宇宙探偵ってやつは……
おしまいです。
ウサ美さんの件から一週間経つが、新たに依頼人は一向に来ない。夏休みだというのに仕事が少ないのはどうかと思う。宇宙でも夏休みなのかは知らないが。
そんな暇なとき、父はというと。……家にいない。
確かにいつも家にいないで忙しいように見えるけど、依頼もないのに忙しいというのはおかしい。絶対に仕事ではない。パフェだろうか。それとも――
そんなことを考えていると家のチャイムが鳴った。依頼人だろうか。
玄関を開けるとそこには……犬がいた。もうウサ美さんの星で慣れたから前より衝撃的ではない。
「我輩の名はブルゥゥウウウウウウ――ゴホッゴホッ……我輩の名はブルーム・ドグマ!」
犬種はブルドッグだろうか。皮がだるんだるんで小さく……ファットマンだ。
「訳あって、こちらの宇宙探偵事務所に来た次第である」
どうやってこの場所をしるのだろうか。ウサ美さんのときも気になったけど、そこまで有名になるほどすごいことをやってそうにないと思うけど。
何かそういう紹介所でもあるのだろうか。
「お主よ、聞いておるか?」
どうやら考え込んでしまったようで、ブルゥゥウウウウウウ――ゴホッゴホッさん……ブルームさんがちゃんと聞いていたのかと確認してきた。
もちろんしっかり聞いていましたとも。まぁ立ち話もなんですから中へ入ってゆっくりと。
ブルームさんは僕に促されるまま中へ上がり込んだ。
それで、訳とは一体何でしょう。と、その前に、どうやってここを知ったのかが知りたい。
「ここを知ったのはつい最近のことだ。私の星のバーで、ある男が話をしていたのだ。地球という星で大層腕のいい探偵がいるとな。その男はバーだというのにパフェを頼んでいたので印象が強い。というより、あのバーにパフェがあるなどそのとき初めて知ったのだ」
……父だな。てっきり遊びほうけているものかとおもっていたけど(パフェは食べているようだけど)ちゃんとやることはやっていたらしい。
ちょうどいい、父がいない間に依頼の話を進めれば邪魔されずにことを運ぶことができるぞ。パパッと依頼を訊いてパパッと解決!
母もちょうど買い物に出かけているから連絡される心配もない。完璧だ。
それで、訳というのは一体なんでしょう。
「待て、待つのだ。お主が探偵だというのであるか? 助手か何かの間違いではなかろうか」
確かに僕は若い。だけどそれが一体なんだって言うんですか!? 若いから仕事ができないとでも言うおつもりですか!? そんなんじゃ、若さゆえの過ちだって起こせないじゃないか!!
……まぁ、助手という扱いでいいです。
父(このときはさすがに先生とか言っといたほうがいいのだろうか)は別件で出ている旨を伝え、先に助手である僕が話しを聞くことにする。
「実は探偵には、逃げてしまった我輩のペットを探してもらいたいのである」
犬がペットを、犬がペットを、犬がペットを……犬がペットだろ。いや、犬じゃなくて宇宙人だったっけ。
その後もブルームさんはペットの情報を細かく教えてくれた。
ペットの名はアリスト。星喰いアリの兵隊アリ。体長二〇センチ、体重二キロ。武器は槍と弓。槍の大きさはアリストの二倍。弓はクロスボウで、槍の邪魔にならないよう、足に取り付けるタイプ。戦術はクロスボウで牽制してから一気に近づき、槍での連続突きを得意とする。
このアリはどこへ戦争しに行くのかな。というより、なぜアリが武器を持って戦えるのかが不思議でならない。星喰いアリというのも気になる。
「それはだな、我輩が軍人であるからして、ペットにも必要最低限の素養を身につけさせたのだ。星喰いアリというのは、一万の群れで星を喰い尽すほどの凶暴性を持っているが由縁だ」
なんだかまた危険な香りがするんだけど。正直断りたい。
こんな危険な依頼がなぜうちのような探偵事務所に回ってくるのかがわからない。警察とかそういうところに任せるべきじゃないのか。
