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蝉の声とカプチーノ~最も大きい買い物とは~

作者: 熱湯水割り

 暑い暑い夏の昼下がり、下の方で虫取りの子供が騒がしい2階の病室で私は仰向けに寝ていた。

 54の私が病室で寝る訳、それは肺ガンだった。それは、20代から毎日2ダースものタバコを貪っていたら当然なのだが。当時の医師曰く「余命は長くて半年」だそうだ。そして今日がその半年後、そう、予定では今日か明日に私はこの世から出て逝くのである。

 今日もいつものように妻が花をもって見舞いにきてくれている。最期の日だからなのか今日は私の大好きな椿の花だ。

 私は強い存在感があまり好きではない。だから私は香りがなく、静かに散る椿の花が好きなのだ。

 妻が花瓶の花を差し替えて、病室のカーテンをシャーッと開け放つ。瞬間、猛暑漂う強烈な日差しが差し込んだ。妻はその窓を眺めながら、憂鬱な顔を浮かべていた。無理もない。なにせ30年愛し続けた夫が今日か明日に逝くのだから。そこで、こういう時は何か声をかけた方が良さげだと考えたが、何を話せばいいかわからず、ついこちらも黙ってしまう。

 妻と視線があった。その時に表情を見られたのか、慌てて窓に顔を向けて


「相変わらず、蝉達は病院でもお構いなしに騒ぎたてるねえ。」


と他愛もない世間話をひろげる。それに対し私は


「ああ。」


としか答えられなかった。

 しばらくして妻が林檎りんごを剥いてくるといい、給湯室へと歩いていった。どうせすることもないし、このまま寝てしまおうと考え、私は瞼を閉じた。


*****


 気が付くと私は広い草原に突っ立ていた。辺りは霧が濃く、ここはどこなのかサッパリ見当がつかない。その時、穏やかな風に体を撫でられる。涼しい。どう考えても夏とは考え難いような涼しさだった。そして、何かを察したように


「とうとう、死んでしまったか・・・」


と呟いていた。行くあてもないままに草原を彷徨いあるくと、そこに一軒の小屋があった。外見は白い壁に朱色の瓦。白レンガの煙突のついた至って普通な小屋だ。

 その小屋に私が近づくと、突然小屋の扉が開いた。何事かと思い、私は扉の先に目をこらす。扉の先からテチテチと人とは思えないような足音が聞こえたとき、

  

 一羽の鶏が扉を飛び出していった。


 正直、訳がわからなかった。私は、小屋に対する未知への恐怖と興味に挟まれて数分間、黙って立ってることしかできなかった。そして、私はついに腹を決めてその小屋に入ることにした。


 カランカラン


 と小洒落た感じのドアベルが鳴る。内装は木製のカウンターやテーブルといった、少し古びた喫茶店を思わせるような様子だった。だが、おかしなことにそこには誰もいない。気配すら感じられない。


「すいません。どなたかいらっしゃいますか?」


ひょっとすると小屋の奥に誰かいるのかと思い、一声かけてみる。しばらくすると、奥の扉から人の足音が聞こえてきた。よかった、ちゃんと人がいたのかと思い、ホッとする。


「はい、どなたでしょうか。」


 ドアの奥から返事と共に現れたのは、半袖ブラウスと紺のスカートにネクタイというクールビズを着こなし、なぜか兎の耳を生やした10代半ばの少女だった。


「あ、あの・・・」

「あなたは、今日こちらに来る予定の田中誠様ですか?」

「アッハイ。」


 女性はこちらの戸惑いを完全に無視して、いきなり自分の本名を当ててくる。もはやこの時点で疑問で頭がいっぱいになりそうだ。そして、接客業らしい営業スマイルでこういった。


「ようこそ、人生不動産会社<月のヒカリ>へ。」


*******


 話によると、私はもう死んでおり、この不動産で<来世>を買うらしい。そして彼女、ミヤビはその不動産会社<月のヒカリ>のオーナー(といってもスタッフは彼女だけ)であり、ここに来た顧客すなわち死人を案内して来世を買わせるのが仕事らしい。


「では、ミヤビさん。さっきここを出て行った鶏は」

「あちらも今日鶏肉になったニワトリさんです。」

「ってことは、ここには人以外も来るのですね。生物と意思疎通ができるのですか?」

「はい、全生物とコミュニケーションがとれるのは我々ライフ・コンシェルジュには当たり前のことです。」


 今の人類にはとんでもないことをサラッと可能だと彼女はいった。とうとう私は、目の前にいるミヤビという生物が人間じゃないと確信する。


「では本題です。これからあなたには来世を買っていただきます。」

「ちょっとまってください。そんな事いってもお金なんて、、」

「お金ではありません。あなたのこれまでの輪廻がもつポイントで買うことになります。」

「ポイントですか、それは一体どんなもので?」

「ポイントはあなたの輪廻、つまりあなたの前世から引き継いでいるもので、ポイントを差し引いて人生を買うことになります。」

「それでいま、私のポイントは何点ぐらいでしょうか?」

「これからそれを集計します。ポイントは毎回一定数追加されて、そのなかから人生の行いで増えたり減ったりします。」


 要するに、私の輪廻が引き継いだポイントが貯蓄、これから追加されるのが収入、人生の行いでの増減がボーナス、買う人生が出費といったところだろう。


「えーっと、まず今世分の追加で2万ポイント支給されます。そこから死因が肺がん。これは関心しませんねぇ、1500ポイント減点です。行いとしては、タバコのポイ捨て48回、480点減点。老人が振り込め詐欺にかかるのを止めた2回、250点追加。野球ボールで窓ガラスを粉砕7回、105点減点、、、」


