はなんというか色みがなかった。烏色、鵜色、夜の闇色なんてのが相応しい。つまり真っ黒の服だった。所々破れている。靴や靴下なんかもだ。うーん、ある意味、ビジュアル系?

「軍の認識標みたい」

 持ち物で渡されたのは小さな銀色のプレートがついたネックレスだった。

「まさにそれよ。名前、所属、出生年月日、血液型が書かれている」

 細かい文字で確かにカエキと書かれているのが読めた。だが、長いこと土に埋もれていたように錆びて所属は読めない。

 着替えの部屋に入っていつものようにすべてを替える。破れていた所に手を通したりはしたが、御貴族様のひらひらドレスよりは着やすく動きやすかった。動きやすいイコール逃げやすい、だ。

「ご苦労様。じゃあ、これをナオキ君に」

 千歳さんは着替えると役の名前で呼ぶ。

「俺の目が正しければ、これ銃に見えるんですけど」

 千歳さんがぽんと手渡したのは銃身の長い黒光りする銃だった。手にのしかかるその重さが本物だと物語っている。警官が持っているのではなく、中折れ式の西部劇で出てくるやつに近いと思われる。

「直君の目は正しいわ。それで、自分の身とカエキちゃんを守りなさい」

「嘘だろ、使い方なんて知らないぜ」

 テレビや映画なんかでは見たことがあるが、一般人が使ったことがあるはずはない。海外だと実弾で撃てるとはきいたが、スグルには無論それもない。

 千歳さんがおもむろにその銃を取り、スグルに向けた。

「えっ、なっ」

 パアンと音がした。あの徒競走の時のピストルとなんら変わりのない、乾いた銃声。スグルの後ろにあった花瓶が呆気なく崩れて割れた。

「安全装置もなにもない。引き金を引くだけよ」

「ちょっと、そんなふうに簡単に撃てるものなんですか、それは」

「これから行くところは十にも満たない子が銃を構えるところ。躊躇っていては命を落とすことになるのよ」

 千歳さんはそのままスグルに銃を返した。さっきよりも一層重くなったそれは、そのまま責任と不安となってスグル達を襲った。

「あの、私は」

カエキちゃんはこれを」

 千歳さんが渡してきたのは弓だった。これもまた黒い弦が張ってある。装飾も美しかったが、折れてしまいそうな脆さもあった。

「矢はないんですか」

「ないわ。構えて、引いてみなさい」

 言われたとおりに構えて弦を引く。もっと重いものだと思っていたが、非力なユヅキでも軽々引けた。

「放って!」

 右手で引いた弦を放す。

「おわっ、ととと。あぶねぇ」

 スグルがとんっと側転して避けた。さっきまでスグルが立っていたところに、深々とこれまた漆黒の矢が刺さっている。

「殺す気かっ」

「ごめん、ナオキ。千歳さん、どうなってるんですか」

「仕組みは知らないの。けれどほぼ無限に撃てる弓だと聞いてるわ」

 無限に撃てる弓。矢のいらない弓。それが意味するもの。

「矢をつがえる暇もないほどの戦い」

 スグルは腰のホルダーにしまい、ユヅキは弦と弓柄の間に体を入れてショルダーバッグのように背負った。

「三日経ったら強制的に戻すわ。たとえ、味方が死の淵にあったとしても」

 千歳さんのこの決まりは残酷で、一も二もないものだった。それでも、これがなければずるずると後のばしにしてしまう。逆にそれまでは帰れないということでもあったが、それがこの時空間留学の不文律だった。

「いってらっしゃい。ナオキ君、カエキちゃん」

「いってきます。千歳さん」

 いつもの扉で行く、いつもと違う世界。その先に待っているのは小説でもバーチャルでもない。人が生き、そして死んでいく世界。残酷なまでに、綺麗な世界。


  *〜*〜*


 扉の先にあったのは、崩れかけた遺跡。槻の知る石と砂の遺跡ではなく、もっと化学の発展した文明期の遺跡のようだった。空はどんよりと暗く、夜ではないようだが昼というには暗すぎるようだった。

「まさに黄昏って感じだな。というか黄昏すぎてないか」

「コンクリートか、なにかもっと別のもの。それになんだろう。この壊れたというより、溶けたようなのは。すごく強い酸性雨……硫酸?」

 第一印象は最悪。ずっとこんな天気なんだろうか。雑草の一本も生えていない。だが、戦いとは程遠い、何か神聖な雰囲気もあった。朽ちた遺跡の神殿か何か、そんなようなもの。

