死神と老人
地球という惑星が誕生して約46億年。
ここには数多の生物が生息している。
彼らはその生命の管理を行い生と死を見守り続けてきた。しかしここ数百年の歴史において爆発的にその数を増やし、その数の多さで生態系の序列を乱し環境破壊を引き起こした生物がいる。
人間だ。地球上には人間があふれ返っているのだ。
そこに増え続ける人間の生命をどうにか減らそうと考えるものがいた。
彼は『死神』。神という創造主の名のもとに生命の管理を役割とする存在だ。つい最近神の手で誕生したばかりの新人である彼はこの世のありさまに嘆いていた。
人間が増えすぎたこの世界、魂の管理をするのも大変だ。与えられた仕事を淡々とこなすも人の数は減りはしない。むしろ日々増えていっている。 ああもっと人間がいなくなればいいのにと常々考えていた。
しかし、彼の仕事はあくまで指示された魂の回収を行い輪廻の循環を見守るだけのこと。勝手に人間の魂を狩ることは神への反逆行為に当たる。人間の中にはまれに神のお気に入りがおり、その人物は神の恩恵、寵愛を受け偉業を成し遂げのちの世界に多大な影響を与える者となる。
間違ってそんな人物を狩ってしまったらこちらの存在が消されてしまう。
死神の存在価値など神にとったら蟻んこ1匹よりも軽いものなのだ。
彼は考えた。
世界に影響しないような人物の魂なら狩っても大丈夫なのではないかと。
この世は孤独な魂があふれている。
神の愛するものは万人に好かれ崇められる立派な人物だ。ならばそんな人物を避け、誰からも愛されない、誰からも見向きもされないものならばよいのだと。死神である彼は念入りに計画を練った。失敗したら首が飛ぶどころでは済まないのだから。
人はひとりでは生きられない。一人の人間が多くの人の生死に関わる。その多くの関わりが1つでも欠けたら人生というものは大きく変わるのだ。
大した取り柄のない平凡な女の生んだ子どもが偉人になることだってある。
ちょっとした人助けがのちに大きな意味を持つことだってある。
たったひとりの小さな行いはやがて大きく大きく広がりをみせていくことだってある。
新人死神の彼には一つの魂がもたらす力を理解することはできていなかったのだろう。
彼は1人の老人に目をつけた。その老人は山奥で静かに一人暮らしをしていた。手始めに年老いたジジイ1人狩ってやろうと、遂に神の描いたシナリオに逆らった。
◆対象◆
山口龍次朗:68歳、男、天涯孤独、山小屋で自給自足生活中
死因101歳で老衰により死亡予定
寿命のこり33年4ヶ月15分44秒
「予定ではまだまだ元気に暮らせるはずだが、増えすぎた人間のお前らが悪いんだ。大人しく死んでくれよな」
死神は本来死ぬはずではない老人を事故に巻き込み殺すことにした。神リストに本日ヘリコプターを運転している男が心臓発作を起こし墜落事故で亡くなるというものがある。死ぬのはパイロットの男だけなのだが、うまく進路を誘導し老人の小屋に墜落させ老人を巻き込むことにした。
時刻は朝6時。
老人は上半身裸で小屋から出てきてタオルを背に擦り付け寒風摩擦をしていた。
その肉体は普段ボロの服に隠され見えていなかったがどうみても老人のものとは思えない体付きをしていた。
死神はヘリコプターの全機能を停止させ老人の上に落とした。心臓発作を起こしたパイロットは空中でヘリコプターから投げ出されていたが意識がなくパラシュートも開かずそのまま落下していた。
普通のジジイなら自分の真上にヘリが墜落してきたらビビって腰を抜かすだろう、逃げようとしても足腰立たずそのまま巻きぞいになる、そう思っていた死神がみた光景は信じられないものだった。
◆◆◆
ある老人がいた。
彼の名は山口龍次朗、今年で68歳になる立派な高齢者様だ。
彼は天涯孤独の身で山奥でひっそり暮らしていた。
両親、兄弟がいた気がするがあまり覚えていない。気づけばひとりだった。
そんな龍次朗は己とは何か、力とは何かを追い求める脳筋ジジイだった。若いときは自衛隊に所属。様々な紛争地域に派遣させられ戦いを経験した。だがいつも単独行動を窘められ集団行動というものに合わせられず自衛隊をやめ海外の傭兵に所属した。
規律ある自衛隊よりもさらに自由にエキサイティングに己の力を発揮した。その力をかわれ重役のボディーガードをやったりなどいろんな体験をした。
魂の取り合いとなる緊張感のなか自身の力を存分に発揮し己の力でどこまで高められるのか、そんな日々が楽しかった。
