再会
「新入生代表。一年一組、相沢和彦」
その瞬間、運命だ、と思った。
私の恋は終わってない。きっと、ここから始まるんだって。
*
「んー、見えない」
体育館前の掲示板は多くの人で賑わっていた。今日からこの榛前高校に入学する新入生たちが、自分のクラスの確認をしているからだ。
私は意を決して、人の海の中に潜り込んだ。ぎゅうぎゅうという音が今にも聞こえてきそうな人混みを掻き分け、すみません、と言いながら前へと進む。何とか文字の見える位置にまで流れ着いた時、額には一粒の汗が浮かんでいた。
左端の一組から、自分の名前が掲載されているであろう中央辺りを狙って目を走らせていく。すると、それはすぐに見つかった。
「一組、だ!」
「春花」
彼方此方、渡り廊下中に響く声に紛れて、自分の名前が聞こえた。驚いて首を回す。二人の男子が談笑する陰の向こう、掲示板の端の方に、玲奈の姿があった。私は大きく手を振って、人混みの間をするすると身を動かして抜けた。
「何組だった?」
「一組だよ。玲奈は?」
「同じ。とりあえず体育館入ろうか。邪魔になるし」
玲奈に導かれ、私たちは体育館へと歩を進めた。
玲奈は、中学からの友達だ。県下ではトップのこの高校に推薦入試で合格出来るほどの頭の持ち主で、私にはない冷静さや、可愛いというよりは美人と言った方が正しいそのルックス。クールビューティーとは正に玲奈のためにある言葉だと思う。サラサラの黒髪は天使の輪を戴きながら背中にかかっているし、大きく、でも鋭い瞳は捉えた人間を魅了してやまない。唇は艶やかに紅くて瑞々しくて、同じ年月を生きてるはずなのに、どうしたらこんなに大人っぽくなれるんだろう。本当に不思議だ。
体育館に入ると、そこにはずらりとパイプ椅子が並んでいた。前方半分は新入生用のもの、後方に在校生や保護者用のものらしい。ステージには大きな花が飾られていた。床一面にシートが敷かれた体育館は、ビニールの独特な匂いがした。
「凄いなあ。一年生だけでこんなにいるってことだよね」
「私たちの中学は人数少なかったし、余計にそう感じるのかもね。でも流石はトップの進学校って感じ」
私たちはそれぞれ指定の席を目指した。向かって左端一帯が一組の領域だ。横に五脚ずつ椅子が並べられ、私はその中でも最も左側の席だった。前からは五列目くらい。腰掛けると、パイプの軋む音がした。
隣にはどんな子が来るんだろう。仲良くなれるかな。女の子だといいな。
ちらと後ろを振り返ると、玲奈は私の列の二つ後にいた。既に隣の男の子に話しかけられていて、私は思わず息が漏れてしまう。
男の子は遠目から見ても明るい雰囲気の子で、身振り手振りを使って積極的にアピールしている。玲奈が足を組んであまり相手にしていないのが、ちょっと可哀想そう。まあ、それがいつもの玲奈だから、あの男の子をとりわけ嫌っているわけじゃないんだけどね。
「高倉春花、さん?」
その時だった。突然自分の名前を呼ばれ慌てて向き直ると、いつの間にか私の右隣には男の子が座っていた。その彼の姿に、私は目を見開いた。
とにかく、かなりかっこいいのだ。爽やか系とも塩顔系とも違う、本当に純粋なイケメンって感じの子。色素が薄いらしい髪の毛が、体育館の窓から射し込む日光に照らされ茶色く光っている。何というか、存在そのものがどことなくキラキラしていて、モテそうな子だ。ううん、確実にモテると思う。何だか住む世界が違う感じ。
無意識のうちにじっと観察してしまっていたことに気が付き、我に返って口を開いた。
「あ、えと、そ、そうです。あの、貴方は?」
「やっぱりっ。お前春花だよな!?」
「え!?」