「動くな!」

 突然の人声に二人は振り返ることもできずに立ちすくんだ。物音もせず、どこからか人が現れる。二人の人物は黒い服に黒いマフラーで目の下まで覆っていた。

「どこの奴らぞ。『蜉蝣かげろう』か、『星屑ほしくず』か」

「いや、一般人かもしれない」

 ナオキは後ろに槻を庇いながら銃を抜く。黒衣の人物も銃を構えた。

「どうやら一般人じゃなさそうだぜ。どうする」

「『蜉蝣』なら捕らえ、『星屑』でも捕えよう」

「じゃあ、捕まえるっていう方向で」

 二人の会話を聞いていて、槻は変なことに気がついた。どちらの声も一人の人が喋っているように瓜二つなのだ。一人二役といっても恐ろしいくらいに。

「銃を下ろせ青年。彼女が傷つくぞ」

 不意に別の声がしたかと思うと、ナオキから槻の気配が消えた。

「手をだすな。我らの獲物ぞ」

 少し離れた所で槻を抱えているのは大柄の男だった。こちらは覆面をしていない。

「目の前に獲物がいるのに黙って見過ごせるか。『宵』のスバルよ」

 ナオキは銃を下ろしホルダーに戻す。

「いい加減にしないか、マモル

「そやつの武器は旧式。新式を扱うのがそなたの流儀ではなかったかの」

 何となく分かってきた。向かって右がやたら古風な話し方をする冷静な方で、左が軽い話し方をする掴み所のなさそうな方だ。

「この娘の持っている弓は珍しい。矢のいらない、無限弓だ」

「あのー、御取り込み中失礼します。マモル、さん。ここはどこですか」

 ユヅキ――――カエキはみんなのやり取りをぼんやり聞いていたが、じれったくなって話しかけた。

「娘、何を惚けている」

カエキ!」

 ナオキがだまってろと目配せするが、カエキは黙らない。

「カエキというのか、そやつ」

「で、青年。君の名は?」

 黒衣の二人組がナオキの方を見る。

「……ナオキ。そのカエキは妹だ」

 兄妹の設定は今までよくやったものの一つだ。婚約者、いとこなんかもやったっけ……主人と使用人よりマシってだけだ。

「ナオキにカエキか。おもしろい、歓迎するぞ。客人」

「おい、本気か。どこの所属とも知れないやつを、連れて帰れるかよ」

マモル、娘をそのまま連れて参れ。ナオキ、ついて参るがよい」

 黒衣の右側がひらりと瓦礫の向こう側へ飛び降りる。渋々左側とマモルというカエキを抱えた男が続く。

「おいっ、待てっ」

 ナオキも急いで瓦礫を飛び越えた。小だかい丘にあったらしい遺跡からは広く辺りが見渡せた。

「なんて世界だよ」

 ナオキの目に映ったのはひたすらに続く荒野。そこを埋め尽くすような都市の遺跡があった。そしてその所々で爆発や火花が飛び散っている。

「見失うぞ、青年」

 マモルカエキを抱えたまま振り返った。

「ああ、すまない」

 慣れない足元に苦戦しながらナオキは必死についていった。


  *〜*〜*


 ついていった先は廃墟の一画だった。半地下になっていて、屋根はある。元は大型ショッピングセンターか、ホテルといったように見えた。

「お帰りなさい。お客人?」

「珍しい。どこの奴じゃ」

「わー、武器商のおにーちゃん。お仕事?」

 黒い服を着た老若男女が通路から顔をだしてナオキ達を迎えた。黒衣の二人組に一番奥の部屋に案内され、カエキも男から降ろされた。

「彼等は住民の方ですか」

「住民? みんなあたしら『宵』の仲間さ」

「あたしら? 女性だったのか」

 黒衣の左側はナオキの言葉を聞いて憤然とした。そしてマフラーを外して顔をあらわにする。

「女で悪かったな。あたしはスバル。一等戦闘員さ」

 短く切り揃えられた褐色の髪をかき揚げ、興味津々といった体で身を乗り出していた。

「言葉を慎め昴。お客人の御前ぞ。私はスバルだ。『宵』の軍司を務める」

 黒衣の右側の方も顔をさらした。

「双子……お二人ともスバルさんなんですか」

 同じ顔。こちらは長い髪をうなじのすぐ上で結わえている。

「えっと、カエキだっけ。面白いこと言うね。二人とも昴に決まってるじゃん」

「待て、昴。確認せよ」

「らじゃ、昴」

 髪の短い方の昴がナオキの懐を探った。

「あった。なになに……ナオキ、千期の三日生まれ、血液型は壱」

「所属は」

「んー、ちょっとわかんないね。爆風かなんかで傷ついたのかも」

「あのちょっと、スバルさん?」

 二人の昴はさらっと会話を流した。

「娘のほうは」

「えっと、カエキ、千一期の八日生まれ、血液型は同じく壱。所属は不明。あたしらと同い年か」

 千歳さんに渡された認識標。ここでは戸籍や身分証明の役割を果たしているらしい。

「まあ、構わぬ。ナオキカエキ、しばらく『宵』にいるがよい。だが、己の身は己で守れ。そして、ここにいる以上は『蜉蝣』や『星屑』と戦ってもらうぞ」

「昴! こんな得体の知れない奴ら、他のスパイだったら」

「昴、話は終わりだ。トカキ、二人を部屋へ案内せよ」

 部屋の隅にいた灰色の服を着た青年が返事の代わりに頭を垂れた。

マモル、新しき武器は手に入ったか」

「昴っ!」

「まだ言うか。資料庫、五の棚、二段目、右より十一番目」

 同じ昴でも何かが違うらしく、長髪古風の方が尊大な態度だった。きりっと睨むともう一人の昴は大股に部屋をでていってしまった。

「こちらへ、ナオキ殿、カエキ殿」

「ありがとうございます、トカキさん」

「さんはいりません。トカキとお呼びください。分からないことがありましたら、どうぞ私にお聞きください」

 トカキと名乗った青年はこの『宵』で医務を担当しているという。一見優しそうだが、昴から監視を言いつかっているらしくそばを離れはしなかったし、ナオキらと他の人との接触を避けるようにしていた。

 入口近くの小さな部屋に案内された。そして必要以外に外へ出ないようにと釘を刺された。

「食事は配給の者がまわってきます。トイレは部屋の奥に、風呂は地下一階に。それと、この建物からむやみに出ないようにしてください」

「危険だからですか」

「あなた方が危険に陥るのは自業自得です。ですが『宵』の皆が危険な目にあうのは避けなければなりません。我々は数少ない帝都の民なのですから」

 それだけ言うとトカキは部屋をでていった。扉はあるが窓はない。監獄の中にいるような気分にさせられる。無機質の床には毛布が二枚だけぽつりと残されているだけで、他にはなにもなかった。

