この空の先へ5
この状態って、いい様に丸め込まれたのでしょうか?
嗚呼。
お人よしとでも何とでも言うがいい。
しかし、どうにもならなかった。
出ていけない相手が、既に、中に居座ってしまっている現状。これ以上何をすればいいというのだ。
私は、閻魔と同居(?)する事を、その条件で飲んだのだった。
「まあ、よろしく頼む」
ぽんぽんと肩を叩いてくる相手。
「気安く叩かないでくださいって」
最も、相変わらず感触はないのだが。
これまた違和感。
少し考えて、ああそうか、と思い当たる。
さっきまでの縛り付けられるような感覚が、今は全くないのだ。
それとも、気の所為だったのだろうか。
「どうかしたか?」
「あ、いえ……」
聞かれても説明がしにくい。
私は別の話題を探した。
「ところで、その、なんていうか、仕事はどうするんです?」
閻魔を名乗るからには、本人も言うように、魂の行く先を決めるのが仕事の筈である。その辺りの事はどうするのだろう。
流石に代わりにやってくれとか言わないだろうけど。
そもそも言われても出来ない。生きてる人間だってどうこう出来ないのに、死んだ人間なんてもっと出来る訳がない。
こればっかりは、どう言われても断るぞ絶対。
硬く硬く心に誓っていると。
「ま、お前が寝ている間に何とかするとしよう」
折角誓っていたのに、そんな葛藤は全く必要のないものだった。
どうやら、私の意識がない状態ならば、普通の時よりも容易く、閻魔は自分の意識だけ外に出す事が出来る。最も、目が覚めたら、また私の中に戻る。
「なんで?」
「起きているより、眠っている状態の方が動きやすいという意味だ、完全に切り離せる訳ではない、元は絡んだままだからな」
「絡んでるって」
「それ以外に言い様がないわ、儂とお前の意識はこんがらがった糸みたいなものだ」
絡んでるだの、こんがらがった糸だの。
他に言い様はないのだろうか。
とはいえ、今話題にする事でもないので、突っ込むのはやめた。
「起きている状態でも出来なくはないが、絡み合った糸を無理に断ち切るようなものだ、人間にそんなに負担をかける訳にはいかん」
どうやらそれは、私にかなり負担がかかるそうだ。
さっき、私の意識が飛んだのも、勿論ぶつかった衝撃もあるけれど、閻魔が慌てて抜け出そうとしたのも理由の一つだったらしい。
どうやらそれは、私にかなり負担がかかるそうだ。
そのまま出ようとすると、私の意識諸共外に出る事になりそうだったので、それはまずい、と留まったのだそうだ。ただでさえ私の意識とぶつかった事で消耗していたのに、残りの力は、そのまま抜け出しそうだった私の意識を押さえるのに使ったという。
「無理矢理掴み出されそうになったからな、安定を失っていた、留めるのに苦労したわ」
紳士的じゃないか、とうっかり思ってしまった。
いやいや、迷惑かけられているんだ、既に十分。
「あ、でもそれなら、いっそ私も一緒に出て、後で私だけ戻してもらうとかもありだったんじゃ……」
それなら、こんな同居だのなんだの言わなくても、すぐにおさらば、問題なしじゃん、あったまいいー。なんて考えていると。
「いや……」
だったらとっくにやっている、と閻魔。
「限界近くまで消耗している今は、抜け出すのに精一杯だからな、お前を戻すまでは無理だな」
「出来ないの?」
「お前が気絶しっぱなしでよいならば、事は簡単だぞ、意識は隔離され固定されるから、わしにつられてさ迷う事もない」
「無理言うな」
「……で、あろうな、まあ、お前の意識が、肉体より抜け出しているところで、アクシデントだから、迎えを寄越さなければ、お前は此処にいても構わない」
「迎え……」
「儂の所に来させる迎えじゃよ、お前達は死神等と呼んでいるようだな、時折あ奴等を目にする者がいるので、見られる事がないよう、徹底させているところだ」
「いや、そういう仕事事情は今はいいんで……つまり、それって私死んじゃうって事になります?」
「いや、体に戻れないだけの事で、それ以外はこれまで通りにしてもらっても構わんぞ、そもそも此方が引き起こした事態だからな」
「体がないって時点で、これまで通りに出来る訳ないと思うんですが」
「それもそうか……お前の寿命にはまだまだ時間があるが、不都合とあれば迎えに連絡してもよい、次の道を選ぶのもよかろう、迷惑料代わりで、気に入ったオプションもつけてもいいぞ、なんなら特注も認める」
特注のオプションって、何がつくんだか。
いやその前に、全然よくない。
「まだまだ時間があるって事でしたら、猶更まだまだ生きていたいんですけど」
と、閻魔は少し目を細めた。
「……本当に思うか?」
細い目が、金色にきらりと光って、見透かされる。
どきりとした。
これまでもラッキー続き、順風満帆だった訳ではない。
現在も。
故に、はいと言い切れない部分があるのも確かだ。
かといって、好意に甘えて人生やり直し、と割りきれるほど、差し迫っている訳でもなく。
「思ってます……多分」
そう答えた。最後の方は、小声になっていたけど。
大体、いきなり決断を求められても、答えられない問題だと思う。
ふっと、閻魔は笑った。
「まあいい、ならばこの方法は取らぬとしよう……それに」
「それに?」
「仕事に関しては、儂の弟が普段詰めているから、連絡さえ取れれば、さほど問題もないだろう……今は」
「は? 弟?」
閻魔さんって、兄弟いたんですか。
初耳です。
(2013/4/8)