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初めての公演

「お前のとこ、集まったか?」美希に、アイドルをやりたい女子が集まったか確認した。俺は自分の部屋で、美希と一緒にお好み焼きを食べていた。

 「んー・・・。一応呼びかけているけど、みんなピンと来ないみたい」

 「お前自身はやりたくないのか?」

 「ほら、私、見る専門だし、それにさ・・・」

 「?」

 「私、プロデューサー役の優ちゃんとこういう関係だし、他の子とどうしても扱いが違ってきちゃうんじゃないかって」

 「なるほど・・・」美希の言うことも一理ある。もしグループに美希を入れたら、茉祐がうるさそうだしな。

 「そういえば、優ちゃんのとこは集まったの?」

 「ああ、4人な」

 「なんだ、キューボ(アイドルグループ『cute box』の略称)と同じ人数集まってるじゃん。それだけいれば充分だよ」

 「言われてみれば。そんだけ集まりゃいいか」

 「それにしても、あの鎌倉さんがすんなり納得してくれたなんてすごいよね」

 「あのおっさんだけなら絶対無理だったけど、その息子の誠志郎さんが俺に賛成してくれたからな」

 俺は鳩谷学園内でアイドルを募集し、4人集まったところで萱ヶ瀬商店街のアイドルの公認を申し出るため、商店街振興組合理事長の鎌倉庄二郎に話をしに行った。庄二郎は古いタイプの人間で、当然快い返事はしてくれなかった。しかし、途中で庄二郎の次男・鎌倉誠志郎が話の輪に加わった所で流れが変わった。誠志郎は俺の商店街アイドル計画に賛同し、親父の庄二郎と言い争いになった。ただ、親子揃って持論を曲げる様子はなかったが、庄二郎がいきなり黙りこんで、その末アイドル計画にGOサインを出した。庄二郎の考えが変わったのか、それとも何かたくらみがあるかは分からないが・・・。ちなみに、その後親父とお袋にその話をしたが、俺以上に親父が驚いていた。「あの保守的な鎌倉さんが・・・」

 「しかも、ライブ会場を無料で貸してくれたり、誠志郎さんの知り合いに曲や衣装を作れたりする人がいるんだからラッキーだったね」美希はにこにこしてそう言った。

 「本当、あの一家に足向けできねーな。でも、来年の3月までに結果を出さないといけないから、すげープレッシャーだわ・・・」

 「ああ、『ご当地アイドルコンテスト』ね」

 「やっぱ全国で5位以内って難しいのか?」俺はアイドル事情に疎いため、アイドルオタクの美希に聞いてみた。

 「そうだねー、歌やダンスがそれなりに出来ていて、アイドルらしい可愛さや愛嬌とか、それに加えて何かプラスアルファがないと厳しいかな。今はご当地アイドルがどんどん出ているからね~」

 「5位以内に入らないと援助が打ち切られるって難しい条件だな・・・」

 「まあ、キューボだって最初は今いちだったんだから。これからだって!」

 「お前、すごいポジティブだな」

 「最初はね、優ちゃんにアイドル作るって言われても信じられなかったけど、学校でメンバー募集したり、鎌倉さんと交渉してるところを見て、優ちゃんが本気だと確信したの。私は励ますことくらいしか出来ないけど、協力しようかなって思って」

