佐藤茉祐
とにかく目立ちたい、注目を浴びたい。
私は常にそう思っている。
佐藤茉祐、高校2年生の16歳。
髪は肩までかかるくらいで、体型は小柄だがグラマーなのが特徴だ。
4月にクラス替えしてすぐ、私は気の合わない子や男子も含めて全員と話して、メルアドも交換した。
その成果として、私はクラスの"第1派閥"を形成することができた。クラスでの発言権も持っている。
私は目立つためには何だってする。でも何で目立たないといけないのか?
ここ、鳩谷学園高等部に入学するまで、16年間で13回引っ越した。お父さんが各都道府県に支店のある商社に務めており、転勤族のため、日本各地を転々としていた。北は北海道、南は熊本まで住んだところは幅広い。生まれは東京だが、もはやどこが自分の故郷か分からなくなっていた。
転校は早いときで2ヶ月、平均して1年程度のペースであった。そのため、友達すら満足に出来なかった。
今までで一番長かったのは岡山にいたときだ。小学校3年の6月から小学校5年の10月まで、2年以上いた。岡山に転校したときには、既に引っ越しも慣れてきていて、今までいた土地のことを話すとクラスの子たちがわらわら集まってきて、楽しそうに聞いてきた。担任の教師も明るく優しい人で、転校してきた私と一緒に遊んであげるようクラスの子たちに呼びかけていた。私は次第にクラスに馴染むようになり、遊ぶ友達もできた。
そんな中、私は生まれて初めて恋をした。相手は小学校5年のときの学級委員で、背が高く、顔も体も黒く日焼けしていた。顔立ちは整っていて、勉強もスポーツもできて、この年代の男子にしては女子に優しかったので人気があった。
ある日、私と彼は日直で一緒になった。彼は黒板消しで私が届かないところを消してくれたり、私の引っ越し話を聞いてきたりして良い雰囲気だった。しかし、その後は話しかけようとしても恥ずかしくてできなかったり、話す勇気が出てもそういうときに限って他の男子と話していたり、女子に囲まれていたりしていた。そうこうしているうちに、まともに話せないまま岡山を離れることになった。あの後も何校か転校したが、彼を忘れることはできなかった。
小学校6年で卒業間近の時期、岡山で仲の良かった女の子からメールが届いた。
『卒業式のあと、気の合う子たちで卒業パーティするんだ(ハートマーク)茉祐も来ない?』
私の通っていたところの卒業式は前日に終わるから、行くことは出来る。彼が参加するかメールで尋ねたら、来るとのことだった。
やったー、彼に会える!!私は嬉しさで興奮して、その子にテンション高めの文面で返信した。ちょうどそのとき、岡山に近い広島に住んでいたため、私はお母さんに頼んで岡山に連れていってもらうことにした。
そして当日、学校に向かうと既に何人かいた。転校当時よりみんな背が伸びて、顔立ちも大人っぽくなっていた。仲の良かった子たちと、思い出話に花を咲かせて再会を楽しんだ。
しかし、楽しい時間もそう長く続かなかった。男子やあまり親しくなかった女子が続々集まってきた。そして、
「あれ、知らない奴がいるぞ」
「あなた、誰?」などの言葉を投げかけてきた。まわりが私の名前を伝えたら分かってもらえたが、疎外感を感じた。まあ、同じクラスになったことがない子もいるので仕方なかったけど。
彼は遅れて来ると連絡があった。そして、遠くから彼の姿が見えたとき、私の胸は高鳴った。
「ごめん、遅れて」彼は息を切らせながら言った。以前から高かった身長はますます伸びていて、顔立ちも男らしくなっていた。日焼け顔は相変わらず。緊張と興奮が入り混じって自分でも何を考えているか分からなくなった私は、つい彼の前に足が出て、
「こ、こんにちは・・・」と真っ赤な顔で挨拶した。
「ごめん、君、誰?」彼は戸惑いながらそう言った。真っ赤な顔が急に青ざめた。天国から地獄に突き落とされた気分だ。
「佐藤さんだよ、5年のときに転校した」1人の男子がそう言うと、
「ああ、佐藤さんか。久し振りだね。思い出せなくてごめんね」彼は私のことを思い出したようだが、ショックでその言葉も耳を素通りした。おもいっきり泣きたかったが、卒業を祝うパーティのため、悲しんでいる姿は見せられなかった。私はショックをおさえながら、パーティ中はニコニコして楽しむふりをした。