ぐっと、その男の子に肩を掴まれ揺さぶられて、首がぐらぐらとする。あまりにも親しげにされたこともそうだけど、突然の呼び捨てにも動揺してしまって、頭の整理が追いつかない。こんな素敵な知り合い、私なんかにはいないはずなのに。
「俺だよ! 立原恭平!」
「きょう、へい?」
それは、どこかで聞いた覚えのある懐かしい響きだった。私は立原くんの顔をじっと見つめる。吸い込まれそうになるほどの綺麗な瞳には、確かに私の知る誰かの面影がある気がした。
「あっ。もしかして小学生の時一緒だった恭平!?」
「そうだよ。てかすぐ気付けよな。相変わらず鈍さは健在じゃねえか」
「……そっちこそ、その腹の立つ物言いは健在ですねえ」
恭平とは小学一年生の時に出会った、所謂幼馴染だった。当時、番号順が前後になったのをきっかけに親しくなった。やたらと私にちょっかいを出してきて何度も泣かされたし喧嘩になったけど、家が近所だったこともあって男子では一番仲が良かった。
でも、三年生の二学期の途中で恭平が転校して以来、会うことがなくなっていた。ついさっきイケメンだなんて思ってしまったのが、今更ながら気に食わない。
それにしても、まさか恭平がいるなんて。その上同じクラスで隣り合うんだから、呆れるくらいに凄い偶然だ。
「お前のすぐ下に俺の名前あったのに、分からなかったのかよ」
「自分の名前を確認するので精一杯だったの! それより、いつからこっちに帰って来てたの?」
「三月の半ばだな。前と同じマンションだぞ」
「え、じゃあ近所じゃない」
あれからもう何年も経ってるというのに、まるであの頃が戻ってくるようだった。
「つうかお前よくここ受かったじゃん? 九九すらろくに出来なかったアホのくせに」
「馬鹿にして! 努力の結果です」
「ぷっ、お前が努力とかマジウケるわ」
「煩いなっ。そういう恭平こそよく受かったんじゃない?」
「まあな。やっぱここの制服って着てるだけで頭良く見えるし? ブランドだよブランド」
ブランド、か。
恭平の言う通り、この榛前高校の制服は着ているだけで周囲に一目置かれる。それほど、この県では知名度があって信頼されている学校なのだ。公立ながら、一流大学進学者を毎年多く出している。
「まあ、そういう考え方もあるよね」
「お前は何でここなんだよ?」
「それは……いっ、言わない!」
「はあ?」
「だって恭平に言ったら絶対馬鹿にされるもん」
「うわ、益々気になる」
「言いませんから!」
恭平になんて、言えるわけがないじゃない。
だって私がここに来たのは、勿論玲奈と一緒にいたかったっていうのもあるけど。好きな人を追いかけて、だから。
その人は東京の名門私立高校を受験するって噂で聞いたから、ここにはいない。それでも、頭の良いあの人に少しでも近付きたかった。不純な動機だって笑われるかもしれない。だけど、それを原動力にして頑張ることが出来たのは、事実だ。
「ケチだな。教えろって」
「い、や、で、すっ。それより、もうすぐ式始まるよ」
「へいへい」
それから、入学式は粛々と行われた。校長先生やPTAの挨拶、担任の先生方の紹介や祝辞。たまに起立と礼をするだけで、正直退屈だった。若干の眠気を感じ出してしまうくらい。
ちら、と隣の恭平に視線を送ると、とっくに寝に入っていた。私は小さく肩を竦める。
「新入生代表、挨拶」
また、挨拶だ。起立して着席して、それからずっと話を聞くだけ。寝ないようにしなくちゃ。
「新入生代表。一年一組、相沢和彦」
相沢、和彦。
その名前に、全身に電流が走ったように衝撃を受けて、私の思考は停止した。脳みそがぐちゃぐちゃになって、動悸が始まる。
「はい」
待って。落ち着いて、自分。だって彼はここにいるはずがない。そうだ、きっと空耳。それか同姓同名なだけの赤の他人よ。うん、そう。違う違う、そんなわけない。ないの。
