孤独な魔法使いと魔力殺しの少女
暗い森の中、木々の合間を縫うように駆け抜ける少年を、3人の男たちが追っていた。
魔術と呼ばれる魔力を扱い、有を別の有へと組み替える技術が発達した世界、男たちはそれぞれ異なる魔術を使い、逃げる少年に向けて、風の刃を、炎の弾丸を、岩の槍を放つ。少年はそれに気がつくが、紙一重で対処が間にあわないことを悟り、眼をかたくつむる。
衝撃に備えて体を丸めて待ったが、いつまでたっても痛みは感じず、恐る恐る眼を開くと、少年と同じくらいの年の少女が1人、金色に輝く剣を持って少年と魔術師たちの間にたたずんでいた。
「ま、魔術をかき消しただと!」
魔術師の1人が驚愕の声を漏らす。
「たかが下級の魔術をかき消したくらいで驚かないでよ」
少女は気だるそうに言うと剣を構える。
「なんであの子を狙っているかは知らないけど、背中を向けている相手を襲うのはいただけないわ。魔術師ならなおさらね」
言うと同時に少女の姿が消え、次の瞬間、魔術師たちは意識を刈り取られて地面に倒れ伏した。
「安心しなさい。峰打ちよ」
両刃の剣を掲げながら少女は言う。魔術師たちに切り傷が無いところを見るに剣の腹で叩いたのだろう。少女は座りこんでいる少年に歩み寄り手を差し伸べる。
「大丈夫だったかしら?」
木々の合間から僅かに零れた光が少女の金色の髪を淡く輝かせ、神秘的に演出する。おずおずとその手に手を掴み、引っ張って立たせられる。それが世界で唯一無から有を生み出すことのできる魔法使いの少年と、魔術の源である魔力を無効化する特異体質を持つ少女の出会いだった。
少年は両手でズボンを叩いてから少女に向き直り笑顔でお礼を言う。
「ありがとう、おかげで助かったよ」
「気にしなくてもいいわ。と、言いたいんだけど、なんで追われていたのか教えてもらえるかしら?犯罪の片棒を担いだなんてことになったら困るからね」
少女は言いながら少年を見る。
「別に何も悪いことはしてないよ。彼らはボクを狙っているというよりもボクの持つ力を狙っているだけだからな。いつもは気がつかれないように気を付けているんだけど今回は油断していたよ」
「ふぅ~ん、まぁ犯罪者じゃないんなら別にいいわ。それじゃあね」
少年は苦笑を浮かべながら答えると、少女は興味を失ったのか、背を向けて歩き出す。
「あ、待ってよ。ボクの名前はアダムっていうんだ、よければ君の名を教えてほしいんだ」
少年、アダムは名乗り上げて、尋ねる。
「アルトよ」
少女、アルトは振り返らずに右手だけ挙げて返す。
「アルトか、いい名前だね。ねぇ、アルト、ボクも着いていっていいかい?」
言いながら駆け足で後を追う。しかし、ブンッ、という音と共に首の前に剣を突き付けられ、足を止めた。
「何が目的なの?」
凍てつくような冷たい眼差しでアダムを見据えながら聞く。
「も、目的って、ただ、ボクは助けてもらった恩を返したいだけだよ。」
怯えながら答えると、剣が首から離れ、鞘に納められる。
「恩返しは不要よ。逆に着いてこないでくれたほうがありがたいわ」
「そんなこと言わないでよ。こう見えてボクは役に立つよ」
再び背を向けながら言われるが、アダムはめげずに自分を売り込む。アルトは疲れた顔になりながらも、背を向けたまま。
「…好きにしなさい」
と、言って歩き出す。
「わかった、好きにさせてもらうよ」
嬉しそうに答えるとアルトを追って歩き出した。
出会いから2ヶ月、2人の旅は続いていた。アルトが戦いと狩り、アダムは食事や洗濯、テントの準備などを担当している。この2か月の間にアダムは冗談が好きで、何かを隠している、根無し草な旅人。アルトは1万人に1人しかいないとされる魔術の源である魔力をかき消す、魔力殺し体質の女剣士で、何らかの目的があって旅をしている。お互いにそう認識していた。2人とも同い年だ。
「ご飯まだ~?」
アルトがテントの中で寝転がりながら川魚を焼いているアダムに声をかける。
「もうちょっとだよ。干し肉でもかじって、待っていてよ」
アダムは干し肉の入った袋を差し出す。
「それ保存食でしょ?いい、我慢する」
アルトは右腕を目の上に置きながら返す。
「ははっ、まぁ、本当にもうすぐだから。ほらできた」
