この空の先へ8
何故か其処に現れたのは……狼?
「ところでさ、この護衛さんは、何食べるの?」
うちには流石に、狼のご飯はない。
何食べさせていいかもわかんないけど。
「その心配はいらんぞ、地上のものは食わんからな」
「ふうん……だけど、咽喉とか乾くんじゃないの?」
エンちゃんの声は、マカミにも聞こえるんだそうだ。マカミさえいてくれれば、私がしゃべっていても、狼……いや、少々でっかい犬(って思ってくれるといいな)に話しかけてる愛犬家、くらいになれるかもしれない。
独りぶつぶつ言ってる危ない人ってよりはそっちの方がいいなあ。
「ねえマカミ……さん、水くらいは飲むよね?」
ペットじゃなくて護衛だし、呼び捨てはと思って、さんを付けて呼びかけてみると。
耳がきゅっと動く。
あら、何だか可愛い。
なので、手ごろな大きさのボールを取って、水を汲んで差し出してみた。
お。
感謝ってような目をして――主観である――飲んでる。
数分後。
「いいなあ、エンちゃんは、マカミと何時も一緒なんでしょ?」
首筋をもふもふ。
背中の毛は割と剛毛だけど、頭や耳、首にかけての毛の柔らかい事。
撫でると気持ちよさそうに目を閉じるから。
すっかり私はマカミに馴染んでいた。
そりゃあ呼び捨てにするくらいには。
「お前、適応するのが早いな」
感心したようなエンちゃんの声。
「それに、こんなにマカミがリラックスする相手も初めて見た」
「そうなの?」
「どうやら相性も悪くないらしい、安心した」
「へー、うん、私はマカミ気に入ったな」
そっちは? とマカミの顔を見れば。
目が優しく笑ってる。
「ねえ、マカミは喋んないの?」
「お前にもいずれ、マカミの言葉が伝わるかもしれんな」
「え? それって話せるけど私にはわかんないって事?」
「まあ、そのうち、わかるだろう」
「なんか悔しいんですけど?」
そして夕刻。
私は、エンちゃんとマカミと、外に出ていた。エンちゃんに散歩に行くぞって言われたのだ。
なんでまた散歩なぞ、と思ったものの、それも仕事の一環だと言われると、妙なもので手伝う気分になり、こうして歩いている。
マカミはもうちょい小さなサイズになり、ぱっと見、和犬の雑種のような感じになっている。
「もしかしてうんと小さな犬とかにも変われるとか?」
「出来ぬ事はないが、あまり小さくてはとっさの時に力が出せんだろう」
「ふーん」
そうか、護衛である以上、それなりに大きさは必要って事なのかな。
川沿いの道をゆっくり歩く。
マカミは心得た顔で、隣を同じテンポで歩いている。
水面が、夕日を浴びて赤みがかる。
と。
それまでゆったり歩いていたマカミが、ふと足を止めた。
「と、とと」
私も釣られて止まる。
「どうかしたの?」
見上げてきたマカミの顔は、引き締まっている。
「ああ」
エンちゃんが溜息交じりに唸った。
「まずいな……沙衣、手を貸せ」
「手を貸す?」
「いいから、お前の体を使わせろ」
「???」
疑問符が木霊する。体を使うってどういう意味なんだ。
でも、問う前に、体が勝手に動き出して、私は驚く。
「か、勝手に動いてない?」
「だからさっき断っただろうが、それから、いいと言うまで私語は厳禁」
そう言って。
エンちゃんは何をしたのか、私の口を封じてしまった。何か喋ろうにも、己の意志では口は開かない。
――ちょ、ちょっと!!!――
だからむなしく、私の言葉は体の内部で響いていた。
「説明は後でする」
エンちゃん、私の口まで乗っ取った。
自分の口から、自分の声で出ている筈のそれは、エンちゃんのものだった。
「意識を遮断……は難しかろうが、儂に任せて、お前は余計な事を考えるな」
そうして。
エンちゃんは、マカミと走り出した。
(2013/10/17)