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委員会決め

「はい、じゃあこの時間は委員会決めするぞ」

 入学式を含めた今週はオリエンテーションやら身体測定やらで、授業は始まらない。それで、このホームルームでは委員会を決めるらしい。高校の委員会って、やっぱり中学よりずっと大規模なものなのだろうか。

「とりあえず、始めに学級委員二人。誰かやらないか?」

 湯川先生が呼びかけるも、誰かが立候補する様子はない。どうやら、進学校といえど学級委員をやりたがる子は滅多にいないらしい。みんな俯いたり先生から目を背けたりして、この大役をなんとか避けようとしている。

「まあ、やりたくない気持ちは分かるんだけどな。誰かがやってくれないと、先に進まないんだ」

 しょんぼりとして言う先生がなんだか可哀想に思えてきた時、後ろに座る恭平に背中をつつかれた。振り返ると、恭平はにやにやと笑いながら私を見ている。

「お前やれば?」

「なんでよ。無理に決まってるじゃない」

 恭平のふざけた提案に眉をひそめた時、先生は更に言った。

「いないかー? いないなら、最終手段ってことで推薦にするぞ。つっても、まだお互いのこと知らないか」

「はいはいはいっ。俺、高倉さんが適任だと思います!」

「ちょっと! 勝手になに言ってるの!?」

 立ち上がってとんでもないことを言い出した恭平に、つられて立ち上がった。

「なんでだよ。春花なら出来るだろ」

「出来ないよ! そもそも、そういう問題じゃないから!」

「……おー、分かった分かった」

 そんなことを呟いた先生に、なんだか嫌な予感を覚える。その予感は、現実のものとなってしまった。

「それなら、学級委員はお前ら二人で決まりだな」

「ええ!?」

「なんで俺もなんですか!」

「元気が良いからだよ。はい、じゃあ高倉と立原が学級委員でいい奴は拍手」

 当然、拍手は盛大に沸き起こった。思わず、頭を抱えてしまう。

「恭平のせいだから」

「は? 俺だって被害者だろうが」

「元はと言えばあんたがっ」

「はいはい、そこまでだ。後の進行はお前らに任せたぞ。さあ前に出ろ!」

 にこにことした先生に促され、今更断ることも出来ず渋々教壇に立つ。渡されたプリントには各委員会の名称と役割説明がずらりと並んでいた。話し合って、恭平が進行、私が黒板に記録をすることとなる。