ぐったりとしているアルトに苦笑しながら、川魚が焼けたことを確認するが、
「いただきます」
アダムの手の中から鮮やかに焼き魚を強奪し、かじりついた。
「は、はやいね」
口をひきつらせながら言うと、アダムも自身の焼き魚を口に運ぶ。
「ねぇ、アダム」
自身の焼き魚をぺロリとたいらげたアルトは、思いだいたのか声をかける。
「ん?どうしたのさ」
「いや、あんたっていつまでついてくるのかなって」
アダムの問いかけに少し寂しげに答える。出会って2ヶ月。たったの2ヶ月だが、それだけの時間を共に過ごせば情もわくし、別れるのはさびしい。
「そうだね」
アダムは軽くうつむいてからいつもの笑みを浮かべてアルトに向き直り。
「君の旅が終わるまでに考えておくよ」
と、答える。
「いつ終わるかわかんない旅よ?だいたい、あんたは私の旅の目的も知らないじゃない」
この2ヶ月の間、アルトは旅の目的を話していなかった。そしてアダムも聞こうともしなかった。
「別に良いんだよ、ボクは君についていければそれでいいのさ」
「まったく、私の何をそんなに気に入ったのよ」
アダムの答えに思わずため息をつき、呆れたように返す。
「ははっ、一目惚れってホントにあるものだね~」
台詞こそは口説き文句だが、笑いながらなので、冗談だと判断し、
「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ。さっさと食べなさい」
疲れたように、アダムの手にある食べかけの焼き魚を指して言う。
「ボクは猫舌だから熱くて、熱くて」
言いながら焼き魚にかぶりつき、ぺろりと平らげた。
「あんたね。はぁ、馬鹿らし」
あまりにもふざけているので、これ以上の会話は面倒になり、頭を押さえる。
「ははっ」
アルトの考えがわかったのか、アダムは苦笑した。
そんな会話から更に2ヶ月。アルトはある村に向かって急いでいた。その後ろから置いてかれまいと、魔力でひそかに体を強化したアダムが追っていた。アルトが誰かを追っていることくらいは4ヶ月も一緒にいれば嫌でもわかる。その誰かは魔術師であることもわかった。何故追っているのかどんな関係なのかは知ることはできなかったが、親しい仲でないことだけは表情からわかる。昨日、とある街でその誰かが走って5日ほどの距離にある村に滞在している情報が手に入った。それからこの調子で2人は走っていた。アルトの表情は引き締まり、瞳は怪しく輝いている。その背中を心配そうにアダムは見つめる。
「こんなペースだとつく前に倒れちゃうよ」
ここまで休まず走っている、このままの調子で走れば本当に倒れてしまう。
「うるさい!」
アダムの言葉を一蹴しアルトはさらに速度を上げる。しかし、
「あっ」
半日以上の全力疾走の疲れと、足元に注意を怠ったため、木の根につまずいてしまった。
「おっと」
間一髪のところで倒れる前に抱きかかえてその場に座らせた。
「こんなミスはいつもならしないのに。少し休まないとまた転ぶよ」
言いながらアルトに気がつかれないように眠りの魔法をかける。いくら魔力殺しでも疲労している状態ではアダムの魔法に対抗できず、すぐに眠りに落ちる。
「やれやれ、こまったものだ。それにしても」
彼女の焦りようは異常だと、眠っているアルトを見て考える。彼女の事情は知らない。推測はできても正しいのかは確認していない。
「復讐、か」
この4ヶ月の間にアルトが魔術師と戦う姿を何度も眼にしている。魔力殺しの体質の恩恵で苦戦こそあまりしていないが、その表情は真剣だった。気になったのは彼女の瞳に憎悪の炎が揺らめいていることだった。魔法使いであるアダムは普通の人間では感じることのできないモノを感じることができる。人間の感情を、瞳を通して感じることもなど造作もない。だからアルトの憎悪の感情を知る事ができ、目的が復讐だと見抜けた。
「ボクが魔法使いだと知ったらどう思うんだろうね」
誰かではない、他の魔術師に憎悪の念を感じさせたのだ、魔術師そのものを嫌っているのだろう。なら魔術師にとって頂とも言える魔法使いが自分だと知った時にどう反応されるのか、アダムの不安だった。