必死に、自分にそう言い聞かせていたのに。背筋をすらりと伸ばしてステージに上がったのは、紛れもなくあの相沢くんだった。
東京の名門校を受けると聞いていた。もう二度と会えないと思っていた。
ずっと片想いしていた、相沢くん。
相沢くんの様子に、変わったところは少しも見えなかった。艶のある黒髪をしっかりと整えて、黒縁の眼鏡がシャープな顔立ちにぴったりと似合っている。中学の時の、私が恋していた相沢くんそのままだった。
相沢くんの挨拶は実に堂々としていた。声もはっきりしてよく通って、節々から知的さが滲み出ている。私の大好きな声だ。相沢くんの、透き通った声。
「四月二日、新入生代表、相沢和彦」
惚れ惚れとしている間に、相沢くんは挨拶を締め括っていた。司会の号令で慌てて起立し、ステージに向かって頭を下げる。
着席してからの私の耳には、その後の進行の何も入ってこなかった。それくらい相沢くんの存在は突然で、特別で。ずっと相沢くんに浸っていた私が現実に引き戻されたのは、入学式が終わって退場する頃だった。
クラス担任となる先生の後に付いて体育館を出た一年生はそのまま、クラスごとに教室へと移動した。入学式という一大イベントを終えたからか、周りの空気も幾分か和らいでいるように感じられる。列をなして私たちの教室へ向かうその途中、恭平が私に言った。
「なんかつまんなかったよな。新入生の名前、一人一人呼んだりしなかったし」
まだほんのりうわの空だった私は、その声にハッとしてしまう。
「あ、ああ。うん。人数が多いからね」
「にしてもあの代表。相沢だっけ? 同じクラスなんだな」
ドキリ、とした。
そう、私は相沢くんと同じクラスだった。それは中学一年生の時以来のことで、正直心臓がばくばく言ってる。それにこの高校はクラス替えがなくて、だから私は相沢くんと三年間ずっと一緒、だってことだよね。どうしよう、考えただけで頬が緩んでくる。
前方、担任の先生のすぐ後ろを歩く相沢くんに目を向けた。嗚呼やっぱり、凄くかっこいい!
「なんつうか、ああいうタイプとは友達になれそうにねえな」
「そ、そんなことないよ!」
ついムキになって大声を上げてしまい、自分自身に驚く。周りの子が皆私を見ていた。恥ずかしさで、途端に顔が赤らむのを感じる。
「お前なにムキになってんの? 初日から悪目立ちしてどうすんだよアホ」
「煩いな! 恭平のせいじゃない!」
ケラケラと笑う恭平から顔を背ける。
もう、本当に恥ずかしい。どうか相沢くんにまでは、聞こえていませんように。
担任の先生の軽い挨拶の後、今日の日程は全て終了した。
私たちのクラスの担任は湯川先生と言って、教師二年目の若い男の先生だった。爽やかだけど面白い語り口で、どこか可愛らしい顔をしている。早速女子が数人、先生に話しかけていた。
恭平の席は、予想通り私のすぐ後ろだった。窓際から数えて三列目、前から二番目が私、後ろが恭平。
それからもう意気投合したのか、恭平と楽しそうに話している男の子。入学式の前に玲奈に話しかけていたその子が、窓際から二列目、通路を挟んで恭平の隣。そしてその後ろが、玲奈だった。
そして、何と言っても。私のこの席は、廊下側一番前に座る相沢くんがとてもよく見える。こんなに嬉しい席、他にない。
相沢くんはもう帰ってしまったけど、私は彼の席をじっと見つめた。中学生の時は、勇気が出せずに全然話しかけることが出来なかったけど、これからは少しずつ、少しずつでいいから仲良くなれたらなあ、なんて。
玲奈とともに教室を出る。昇降口への廊下は、これからの日々に胸を躍らせ浮き足立っている子たちの賑やかな笑い声に満たされていた。今は不格好な制服が板についてくる頃、私もみんなも、どんな風に変わっているだろう。
「あの男子、知り合いなの?」
「え?」
