商店街の有力者
「下らんな」日曜の昼下がりにそう呟きながら、流しっぱなしのテレビを切った。
鎌倉庄二郎、65歳。幾分年を取ったからかも知れないが、最近のテレビは面白くない。素人同然の若者が簡単にテレビや映画に出られたりする。わしらの若い頃は、素人に比べて秀でているものを持つ者しかテレビや映画には出られなかったのだが・・・。それにしても、さっきテレビでやっていた『全国ご当地アイドルコンテスト』なる企画は実に下らないな。ご当地アイドルは最近持て囃されているが、素人同然どころか素人そのものの若者ばかりでないか。何故今のマスコミや大衆は素人が好きなのか。昔のようにスター性のある者を発掘することはできないのか。
今の芸能界への不満を胸に募らせながら、タバコを口に咥えた。窓に目を向けると、庭一面に花が咲き誇っていた。今の時期、色とりどりのアジサイやコスモス、バラ、ユリといった花が広々とした庭園を彩っていた。仕事で忙しく、家にいる時間もほとんどないため、たまの休みには庭の花を見ながら日々の疲れを癒している。家は商業地から離れた閑静な高級住宅街にあるので、騒がしくなく快適な環境だ。
ずっと寛いでいたいところだが、今日は来客がある。休みの日は、来客が多い。ほとんど仕事関係であるが、今日の客は違う。約束の時間より遅れているが、道に迷っているのか。
そう思っていたところ、「ピンポーン」玄関でドアホンを鳴らす音が聞こえた。
「来たか」玄関に向かうと、一人の少年が「こんにちは、遅くなってすみません。おじゃまします」と頭を下げ、家に入ってきた。
「やあやあ、家に来るのは久し振りだね~」目尻を下げながら少年に話しかけた。
少年は御田園優弥くん、わしが振興組合の理事長を務めている萱ヶ瀬商店街にあるお好み焼き屋「みたぞの」の店主の一人息子だ。「みたぞの」は戦後間もない頃から商店街にある店で、店主の人柄と独自開発のソースで人気を得てきた。今の店主である御田園信弥は3代目である。信ちゃんも先代の店主同様、気さくで話しやすいため、商店街に立ち寄るときは店でお好み焼きを食べ、長話をすることが度々ある。奥さんの美智子さんも、気さくな人柄だが、信ちゃんとはつりあわないほどの美人である。息子の優弥くんは高校2年生、鳩谷学園という進学校に通っていて、その中でも成績優秀とのことだ。背が高く、すらっとしていて、顔立ちも整っている。美智子さんに似たんだな。我が家主催のホームパーティにも昔は親子3人で参加していたが、優弥くんは小学5年くらいから家に来なくなった。わしが店に立ち寄っても軽く会釈をするくらいで、会話はほとんどない。信ちゃんに比べると冷めた感じの子だ。そんな彼から、先週突然「話をしたい」と切り出された。一体どんな話をするのか。
優弥に応接間に入るように促し、テーブルをはさんでお互いソファに腰かけた。妻の紀世が来て、2人分の紅茶を置いた。
「で、話は何だね」わしが尋ねると
「商店街のアイドルを作りたいんです」優弥は真剣な眼差しでそう言った。
「アイドル?」怪訝そうな面持ちで口にした。
「はい。この商店街は気さくで親切で、サービス精神旺盛なあたたかい人が多いです。たくさんのお店で、客の満足が得られるようなおもてなしをしていて、客足が絶えないよう経営努力をされています」優弥は続けて、
「ですが、最近ではこの商店街の人がいくら頑張っても客が集まらないです。客が来ない理由を僕なりに考えたのですが、『この商店街ならでは』という売りがないからじゃないでしょうか。売りがなければ、駅周辺や郊外の商業施設が新設されている中、わざわざ商店街まで足を運ぶ人はいないですよ」
「ちょっと、待ってくれ!」わしはその意見に反論しようとした。続けて、
「わしが経営している商店街の映画館の1つを、昭和の名作のリバイバル上映専門にしたり、商店街のBGMで昔懐かしい曲をかけたりしてるが、その結果客が集まってきているぞ」
「それだとお年寄りしか惹きつけられないですよね。若い人にも来てもらうようにしないといけないんじゃないですか」
わしはタバコに火をつけ、一口吸った。そして冷静に、「優弥くんのいいたいことはよく分かる。だけど、商店街に老若男女集まる時代じゃないんだよ。どうせ今の若者は新しい商業施設にしか目が向かない。だったら、この商店街に古くから慣れ親しんでいるお年寄りをターゲットに絞りこんだ方がいいんじゃないか」と話した。