 黒板に委員会の一覧を書き出していくと、恭平の進行が始まった。

「えー、じゃあまず役職の説明をするんで、それ聞いてやりたいやつに手を挙げて下さーい」

 そんな適当でいいのかと突っ込みたくなる、恭平のやる気のない声。本当に、これから先が思いやられる。

「えー、風紀委員。生徒の頭髪服装、行動の指導をし学校の風紀を整える。主に学級委員とともに活動する。定員は一人。次、美化委員は――……」

 恭平のダラダラとした説明が終わると、委員会決めは案外円滑に進んでいった。特に揉めることもなく、次々と枠が埋まっていく。

「次が、えーと文化祭実行委員二人」

「はいはい!」

 勢い良く手を挙げたのは、野際くん。入学式からずっと積極的に玲奈にアタックしている、テンションの高い子だ。見た目通り、こういう仕事が好きなタイプらしい。

 黒板、文化祭実行委員の文字の下に、野際、と書いた。

「じゃ、あと一人なんですけど」

「あ、それは宮部(みやべ)さんがやってくれるみたいです!」

 宮部とは、玲奈の名字だ。何事かと思って、思わず振り返る。玲奈本人も呆気にとられていた。私と目を合わせ、苦笑いを向けてくる。

「つーことですが、宮部さんいいですか?」

「……はい」

「じゃあ書記! 宮部さんって書いとけ」

「書記って……」

 一応、私も学級委員なんですけど。

 それにしても、玲奈があっさりと承諾したのには驚いた。男子とはあまり関わろうとしない子なのに、野際くんとはもう仲が良いのだろうか。

「それじゃ一通り決まったんで、決まってない人は教壇の周りで適当に話し合って下さい」

 がたがたと席を立つ音がして、何人かが教壇付近に集まってくる。その間に私は、名簿の整理をしようとプリントを眺めていた。

「ねえ」

 すると不意に、左隣から聞き覚えのある凛とした声をかけられて、私の心臓が早鐘を打ち始めた。全身が硬直する。

 駄目、駄目、落ち着いて私。そう言い聞かせながら、恐る恐る相手に視線を合わせた。

「相沢だけど」

 相沢くんが、私のすぐそばにいた。少し動けば体が触れ合ってしまいそうなほどの距離に。

「僕の名前、風紀委員のところに書いておいて。どうせ一人の役職なんてやる人いないだろうから」

「え。う、うんっ。分かった」

 それだけ言うと、相沢くんは席に戻ってしまった。黒板の前でチョークを持つと、私の手の震えていた。

 初めて、初めて話しかけられた。中学での三年間、一度もなかったのに。

 声、裏返ってなかったかな。なんて疑問がどんどん頭に浮かび上がって、混乱してくる。自分を落ち着ける意味でも、黒板にしっかりと、相沢和彦、と刻んだ。

 相沢くん、もしかして私のこと覚えてたから、恭平じゃなくて私に声かけてくれたのかな。いや、違うよね。同じクラスだったのは中学一年生の時だけだし、話したのだって一回だけだったもの。

 そんなことをぐるぐると考えているうちに、いつの間にか委員会決めは終わっていた。入学式の時みたいに、相沢くんのことを考えて頭がついぼんやりとしてしまっていたらしい。

「ご苦労さん。じゃあ今日は大掃除あったから掃除はなし。これで解散だ。あ、高倉と立原はこっちのプリントに委員会名簿作ってから帰ってくれ」

 挨拶を終え、解散となった。みんなだんだん高校生活に慣れてきたようで、各々友達と声を掛け合いながら散っていく。

「春花。今日は私、用事あるから先に帰るわね」

「うん。ばいばい、玲奈」

 そうして私と恭平だけが残された教室は、あっという間に静かになってしまった。

「あー、凄え面倒。お前全部やっといて」

「なんで面倒なものを人に押し付けるの!」

「春花ならやってくれるから? まあ終わるまで待っててやるって」

「……その上から目線、ムカつくんですけど」

 せっかく相沢くんと話せて良い気分だったのに。

 とりあえず早く終わらせよう、とシャーペンを走らせる。

「なあ、宮部さんってお前の友達?」

「そうだよ」

「ありゃ(りょう)に惚れられてるな」

「良? あ、野際くんのことか」

 毎日がんがんにアタックしている野際くんの顔を思い浮かべて、つい頬が緩んだ。でも玲奈の方は、中学の時、学年一かっこいいとされた男の子の告白をあっさり断ったような子だ。野際くんの前途は多難かもしれない。

「つうか、お前まさか相沢が好きなわけ?」

「ええ!?」

 恭平に覗き込まれるようにそう言われて、私はシャーペンを机の下に落としてしまった。なにやってんだよ、と言いながら恭平が拾ってくれる。

「……図星かよ」

「な、なんで分かったの?」

「お前、相沢と話す時異常にテンパってたじゃん。入学式の後の態度も変だったし。すぐに分かったっつうの」

「そんなあ」

 お母さんにも知られて、恭平にも知られて。ついこの間までは玲奈と私だけの秘密だったのに、どうしてこうなっちゃうんだろう。哀れ、私の恋心。

「ぶ、てか相沢とお前とか釣り合ってなさすぎ。相手にもされねえよ。やめとけやめとけ」

「う、煩いなっ。恭平には関係ないじゃない」

 大笑いする恭平に、私も負けじと言い返した。相手にもされないって、正にその通りなのが余計に腹立つし、悲しくなる。

「新入生代表と凡人だろ? 無理無理」

「そんなことない! 友達くらいになら、なれるもん……」

 友達。友達でいいの。せめて、普通に世間話出来るくらいの仲になれたら。

「彼女の座狙ってるんじゃねえのかよ」

「とにかく友達になりたいの」

「ふうん。相沢って風紀委員だろ? ま、精々頑張れよ」

 そうなのだ。風紀委員は、学級委員と一緒に仕事することが多いという話だった。私の期待も少しは膨らむ。何がきっかけでも構わないから、少しずつでも距離を縮めていけたら。

「凄え面白くなりそうじゃん」

「変な邪魔はしないでね」

「んー、どうしよっかな」

 にやりとしながらそう言った恭平を見ると、心底不安になる。見覚えのある、悪戯を思い付いた時の顔をしていたから。そんな表情は昔から変わっていない。

「本当に、本当にやめてよ。私、真剣なんだからね」

「分かってる分かってる」

 なんか、やっぱり心配だ。

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