 「いつも悪いな。あと、俺アイドル詳しくないからお前のアドバイスは結構助かってるぜ」

 「そう言われると嬉しいな、うふふ。あ、でも浮気だけはしないでね」美希は俺の目を見ながらしっかり釘を刺した。

 「言われなくても分かってるよ」俺は美希から目を反らしながら答えた。

 「ところで、グループの名前って決まった?」

 「それ、今考えてるところ。『萱ヶ瀬ガールズ』とか『萱ヶ瀬エンジェルズ』とかどうだ?」

 「萱ヶ瀬商店街のアイドルっていうのが分かりやすい名前だけど、何か無難すぎるね」俺、それくらいしか浮かばないが・・・。

 「何かいい案あるか?」

 「んー、フレッシュさや元気さを強調するような名前とかどう?」

 「『萱ヶ瀬フレッシャーズ』とか?」

 「優ちゃん、無理に萱ヶ瀬を付けなくても・・・」美希は苦笑した後、自分のカバンから電子辞書を取り出し、何か検索し始めた。そして、俺に嬉しそうな顔で話しかけた。

 「優ちゃん、こういうのどう?」美希は電子辞書の画面を俺に見せた。

 「お、これはなかなかカッコいいな」


 数日後、俺は空き教室にメンバーの4人を呼び出し、ミーティングを開いた。

 「とりあえず、商店街の公認は得られた」メンバーは、わあっと喜んだ。俺は続けて、

 「で、曲や衣装を作ってくれるスタッフも見つかったし、みんなが公演する会場も確保できた」と発表した。

 「すんごいトントン拍子に話が進んでる~。さっすが優弥くん♪」茉祐は感心しながら俺を見ていた。

 「だけどな、無条件でそんな上手い話があるわけないんで・・・」

 「やっぱそうよね~」茉祐は引いた目でそう言った。

 「TBTテレビで来年の3月に開かれる『ご当地アイドルコンテスト』で5位以内に入らないと、資金や会場の提供が打ち切られるんだ」

 「え~、超きびし~」雛が不満げにそう言った。

 「全国で5位以内でしょ?この中で芸能経験のある人、手挙げて~」茉祐は他の3人に聞いてみたが、反応がない。「素人ばっかだし、しかもコンテストまで1年ないしで、無理ゲーでしょ」

 「まあまあ先輩たち、まだやってみないと分からないですし・・・」るりかは雛たちをなだめた。

 「仮に結果ボロボロでも破格の待遇でアイドルやれるわけだし、高校生活の思い出づくりには丁度いいよね」茉祐は自らを納得させるようにそうつぶやいた。

 「後藤さん、君はどう思う?」俺はメンバーのなかで唯一自分の意志を示していない紘未にふった。


 「やります」紘未は俺の目をまっすぐ見て、そう言い切った。はっきりした態度にまわりはみんなびっくりしていた。続けて、

 「全国5位以内に入るよう頑張ります」と宣言した。俺も含めてみんな無理だと思っている中で、すごい度胸だな。


 「それは頼もしいな。俺も頭ふりしぼってプロデュースするよ」俺は紘未に、にこやかにそう言った。

 「ヒロが言うんなら、私も頑張ろうかな」るりかも紘未に同調した。

 「後藤さんだけ優弥くんに褒められてズルい。私も頑張ろ」茉祐も自信なさげだが、後に続いた。

 「ヒナひとりで取り残されるの嫌だから、頑張る」残った雛も反対しなかった。


 「よーし、じゃあみんなで良い物作っていこうぜ。それと、グループ名なんだが・・・」

 「そういやまだ名前なかったわよね」茉祐は思い出したようにそう言った。


 「『sparklingスパークリング』ってどうだ?」


 「スパークリングってよくお酒の名前に使われている言葉ですね」紘未がそう言った。

 「ヒロが言っているのは泡立つって意味だね。他にもきらめく、とか生き生きしてる、って意味があるんだよ」るりかは紘未に教えた。

 「すっご~い、よく知ってるね」雛はるりかに感心した。

 「はじける若さって感じでナイス!さっすが優弥くん♪」茉祐は俺にそう投げかけた。まあ、実際にそれを提案したのは美希なんだが。

 「それじゃ、グループ名は『sparkling』で決定な。あと、放課後に毎日萱ヶ瀬商店街で路上ライブを行おうか」

 「え、曲とか衣装とかあるの?」茉祐がすかさず聞いてきた。

 「まだ出来上がってない。とりあえず、cute boxの『real love』を制服で歌うってことで」

 「まずは振り付けから覚えないとね」るりかはやる気まんまんだった。その一方で、紘未は顔が青ざめていた。さっきまであんなに自信ありげな態度だったのによく分からないな。