不意に玲奈に問われ、間抜けな返事が漏れた。
「さっき話してた子よ」
「あ、うん、恭平のことだよね。小学生の時一緒だったの。幼馴染みたいなものかな」
生徒玄関で靴を履き替え、校舎を出た。野球場やテニスコートまで備えた校庭は広々として、これから始まる説明会に参加する保護者の車で埋まっていた。
「もう桜がほとんど散っちゃってて残念だよねえ。桜の中を歩く入学式とか憧れてたのに」
「まあね」
素っ気なく答えた玲奈の長い髪を、一陣の強風が舞い上げた。それをそっと耳にかけ直すその仕草一つ取っても、玲奈は綺麗だ。
「あ、そういえばあの男の子と玲奈は何を話してたの?」
「……野際くんのこと? 特にこれと言った話はしてないわよ。どこの中学出身とか、そんなこと」
あの元気発剌とした男の子は、野際くんと言うらしい。会話の内容が想像より平凡だったのはちょっとがっかりだけど、初対面だということを考えれば、そんなものなのかもしれない。
「そっかあ。てっきりまた玲奈が口説かれてるのかと思ってたよ」
「やめてよ。……ていうか、それよりも、よ」
ずい、と玲奈が私に顔を近付けた。いきなりのどアップに度肝を抜かれて、私は肩の鞄を握り直しながら一歩後ずさる。
「ど、どうしたの?」
「とぼけないでよ。どうして相沢がここにいるの。しかも同じクラスって、」
う、と私は言葉に詰まった。玲奈の前だということもあってなるべく話題に上がらないようにしていたけど、どうやら無駄だったみたいだ。
「春花、あいつは東京の高校受けるって言ってなかった?」
「そ、そうだけど、あくまで噂だったし……。ガセだったのかな、なんて、ね」
私が頬を掻きながら言うと、玲奈はあからさまな溜息を吐き出した。
「まったく。あいつのことかっこいいなんて言ってるの、春花だけよ」
「それは皆がおかしいのっ。あんなにかっこいいのに!」
流れるような立ち振舞いとか、纏う雰囲気も知的だし、勿論頭は飛び抜けて良い。その上、体育だってそつなくこなしてしまう。相沢くんほど完璧な人は、きっとほとんどいない。真剣に読書をする相沢くんの横顔なんて、そこらへんのアイドルやモデルを軽くあしらってしまえるほど涼やかで素敵なのだ。
「ああ、はいはい。もうその話は聞き飽きたわ。仮にあいつがかっこいいとしても、性格がクソじゃない」
「く、クソとか言わないでよう! あのちょっときつい感じがまた良いんじゃないっ」
「……やっぱりあんた、おかしい」
そんなことないもん。相沢くんが誰より綺麗だってこと、分かる人は分かってくれるはずだもん。
でも見方を変えれば、みんなが相沢くんのかっこよさを知ったらライバルが増えすぎてしまうから、これはこれで私にとっては良いのかもしれない。私にはこれと言った取り柄もないし、そうなれば他に幾らでもいる魅力的な女の子に負けてしまうだろうから。誰にも負けない自信があるのは、この一途さだけだから。
相沢くんの悪口を延々と続ける玲奈をなだめつつ反論しつつ、学校の最寄から電車に揺られた。下り方面の四つ目が私たちの地元の駅で、二人揃って下車する。駅から、玲奈は東方面、私は西方面に自宅があるため、私たちはそこで別れた。
「ちょっと春花!」
リビングで、ソファに座りだらだらとテレビを見ていたら、高校の保護者説明会帰りのお母さんが慌ただしく飛び込んできた。
「ど、どうしたの?」
「どうしたのじゃないわよ。立原さんがいたじゃない!」
ベージュのスーツ姿のお母さんは、滅多にしないお洒落で入学式と説明会に参加したらしい。テーブルにハンドバッグを放ると、ネックレスやストッキングを煩わしそうに脱ぎ捨てていた。
「びっくりしたわよお。まさかこっちに帰ってきてるなんて。久しぶりに話が盛り上がっちゃった。しかも同じクラスなんてねえ」