「で、どうするカエキ。身動きとれないぜ」

「とりあえず、あの昴さんは大丈夫そうよ。けれど凄いのね」

「何が」

「奥の部屋に行くまでに多くの人に会ったでしょ。同じ顔があちらこちらにいるのよ。ほんとに双子や三つ子ばかり。そしてその誰もがお互いを同じ名で呼んでいる」

 カエキが見たのは鏡合わせのような二人、ないし三人がそこらじゅうにいるものだった。男女、ほとんどが若い人や子どもたちだった。

ナオキ、生まれた双子が同じ名で呼ばれる。それは多分、二人のどちらもが大人になることが少ないからよ」

 カエキは苦さを噛み殺して言った。大人になるまでにどちらか、もしくは両方が死んでしまう。だから同じ名をつけておくのだろう。親たちが、子は最初から一人しかいなかったのだと思うために。

「なんだってそんなネガティブなんだ。争いっつったって、たいしたことないかも……」

「馬鹿言わないで! 夫婦が産めよ増やせよで子どもを産んでいるのよここは。途中で育児室を見たわ。夥しい子どもの数。しかも双子や三つ子。下手したら鼠算式に人が増えていって、数年でここなんか一杯なはずなのよ。食料だって足りなくなる。それなのにそれが起きていないのはどうしてだと思う、ナオキ

 カエキの言いたいことはナオキにもよく分かっていた。増えていくはずの人口が減っていく。生まれた数より死にゆく数が多いということだ。

「ごめん、俺が軽率だった」

「私も言いすぎた」

「お前さ、妹なんだから」

「分かってる、ナオキ兄さん」

「……ったく」

 何となく気まずくなって、どちらも毛布を手に床へ丸まった。今寝ておかなければいけない気がした。

 一日目が過ぎていく。


  *〜*〜*


「ったく、昴はいっつもああなんだ」

 昴に言われたとおり資料庫へ来た短髪の昴は棚を探す。

 ここは地下三階の資料庫。旧帝都図書館の資料を中心に、『宵』の記録部によって記された書物が納められている。『蜉蝣』『星屑』ほか勢力との歴史、人数、戦略、『宵』の心臓部だ。

「五の棚、二段目、右から十一番目……十一番なんてないじゃないか」

 昴が探しても番号は十で止まっている。

「昴がでたらめを言うことはない。どっかに、あるはずなん、だっと」

 手を突っ込んで書架を探る。以前昴に言われて探した時も、こんなふうに隠すように置いてあったことがあった。

「ビンゴ!」

 埃を被ったノートを引っ張り出だす。

「三代目記録部、ヒロウが記す……現れし旅人について。その者共遺跡にて現れ、翌日宵に姿を消す。所属は不明。珍しき火器をもち、よき戦力となる。名をサラスカスムと名乗るが、互いを奇妙な名で呼び合っていたという報告あり。サラスはまた同じような者が参ると言う。後にそのような者現れし時、迎え入れると部隊長会議で決定したことをここに記す。……はあ?」

 説明よろしく声にだして呼んだ昴は最後に素っ頓狂な声をあげた。

「昴の奴、この資料庫の妖怪か? ……何となく分かったぞ。あいつらはいい戦力になるんだな」

 すぐにいなくなっただの、得体の知れなかっただのはすっ飛ばし、昴は妙に浮足立った。

「ここんとこ、『蜉蝣』の奴らに押され気味だ。持ち直せるぞ」

 バタバタと騒がしい足音が迫ってきて勢いよく扉が開いた。

「昴、敵襲だ! 急げ、みんなが入口固めてるが持ちそうにない!」

 聞くなり脱兎の如く駆け出した。

「あたしが行くまで持たせろ! 昴には知らせたか」

「当たり前だ」

 連絡に来た奴を追い越して走る。嫌な予感。

「こんな時に限って……」


  *〜*〜*


 時は少し遡る。

「どうであった、トカキ

昴司スバルのツカサ、今のところ大人しくしております」

「そうか」

 長髪の方の昴はマモルに新しい武器を並べさせていた。

「これは何ぞ。いかに使う」

 変わった形の銀色のものを手に尋ねる。細長いが、妙に軽い。

「ほう、お目が高い。これは銃です」

「銃? 子どもらも使えるか」

「もちろんです。ここが引き金。弾は十発」

 昴は長い服の裾をからげてふっと、遠くにあった壺に照準を合わせた。そして銃口をそのまま入口の方へと滑らせた。

「出て参れ」

 マモルも自分が持ってきた武器を構える。

「まいったな、何でも御見通しか」

 観念したように入口から両手をあげた姿を表わした。白い影。

「撃たないでくださいよ、『宵』のスバル嬢ちゃん」

「そなたか。久しいな、サンジャク

 昴にサンジャクと呼ばれた男は黒一色の『宵』の中で奇妙に浮いている。銀色の髪にベージュの外套、長い白マフラーを年中巻いていた。サンジャクは『宵』の所属ではなく、マモルと同じような渡り鳥と呼ばれる者達で、情報を売買する情報屋を仕事としていた。