 「え~、最初っから華やかにステージデビューじゃないんだ~」雛が不満そうにつぶやいた。

 「あんたねー、初めから人が集まるわけないでしょ。人が集まるところで注目を集める作戦なのよ」茉祐が強気で反論した。

 「路上ライブから人気が上がったアイドルもいるしな」俺も茉祐につけたして言ってみた。

 「ん~、納得いかないけどヒナちゃんやってみる」雛はしぶしぶ納得したようだ。

 「じゃあ、今から練習な」俺はみんなに呼びかけた。


 練習は萱ヶ瀬商店街から少し離れた公園で行われた。公園は広々としており、真ん中に丸窓電車が飾られていた。日中は閑散としているが、夕方頃になると若者たちがバスケをしたり子供が遊んだりする姿が見受けられる。放課後にここで路上ライブの練習を行うことにした。振り付けは、るりかがインターネットの動画サイトを見て覚えてきたものを披露した。

 「ここはこうした方がよくない?」

 「ああ、それいいね」茉祐とるりかは自分たちのアレンジを加えようとしていた。

 そして、練習開始。雛は相変わらず不機嫌な表情で踊っているが、紘未は昨日よりもやる気を見せている。日が暮れているが、外は明るく、まだ湿気を含んだいやな暑さが残っていた。2時間近く踊った後は、みんな汗だくになった。


 練習を始めて1週間後、sparklingとして初めての活動である路上ライブの初日を迎えた。

 「・・・」紘未はまたしても顔が青ざめていた。

 「後藤、どうしたんだ、そんなに青ざめた顔で?」俺が心配になって聞いてみた。

 「・・・人前で踊るのが怖くなって」紘未の気持ちも分かる。俺も不特定多数の観衆の前でパフォーマンスするとなったら緊張するだろうから。しかし、ここは紘未を安心させないと。俺は紘未の肩をポンと叩いた。

 「大丈夫だって。1人じゃないから。他の3人も一緒だろ」

 「そうですね。みんなも同じですね」紘未の表情に少し笑みが見えた。緊張は少しはほぐれただろうか。

 「みんな、ちょっと集まってー」茉祐が紘未たちに呼びかけた。

 「なんだ、何かあるのか?」俺が尋ねた。

 「うふふふー、色違いの花飾り買ってきたのよ♪これを髪に飾ればキューボらしくなるっしょ?」茉祐は4色の花飾りをみんなに見せた。赤・青・オレンジ・黄緑といった感じだ。

 「そんで、私は赤を・・・」茉祐が言い出すと、

 「あっ、自分だけずるい~。ヒナも赤がいい~」雛も同じ色を求めた。

 「はあ、何言ってんの?赤はエースカラーなんだから、明るくて可愛い私が似合ってるでしょ?」茉祐は赤色を譲らなかった。

 「この中で一番可愛いのヒナなんだから~」

 「おいおい、ライブ直前につまらんことで喧嘩するのはやめようぜ。ここはプロデューサー役の俺が決めてやろう」

 「優弥く~ん、赤は私だよね?」

 「ヒナだよね?」茉祐と雛は俺に詰め寄った。

 「いや、後藤で」俺は赤色の花飾りを紘未に渡した。

 「あ、ありがとうございます」紘未は最初は戸惑っていたが、淡々と受け取った。

 「ちょっと優弥くん、何で後藤さんが赤なの?」茉祐と雛は揃って俺に怒りをぶつけた。

 「喧嘩する奴にエースカラー渡せねーよ」2人は黙りこくった。俺は続けて、

 「あと、青は遠山、黄緑は佐藤、オレンジは藤沢、ってことで」とそれぞれのメンバーに花飾りを渡した。茉祐と雛は思い通りの色でなかったのでしぶしぶ髪に飾っていた。紘未は飾りを髪に飾ると、