「警察にはすでに捜索願を出したのである。しかしまる一日かけても捕まえることができなかったのである。そこで――」
「私の知恵が必要となったのですね」
突如、決め顔で現れる父。
帰ってきてしまったか。このタイミングで現れるということは、もしかして、最初から話を聞いていたな。
「まさか、お主はあの時の……」
「私のパフェ術の前ではアリスト君など赤子に等しい」
パフェ術ってなんだよ。初めて聞いたよ。どこでそんな武術が習えるんだよ。そもそも、パフェを使ってどうやって戦うんだよ。ったく、適当なことばかり言って。
しかし、なぜかブルームさんは、その手があったかというような顔をしている。
「さて、これより、作戦会議を始める! ……。」
言い切ったのはいいけど、恥ずかしがるなよ。赤面するなよ。
前回、僕が作戦会議をすると言った手前、突っ込むことができない。実は僕もあの時は少し恥ずかしかった。
さっきまでのブルームさんの話は、アリストの見た目や武器についてばかりだった。今度は弱点などを聞いて対策を練らないと。
「アリストの弱点であるか。……アリストは我輩のことが苦手かもしれぬ。訓練が厳し過ぎたせいか、最近では顔を見るだけで逃げてしまうのだ」
なんだかブルームさんは悲しそうな顔になってしまった。相当可愛がっていたのだろう。苦手なものが自分というのは残酷だ。
「それでは、私たちがブルームさんに変身し、追い込むというのはどうでしょう?」
父がブルームさんに変身する。
「おぉ、お主らは鏡の者であったか。しかし、私はあまり動きが速いとは言えないのである。追い込むことなどできるとは思えん」
確かに素早そうには見えない。変身した父も動きにくそうにしている。
追い込むのが無理なら誘い込むのはどうだろうか。動きが遅くてもある場所に誘い込んでしまえば関係ない。
「アリストの好物は甘いもの全般である。それを使えば可能かもしれん」
甘いものということは…………。父のほうを見ると、変身を解き、パフェを両手に装備して、自分なりの格好いいポーズ(どんなポーズかは説明しにくいので、滑稽なポーズと言っておく)を決めていた。どこからパフェなんて出したんだ。
「この私の出番ですな」
「しかし、それだけでは不安である」
パフェに釣られるなんて父くらいな気もする。
「いや、パフェになら釣られるとは思うのであるが、我輩が近づいたら逃げてしまうのではなかろうか」
それだったら最初はパフェで誘い出し、そのあと僕たちでうまくブルームさんのところまで誘導すればいんじゃないかな。ブルームさんは逃げ道のない場所で待ち受けていればいいだけだし。変身を解けば先回りできるだろうから、できそうな気もする。
「なるほど、そこで我輩とアリストの一騎打ちとなるのであるな」
そうなる。というかそうなってほしい。うまくいけば僕に被害は出ない。
「待て待て、それじゃあ俺のパフェ神拳はどこで出すんだ?」
パフェ術じゃなかったのかよ。パフェ神拳ってなんだよ。どこの伝承者だよ。
そんなもの、最初のパフェを使った誘い出しで出せばいいじゃん。
最初から出しちゃっていいのと聞いてくるが、そんなのは知らない。勝手にやればいいと思う。こっちに被害が出ない分にはね。
さて、手順は説明した通り、まずはパフェでアリストを誘い出し、僕と父でブルームさんに変身し逃げるアリストを追い込む。そしてブルームさんの待ち受ける場所まで追い込み、ブルームさんとアリストの一騎打ち。
決行日はいつがいいだろうか。まだ場所の把握ができていないから、時間がほしいけど。
「今すぐにでも決行するのである。誘い出すポイントと我輩が待ち受けるポイントはすでにこの地図に記したのである」
腕時計のようなものが僕と父に渡された。
父がバカみたいにはしゃいでいる間にブルームさんが使い方を説明してくれた。