1次会はファミレス、2次会はカラオケで、カラオケの合間にトイレに向かおうとしたところ、彼と男子で何か話していた。興味本位で盗み聞きした。
「お前、記憶力悪いな。佐藤さん、あのとき泣きそうだったぞ」
「いや、どこかで見た顔だと思ったけど、すぐ思い出せなくて・・・。何せすぐ転校しちゃったし、あまり目立たなかったから」
確かに小学校の頃の私は、今より大人しかった。ただ、彼には覚えていてほしかった。私はトイレで泣きじゃくり、カラオケルームに戻った。
パーティが終わって、私は泣きながらお母さんと電車で帰った。春休み中はずっと気分が落ち込んで遊ぶ気にもなれなかった。ただ、一つだけ心に決めたことがあった。
『クラスで一番目立ってやる』
もう忘れられて惨めな思いをしたくない。短い期間でも同級生に忘れられないよう、一番目立つようにしてやる。
中学では、ウケ狙いの自己紹介をしたり、ホームルームを盛り上げようとした。また、友達を一人でも多く作ったり、話のネタのためにテレビや雑誌をチェックしたり、いつもニコニコして自分の素をさらけ出そうとした。中学3年間では2回転校したが、前の中学の同級生から未だにしょっちゅうメールが来る。忘れ去られない作戦、成功♪
中学3年の7月に岐阜に来た。私はこの土地で高校に進むことにした。高校に入ったら何回も転校するわけにいかないため、お父さんが岐阜を離れたらお母さんと2人で暮らすつもりだ。
岐阜にある進学校、鳩谷学園の高等部の入試で合格し、翌年4月から通うことになった。
高校に入っても、目立ちたがりの私の性格は変わらなかった。クラスメイトに取り入り、目立つポジションに居座った。
高校入学後、初めての中間試験の順位が貼り出され、私は学年400人中78番に入った。
「茉祐やるじゃん!!」
「すげえ、勉強嫌いなのに」
「まあね」何人かの友達に持ち上げられて、私は得意になっていた。その横で、女子たちが一人の男子を取り囲んでいた。
「御田園くん、すごーい」
「かっこいいのに学年トップだなんて」
順位表を見上げると、一番上に『1位 御田園優弥』とあった。私は自分のことはどうでもよくなり、学年トップがどんな顔か気になって見てみた。スラリとした体型、サラサラの黒髪、切れ長の大き目な瞳、鼻がすっと高く、口元は上品、小さな顔・・・完璧だった。彼はまわりを気にせず、涼しい顔をして順位表を見上げていた。
「お、王子様・・・」私は優弥に見とれていた。岡山の小学校の彼以来の恋だ。だけど、今度は絶対に思いを伝える!
私は優弥のまわりにいる女子たちをかき分けた。涼しい顔をしていた優弥もちょっとびっくりした様子だ。そして、優弥に対し、
「御田園くん、付き合って!」突然の告白をした。みんなが見ている前なのでインパクトはある。
まわりは「よっ、さすが学年一の色男!」「みんなの前で告白とはやるねえ~」とからかう声や「ちょっと、抜け駆けはやめてよ!」「御田園くんに告白するなんて恐れ多くて出来ないのに!」女子の悔やしがる声が飛び交った。
優弥はまわりの声を無視して、ポーカーフェイスで私を見つめた。優弥との顔が近かったので、私は顔が赤くなった。
「ごめん、俺、彼女いるから」と私に告げ、その場を去って行った。
その瞬間、まわりは「うわー、みんなの前で恥さらしちゃった~」「かわいそー」「やっぱりね、御田園くんとはつりあわないからね」などなど茶々を言いながら去って行った。友達も「茉祐、無謀だって」「御田園くんは他校に彼女いるからね」と呆れたように話した。でも、私はあきらめきれない。後悔しないよう自分の気持ちを伝えたい。例え他に彼女がいても、フラれても。
「私、ますます燃えてきたわ」
その後も優弥のまわりに女子がいない隙を見計らって、アタックをし続けた。
「ねえ、数学教えて」「自分で考えろよ」
「スマホに変えたの。使い方教えて」「適当に動かしてみれば」
「文化祭で女装コンテストやるけど出ない?」「・・・いや。というか何で俺が女装するの?」
「はい、バレンタインのチョコ。愛情こめて作ったの♪」「誰かに毒見してもらってから食う」などなど。相変わらず冷たいが、徐々に打ち解けてきたような(気がした)。
2年のクラス替えで、優弥と同じクラスになることができた。
「私の優弥くんへの思いが天に届いたのね」私は有頂天になっていた。優弥は、
「俺の願いは届かなかったか」とがっかりした顔で弱音を吐いた。