「やめやめ、今は考えるのはよそう」
考えを振り払うように頭を左右に振ってアルトを抱きかかえる。
「少しは早く着けるようにしてあげるよ」
言った瞬間、その場から2人の姿は消えてしまった。
目的地まであと半日かかる場所に2人は現れる。
「ふぅ、あいかわらず転移は疲れるなぁ」
アダムが使ったのは転移と呼ばれる瞬間移動に属する魔法で、少しでも距離を稼ごうと思い使用したのだが。
「少しばかり近くに着すぎたかな?眠っていても魔力殺しの体質の影響が出て、コントロールが乱れちゃったみたいだ」
残り半日程度の距離まで、アルトを担いで運んだという説明では物理的におかしい。魔力殺しの体質が転移に使用する魔力を乱して制御が効きにくくして場所を間違えたのだ。
「言い訳を考えるのって面倒かな。これなら最初から普通に背負って行けば良かったかも。まぁ、あの様子だと気にしないでしょ」
楽観的に考えながら、アルトを背負うと例の村に向って歩き出した。
しばらく歩いているとアルトを落とさないよう、膝をついた。
「はぁ、はぁ、しんど」
全身から汗を流し、疲労困憊である。アダムは魔法使いであり、肉体労働は苦手である。更にアルトに密着した状態では、身体強化の魔法を使っても魔力殺しの体質に魔力制御が邪魔されてしまうので、自力で運ぶしかなかったのだ。
「んっ、あれ、此処は?」
歩いていると、アルトが眼を覚ました。あと数時間は眼を覚まさないとアダムは思っていたが、やはり彼女には眠りの魔法も効果が薄かった。
「やぁ、起きたかい?」
アダムは言い訳を会話の流れにまかせてみることにして、話しかける。
「どうして私は寝ていたの?」
寝ぼけているのか、頭をフラフラさせながら聞いてくる。
「少し休憩するつもりだったけど、よっぽど疲れていたせいか、寝てしまったんだよ」
それとなくありそうなことを言ってみると、アルトはカッと、眼を見開いてアダムの背から飛び降りる。
「何時間寝てたのっ?」
アダムの肩に縋り付く様に手を置き、焦燥感を浮かばせた表情で聞いてくる。
「心配しなくても大丈夫だよ。親切な人があの後通りがかってあと半日の場所まで馬車で運んでもらえたんだ」
あえて時間を言わずにあと半日の場所であることを告げて思考を逸らす。違和感をなんと無しに覚えながらもアルトはホッとした。後半日、この距離なら本気で走れば、半日より早くたどり着ける。そう考えていたとき。
「おやぁ、膨大な魔力を感じたので着てみたのでぇすが、何時ぞやぁのマドモアゼルではないでぇすか」
2人の背後から急に聞こえた男の声に、アルトは急いで剣を抜いて臨戦態勢をとる。そこにはカエルめいた異相をした長身の男が立っていた。男は四十代後半位だろうか、襟の部分に赤紫色の鳥の羽がついている黒いローブに身を包み、茶色の表紙をした辞書程度の大きさの本を、奇妙な文様の刻まれた左手に抱えていた。アダムはなんとなく嫌なモノを感じる。
「あんたはっ!」
アルトは眼を見開くと、アダムの襟をつかんで自身の後ろに向かって投げ飛ばし、男から庇うように男の前に立つ。
「うぅん、ワタクシを追ってここまで来たのでぇすか?だとしたぁらなぁんと男冥利に尽きるということでしょぉう」
親と娘ほど年の離れている2人である、男がアルトを小馬鹿にしているようにアダムは感じた。事実、男はニヤニヤと嘲笑らっている。
「寒気のする冗談はやめなさい、GR。私がここまで来た意味、わかってわよね?」
アルトは射殺すような眼差しをGRに向けて言い放つ。
「やめておきなさぁい。魔法使いに最も近い力をもつワタクシにアナタの剣など届きは」
「やってみないとわからないでしょ!」
GRの言葉の途中でアルトは斬りかかった。しかし、
「ほぉら、言ったとおりでしょぉう」
突然伸びた木の枝が生き物のように巻きついてアルトの動きを封じた。
「なんでっ、私に魔術なんか」
「そぉう、アナタに魔術は効かなぁい。しかぁし、単純な物理現象ならどうでしょぉう?」
GRは魔術で攻撃したのではなく、木を急激に成長させて、成長を操り拘束したのだ。