 このように行いの増減に関しては、自治会への参加から電車に放置した新聞紙まで洗いざらいチェックされた。まさに閻魔帳のように細かく把握されていた。そして最終的に手元に残ったポイントは、


「合計14680ポイントの追加になります。もうちょっと善行に励んでもいいんじゃないですか?」


以外にも酷い結果を正論だが失礼な言葉とともにいただいた。

 というか、その数字はそんなに酷い結果なのか。


「そもそも、ポイントって一個あたりどのくらいの価値があるんですか?来世は何にならなれるんです?」

「うーん、、まず人間にはなれませんね。大体、日本人は特に需要が高いから、前世でかなりポイントを消費しているんですよ。せいぜい、ペットとして飼われない小動物が関の山ですね。」

「は、、はあ、、」


 思ったよりかなり酷かった。正直、人間なら構わないと考えていたが・・


「そんなに落ち込まないでください。ポイントが2ケタしかなかった某死刑囚さんは来世にしぶしぶセイタカアワダチソウを選ぶことになってしまったんですから」


 前言撤回、もっと酷いのがいた。植物でしかも雑草とは、下には下がいたものだ。


「で、来世は何にしますか?いま貴方のポイントでなれる来世のソートが終わりました。」

「って言ってもなあ、なにかお勧めとかないんですか?」

「あ~、大体の酷評うけたひとはそう言いますよ。まず、近々また人間になりたいなら、やっぱりセイタカアワダチソウですかね。コストも圧倒的に低いですし、基本的にじっとしてるだけですから。」

「それ以外になにかないんですか!?もっと、こう、あるんじゃないんですか?」


さすがにセイタカアワダチソウは御免だ。もしその元死刑囚と隣だったらと考えるとなんだか落ち着かない。


「だったら、カキはどうです?」

「カキですか、、あの樹木の。」

「いえ、貝のほうです。いいですよ、カキ。美味しいですしね。」

「でも、食べられる側ですよね。」

「当たり前じゃないですか。」

「もっと、ないんですか?マシなの。」

「あ~もう、我が儘が多いですね。さすがに、めんどくさくなってきましたよ。じゃあ、鶏どうです?ちゃんとした動物ですし、なおかつコストが牡蠣とどっこいどっこい。完璧じゃないですか。」

「やっぱり食べられるんですね。」


案の定、ロクな回答がこない。気が付けばこんな論争を彼女と一時間以上つづけていた。

 そしてその一時間後・・


「じゃあ、コストが低くて、食用動物じゃないやつで。」

 

 3杯目のカプチーノを飲み干したあと、ようやくこの結論にありついた。


「ああ、食べられないならよかったんですか。だったら、蝉とかがいいんじゃないんですか?」

「え、蝉?あの寿命が一週間しかない?」

「いや、あれって成虫の状態が一週間であって、地下で7年ほど幼虫として過ごすんですよ。」

「7年も地下で、退屈じゃないんですか?」

「そう感じる人も少なくないですよ。でも、成虫の1週間は皆が皆バリバリ発情してますからね。ものすごく良かったらしいですよ。人に例えると、アレの数十倍だとか。」

「えっ、、、?アレ? アレってまさかの」

「はい、そのまさかのアレです。  あ、まさか言わせるつもりですか!?セクハラで減点しますよ!?」


 そんな軽口を無視して、私は来世を蝉にすることに決めた。


(まあ、私は強い存在感は好きじゃないんだがな。セミは五月蝿いし・・・)


物件の書類にサインと指紋を押す。価格は1450ポイントとかなり安価だった。そして、小屋を出ていこうと考えていると、ドアの先から車のエンジン音が聞こえた。


「あ、お迎えが来たみたいですね」


 ドアを開けると、そこにはリムジンのような黒い車があった。エンジン音こそはドゥルドゥル鳴っているが、不思議にも運転席には誰もいない。


「では、車に乗ってください。貴方の『来世』が待ってますよ」

「そういえば、毎度毎度私の時みたいにやり取りするのですか?」

 

 この場を去るとき、ふとした疑問をミヤビに投げかける。すると彼女は口元でクスクス笑い、


「はい、ですが貴方ほど長時間喋ったひとは初めてですね。なんだか忘れる気がしません」

 と応えた。


「また、会えるといいですね・・・。七年後に」

「残念ですが、それは無理です。『人としての貴方』はこの地を去る時に消えてしまいますから」

 人としての存在が消える。即ち人だったときの記憶も全て消えるということだろう。だが・・・、

「でも・・・、それでも覚えているよ」

なぜか、私はそんなことを発していた。


「ふふっ、楽しみにしてます」


 彼女はそんな私を期待するかのように微笑んだ。

 私は彼女から振り返り、リムジンもどきに乗る。すると徐々に自動車は動きを見せて、途方もない草原を走っていく。しばらくすると、私は車のなかで眠っていることに気付かなかった。


********

 

 気が付くと私は地中にいた、自分がどのような存在なのかわからず、過去に何者だったのかも憶えていない。


 だが、白くて長い二本の棒が記憶の片隅にあった気がする。

―7年と一週間後

 霧の草原に建つ小屋でウサ耳の少女ミヤビはテーブルに着いてカプチーノの飲んでいた。今日は客人が少なく、退屈なようである。

 

「あれから7年かあ・・・」


 彼女はふと「あの日」のことを思い出す。そのあと、少しため息を吐いてティーカップを傾けた。

 椅子に座ったままぼんやりして一時間、

 退屈のあまり、うたた寝をしていた彼女のそばに、一匹の蝉が止まっていた。

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