「えー、でも実は嬉しかったりして」
「この顔のどこが嬉しそうなんだよ・・・」
「優弥くん、ツンデレだから心では喜んでいるんじゃない?」
「俺、嘘つけないタイプだってよく言われるけど」優弥は皮肉っぽい笑みを私に向けた。
同じクラスになってから、優弥へのアタックはいっそうパワフルになっていった。
この生活に慣れてきた頃、校内の掲示板で面白いチラシが貼られていた。
『萱ヶ瀬商店街を盛り上げるアイドルグループ オープニングメンバー募集 興味があれば高等部2-F隣りの空き教室まで 毎日放課後います』作成者の名前はなく、藁半紙にボールペンで書かれただけのものなので、いたずらかもしれないが、私は真っ先に空き教室に行こうとした。理由は2つある。
1つは、注目を浴びれるからだ。万が一、このアイドルグループが成功すれば、テレビや雑誌に出ることが出来るだろうから、目立ちたがりの私にとって、このチャンスは逃したくない。
もう1つは・・・。
私は空き教室の扉を開いた。教室のなかを覗くと・・・。
優弥が一人ぽつんと座っていた。コの字型に机が並べられており、ドアを開けた瞬間目が合った。
「げっ!お前かよ!?」
「ハロー、優弥くん。やっぱり私の勘が当たっちゃった♪」私は優弥の隣りの机の上に座った。
「何で分かった?俺、名前書かなかったぞ」
「うふふふ、チラシの字、優弥くんが私のノートに書いてくれた字とそっくりだったから、もしかしてと思ったの。そしたら、案の定」
「俺の字ってそんなに特徴あったか?」
「丸文字で雑な感じだよね」
「雑で悪かったな」
「字が雑でも嫌いにならないよ♪それよりさ、ここに来た人いる?」
「いや、お前が一番乗り」
「みんなアイドルになりたくないのかな?」
「あのチラシ貼ったの1時間前だぜ。お前が早すぎるんだよ」
「このまま誰も来てほしくないな~。優弥くんが独占できなくなるし」
「お前と一緒はいやだからあちこちチラシ貼りしてこようかな」優弥が立ち上がろうとすると、
「ああ、ちょっと待って!そもそも優弥くんが何で萱ヶ瀬商店街のアイドルの応募かけてるの?」私は一番聞きたかったことを尋ねた。
「話せば長くなるんだけど・・・」優弥は長々と萱ヶ瀬商店街の現状とアイドルを作ろうとした成り行きを説明した。
「分かったか?」と優弥が聞いた。
「いや~、優弥くんの顔ばっか見てたから分かんなかった♪うふふ」あんな真剣な眼差しを私に向けてくることなかったからね。一応うなずいていたけど、心の中はドキドキしていて話に集中できなかった。
「何だよ・・・」優弥は呆れたようにつぶやいた。
「ん~、要は萱ヶ瀬商店街のアイドルを作って、そのファンにじゃんじゃん買い物してもらって商店街を盛り上げたいんだよね?」
「ちゃんと聞いてるじゃねーか。まあ、大まかにそういうことだな」
「アイドルってみんなの前で歌ったり踊ったりするやつだよね?」
「ああ、そうだよ」
「私、ずっと憧れてたんだ~。大勢の人に注目されるのって。ねえ、私、アイドルになっていい?」目を輝かせながら優弥に聞いてみた。
すると、優弥は黙って考え込んだ。その後、私の全身をじっと眺めていた。さすがに目が合ったときは赤面し、心臓がバクバクした。優弥を長いこと追い続けているが、ここまで緊張するのは初めてだ。
しばらくして、「いいよ。ただ、2つ条件がある」と涼しい顔で言った。
「条件?」
「まず1つは、チラシを俺が作ったことを誰にも話さないこと」
「言われなくてもそんなこと誰にも話さないって~。だって話したら、応募殺到して優弥くんを一人占めできなくなるもん」優弥は何もコメントせず、淡々と続けた。
「もう1つは、人前で俺にベタベタ話しかけないこと」
「ここで好きなだけ話しかけられるからね。これもクリアできそう♪」
「じゃあ、お前が1人目な」
「やったーっ!!・・・ねえ優弥くん、あのね」
「何?」
「もしアイドルになって、萱ヶ瀬商店街を盛り上げることができたら、私のこと見直してくれる?」目をきらきらさせながら優弥に尋ねた。
「まあ、このくらいは」優弥はうっすら笑みを浮かべながら、左手の親指と人差し指をほんの少し間を空けて私に見せた。
「私、頑張ってみる!!」私は教室を出た。
アイドルを頑張ったら、今までとは違う世界が見えてくるかも知れない。期待と不安を胸に抱えながら、私は校舎の外へと駈けていった。