わしは今、会社を経営している。祖父が興した『鎌倉興産』、この萱ヶ瀬商店街の不動産売買によって発展してきた会社だ。商店街にある映画館やパチンコ店、ゲームセンター等はこの会社が取り仕切っている。バブルが弾ける前までは商店街が賑わっており、大手百貨店や全国的に有名な店舗の誘致をさかんに推し進めていた。だが、バブルが弾け、郊外にショッピングモールが次々に出来、市内に大型の商業施設が建てられると、かつての賑わいも消えていき、商店街頼みの会社経営では収益が得られなくなった。今は商店街の不動産売買と共に、指定管理者制度による市内の公共施設・観光施設の運営代行を行い、利益を得ている。そのため、万が一萱ヶ瀬商店街がなくなっても会社が回るようにはなっているのだ。
ただ、萱ヶ瀬商店街は子供の頃から遊びに行っていた思い入れのある場所でもある。今の若者の好むような場所に変わってしまうのを見たくない。お年寄りの街にして緩やかに衰退させていくのがわしの考えだ。
優弥は「商店街に若い人からお年寄りまで惹きつけるものを作れば、この街はもっと賑わうんじゃないですか」と食い下がらなかった。
すると、部屋のドアが開き、「優弥くんの言うことに僕も賛成だな」との声が頭上から聞こえた。
声の主は鎌倉誠志郎、32歳。わしの次男である。髪はスポーツ刈り、身長185cm体重80kgで大柄な体型だ。3人いる息子のなかで一番意見が対立する厄介な相手でもある。
誠志郎は優弥の横に座り、「やあ優弥くん、久し振り。僕のこと覚えてる?」と話しかけた。
優弥は「誠志郎さんですよね。僕とサッカーの話をしてたことは覚えてますよ」と答えた。
「サッカー選手になってワールドカップに出場するってよく言っていたな~」
「僕、そんなこと言ってましたっけ?」
「ああ、何回もね。それにしても昔は小さかったのに、大きくなったね~。顔はまだあどけなさが残っているけど」
「誠志郎さんも何か昔より大きくなってません?」
「横に大きくなるばっかで、縦には大きくなってないな~」
「横も縦もそれ以上大きくならんでもいいわい。それより、立ち聞きしてたのか?」2人の話で盛り上がっているところに水を刺した。
「親父と優弥くんで面白そうな話をしてると思って、つい聞いちゃったよ。ところで、最初にアイドルを作りたいって言っていたけど・・・」
そうだった。商店街のアイドルを作るとか話していたな。誠志郎からそう聞かれて、優弥はこう話した。
「はい。僕は先日、彼女と郊外のショッピングモールでcute boxという女性アイドルグループのミニライブに行ったんです。僕も最初は興味なかったんですが、ライブを見るうちにダンスや生歌の上手さに魅かれていきました。後からファンである僕の彼女から、cute boxは最初から上手かったわけではないと聞きました。レッスンを重ねて何度もライブを繰り返しながらファンに成長を見せていき、新たなファンを増やしていっています」
いつもはクールな優弥が珍しく白熱しながらアイドルを語っている。誠志郎は興味深そうに話を聞いている。
「萱ヶ瀬商店街のマスコット的なアイドルグループを立ち上げて、ライブを繰り返していけばその度にファンが足を運ぶんじゃないか、そう考えました」
「うむ、これは老若男女に受ける素晴らしいアイデアだな。しかし、そんなに上手くいくのかね~?」わしは皮肉まじりに疑問を呈したとき、誠志郎は優弥に同調する口ぶりでこう言った。
「そんなことやってみないと分からないだろ」
「わしはアイドルとかそういった素人の寄せ集めみたいなものは嫌いだ。そこまでして商店街を盛り上げようと思わんわい。それにな、アイドルファンの若者はマナー悪いのが多いから治安も悪くなるだろう」
「父さん。3年前、僕が商店街にディスカウントストアを誘致しようとしたときも同じようなこと言って反対してたよな。いい加減若い層を偏見で敵視するのは辞めろよ」
「そんなもん作ったらチンピラが集まって商店街が荒らされるわい」
「ちょっといいですか」親子げんかしているところを優弥が静止した。