「そうだね。私もびっくりした」
「恭平くんも見かけたけど、何か随分かっこよくなってるじゃない!? 離ればなれになった幼馴染と再会、しかも相手がイケメンになってたなんて、これ以上にないじゃない。やったわね春花!」
あっという間に部屋着姿に戻ったお母さんは、にこにことして私の両肩を叩いた。そのまま肩を揉まれながら、私は嫌な予感に冷や汗をかく。
「チャンスを逃しちゃだめよ。絶対恭平くんをゲットしなさい!」
ああもう、やっぱりだ。
私は呆れて、お母さんの手をやんわりとどけた。
「あのねお母さん。私たちそんなんじゃないから」
「なに言ってるの。あんたにその気がなくても、恭平くんは分からないわよ? 現に立原さん言ってたわ、あの頃恭平くんは春花が大好きだったって」
「何年前の話よ……」
それに今日会った限りだと、そんなことになるとは到底思えない。およそ六、七年ぶりの再会で早々、悪態の応酬だったんだから。私たちは所詮ただの幼馴染で、喧嘩仲間みたいなものだ。
「あら。そんなこと言って、本当は満更でもないくせに。お母さん知ってるわよ、あんたの初恋の相手が恭平くんだったことくらいね」
「お、お母さんっ!」
立ち上がって振り返ると、お母さんはにやにやとしてキッチンに入っていった。何年も前の恋の話を蒸し返された私の頬は、うんざりするほど熱い。
今日となっては忘れたいことだけど、確かに私の初恋は恭平だった。それは、否定出来ない事実だ。でも当時から恭平には意地悪なことばかりされていたから、嫌われてるんだと思い込んでいた。結局告白なんて出来ないまま恭平は引越して行って、それで終わり。
それは、今思えば恭平の態度は好きな子をいじめてしまう典型的な照れ屋な男の子そのもので、お母さんの聞いてきた通り私たちは両想いだったのかもしれない。でもそれはもう、何年も前の過去の、思い出話に過ぎないのだ。
「私、恭平くんにならあんたあげてもいいわあ」
「あ、あのねえ」
「だってあんなにかっこいいのよ! あんただって可愛くないわけじゃないんだし、きっと素敵な子供が出来るわ!」
「ちょっとお母さんっ!?」
「そうだっ。家も近所なんだし遊びに行きなさいよ。立原さんも春花なら大歓迎だって言ってたし」
勝手極まりなく暴走するお母さんに耐えられず、私は反射的に叫んでいた。
「だからっ。私には他に好きな人がいるの!」
お母さんが、キッチンカウンターの向こうでぽかんとした。それを見て冷静さを取り戻した私は、はっとして口を押さえた。
「何よ、誰!?」
「お、お母さんは知らない人っ」
「教えなさいよ。かっこいいの?」
「そ、それはかっこいいよ! 誰よりかっこいいよ! 恭平なんか目じゃないくらい!」
「そんな子がいるの! 何で言わなかったの。それじゃもしかしたら三角関係で春花の取り合いに、」
「ないからっ。絶対ないから!」
私はリビングを飛び出して、二階の自分の部屋に逃げ込んだ。ベッドに沈んで、枕をきつく抱き締める。頬の火照りが治らない。
もう、冗談じゃない。お母さんはいつも、大好きな昼ドラ感覚で自分の子供の恋愛を語るんだもの、勘弁してほしい。
枕を口許に寄せ、更に強く抱いた。
それに、三角関係なんて。そんなこと、あるはずないじゃない。今の恭平が私を好きになるなんて考えられないし、何より、相沢くんが私を好きになるなんてもっと考えられない。私だって、相沢くんと両想いになろうだなんて考えてないもの。それは、なれたら嬉しすぎて天国に行けちゃうくらいだけど。
ただ、仲良くなれたらって思うだけ。それですら難しいんだから。
でも、もう二度と会えないと思っていた相沢くんに、私は会えたのだ。絶対、この機会を無駄にはしたくない。
運命だって信じて、頑張るの。