「魔力のこもらなぁい攻撃は無効化できなぁい、そしぃて感情や体調によって効果が左右される。それが魔力殺しの弱点でぇす。だからアナタの村を襲っても実験体に持っていったのはアナタの父親だけで十分でぇした。その父親もお返ししましたよ?何故ワタクシをうらむのでぇすか?」
魔力殺しは遺伝しない。しかし、アルトの父親は偶然にも魔力殺しだった。
「えぇそうね、村は私を除いて全滅。父様もバラバラになってホルマリン漬けにされた状態で返しにきたわね」
散々いじくりまわされたのだろう、父の顔は苦痛に歪んでいた。眼球も綺麗にくり抜かれて別の容器に入っていた。GRは遺体を返したのだから何故恨まれているのかよく理解できていないのだった。
「村の仇、父の仇、絶対私は許さない」
「仇ぃ?何を言っているぅのですか。魔法に近づくための清らかな犠牲ではないでぇすか。まぁ、魔力殺しはあまり役にはたちませんでぇしたがね。むしろワタクシのほうが文句を言いたいでけす。貴重なマジックアイテムを使って捕まえたのでぇすから、もう少ぉしワタクシの役に立つ成果を残してくださればよかったのでぇすから」
やれやれといった風に言われ、アルトは悔しげに歯を噛みしめた。
「さぁて、楽しいお話の時間はここまぁでです。今後も追われるとワタクシの貴重な研究の時間にさし障りまぁすので、アナタとはここでお別れにしましょぉう」
言いながら手に持つ本を数ページ破り空中に投げると、破れた紙片が剣へと変化した。
「いかぁに魔力殺しでぇも、一瞬で魔力は殺せませぇん。なのぉで、この剣で首を跳ねましょぉう」
剣を手に持ち振り下ろすGR。しかし、その剣はアルトを切り裂くことなく地面に突き刺さる。GRは軽く驚きながら、アルトを抱きかかえるアダムを見る。振り下ろされた瞬間に、転移の魔法を使い。自身の腕の中にアルトを移動させたのである。
「この魔力は、アナタのものでしぃたか」
GRはこの場所に訪れた原因である、転移に使われた膨大な魔力の正体が眼の前にいる少年であったことに驚く。
「おやぁ、良く見ればアナタは魔法使いではないですぅか。未だに魔法使いに至っていないワタクシでは、少々分が悪いでぇすね」
以前何処かの魔術師のコミュニティで読んだレポートに付属された写真の魔法使いと同じ顔の少年が目の前にいる。できれば手に入れて研究に使用したいと考える。
「マドモワゼル、明日、ワタクシはここから少し離れた場所にあるダルクという火山の火口でまっていまぁす。ワタクシもいいかげん追われるのも飽きまぁしたので、いい加減に決着としましょぉう」
少し考える素振りをした後に伝え、纏っていたローブを翼のように変えてダルクに向って飛んでいった。
長い沈黙が2人を包む。アダムは俯き、そんなアダムをアルトは睨んでいた。やがてアルトが口を開く。
「アンタが魔法使いだってホントなの?」
「本当だよ。覚えているかい、初めて会ったときのこと、あのときボクを追っていた魔術師たちはボクを魔法に至るための研究対象にしようと追っていたんだ」
アダムは辛そうに答える。アルトの村と父親はGRが魔法使いヘ至ろうとした研究の犠牲になったのだ。魔法使いという頂が存在することを、アダムの存在が世界に広めてしまった。アダムがいなければ魔術師たちは自身の魔術をより高めるための研究だけを今でも続けていただろう。GRのような魔術師はそれでも他者を犠牲にして魔術を高みに持っていこうとしたかもしれないが、魔法という頂を知ってしまったことにより、より行動がエスカレートしてしまっている。そのことはアダムの罪であると自信も認めているが、その被害者が自身の惹かれた少女だとはアダムは考えもしなかった。
「そうだったの」
アルトはそれだけ言うと剣をアダムに向ける。
「一つ聞かせて。アンタは魔法を持っていて幸せ?」
冗談も黙秘も許さないとその瞳は語っている。
「ボクは平穏を望んでいるんだ。魔術師に追われ続ける人生が幸せなわけがないだろ?それにボクの、魔法使いの存在が魔術師を増長させてしまった。そのことはボクの人生に刻まれている。だからボクは幸せになるべきでもないさ」
紛れも無く本心からの言葉だった。世界を混乱させる災厄の源である自身は幸せになるべきではない。
「…アンタ馬鹿ね。幸せになるべきでないなんて、よくそんな恥ずかしい台詞が言えるわ」