「私の仕事中だ。ウソ

「そりゃ、すんませんね。武器屋のマモル坊ちゃん」

「お前、馬鹿にしてるだろ」

 マモルのような渡り鳥からサンジャクは『ウソ』と呼ばれていた。その情報量と正確さから尊敬と畏怖をもってサンジャクと呼ばれているだけで、ウソの方が本名とも言われている。だが、鷽の名自体が嘘だとも囁かれ正体は知れない。

「妙な奴を遺跡で拾ったという情報が入りましてね。ちょっとばかし様子を見に来たって訳ですよ。で、どうです? その二人」

 銃を下ろした昴が苦笑する。

「二人だということもお見通しというか。さすがはサンジャク

「お褒めいただき光栄に存じます、昴司スバルのツカサ。それがこのサンジャクの仕事なので」

 わざとらしく礼をするサンジャクマモルは腹立たしげに舌打ちをする。

「用がないなら、とっとと帰れ情報屋」

「おや、いいんですか。せっかくいい情報があるって言うんですよ」

 その言葉に昴が反応した。

「『蜉蝣』か『星屑』か。それとも『湖の灰』か」

「『蜉蝣』」

 サンジャクがニヤリと商売顔になった。

「いくらだします?」

「今日はタマキがみえるという。悪いがそなたの好きな値では買えまい」

 サンジャクはそれを聞いて苦虫を百匹噛んだような顔になった。昴が明日来るといったタマキは服や食料品を売りに来る女行商人。サンジャクはこのタマキがとてつもなく苦手だった。

「来る日を間違えたか。昴嬢ちゃんには敵わないね、いつもの半額でいいさ」

「それで」

「今日、『蜉蝣』が動く」

「確かか」

「勿論」

 バタバタと騒がしい足音が近づいてきた。血相を変えて飛び込んできたのは高台狙撃手だった。

「奇襲だ、昴! 『蜉蝣』の奴ら、よりによって今日来やがった!」

「すぐ参る。もたせられるか?」

「無理でもやるってもんさ。先行くぞ」

 とんぼ返りに戻っていった狙撃手の背中を見ながら立ち上がった昴は、そのまま後ろにあった剣を手にとった。細身の刀身は長く、鞘の彫刻が美しい。柄の飾り紐が昴の動きに合わせて揺れる。