しかし脳筋で頭脳戦には向かなかったため重役ポストにつくことができずいつも末端の使い捨ての駒として扱われてきた。
年寄になりお偉いさんでもないのに口出ししてくる龍次朗を疎ましく思った周りに無理やり現役引退させられ、しかたなく日本に戻り山奥生活をしていた。
戦場に身を置いていた龍次朗にとって平和な日本の都市、住宅で暮らすことは苦痛以外のなにものでもなかったが、山奥で生活してみて、自然と調和し己の精神を鍛えるのはなかなかよいのではないかとそう思っていた。時には熊と生身で戦ってみたり、素手で魚を捕まえたり、わざと谷底に落ちてロッククライミングしながら足腰鍛え、その体は現役の時よりも研ぎ澄まされていた。
そんな日々を暮らしていたある日、何か邪悪な気配に付きまとわれているのを感じた。人ならざる何か。その視線に殺気を感じる。
「ふむ。鍛えすぎて霊感まで磨かれてしもうたかの。人ならざる者との戦い。なんだかゾクゾクするわい」
自然のなかでの修行も楽しかったが、やはり己の魂をかけた命のやり取りに勝る戦いはない。
久方ぶりの殺気に龍次朗は歓喜した。
邪悪な視線に怯むことなく、いつ戦いを挑まれてもいいよう、霊的存在に己の拳が届くように力をみがく龍次朗であった。
そんなある日、いつもの日課である寒風摩擦をしていらた頭上からヘリが落ちてきた。目を凝らすと人がヘリがら投げ出されそのまま落下しているのが見えた。
「こりゃいかん!」
投げ出された人のところに向かうも先にヘリが墜落し風圧と破損した破片が容赦なく龍次朗に襲い掛かる。
しかし、龍次朗はあわてることなくタオルを手にし飛んでくる破片をなぎはらった。
そしていそいで落下してくる人物の落下地点に先回りしその人物を受け止めた。
ものすごい負荷が体中にかかったが歯を食いしばり耐えた。
そして受け止めた人の安否を確認した。
「む、呼吸はかすかにあるが心音が聞こえんな。脈も弱い。まっておれ、できる限りはしてやるから生きることをあきらめるなよ!」
そう言い放つと急いで小屋に駆け込み小ぶりのリュックをもって戻ってきた。
「どっこいせ。こいつを使うのは久方ぶりじゃな。まだ動くかの? えーと、このシールはここでよいのか? それとこっちは……」
龍次朗がもってきたのはAED(自動体外式除細動器)だ。何故そんなものがここにあるのか。それは龍次朗しか知らない。
AEDの除細動が何度か繰り返され、動かなかった指先がぴくぴく動き出した。
「お、戻ってきおったか。すぐに救急搬送せねばならんが……こんな山奥に救急車は無理じゃろな。どうしたもんかの。そういえば昔こまったことがあれば何でも言ってくれって渡された名刺があったの。どれ、電話してみるか。」
もう一度小屋にいき、軍事用の携帯電話を使い名刺の番号に電話する。
「あー、もしもしわしじゃ。む? わしじゃって! わしわし詐欺ってなんじゃい! わしは山口龍次朗じゃ。ああ、そうじゃ。まったく主は変わらんのう、ああ、実はな今青森県の○○市にある××山にいるんだが上からヘリと人が降ってきてな、何?、嘘じゃない! ホントじゃ! なんで数十年ぶりに電話してわざわざそんな嘘いわなならんのじゃ! それでな、重症者がおるんで搬送のヘリを頼みたいんじゃ。できれば今すぐにな。おお、よろしく頼むぞい。ああ、これであの時のことはチャラにしておいてやろう、ああ、じゃあの」
電話を切った龍次朗。
「まったく、お互い年を取るとかなわんの中将。おっと、今は航空自衛隊のトップだったかの」
龍次朗には様々なところを転々とし、多くの人の人命にかかわったことから普通では考えられない人脈がある。それは普通に生きていたらまったく使わない人脈なのだが、ピンチや困ったことがあれば容易く解決してしまう最強の切り札なのだ。
一見ただの老人。しかしその中身は化け物であった。
◆◆◆
失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。
そう、死神の彼は失敗した。
本来死ぬべきだった男性も助かり、殺そうとした老人も死ななかった。神のリストを別の意味で書き換えてしまった。
何てことだ、これでは人を減らすどころか自らの手で増やしてしまったではないか。
もう1度、もう一回、今度は方法を変えてあの老人を……
「おーい新人、なんか神様が話あるから至急顔みせに来いってさー。内容はお前自身がよくわかってるだろうって。お前何やったんだよー」
ああ、俺オワタ。