基本は時計(地球とは違う表示の仕方なのか理解できない)。その下にボタンが三つ。左のボタンが通信。真ん中のボタンが立体地図。そして右のボタンが――自爆スイッチ。
なぜ自爆スイッチがあるのか。どうして自爆スイッチがあるのか。自爆スイッチがある理由とは何なのか。
訊くのが怖いので、僕は自爆スイッチだけ接着剤で固定しておくことにした。
UFOと聞くと、僕はアダムスキー型を思い浮かべる。ウサ美さんのときもウサ耳の付いたアダムスキー型だった。ブルームさんが乗ってきたのはというと、戦艦。まんま砲塔が付いている。バトルシップです。粒子砲とか撃っちゃいそう。ちょっと興奮してきた。ロマンを感じる。
――落ち着け、僕。
そんな感じで船内では少し情緒不安定になってしまったが、やることがあった。しっかりと作戦ポイントを頭に叩き込まないと(叩き込むほどそんなに量はないけど)。
ブルームさんの星に着くと、すぐさま作戦が始まった。ゆっくりする暇もない。
ブルームさんとは別れ、父と一緒に最初の作戦ポイントへ急ぐ。
今更になって気づくが、僕たちは変身していない。大丈夫なのだろうかと思っていたら、横目に人を見かける。
父に訊くのは何だかバカらしいので、この腕時計型万能アイテムでブルームさんに訊いてみよう。
船内でもテスト通信したが、通信状態は良好でブルームさんの声もよく聞こえる。
どうやら、この星では人間型の着ぐるみが人気らしく、人の格好をしていても問題ないらしい。それにしても着ぐるみの完成度高いな。
「空太、そろそろパフェの準備はいいか?」
いや、僕はパフェ術もパフェ神拳も知らないからやらないよ、絶対に。
そろそろ作戦ポイントだ。早くその両手に持ったパフェを生贄にして、アリストを召喚してくれ。
僕は近くの茂みに身を潜める。父は片方のパフェを地面に置き、その場で胡坐を掻いて待機した。
こんな作戦は聞いていない。一体どういうつもりだろう。
訊きに行くにしても身を潜めてしまった手前、出るに出られない。どうしたものか……。こんな時こそ通信機能か。
左のボタンを押して父と連絡を取ろうとするが、父は動く気配がない。これはブルームさんの説明を聞いていなかったな。
しかし突然、父に動きがあった。ポケットからスプーンを取り出しいつでも食べられる準備を始めた。
そしてちょうど僕の向かいの茂みから大きなアリが現れた。
あれがアリストか。とてもじゃないが僕では勝てそうにない、そんなオーラが出ている。元々戦う気はないけど。
アリストがじりじりと父に――いや、パフェに近づく。
父も緊張しているのか、空気が張り詰める。
一体何が始まろうというのだ。
射程範囲に入ったのか、アリストの動きが止まる。そして緊張が一気にピークを迎える。
両者、額に見えるはずもない汗を浮かべる(幻覚か何なのか、場の雰囲気が見せているのか)。
突如、アリストが置いてあるパフェへ向かって飛び込む。父も同時に手に持っているパフェへとスプーンをのばす。
まさか、こんなところでパフェ早食い対決を始めるというのか!
アリスト、凄まじい速さで食べている。父もその速さに引けを取らない。ものの五秒で全体の四分の三を食い尽くす。
しかし、徐々に父の速度が遅くなっていく。
アイスだ!
アイスが溶けてスプーンですくい難くなっているんだ!
父はスプーンを捨て、直接飲む方法に切り替える。
しかし、切り替えるのが少し遅かったようだ。アリストがパフェを完食してしまった。
父は、勝負に負けたのだ。
父はおもむろに立ち上がり、拳を振り上げた。その手には時計型万能アイテム(今更だけど正式名称が知りたい)が握られていた。
父は、燃え尽きたのだ。
そして父は、爆発したのだ。
……押しちゃったのか。
アリストが爆発に気を取られている間に、僕はブルームさんに変身し、ゆっくりと近づく。
まだバレてはいけない。近距離から脅かして、アリストを混乱させるんだ。
……今だ!