 「何かみんなと同じものを付けてると心強いな。私1人じゃないって思えてきて」緊張がほぐれたようなほっとした表情をしながら言った。

 「ヒロが元気出て良かった」るりかは紘未を気遣いながらそう言った。

 「よーし、景気付けに円陣でも組みますか」茉祐はみんなに提案してみた。

 「いいですね、いきましょう!」るりかは提案に乗った。

 「みんな、成功させるよ!!」「おーーーー!!」4人は円陣を組んで掛け声をあげた。


 路上ライブは萱ヶ瀬商店街の中心部にあるシネマコンプレックスの前で行うことにした。正面に大型百貨店である『高鳥堂』があり、人が最も集まりやすいのだ。るりかはCDラジカセを目立たない所に置き、スイッチをオンにした。爽快なダンスナンバーなのでリズムにのれるか不安だったが、思っていたより踊れていた。が、街行く人の評価は思っていたより厳しかった。

 「おい、邪魔だぞ」

 「キューボの真似ごと?下手ねえ」など、冷たい言葉を浴びせたり、男子高校生の集団が冷やかしの声を上げたりしていた。

 路上ライブ1日目は何とか終えたが、メンバーたちは練習のときよりぐったりしていた。

 「こんなに冷たい目で見られるとは思わなかったわ」茉祐がぼやいた。

 「ヒナ、やっぱり辞める」雛は立ち去ろうとした。

 「そんな、藤沢先輩。まだまだこれからですよ」るりかは雛を引き留めようとした。

 「ヒナ、みんなからちやほやされたいの!こんな屈辱初めて」雛は泣きながら立ち去った。

 「おい、藤沢!」

 「藤沢先輩!」俺とるりかは雛を追いかけようとしたが、茉祐が止めた。

 「あいつ男子から持て囃されているからね。プライド高いから、こういうの耐えられないのよ」そう簡単には戻ってきそうにないな。引き留めるのは辞めとくか。

 「ねえ、ヒロどうする?」るりかは紘未がどう思っているか聞いてみた。

 「2人とも、やる?」紘未はるりかたちに聞いた。

 「まあ、私はもうちょっと」茉祐はお疲れモードだったが、もう少し続けてみるようだ。

 「私も佐藤先輩と同じかな」るりかも茉祐に同調した。

 「私、やるよ。だって1人じゃないし」紘未はそう言い切った。


 以後、路上ライブは毎日続け、初めは冷ややかだった観衆も段々好意的になってきた。

 「ねえ、あの子たち大分上手になってきたね」

 「あの赤い髪飾りの子、可愛いなあ」

 ある日、路上ライブを終えようとすると、2人の中学生くらいと思われる女の子たちがメンバーに駆け寄った。

 「あの、最初から見てなかったんで、もう1回踊ってくれますか?」メンバーたちはぱあっと明るい表情になった。そして、茉祐は、

 「んー、本当は1日1回だけど、リクエストに答えてもう1回踊っちゃおうか!」とリクエストに応えて再度ライブを始めた。観客の女の子たちはノリノリだった。その後も徐々に立ち見客が増えていった。


 数日後、俺が路上ライブを見ていると、誰かが俺の肩をポンと叩いてきた。後ろを振り向くと、鎌倉家の次男、誠志郎がいた。

 「彼女たち上手くなっているなあ」

 「まだまだこれからですよ」

 「今後が楽しみだな。ああ、頼まれていた曲が出来たんで、聴いてみて」誠志郎は俺にCDを渡して立ち去ろうとした。

 「ありがとうございます!これ、早速聴いてみますね。あと、誠志郎さん」

 「衣装はあと1週間くらい待っててくれ」

 「いや、そうじゃなくて、メンバーのオリジナル曲も出来てファンも増えてきたし、そろそろ鎌倉さんのライブハウス借りて公演してもいいですか?」俺は無理目な注文を誠志郎にした。