マモル、手を貸してはくれまいか」

「御意」

「おい、俺はどうする」

 サンジャクが思いもよらぬ事態に腰を浮かす。

「残念だったな、そなたは遅かった」

「おい、それはどういう……」

 尋ねようとすると、昴がそのまますれ違った。

「次はもっと早う、来ることだ」

 昴の声色にサンジャクは動けなかった。怒りと悲しみをないまぜにした声。そのあとを追うことは出来なかった。

「よろしいのですか。」

「あの程度で堪えるえるようでは情報屋ではやっていけぬ。あやつの器を見る、良き機会。昴に、無理をさせるでないぞ」

「心得ております」

 いざ向かわん。荒野の戦場、月夜の元に。


  *〜*〜*


「何? 何の音」

 サイレンとも鐘の音ともとれないけたたましい音で、カエキは目を覚ました。

「起きていたか。すまぬがその手を貸してもらうぞ。その寝入っている兄を起こすのだな」

 長刀を手にした長髪の昴が戸口に立っていた。彼女の後ろを慌ただしげに人が走り去っている。

ナオキ兄さん。兄さん、起きて」

 揺すり起こして壁にかけておいた、弓を取る。

「一体何事だってそんな物騒な」

「ごちゃごちゃ言うな。いくぞ、兄貴」

 銃はぽーんと宙を飛んで慌ててナオキはそれをキャッチした。

「起きたかの、客人。では行くぞ」

 昴について部屋を出る。先ほどとは打って変わり人々が武器を手に、入口の方へ向かって走っていた。

「何が起きたのですか」

 簡潔にカエキが尋ねる。

「『蜉蝣』攻撃して来た。応戦してもらいたくての。弓は使えるか」

「下手ですが」

「引いてみよ。向こうの壺が的でよいな」

 昴の指した先、廊下の三十メートルほど向こうの水瓶だった。言われるままに弓を引き絞り照準を合わせる。呼吸を整えて、右手を放した。

「当たった……」

 命中とはいかないが真ん中より少し上に当たり、上部をいとも簡単に割り飛ばした。

「それでよい。十の子らよりは役に立とうぞ」

 昴の隣にいたマモルという人物は、カエキに気づくと軽く会釈をした。整った目鼻立ちに、鋭い黒曜石の瞳が前髪に隠れて光っている。視線に気づいた昴が面白そうに笑った。

「良き顔であろう? 武器商人のマモルという者での、頼りになる者よ。惚れても嫁に取ってはくれぬぞ?」

 おもいっきりからかわれたカエキではなく、何故かマモルが顔を赤くした。昴はそんな彼をまるで母親のように眺めている。

「まあそんなに赤うなるな。面白き奴よ」

 今から戦闘となるのに、既に戦っているというのに、昴はとても冷静で陽気ですらあった。

「気分が悪くなったら早めに申せ」

 それが何を意味するのかすぐに分かった。入口が近くなるにつれて、つんと鼻をつくニオイが流れてきた。段々それが濃くなる。カエキが先にそれの正体に気づいた。

「血のにおい……」

「ここは戦場ぞ。怪我もすれば死に逝く者もある。慣れぬか?」

 慣れているはずがない。血も、人の死も。

「慣れなど言っている場合ではないように見えますが。『宵』の軍司、スバル殿」

 入口に一列に並んで銃や弓を構え、その後ろに剣を抜いた者が控えている。『蜉蝣』が撃ってきているようで、時折近くの金属板に弾が当たって火花を散らす。

「見えない。敵が」

 そうっと外を覗くが人の姿も光る銃身も、向けられるはずの殺気でさえ感じられない。

「いつものことよ。夜方に敵の姿など見えたことなどない。『蜉蝣』に向かって撃っても当たったかどうかなど、日が明けて死体を数えるまで分からぬ」

 昴の声はただ事実を伝え、感情は削がれていた。

「あれは、お墓ですか」

 月明かりに照らされて浮かび上がるのは、小高い丘の上に立つ何千何万という墓標だった。

「墓……そのような名の物であるかの。敵も味方もありはしない。死者の丘ぞ」

 昴がもの憂げにその丘を見つめる。先に来ていた短髪の昴が駆け寄ってくる。

「昴っ! このままじゃ持たない!」

「まだ日は明けぬか」

「あと半時ほどある」

 空は白んできていたが、まだ日の出は遠そうだった。ほの明るくなってきているのに、敵の姿は見えない。

「夜が明ければ戦闘終了。ですか」

「誰が決めたかは知らぬが、昔からの決まりごとのようでの」

 昴は剣をかかげた。接近戦向けのそれでは、どこにいるか分からない敵とは戦えないのではないかと思ったが、もしかしたらゲームのように光線でも出すための道具でしかないのかもしれない。

「皆伏せろ! 昴のは……」

 昴が言い終わる前に、かかげられた剣が光を纏った。朝焼けの空に向かって掲げられている剣の光が敵の上空へと舞い上がった。

「照明弾……」

 カエキがぽつりと呟く。舞い上がった光は花火の如く上空ではじけて、その下にいるものたちの姿を浮かび上がらせた。幾人いるだろうか、『宵』よりは少ないか、同じほどの影法師がのびた。

「構え、撃てっ」

 昴の合図で一斉に攻撃が加えられる。矢、弾丸、小刀、光線。様々な武器から発せられた殺意が影法師の主へと吸い込まれていく。

ナオキカエキ。そなたらも撃て」

「しかし、人を殺すのは……」

「ここにいる限り、敵と戦ってもらうと言うたが。さもなくばそなたらが『蜉蝣』のスパイとここで叫んでもよいのだぞ? そうすれば片が付く」

 昴の静かなる脅迫。己が生くるために敵を殺すか、敵を殺さぬために己が死ぬるか。

「おい、カエキ……」

 矢をつがえない弓を引き絞り、狙いを定めているカエキナオキが問いかける。

「人殺しだぞ! 相手は敵といえども人間だ! 親兄弟も、恋人もいる……俺らと変わらない人間だ」

 感情的なナオキに対して、カエキは冷静に見えた。いつもならナオキは容赦なく剣をふるい、敵も刺客もとどめをさすというのに。

 その心の内で燃え上がる苦悩を押し殺しているようにも、自身に言い聞かせているように言った。

「自分が生きるために、誰かをいる。それが正しいのかなんて分かんないよ。けど、これがこの世界のことわりなら、私はそれに従う」

「さてどうする? 兄は従わぬか」

 どんなに言われても人を殺すことなど、出来ることなら避けたかった。それでも、今までは命の危機を感じるたび、誰かを手にかけてきた。千歳さん……時の番人は初めに初留学の前に言った。

『この先、何が起こるか分からない。多くの人に会い、多くの体験をするが、辛いこともある。その手を血に濡らすことになるかもしれないし、命を落とすこともあるかもしれない。それでも本当に行くのね?』