「僕の家は曾祖父の代からお好み焼き屋をしています。ひいじいさんから受け継がれてきた、新鮮な野菜をふんだんに盛り込んだお好み焼きと果物ベースのソースの味は、他の店のものに比べても自信を持っています。ただ、最近は商店街にも人が来なくなって店の売り上げも年々落ち込み、親父がやる気をだんだん失っています。僕はこの店を将来継ぐかは分かりませんが、このあたたかい萱ヶ瀬商店街に「みたぞの」の店を残していきたいんです。商店街は時代遅れって思われてますが、人気が出そうな企画なら何でもやってみて、この街に色んな客が足を運んでもらえるようにしたいんです」
「だが、治安は・・・」わしが言った途端、誠志郎が口をはさんだ。
「治安のことは悪くなってから対策を考えればいいだろ。それより、今は商店街にどう客を呼び寄せるか考えないと」
「ふむ・・・」タバコを吸いながらふと考えた。萱ヶ瀬商店街ではは長年、鎌倉一族と鎌倉一族の息のかかった店主が交代で理事長を務めていた。しかし、ここのところ商店街全体の売上が落ち込むようになり、商店街の店主たちの鎌倉一族を見る目が段々冷ややかになってきた。商店街の有力者であるにかかわらず、衰退を食い止められないからだ。優弥の父親、信弥も表面上は親しくつきあっているが、商店街をもう少し盛り上げてほしいとの注文を度々口にしてくる。前回の理事長選は1票差でぎりぎり、わしが対立候補に勝った。このままだと来年の理事長の改選も鎌倉一族の息のかかった者が当選できるか危うくなってきた。
誠志郎とは意見が対立することも多いが、鎌倉一族が商店街で力を握り続けるために、ここはひとつ優弥と誠志郎の計画に乗ってみるか。商店街アイドルという企画自体はわしの気乗りするものではないが、上手く進んだら誠志郎を理事長に推薦するのもいいかも知れない。商店街が盛り上がる、理事長が若く清新なイメージで商店街の店主たちの鎌倉一族への人望を取り戻せる、一石二鳥だ。そうなったら商店街は誠志郎に任せて、わしは別の事業に専念する腹積もりだ。
まあ失敗したら、それを理由にして二度と誠志郎に商店街の経営に関わらせないでおくこともできるしな。
わしはさっきとうってかわってにこにこしながら、「いいだろう。お前たちの好きなようにやれ」と、優弥たちの計画にゴーサインを出した。
優弥は今まで見せたこともない嬉しそうな笑顔で「本当ですか!?ありがとうございます!!」とわしに感謝した。
誠志郎は「何かさっきまでと態度が露骨に変わってるから怪しいな。まあでも、優弥くんと一緒にやらせてもらうことにするよ」と言った。
「アイドル活動の諸経費については、商店街の資金から捻出するよう今度の理事会で発案してみる。ただし、来年の3月までは」
「何で来年の3月なんだよ?」誠志郎が不思議そうに尋ねると、
「優弥くん、『全国ご当地アイドルコンテスト』って聞いたことあるかい?」わしは優弥に質問を振った。
「TBTテレビで来年3月に開催されるやつですよね。僕もこのコンテストに照準を合わせるように計画してます」
「ほほう、さすがだな。あれで1位になるとメジャーデビューと東名阪ライブツアー、2位から5位まではメジャーデビューが用意されている。そこで、5位までに入らなければ資金援助は打ち切り、5位以内に入ったら資金援助は続ける、これでどうだい?」
「アイドル嫌いなのによくそんなこと知ってるな・・・」誠志郎は呆れ顔で言った。
優弥は少し考え、そして、「いいですよ、やりましょう」緊張した面持ちで賛同した。若いのに肝が据わってるな。
誠志郎は「ところで、衣装とか曲とかはどうするの?」と優弥に尋ねると、「まだ考えてないです」と返事が返ってきた。
「じゃあ、僕の知り合いのつてを当たってみるよ」誠志郎はとにかく顔が広い。学生時代の友人や市内の若手経営者との飲み会にしょっちゅう参加している。知り合いをつたって衣装や曲を作れる人間の一人や二人、簡単に出てくるだろう。
「親父、会社のビルの屋上のスタジオあるだろ。あそこでライブしてもらうのはどうよ?」誠志郎が乗り気でわしに聞いた。
「ああ、じゃあ来年の3月まではタダで貸してあげよう。それ以降はさっきと同じ条件だ」
「鎌倉さんたちには感謝してもしきれないですね」優弥が言うと、「商店街が盛り上がればいいんだよ」誠志郎はさわやかな笑顔でそう言った。
「優弥くん、信ちゃんにもよろしく伝えておいてね」わしは優弥にそう話しかけた。とりあえず、御田園一家に恩は売ったつもりだ。
「あ、あとアイドルグループのメンバーってもう決まってるの?」誠志郎が聞いたら、優弥はにこやかに答えた。
「ええ、もう4人ほど」