 「まあ、いつまでも路上ばっかやらせるのも可哀想だからね~。俺はいいけど、親父がどう出るかな」

 「親父さんも納得させるようなパフォーマンスをやってみせます」俺は強気でそう言い切った。


 それから何日か後、俺たちはいつもの空き教室に集まった。夏休みに入り、補習は行われていたものの校舎は静かだった。俺たちは鎌倉さんから受け取った曲のCDを聴いてみた。

 「サビの部分で転調するのが難しそう」茉祐は曲を聴きながらこう漏らした。

 「最初っから難しめの曲作ってきたな」俺も曲について感想した。

 「先輩、振り付けはどうするんですか?」るりかが聞いてきた。

 「それそれ。今から振り付けを図解した紙を配るんで、目を通してくれ」俺は3人に振り付けの紙を渡した。

 「優弥くんすごーい、この振り付け全部考えたの?」茉祐が紙を見るなりそう尋ねた。

 「ああ、まあな」実際は美希が考えたものだが。

 「さっすが優弥くん♪何やらせてもこなせちゃうなんて」茉祐に褒められたが、内心はちょっと複雑だった。

 「これ、全部覚えられるかな」紘未が不安がっていた。

 「大丈夫だって!練習しているうちに楽しく覚えられちゃうから」るりかは紘未を安心させていた。

 「ちょっと自信ないけど・・・やってみようかな」

 「まあ初めてのオリジナル曲も出来たところで、sparklingの初公演をしたいと思うんだが」俺が提案すると、茉祐が聞いてきた。

 「あれ、今やってるの公演じゃないの?」

 「あれはあくまでsparklingの顔見せのためのものだからな。曲も他人の借り物だし。今度は曲や衣装、振り付けも全部sparklingオリジナルのものだ。あと、場所も決まっている」

 「どこでやるんですか?」るりかが尋ねた。

 「商店街に古い劇場があって、そこの2階に小さなホールがあるんだ。そこの場所で公演をやる」

 「へえー、貸し切り公演なんてプロのアイドルみたい」茉祐は他の2人とはしゃいでいた。

 「チラシも既に刷られている。これを全部さばいてくれ」俺は3人にチラシの束を渡した。

 「うわ、準備早~い。じゃあさ、この分は遠山さんたちで、この分は私で、残ったのを路上ライブで配る。こうしようか」茉祐はチラシを分配した。

 「じゃあ、補習のときにクラスで配りますね」るりかがチラシ配りに応じた。

 「公演まであと2週間切ってるから、練習もしっかりな」俺は念を押して言った。


 その日の夕方から、早速いつもの公園で練習をした。今度はプロデューサー役の俺が、歌やダンスを含めて全体のバランスを考えないといけない。3人が練習しているのを見ながら、より良く見せるために思考錯誤しながらアドバイスを投げかけていった。

 公演まであと3日となったある日、俺の携帯が鳴った。

 「はい、御田園です」

 「優弥くんかな?僕、鎌倉です」誠志郎からだった。

 「あ、こんにちは。どうしました?」

 「衣装が届いたんで、今から俺の家に来てくれない?」

 「分かりました。今すぐうかがいます」俺は電話を切って、鎌倉家に向かった。

 「3人分で良かったかな?」誠志郎はハンガーにかかったままの衣装を俺に渡そうとした。衣装は白のブラウスが下地の、色違いノースリーブワンピースだった。襟にチェックのリボンがついており、スカートはフリルがふんだんに入っていた。併せて髪飾りも渡された。