 それでも行くと決めた。その時に覚悟はしていたはずだ。何度も危ない目にあったし、他人に剣や銃を向けたこともあった。

「ならば、仕方あるまい」

 昴の心底落胆した声が、カエキの揺らぐ目が、ナオキを貫く。息を吸って、その澄んだ声で『宵』に、戦闘員に告げる。

「皆、よく聴け! この者が『蜉蝣』の密偵ぞ、捕らえよ!」

 昴がその手の剣を真っすぐに向けた。

ナオキ兄さんっ!」

 引いていた矢無し弓を緩めた。ナオキは向かってくる戦闘員を反射で避ける。だが、訓練を積んだ大人数十人を相手に、逃げ切れるはずもない。

カエキ! そこにいろ」

 あっという間に捕らえられ戦闘員の中に引き出されたナオキは、自分に向けられる憎悪にすくみあがった。

「こいつが『蜉蝣』に情報を漏らしてたんだ!」

「恐ろしい奴だよ、こいつらがあたしらの家族を殺した『蜉蝣』の奴だったなんて」

「昴、お前が殺れ。お前の好きだった末の昴を殺したのは、『蜉蝣』だったろ」

 短髪の昴が今までにない凍りきった瞳でナオキを見た。長髪の昴がその抜き身の剣をカエキに向ける。

「さて、どうする? 密偵の妹御よ」

ナオキ兄さんは『蜉蝣』のスパイなんかじゃない。一体どういうつもりですか!」

 カエキは動揺を隠せずに昴に向き直る。

「いや、こやつは密偵。そなたは人質に取られておっただけなのであろう? そもそも、そなたらは兄妹ではない」

「一体なにを言うんです。ナオキ兄さんは私の兄ですっ」

 ナオキに向けられる憎悪と殺意、カエキに向けられる同情と哀れみ。このままだと、ナオキが、スグルが殺される。

「哀れな女よ。さあ、」

 昴はその端正な顔に笑みすら浮かべていた。試している。『蜉蝣』を殺したくないといったナオキを、妹だと偽ったカエキを。

「こやつを撃て」

 ナオキが持っていた銃を渡された。

「いや、そなたはこやつが兄だというのだったな。なら兄を助けたいのだろう?」

「勿論です、昴さん」

「己の命と引き換えでも、か」

 昴が尋ねる。ナオキはその二人のやり取りを黙って聞いている。

「それでも構いません」

「馬鹿言うな! カエキ、お前」

 ナオキは二人に詰め寄ってカエキを止めようとしたが、周りの戦闘員に掴まれて押さえられる。

「相分かった。皆、そやつを放せ」

 戦闘員達がその輪から離れ、輪の中にナオキカエキ、昴が入る形になる。

「何やってる! ほら、どいたどいた」

 ぴりぴりした空気を割って、ウソがやってくる。走ってきたらしく、額に汗がにじんでいた。

「昴、何やってるんだ」

「ちょうどよかったな、ウソ。そなたもそこで見ておれ」

 後ろに控えていた武器商人のマモルが昴の横に歩み出る。

マモル、そやつを撃て」

「御意」

 マモルは手にしていた武器を真っすぐにナオキに向けた。ぶれがなく、そのまま引き金を引きさえすれば、弾は命中するだろう。

カエキ、兄を守るのだったな。そなたはマモルを撃て。撃てれば、兄を生かそう」

 このままだとナオキが撃たれる。だが、ナオキを守るためにカエキマモルを撃てば、葵はおそらくカエキよりも早く動いて、カエキを殺すだろう。

 カエキは留学の前に千歳さんが言ったことを思い出していた。留学生が守るべきもの。『片方が危機に陥っても、優先すべきは二人揃って生きて帰る』ということ。だが今二人が生き残る選択肢は有りそうもない。

「おい、いい加減にしろ。そんなことしてる場合か? なあ、昴もなんか言ってくれよ」

 短髪の昴は首を傾げただけで、止める気はないらしい。千歳さんに渡された銃が一層重く、血に飢えた狼のようにカエキには制御できそうもなく感じられた。

 照準を合わせ、引き金に手をかける。

カエキ

 ナオキの声で思わず銃を落としそうになった。

「撃たなくていい、俺は大丈夫だから。銃を降ろせ」

 ナオキの意志を持った言葉が、カエキを揺るがす。怒鳴るでもない、静かな口調がなおのこと槻を戸惑わせた。

「そんなことをしている間に、もう日の出ぞ」

 死者の丘の向こうから朝日が顔を出す。時たま聞こえていた銃声も聞こえなくなり、戦闘員も全線撤収してこの奇妙な三つ巴を見物している。そこへやたらと陽気な声が飛び込んできた。

「よーう、何やってんだ? お、撃ち合いかい?」

「げっ、タマキ

 大きな荷物を背負って、旅装束に身を包んだ女性が文字通り飛び込んできた。

「げっ、じゃないよ。一体何事さね、サンジャクどのよ」

 三角錐の網笠をとると、無造作に切り揃えられた赤毛が朝日に映えた。くっきりとした目鼻立ちが彼女の気の強さそのもののようだった。

「早かったの、環」

「よ、昴司スバルのツカサ。で、一体何事」

「ちょっとした余興よ。彼女がカエキ、そっちはナオキというての、槻がマモルを撃てば無事、ナオキは無実ということじゃ」

 環はよっこらせと荷物を置くと、そのまま昴に歩み寄った。

「なーにが余興だか、マモルの銃に弾入ってないじゃない。すべては昴の掌の上ってことかい」

 そのまま環は懐から抜きざまに、短銃でマモルを撃った。パンッと渇いた音がして、刹那の内に葵が膝をついた。彼もその手の銃を環に向けて引き金を引いたが、音もなにもしなかった。

「あーあ、当たっちゃったのね。変に反撃姿勢をとるから、わざとずらしたのに意味ないじゃないの」

 環が銃を懐にしまいなおし、葵に駆け寄ってその足を止血をする。呆気にとられているカエキナオキは昴を見つめた。

「環、余計なことをいうたな」

「どーも。でもこのままじゃ、お嬢ちゃんはマモルを確実に撃ってたね。それくらい彼が大切なんだろうさね。じゃ、商売させてもらうよ」

 荷物を背負いなおして手をひらひらっと振ると、そのまま戻っていってしまった。

「そういうことでの。少し休め」

 拍子抜けするくらいあっさりと戦闘員達も各々戻っていき、昴も剣を鞘に納めた。

「よき相棒を持ったの、ナオキ。そなたには勿体ないほど、よい妹御……だが、やはり兄妹ではないのであろう? といって夫婦というわけでもなさそうか。昼過ぎに死者の丘へ参る。その時までゆっくり休め」

 二人の昴はまもるに手を貸して、歩き去ってしまう。

「なあ、どういうことだ」

「でも、よかっ、た……」

 ざかりと崩れ落ちたカエキを寸でのところで抱き抱える。張り詰めていた緊張がとけたのか、気絶するように眠り込んでいる。そのにぎりしめている手から銃を外す。

「お前が撃たなくてよかった。ごめんな、ユヅキ」

 カエキを抱えて部屋に戻ると、トカキが入口でまっていた。

「食事を用意してあります。昴司の時刻には入口に集合してください」

 それだけ言うと、トカキはどこかへ行ってしまった。部屋の毛布の上にカエキを横たえると、用意された食事に手をつける。学校給食のようなトレーに、二人分のパンと野菜や肉のかけらが浮いたスープの椀が載っている。指を浸けて舐めてみるが、辛うじて塩味がする程度で、毒や薬の類は入っていないらしい。レディ・カウ゛ァーディルの一件以来、出される食事には警戒するようになった。自分のスープを槻の椀へ半分程入れて、少しばかり増やしてやる。

