この空の先へ3
何でも手違いで、私とぶつかってしまったという閻魔さんは、どうやら困った状況にあるようです。
私――野上沙衣は、れっきとした女である。
そりゃあ確かに、出るところも引っ込んでいるところもささやかすぎる差なので、よく言えば中性的、はっきり言えば幼児体型。
ついでに声も女性にしては低めなので、電話では間違われる事も多いのは否定できない。
髪は、艶々の黒で気に入っているが、長さはというと、バッサリと切っている。この方が洗うのも乾かすのも簡単だし、手入れも手がかからないという立派な理由がある。
暑い季節にも対応するし。
そういえば、この目の前の男と、髪型は似ているかもしれない。
背は、向こうの方が此方よりも頭一つ分くらいは高め、しかし、ほっそりして見える腕といい、随分華奢な体型をしている。
閻魔という言葉から想像される、いかつい大男(だって、絵本や昔の文献といったものから想像される閻魔大王というのは、優男ではなかったと思う……多分)とは、まったく真逆に見える相手を前に、私はたった今、自分は女であると、ブチ切れたところだった。
「まあまあ落ち着け」
失言を悟ったのか、閻魔は慌てて私をなだめにかかる。
「なかなか、その、スレンダーで凛々しい顔をしておったのでな、うっかり」
「無理矢理褒めんでいい」
くっきりとした男眉なのは自覚している。
「それよりも」
自分の容姿をあれこれ此処で問答する気はなかった。
「そんな散歩中に足を踏み外した閻魔さんが、何でさっさと帰らないでこんなところにいるのかな?」
「帰れん事情があるからじゃ、当たり前だろう」
そもそも、と閻魔はあたりを見回す仕草をした。
「お前、此処が何処なのかわかっているのか?」
「何処って、さっきまで私は外にい……」
最後まで言う事は出来なかった。
何かが、違う。
あたりは薄暗いような、それでいて、何でもよく見えるような、不思議な明るさだった。白とも黒ともつかぬ、混じり合った色彩。
よく見れば、自分の手は、ぼうっと光っている。
目を凝らすと、手だと思っていたのは、うんと細かい光の粒々であって、そんな細かいものが集まり、やっと私の体を作っている。思わず顔に触ってみるが、そんな粒々を見てしまった所為なのか、触っているのだかいないのだか、自分でもよくわからない。
酷く頼りなげで、それこそ風にでも吹き散らされたら、あっという間に私の体は、ばらばらになってしまうに違いない。
そう、考えて、ぞっとした。
「何処?」
無理矢理、意識を目の前の相手の方に向ける。これ以上己を見つめていては、精神によくない。
「そうだな……お前の意識世界、夢の中、とでも言った方がわかりやすいか」
「つまり、まだ目が覚めていないって事ですかい?」
「そうなるな、お前、この世界でも寝ていたんだからな、よくよく念の入った事だ」
「なんか馬鹿にしてません?」
「全然?」
その、全然という響きが、やたらわざとらしくて、何だかむかっとくる。
「無理もあるまいよ」
ふ、と。閻魔の口調が変わった。
「儂の意識をも抱え込んでいるんだ、こうして起き上がってこれたのでも拍手もんだぞ」
(2013/3/18)