マフィン 2
あれからいくら歩いただろうか。あたりの日差しは真上を向き、かなりの疲労を取られる。
そこの林間にたたずんでいる女性。
少し休憩しているのか白いエプロンの裾をめくり、体育座りをしていた。
凛と整った瞼が閉じて、眠っているようだ。
七々原は、夢と現像の境を区別した。ここは、現実。
第07仮設地区。孝也たちのキャンプから100メートルも離れていないがえらく静かだ。
もう、沿岸のほうに軍隊を派遣していったのか。
七々原は深く胸に積もる何か後悔のようなものが。
あの時、はっきりをもう少し孝也と。
いや、彼女の軟な悩みを振り払った。おろした腰をその場から立たせ、尻をはたいた。
辺りに枯葉や土が浮遊して落ちていった。まだエプロンに汚れはついたが、それは構ってはいられない。早くこの場から立ち去りたい。
いや、たち去りたいのは衝動に過ぎずただ、こんなところは七々原には不機嫌にひきたたられるところであった。
彼女は第08地区に目指す方向へと目をやった。木々に生い茂るその空間からへまた駆け抜けるのは又ため息が出そうであった。
そして彼女の姿は、深い緑の間に姿を消していった。
「機関部はどうしてる。通信が途絶えたぞ!」
海岸付近は薄く潮の匂いと激しい、ギアオイルなどの幾何物の匂いが散漫していた。
そこにはあわただしく、オリーブ色の野戦服を身に着けた兵士たちがいる。
「少佐、これ以上奴らの進行は我々の06から09の地区を奪われてしまいます。ですからここで畳撃つしか」
この軍でもまだ10代ぐらいの青年が遠くから聞こえる砲火の音に重ねるように告げた。
「ならば、ブラボー部隊は直ちに北側に向かわせろ!奴ら、山岳を利用してここを打つつもりだ」
辺りには白煙がたちのぼり敵との砲撃など見分けがつかない。
野崎孝也は、いまもリァーズと交戦中であった。
七々原に告げられたあの願い。
そのためにも、自分は生きて帰らなくては。
そんな本能が今彼に取りまとっていた。いつも死に隣り合わせでそんなことは鈍っていた。
しかし、確実に彼女はそう言っていた。
自分に生きて帰ろ、と。それがゆういつ彼の生きる言動となっていた。
振り返れば海岸付近に、白泡が混じる、荒波が出始める。
奴らの強襲揚陸艦がこの付近に定着を始めたのだ。あたりから、スバ抜けた金属製の銃声が音を上げ始めた。
西側に位置する新緑地帯に敵部隊が上陸したようだ。奴らは各地の森に分散し視射界を抑えるつもりだろう。
その刹那だった。自分は又その場で転寝していたのだろうか。
だが、違った。それはひどく暗く。そして、鋭く躰に食い込む鋭利状の痛み。
七々原は悶えていた。あたりに転々と散らばる鮮血。
落ち葉や木の葉などが、赤く塗られていく。一枚一枚の地面の散乱物がまるで生々しい臓器のように。
ここに敵襲が来たのだった。特に、そんなに危険な場所でもなかったはずなのに。
今は違う。ここは戦場。
辺りの音響が散漫に広がっていく、枯れ枝を踏みしめていく足音。淡々とした流れが自分の憎悪がわいてくる。
リァーズの進軍がこのあたりに来ているのだ。
七々原はとりあえずその場で冷静になる。こんな事態は焦ってしまえば、必ず彼女は確実に見つかる。
左腕はかすっただけだ。だが、その傷口からは一層出血はひどくなる。
七々原は一呼吸息を吸う。脳内に酸素が充満される。血行が優れすぐに考えが出てくる。
彼女は身をできる限りかがめ、その場で自分のスカートの端を噛んでちぎる。
口の中八の鉄のような味と無味の布のむなしい味がした。
ひらひらと一枚のそのスカートの切れ端をとりあえず、腕の傷口にまく。
残酷に体にしみわたる痛みを間際らし、きつく傷口をふさぐ。
血は収まったが、それよりもあたりのことが気がかる。
奴らはもうこの島に上陸したということだ。
つまり孝也たちの戦闘が始まった。七々原は何か胸をひどく打ったかのように収まらないものが現れる。
孝也はこの戦争に勝てるのか。
今まで、強がり。そして、一人ずつ兵士をとらえていった七々原は何かひどい思考が現れ始めた。
この戦争は明らかな不利な点が。
今まで気にはしていないがそれが今身をもって……
傷のせいで意識が薄れ始める。だが、必死の覚悟で体を足で支え、そのまま身を起こす。
不安定ながらも、ふらふらと立ち始めた。この周囲にはまだ兵士はいないようだ。
遠くからの流れ弾だ。たまたま、腕の当たりどころがよかった。
七々原は木々から漏れる光で目を細め、遠くを覗く。何度か光を遮蔽するものが走った。
見るに、憎しみの湧いてくるようなものたち。短機関銃を構えた重装備を背負ったものたちが西に向かう。
あの方向に向かうということは、キャンプを探しているのか。
いったん自分たちの拠点を探して、そこから作戦を立てる。
きっとそうだ。なら、そこをどうにか防げば。
七々原は森をぬける方向に憎悪のこもった目を向けた。
そして、ふらつきながらも、頼りない足取りで進む。
彼女の表情にはもう正気がないかのように、気が引いていた。
何度か銃声が響いたかと思うと、何か自分はひどい胸騒ぎがした。
敵部隊が予想外に少なく何か罠なのではないかと気が知る。
それは、後悔なのか、それとも、得体の知らない虫知らせかははっきりとしない。