 「ありがとうございます。すごく素敵ですね」

 「いやー、俺の知り合いでデザイナーやっている子がいて、ちょうど他のアイドルの衣装も担当してたんでね。頼んだら2つ返事でOKしてくれて。喜んでくれて良かった~」

 「誠志郎さん、3日後に公演やるんで、是非見に来てください。あと、これ協力してくれた人にも」俺は誠志郎にチラシを何枚か渡した。

 「おう、どんなのか見に行ってみるか。チラシも知り合いに会ったら渡しとくよ」

 「あと、親父さんにも・・・」俺は庄二郎の分のチラシを1枚渡した。

 「あの頭の古い親父が見に行くかは知らんけど、とりあえず渡しとこうか」

 「ありがとうございます」


 そして、公演初日。メンバー3人と俺は控室で打合せをした。その後、着替えをするため、俺は一度部屋を出た。

 「きゃーっ、こんな衣装初めて~」

 「本当、何かアイドルになった気分ですね」茉祐やるりかは可愛い衣装に興奮していた。

 着替え終わると、3人は白いロングブーツを履いた。

 「髪飾りもみんな違うんだね」紘未は髪にリボンを結び付けながら言った。るりかは頭のてっぺんに大きなリボン、茉祐はリボンつきのカチューシャだった。衣装と髪飾りはそれぞれ色が違っており、紘未は赤、るりかは青、茉祐は黄緑だった。

 「あー、黄緑じゃなきゃ最高なんだけど」茉祐がぼやいた。

 「それじゃ、1人だけ制服にするか」俺は茉祐に冗談半分で投げ返した。

 「あーん、嘘、嘘、冗談よ」

 「会場の方、結構声が大きいですね」るりかは俺たちに会場の様子を伝えた。

 「客入りは良いかもな」俺は笑みを浮かべながら言った。その一方で、紘未はまたしも顔が青ざめていた。

 「どうしよう、大勢の人の前に立つなんて・・・」

 「大丈夫だって!今度のは私たちのために来ている客ばっかだから。失敗しても大目に見てくれるって」茉祐が紘未をなだめた。

 「そうだよ。今まで練習頑張ってきたんだから、リラックスして公演を楽しもうよ」るりかも緊張を解きほぐそうとした。

 「みんな。・・・ありがとう」

 「よし、円陣組むか」俺が円陣を呼びかけた。

 「行くよーー!!」「おーー!!」3人は円陣を組んでステージに上がろうとした。


 「これより、萱ヶ瀬商店街公認アイドル『sparkling』デビュー公演を行います」会場からアナウンスが流れてきた。誠志郎の知り合いで結婚式などの司会をやっている女性がいると聞き、場内アナウンスをしてもらうことにした。

 「行くよ」茉祐が2人の目を見合わせて呼びかけると、「うん」と2人は答えた。

 3人がステージに上がって行くと、場内から歓声がうわああああああ、とあがった。

 俺はステージ脇から客席の様子をうかがった。会場は150席あったが、ほぼ満杯状態。俺の両親をはじめ、商店街で見かける顔がちらほらいた。まあ、俺が商店街の人ほぼ全員にチラシを配ったからな。だが、鎌倉庄二郎の姿はなかった。客席には美希もいて、こっちに気付くと軽く手を振った。俺も手を振り返した。