「朝ご飯、お前のことだからさ、朝寝坊して、俺の寮で食べようとか考えてたんだろ?」

 疲れたように寝息をたてる槻の頬にかかる髪を掃う。時に考える。自分のせいで巻き込んだこの摩訶不思議な留学なんかに参加しない方が、ユヅキにとってよかったのではないかと。それでもユヅキは、行く先々で出会う人、物、習慣、文化……そのどれにも目を輝かせ、ついてきた。そんな彼女を見ていると自分の悩みなど些末なことに過ぎないように思えてしまう。

「ん……ナオキ兄さん」

「ゴメン、起こしちゃったか。食べるだろ?」

 目の前の食事に目を輝かせて飛びついた。やはり朝食を食べてなかったのだろう、あっという間にトレーの上が空になった。

「寝とけってさ。正午に丘に行くまで」

「そう。あ、怪我してない?」

「大丈夫。お前こそ無理させたな」

 カエキはキョトンとしてナオキを覗き込んだ。

「なに、なんかあったの。熱あるんじゃない?」

「ちょっと人が心配してやったのに、何だよそれは。じゃ、俺寝るから」

 薄っぺらい毛布に包まって、柏餅状態で寝転んだ。

「じゃ、私も寝ようっと」

 毛布を巻き付けて寝転び、ナオキに背を向ける。目を閉じても、虫の音すら聞こえない。すぐそばにいるナオキの呼吸でさえも、止まってしまったかのようで不安だった。


  *〜*〜*


「もう起きておったか。行こうかの」

 熟睡できず起きていると、昴が迎えにきていた。

「ったく、昴の奴が面倒な芝居して迷惑かけたな」

 もう一人の昴がそっぽを向きながら謝った。その後ろにはトカキが控えている。

「昴さん。本当にいいんですか」

「参るぞ、死者の丘へ」

 昴はカエキの質問には答えず、先に行ってしまった。

「行こう。今日が最後から」

「ああ。弓、忘れるなよ」

 外に出るとき武器は携帯しておくように昴に言われていた。日の出ている間は攻撃をして来ないという決まりだが、近年その不文律が崩れて来ているのだという。

「やあ、昨日はすまなかったね、お客人」

「気にするほどじゃあないよ。あれは新入りがくるたびにやってることさ」

 通路を歩けば『宵』の人達がそんな風に声をかけてくる。適性試験か何かのようなものだったらしく、俺の時はもっとえげつなかったと嘆く人もいた。

「遅いってば。もっと早く歩きなよ」

 入口につくと昴がそんなふうにため息をついた。

「それでは行こうか。足元に気をつけての」

 外に出ると日が昇り、来た時には見えなかった景色が広がっていた。崩れた高層建築が折り重なり、原形を留めたビルや建物が乱立している。森も林も、緑の色が見えない。どこまでも灰色と茶色の世界だった。

「わぁっ!」

 足をかけた瓦礫が崩れ、足場が消える。ナオキに支えられて、何とか進むということが何度もあった。それに比べ、二人の昴はまるで跳ねるように瓦礫と瓦礫の間を進み、少しも体制を崩さない。

「着いた。ここが死者の丘だ」

 朽ちた棒がいくつも立ち並ぶ。銃であったり、木ぎれであったり何かのはへんだったりするそれは、丘を埋め尽くしてまるでハリネズミのようだった。

ナオキ兄さん、これ」

 足元に気づいたカエキがその一つを拾いあげる。明らかに土ではない。

「電子部品、か? それにこっちは携帯電話」

 足元を埋め尽くすのは壊れた電子機器。見知った端末機もあれば、知らないもの、もう部品だけになったものもある。

「どういうことですか」

「滅びた文明期の遺産だ。あたしらの何千期も前のものらしい。そうだよな、昴」

「余程栄えた時代のようでの。このような丘があちこちに点在する。もう何であったのか分からぬものばかりだが、時折役に立つものもある。それ、これなんぞもな」

 突き出していた瓦礫を引っ張り出し、軽く振った。

「剣?」

「そうじゃの。だが、それだけではない。おそらくは」

 鞘のない剣をひゅいっと掲げると、その剣身がほのかに光った。それを無造作に天へ向けると、その上だけ雲が晴れる。なんだこれは。

「晴天剣。文明期の末に発明されたらしいけど、あんまり役にはたたなかったみたいだな」

 これが役に立ってたらこの空があるわけないからと、昴は剣を放り投げた。さっきの青空はすぐ厚い雲に隠されてしまっている。音をたてて丘を転げていった剣が何かにぶつかる音がした。

