視線の先の個性
「なにそれ」
「絵」
「それは見ればわかる」
美術の授業中、席の配置が変わって、前後から隣同士になった友人に声をかける。
今日の授業内容は静物画。僕たちは人の顔のオブジェの周りに机を並べて鉛筆を動かしていた。そして、ちらりと視線を向けた先にあった友人の絵は……
「……前衛的だね」
「素直に下手と言えばいいだろ」
「いやほら、個性のひとつとして……」
「そんな個性はいらん」
「遠慮しないで」
「お前にくれてやる」
「ごめん、いらない」
お世辞にも、上手とは言えなかった。
「そういうお前は……まぁ、普通だな」
「まぁね」
「流石オール3」
「それは言わなくていい」
彼も言ったとおり、僕の方は可もなく不可もなく。特別上手いわけでも壊滅的に下手なわけでもない。本当に、ただ見たまま描いているだけだ。
「どうすれば綺麗に線が引けるんだ」
「一筆で描こうとするから歪むんじゃ……」
彼の呟きに思わず返事をする。
「……どういうことだ?」
「こう、線を重ねればいいんじゃないかな」
言いながら、実際にやってみせると、彼が驚いたような顔で僕を見た。
「そんなやり方があったのか……」
「いや、誰でもやってると思うよ……」
苦笑しながら言って、ふと、授業の初めの先生の言葉を思い出す。
「……絵には、その人の個性が表れる」
「ん?」
「いや、最初に先生が言ってたこと。絵には個性が出るものだ、って」
「……俺の個性は、こんなフニャフニャのハゲみたいなのだってことか……?」
「そういうことじゃないと思うよ」
「個性、ねぇ……絵にも出るなら、文章にも出るよな」
「うん、多分ね」
「俺の書く文章は、どんな感じだ?」
彼が、いつになく真面目な顔で聞いてくるから、僕もつい、真剣に考えてしまう。今まで、彼の書いた話を読んだのは、何回くらいだっただろうか。初めは読ませられている、という方が正しかったけど、最近じゃ僕の方から頼むこともある。
「具体的に言い表すことはできないんだけどさ」
「おう」
「君の文章は、君が書いたんだってすぐにわかるよ」
「その理由が知りたいんだが」
「うーん……何度も読んだからではあるんだろうけど……」
そういえば、どうしてだろう。彼はファンタジー好きらしく、そういった話が多いけど、それ以外だって読ませてもらったことがある。その時も、あぁ、こいつらしいな、と感じた。
「わからない」
「そうか……まぁ、いいさ。俺らしさがあるってことがわかっただけでも、収穫だ」
「力になれなくてごめんね」
「いいってことよ。それよりまずは、こっちをどうにかしないとだしな」
彼はにっと笑って、そして目の前の大きな紙を指差す。ぐにゃぐにゃと歪んだ輪郭で描かれた人の顔が、こちらを見ているように感じて……僕は自分の描いている絵と向き直ることにした。
僕らしさ。それが一体どんなものかを考えながら。