 曲はカバー2曲にオリジナル1曲。会場は大いに盛り上がったようだ。

 公演が終わり、控室に3人が戻ってきた。

 「お疲れ」俺は3人に買ってきたジュースとタオルを渡した。

 「優弥くん、ありがと♪にしても、満杯だったわね」茉祐は客席が一杯だったことに感動していた。

 「うちのクラスも全員来てましたよ」るりかも嬉しそうに報告した。

 「へー。私も人海戦術で、客を集めたの。おかげで知ってる顔がいっぱい」茉祐はにこにこしながら言った。

 「私、遠くからお母さんとお父さんが見に来てた」紘未は微笑みを浮かべてそう伝えた。

 「あ、私のとこも」「俺も」俺とるりかは両親が来ていたことを紘未に言った。

 「いーなー。私んとこ、お父さん遠方だしお母さんしか来てない」茉祐はうらやましそうな目で俺たちを見ながら話した。

 「お父さんが岐阜に来た時に誘えば?」紘未が提案してみた。

 「んー、この辺来た時に話してみるわ」茉祐は提案を受け入れた。

 「客席、すごく盛り上がっていたね」るりかは客席の盛り上がりっぷりをテンション高めで伝えた。

 「そうそう、sparklingのデビュー大成功って感じだよね」茉祐も客の熱気に嬉しそうだった。

 「このまま、この調子でいけるといいね」紘未がにっこりしながら話すと、他の2人も同調した。俺も初公演の内容と客の反応に手ごたえを感じていた。


 「あ、優ちゃん!」俺が家に帰ろうとすると、美希が近づいてきた。

 「おう、見に来てくれてありがとうな!」

 「アイドルオタクの私が見逃すわけないって、うふふ」

 「まあ、そうだったな」

 「sparkling、思ってたより良かったよ」

 「そう言ってくれるとプロデュースした甲斐があったぜ」

 「ただ・・・」美希が何か言おうとして、急に口ごもった。

 「?」

 「いや、何でもない。じゃあね!」美希は何も話さないまま商店街を抜けていった。一体何が言いたかったんだ?


 1週間後、次の公演で見事に期待が消え去った。控室で着替え終わり、本番を迎えようとした時に茉祐がこう言った。

 「ねえ、この前に比べて会場が静かじゃない?」

 「まあ、この前はデビューのご祝儀もあったから、客が減るのは想定内だろ」俺は不安がっている茉祐たちにそう答えた。

 「私、会場の様子見てきましょうか?」るりかが俺らに聞いてきたので、俺は言葉に甘えて、るりかに会場を見てもらった。控室に戻ってくるなり、るりかは真っ青になっていた。

 「どうしたんだ?」俺が尋ねると、「客が・・・1人しかいなかったんです」とるりかは言葉を詰まらせながら答えた。俺も会場を確かめに行ったが、会場は1人だけで、その1人は美希だった。

 「嘘でしょ!?もう本番3分前なのに」茉祐は涙声になりながら叫んだ。

 「今日の公演、どうしましょう?」るりかは心配そうに俺に聞いた。


 「1人でもいるならやろうよ」


 そう切り出したのは紘未だった。俺も紘未に同意して、

 「そうだな、1人でも客は客。最後までやり遂げようぜ」とるりかたちに呼びかけた。悲観的だったるりかや茉祐も公演をやる気になった。

 

 本番前のアナウンスが流れた。3人は舞台に上がった。3人は最初、観客がほとんといない状態に戸惑っていたが、束の間だった。舞台に上がるなり、精一杯のステージを披露した。

 

 ♪大きな愛で抱きしめて


 最近気になる彼 いつも女の子に囲まれて

 告白しようとしても 勇気が出てこない

 ah こんなに好きなのに 一歩がどうしても 踏み出せない

 こんな私でも 大きな愛で抱きしめて

 弱虫な心に 告白の勇気与えて お願い

 愛しい眼差しを 私に向けたなら

 想い伝えるよ そのときは ぎゅっと抱きしめて


 彼にラブレター渡し 想いを告げてみた

 返事はOKだった デートの約束もした

 ah 上手くはいっても 彼を喜ばせる自信は 正直ない

 こんな私でも 大きな愛で抱きしめて

 不器用な心に 甘えられる勇気与えて お願い

 愛しい眼差しを 私に向けたなら

 あなたに寄り沿うよ そのときは ふわっと包み込んで

 

 yeah yeah sparkling s・p・a・r・k・l・i・n・g

 弾ける未来 輝く青春 いざ行け乙女 let's go! let's go! here we go!

 

 大きな愛で包み込んで 不器用な心に

 甘えられる勇気与えて お願い

 愛しい眼差しを 私に向けたなら

 あなたに寄り沿うよ そのときは ふわっと包み込んで

 プラトニックな ハートそっと 優しく抱きしめて

 