「何者だ!」

 昴が身構える。直が槻を庇うように前に出たが、槻はそれを制して弓を引いた。

「後ろに注意を向けろ。カエキ、背中合わせになりな」

 昴の指示通りナオキと背中合わせになる。丘の頂上にいるにもかかわらず、人影が見えない。

昴司スバルのツカサ

 昴が剣を掲げ、照明弾を打ち上げる。それでも分からない。普通の荒野なら分かる銃身の輝きも、電子部品の山の上では紛れて分からない。

「昴さんっ!」

 小さな破裂音とともに、一線の光が二人の昴を貫いた。しばらく残る残像が、遥か彼方から狙撃されたことを物語っていた。トカキが駆け寄って、二人を抱き起こす。

「昴さん、今すぐ帰って手当を」

 昴司は脇腹を、昴は足を撃たれたらしく、血が流れ出していた。これが、争い。

「っ、伏せてろ、撃たれるぞ」

 昴が駆け寄ったナオキカエキを伏せさせる。だが、第二弾はやって来なかった。明らかに昴だけを狙っていた。

「嘘でしょう?」

 カエキは立ち上がって目に残る残像を手掛かりに、弓を引き矢を放つ。当たったようには思えなかった。

カエキ、もうよい」

「ですが、昴さん」

 何度も弓を引くカエキを昴が止める。

「もういい」

「昴さん、すぐ帰りましょう。大丈夫ですから。トカキさん」

 奎が昴司を抱えて、先に丘をおりる。昴はナオキの助けを借りた。昴司の側に歩み寄る。

カエキ

「なんですか、昴さん」

「もう、帰るのだろう? 我らの知らぬ世界へ」

 昴司はそう囁いて微笑んだ。何故彼女が知っているのだろう。今日帰らなければならないことを。

「少しばかり、先視さきみの力がある。さっき視えたのだよ。そなたらがいづこかへ行ってしまうのを」

「そんなことありません。私たちがそばにいますから」

 嘘まで見抜かれているようだった。

「おそらく、我らのに入るときに、そなたはゲートをくぐる。姫君に、よろしく、と……」

「昴さん? 昴さん! トカキさん、急いでくださいっ」

 力無く腕をおろし気を失った昴司を背負い直し、奎は先に行くと足を早めた。

ナオキ兄さん」

「ん?」

「最後だって、昴さんが」

 ナオキは訳が分からないというように首を傾げた。昴は先に行くよ、とひょこひょこと先に跳ねていった。気を使ってくれたのだろう。

「今日帰るって、彼女は知ってた。あそこで、ゲートをくぐるって」

「あそこって、あの基地のか?」

「そうみたい。先視で見たって」

「サキミ?」

 自分もそれが何なのか分からなかった。おそらく予言みたいな物なんだと思う、と彼に言った。

「今帰る訳には行かない。そうだろ?」

「けれどこれは規則よ。私たちがあそこを通らなかったとしても、すぐにどこか別のゲートを通ってしまう」

 すでに昴司と奎はそのゲートをくぐって、中に入っていた。昴が基地の手前で振り返って、二人を呼んだ。

「おーい、早くー」

「昴さん! 先に行ってください!」

 彼女はなんの迷いもなく基地の中へ入っていった。二、三メートル離れたところで、『宵』の基地を見上げる。もう、中へは戻れない。

「これほど帰りたくないのは、初めてなんじゃないか」

「今までは早く帰りたくて仕方なかった。平和でどんなに魅力的な世界でも。なのに何で」

 一歩近づく。

「行くよ。ユヅキ」

 呼ばれた名前が自分だと気づくのに、ほんの少し時間が必要だった。時間が、来たということだった。

「分かってる。私はユヅキ、長谷夕槻、忘れてない」

「それでいい」

 腕を差し出したナオキ……スグルに頷く。

「もしかするってことがあるかも」

「ああ、もしかするってことが、あるかもしれないな」

 入口にたって、せーので足を踏み出した。


  *〜*〜*


「もしかしなかった」

 踏み出した先が基地ではないことは、一目で分かった。満天の星空、流れる星、ひたすら続く一本道。

「星落の海、だね」

「置いてくればよかった。この弓とその銃があれば、『宵』の皆は勝てたかもしれない」

 背負ったままの弓を手に持った。これが誰かを傷つけ、その命の火を消したかもしれない。一歩、一歩その道を進むたび、それがどんどん重くなっていく気がした。

「あの世界にないものは置いていけない」

「分かってる。スグルは本当に真面目なんだから」

 見慣れた赤い屋根も、その木の扉も。

「お帰りなさい、ユヅキちゃん、スグル君」

「ただいま帰りました、千歳さん」

 迎えてくれる時守の姫君……千歳さんはいつものとおり、笑って二人を迎え入れた。シャワーを浴びて用意してあった元の服を着る。席についてテーブルの上におかれた温かいミルクに口をつけた。

「千歳さん、昴さんは」

「生きているわよ。安心しなさい」

 千歳さんが言うのなら間違いはない。時を管理する真の番人なのだ。人の死も生も、知ろうと思えば造作もない。

「無事で何よりだわ。いろいろあったのだろうけど、私は聞かないほうがいいでしょ」

「すみません」

「謝らなくていいのよ、ユヅキちゃん。今までの留学生にも聞かなかったのだから」

 それからしばらく沈黙が続いた。それが重く、辛い。

「もう、帰ります。お母さんが待ってるから」

「大切な休日、ゆっくり過ごしたいですから」

 二人がそういいだすまで、待ってくれていた。いつものように扉を開けてくれる。

「二人とも元気でね」

 千歳さんに見送られながら扉をくぐった。


  *〜*〜*


 『黄昏世界』とも星落の海とも違う空気。雲の浮かぶ、青く澄んだ空。

「じゃあ、月曜に学校で」

「え? ああ。ってここから家までの道、分かるか?」

「大丈夫。行きに覚えたから」

 お互いどちらからともなく歩き出す。帰る方は一緒なので結局同じ道を歩く。

 この世界の舗装された道ですら、ひどく不自然で、頼りなかった。
















一応、シリーズで考えていた作品の中の一話なので説明不足すぎるのですが

なんとなくの雰囲気で読んでいただけるといいと思います。

この黄昏世界についてはこれで完結です。

もし、続くとすれば、また別の世界の話になります。

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