茂みから出て、アリストの前に飛び出す。
アリストは僕に気づいて一目散に逃げていく。二足歩行で。……少し、罪悪感があるな。この作戦、ブルームさんに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
と、とりあえず、しっかりとブルームさんのいる方向へと逃げてくれた。あとは軌道がずれたら修正していくだけだ。
僕は変身を解き先回りする。父は……置いていこう。
ブルームさんにもアリストが今そっちに向かっていることを伝えないと。
地図を確認しながら走り、連絡を入れる。
この速度なら一〇分くらいで……もうすぐでそっちに着くかもしれない。準備をして待っていてほしい。
よし、このまま順調に――おっと、アリストが左に曲がった。
左に先回りしてブルームさんに変身する。
アリストが僕に驚き軌道を戻す。
変身を解き、走り出す。
もうすぐでブルームさんが待機しているポイントに辿り着く。
目標ポイントではアリストとブルームさんが対峙していた。
四方八方壁に囲まれているこの場所が何なのか分からないけど、僕はブルームさんに変身して来た道を塞ぐ。
アリストは武器を構え、ブルームさんは素手でじりじりとアリストに近づく。
ブルームさんは素手で大丈夫なのだろうか。
……そういえば、ここって唯一の逃げ道だよね。
ブルームさんが、じりじりと、じりじりと――アリストは耐え切れなくなったのか、逃げ出した、僕のほうに。
アリストがジャンプし、足に取り付けていたクロスボウを構える。
僕はビビリながらも(ビビったから避けることができなかったのだけど)、両腕をクロスして防ごうとした。
ヒュンという発射音。キンッという金属同士がぶつかるような音。カチッという何かが押される音。
そして――爆発。
バカな、接着剤をものともしないだと!?
僕が最後に見たのは、爆発に怯むアリストと、アリストを取り押さえようとするブルームさんだった。
目が覚めると、そこは船内のベッドの上だった。
「お、目が覚めたか、空太」
爆発したはずの父が、ピンピンしていた。もちろん爆発アフロヘアーだ。
まさか僕も、と思い、頭を触ると……。
「いやぁ、まさか俺がパフェの早食いで負けるとは。あそこで勝っていればすぐに終わっていたんだがな」
あそこで勝っていようと何も終わらないとは思う。
そういえば、ブルームさんはどこだろう。無事にアリストは捕獲できたのだろうか。
突然部屋の扉が開かれ、傷だらけのブルームさんが入ってきた。
「目が覚めたのであるな。お主たちのおかげで無事、アリストが帰ってきたのである。本当に感謝するのである」
そう言い、ブルームさんは頭を下げた。
いやいや、僕はあまり役に立たなかったし、父に至ってはただパフェを食べていただけだ。しかも爆発までしちゃった。
見た目で言えば僕たちのほうが壮絶な結果だけど、僕たちから見れば、明らかにブルームさんのほうが頑張ったように見える。
依頼人なのに申し訳ない気もするが、無事達成できてよかった。いや、無事ではないか……この頭。
もう一度頭を触る。
この頭、明日には治っていてくれないかな。切に願う。
「もうすぐ、地球に着くのである」
地球に戻った僕たちは、ブルームさんと別れ、家に帰ったのであった。
後日、父から聞かされた話。
数年前、ブルームさんの星に星喰いアリの群れが現れた。星喰いアリは星を食べようとしたが、その星の原住民は強く、星喰いアリは全滅しかけた。最後の一匹となった兵隊アリは、最後まで戦い抜こうと頑張った。しかしブルームさんがその兵隊アリを倒した。だけど、殺しはしなかった。兵隊アリは生き延びたのだ。そして、今に至る。
「アリスト君を鍛えていたのは一匹でも生きていけるようにするためだったそうだ。だけどやりすぎたと反省していたよ」
爆発アフロヘアーがそう言った。
僕の頭は治ったけど、未だに父の頭は治らない。
「あなた、今回は大変だったみたいね。あなたたちが帰ってきた時はびっくりしたわ」
「あの程度、どうってことないさ。はっはっはー」
頭以外は全回復の父が言う。
そういうのは頭も治ってから言ってくれ。
頭は治ったが、身体は傷だらけの僕。
回復する優先順位がおかしい気がする。どっちがとは言えないけど。
「今回のことで空太もやっとあなたを認めてくれるわね」
「確かに。今回は俺も頑張ったからな」
どこが頑張ったのだろう。パフェを食べることは頑張っていたかもしれないけど、依頼は頑張っていない。
でも、前よりは役に……いや役に立っていないか。
「どうだ? 空太。俺の仕事はすごいだろ?」
すごいだろと言われても、確かにすごい。ライオンに殴られるわ、爆発するわ、普通じゃ考えられない。身体は傷だらけになるし、とてつもなく疲れるし、そのくせあまり達成感がない。正直、嫌になる。……だけど、誰かに感謝される仕事ではある。そこだけは評価する。けど、
「宇宙探偵はないな」
お読みいただきありがとうございます。