「おい、孝也。前線でボケっとするな。いい敵の的になるぞ」
そして、意識がハッと戻る。自分はもう戦場に出ている。そのための銃声でもあった。
「すみません。それと、軍曹すこしいいですか」隣を除き、喧騒が刻む顔を見た。
「余談か。手短に頼むぞ」
部隊の移動中。自分たちは沿岸部分から敵の上陸部へと向かうこととする。敵兵は半数に分かれたようだった。そのため、西側のほうに数分で地獄が待っていた。
「ありがとうございます。軍曹は、七々原の奴のマフィン食べてましたよね?あじ、どうでしたでしょうか?」
少し妙な質問とは思った。彼女の作るものに文句があるわけではないがどうしても聞きたかった。
「あのマフィンのことか。いつもながらうまかったな。だが、昔と変わったな」
その言葉にかなり反応した。自分のためはその言葉を待っていたのかと思っていいたように。
「それは、いったい…..」
「いや、味というかなんつうか。こう暖かさ?あいつのまごころのようなものが感じなくなったような」
まさしくそうだったかのように自分は共感していた。自分の求めるものがここに。
「そうだったんですか。実はおれもそう思っていて……」
だが、そんな答えよりも敵の戦火は待ってくれなかった。周辺に立ちこもった白煙と砂ぼこり。
部隊は動揺せずに、警戒した。
「おい、おまえ。七々原の奴をどの方向に帰した。奴ら、第8地区の方向に進行してやがる」
部隊の隊員が困惑するおれの表情をうかがった。
そんなはずはない。何かの間違えじゃないのか。
俺たちの動きが読まれたのか。そんなはずがない。
そして、すぐそこの上陸部だったはずの場所につく。だが、そこには戦意がわくような敵船はなく、海岸にあらだかく波がたつ風景だった。
「クソ。急いで、ブラボー部隊に連絡を取れ、奴らはもう西側まで進行している。このまま地区を占拠する前に対応をうて、と」
自分自身にわいてきた憎悪はそんなものだった。彼女はまだ生きているのか。
だが、そんなことが問題なら、自分は深く後悔した。
早く気付くべきだった、死んだ目をしたようなあのマフィンの味に。
時として、またしても意識が途絶えることが多い。辺りはそんなに静かではない。
いや、ましては騒々しいほどに鳴り響く銃声音。
私の手の中では、乾ききった木の皮の感触。そして、両腕に入れられた、全力の力。
そして、あたりに呻き苦しむ敵の兵士の姿が。
(こいつらは私が……)
森を抜けたところには、見ての通りの敵の本拠地が供えられていた。
とはいっても、ただ、演習用のテントに、何名かの非戦闘員が通信機材の操作と連絡を取っていた。
奴らはここからだと死角取れる。七々原は、そのあたりに手に入れた枯れ木の棒を握りしめそのまま襲った。
予想以上に、その奴らはあっけなかった。首元をうったぐらいでその場で意識を失った。
「このクソアマが!」
後方から怒声が聞こえたがそれには体が対処しきれなかった。後頭部にひどい激痛が走った。
きっと自分がしたところと同じことなのだろう。
七々原はその場に力なく崩れていった。幸いにも意識はまだ消えはしない。
だが、ひどい混信状態のせいか、周りが見渡せない。
「この女がこいつらをやったのか。こりゃひどい…」
さっきとは違う声の男性の声。野太く、ひどい動揺していた。
七々原は自分のやったことなのだと思った。
全身から完全に力が抜ける。痛みもまだ首から離れないまま彼女は枯葉にうつぶせになる。
そのテントには、彼女を含む計5人が倒れている光景があるのだ
「きさまぁ、一体どこの女だ。もしかして、俺たちの仲間が女につかまったって話を聞いたことがある。さては貴様」
強引で背後から頭部の髪をつかまれひどく脅すような声が耳元で問われた。
その男の顔が端から覗かれる。いかに中南米の色黒のような顔立ち。両頬に当たる部分に迷彩の色が塗られていた。
「っふ、この女に違いない。この島で女はこいつぐらいしかいない話だ。よくも俺たちの仲間を!」
地面に顔を放りつけられた。首から妙な音がするが痛みはない。
頬に泥が放射状にぬり込む。自分の意識も、この地面に入り込んでしまいそうになってしまう。
「…あんたたちに…ぜったい…まけないんだから…….」
七々原は知らずうちに涙を流していた。顔をそって流れ出した液体がまた泥と混ざった。
顔がまた汚れてしまった。冷淡に、冷たく流れていった。
「まだ意識があるのか。しぶといな。まてよ、お前みたいな08地区の奴がなんでわざわざ。ははーん、ここには大事なようがあって。徴兵って大変なんだな、一人の兵士に会いに」
その言葉は不意を突かれてしまった。まさかここまで知られてい待ったのか。
口に下にある木くずをかみしめる。唾液を混ざった木屑がまたむなしく乾きの味がした。
「おい、この女をつれていけ。今から面白いものを見せてやる。一体この島で兵士が何人救えるのか」
耳障りな野鳥の鳴き声とともに、響き渡る笑い声。
七々原は両脇で腕を無理に組まされ、どこか茂みに入れられた。そこからまだ奥へと歩き続く。
深々と緑の濃い、人の入る場所ではないところに彼女は連れられていった。
遮光する厚みのある葉が空からの光が絶えてしまう。