 この曲は観客の掛け声が要るが、今回客席が静かだったので、3人が掛け声をかけた。すると、客席の美希も3人の声に合わせて声を掛けた。

 客が1人だけの貸し切りライブ状態だったが、ステージと観客に妙な一体感が生まれていた。


 ライブが終わり、メンバーを見送った後、俺は家に戻ろうとした。家の前に美希がいた。

 「この前に続いてありがとうな。で、どうだった、貸し切りライブは?」俺は美希に感想を聞いた。

 「お疲れさま。何かね、この前の時よりもメンバーとの距離が近づいた感じかな」

 「そりゃ、お前しか客いないんだし、いくらでも近づいて見られるだろ?」

 「いや、物理的な距離じゃなくてさ、心の距離、つながりみたいなものかな。この間のときは歌もダンスもそこそこ出来ていたけど表情が固くって。特に真ん中の赤いリボンの子とか。だけどね、今回はみんなすごい生き生きした表情で、赤いリボンの子がすごく良い笑顔だったの。それを見て、観客の私と一緒にライブを楽しんでいるんだなーって思って」

 表情はステージ脇からは良く見えないが、そういうことだったのか。そういえば、前回の公演の前にるりかは紘未にリラックスして公演を楽しもうって言ってたな。3人、特に紘未は客が1人しかいなかったから却って伸び伸びしてパフォーマンスできていたのか。

 「それ、あいつらに伝えとくよ」

 「えっ、でも私が勝手にメンバーの気持ちを推し量っているだけだから参考にならないんじゃ・・・」

 「いや、俺には思いつかなかった貴重な感想だ」


 その翌日から、公演の練習と併せて、俺とメンバーの4人は萱ヶ瀬商店街内でチラシ配りを始めた。中には受け取らなかったり冷たい言葉を浴びせてくる者もいたが、大半は受け取ってくれた。まあ問題は受け取った者のうち何人が公演に足を運んでくれるか、だが。

 

 次の公演では少し客が増えた。と言っても、トータル3人。美希と中学生くらいの女の子、アイドルオタクっぽい男性といったところだ。この日の公演は、前2回より更に楽しそうな雰囲気を醸し出していた。

 公演が終わり、控室に入ろうとすると、誰かが会場に入ってきた。鎌倉庄二郎だ。

 「いやー、舞台裏から君たちを見てたよ。なかなか面白い見世物だった」庄二郎は拍手をしながら俺たちに近づいた。

 「優弥くん、最初にわしが言った条件は覚えているか?」

 「『ご当地アイドルコンテスト』で全国5位以内になることですよね」

 「なる自信はあるのか?支持者が3人だけだと難しいぞ。引き返すなら今の内だな」庄二郎は俺に顔を近付けてそう言った。

 確かに、このままだと庄二郎が言うように『ご当地アイドルコンテスト』で全国5位以内になるのは難しいかも知れない。諦めるなら今の内だが、商店街が先細りになるのはやりきれない・・・。


 「sparklingはこれからも続けます」


 紘未は強い口調で庄二郎に対して言った。

 「ほうー、じゃあ君は『ご当地アイドルコンテスト』で全国5位に入る自信があるんだな?」庄二郎は紘未に詰め寄った。

 「この先、支持する人が増えていくかは分かりません。だけど、私が笑顔で歌ったり踊ったりすると、みんなが楽しんでくれる。私は公演が、sparklingの活動が、とても楽しいし続けていきたいです」

 「君たちがお金を出し合ってやるんだったらそういう考えでもいいだろう。だがな、商店街の発展をかけてわしらは君たちの活動を手助けしているんだ。自己満足だけならとても今後支援は出来んな」

 「待ってください!一つ一つの公演を大切にして、sparklingの公演を楽しみにする人が増えていけば、希望は持てるんじゃないですか?」俺は庄二郎に何とか支援を打ち切らないよう懇願した。

 「結果は出せるのか?」

 「自信はあります」俺は退路を断つ思いでそう断言した。

 「そうか。じゃあもう少し支援を続けさせてもらおうか」庄二郎はそう言い残し、去って行った。

 「あの爺さんなかなか手強いわね」茉祐はぼやいた。庄二郎にプレッシャーをかけられたが、俺はそう心配はしていなかった。今日の公演を見る限り、この3人なら客を増やしていける、そう確信した。


 俺たちがホールを出ようとすると、誰かいた。顔をのぞいてみると・・・。

 「あれ、藤沢、どうしたんだ?」

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