アダムの考えを鼻で笑いながらアルトは剣を収めた。
「いったい何を」
罵倒されるとは思っていたが、まさか自分の考えを鼻で笑われるとは思っていなかったアダムは眼を白黒させてうろたえる。
「よし、決めたわ。今後の目標」
驚いているアダムを無視してアルトは決意を固める。
「いい、馬鹿アダム。私はこれからGRと決着をつけてくるわ。だからアンタはふもとの村で待っていなさい」
「なっ、一人で行くのかい?言っておくけど彼は魔法使いに至っていないけど大魔術師だ。君の勝てる相手じゃ」
慌てるアダムの口をアルトの手がふさぐ。
「大丈夫、問題ないわ。さっきは頭に血が上っていただけよ。アンタは心配しなくてもいいのよ。だまって着いてくるのも、魔法で覗き見るのもゆるさないわよ」
自信満々な顔に何も言えず頷くしかなかった。アルトは満足げに頷くと、ダルク麓の村に向って歩き出した。
そんな会話から今日で3日目。ダルク麓にあるドジル村の宿にアダムは1人で居た。未だにアルトは戻ってきていない。山頂の魔力を探っても昨日から魔力を感じないことから戦闘は終わっている。もしかしてアルトは殺されてしまったのだろうか?アダムは気が気でなかった。あと2日。5日戻ってこなかったら宿を出て一人旅に出るように言われている。ダルクの火口は見に来るなとも言われていた。この3日間の間に考える時間はいくらでもあった。その中に何故自分はアルトに興味を持ったのか、という疑問を考えることもあった。何故?寂しかったのだ。強大な力を持ち、多くの人間に狙われるという生活にアダムの心は悲鳴をあげていた。どれだけ力をもっていてもアダムは二十に満たない子供である。そんなときに魔術をかき消すという異能を披露したアルトなら自身を受け入れてくれるかもという願望があったのだ。
「何を馬鹿なことを。アルトではないけど、本当にボクは馬鹿のようだ」
彼女にとっては不幸の原因とも言える自分を受け入れてくれるわけがない。自嘲気味にアダムは笑う。
「いまさら自分が馬鹿だって気がついたの?遅すぎるわよ」
背後からの声に驚いて振り向くと、傷だらけだが五体満足のアルトが立っていた。
「アルト、無事だったんだね」
アルトの無事に笑みを浮べて立ち上がるアダム。
「楽勝…とは言えないけど、仇はとれたわ。半日倒れることになったけどね」
アルトは笑いながら言って力瘤を作って見せる。
「GRを殺したの?」
アルトが仇とはいえ、人を殺めたなどと、アダムは考えたくなかった。
「まっさか、アイツを殺したって父様や村のみんなが戻って来るわけではないし、魔術協会の支部に引き渡してきたわ。アイツ各地で似たようなことしてたみたいで賞金首になっていたから、強すぎて誰も捕まえられなかったみたいだから、たんまり報奨金が出たわ」
魔術師たちを束ね、管理する組織、魔術協会。アダムは苦手な場所だが、あそこに捕まれば二度と出てこられなくなると信用できる。
「それで、今後のことなんだけど。ねぇアダム。私と旅を続けてみない?今回のことでお金も手に入ったし、アンタは私の目的が達成してから今後を考えるって言ってたわよね?」
アルトはアダムをまっすぐ見据えながら聞いた。
「え、何故?ボクは君の仇とも言え、むぎゅっ」
アダムの言葉を遮るようにアルトは彼の両頬を摘む。
「アンタは自意識過剰なのよ。アイツが魔法のことを知って、勝手に暴走した。それだけ。魔法使いだろうとアンタには関係ないことでしょ」
真剣な表情でアダムを見据える。
「だから勘違いしているアンタに教えてあげるわ。アンタには幸せになる権利がある。旅をして多くの人たちを見ましょう。そして知り無さい。多くの犠牲を出してしまったから自分が幸せになってはいけないなんていうのは思い上がりなんだってことをね」
頬から手を放し、力強い笑みで言うアルトに、アダムは眼を奪われた。今までの彼女と違い、憑き物がとれたようにすがすがしい顔をしている。魔法使いの感覚で、生きる力に満ちていることを感じる。
「そんなんじゃ納得できないよ」
アダムは困惑する。復讐から開放されたのに、何で自分なんかに付き合ってくれるのかがわからないのだ。
「決まっているでしょ、いくら復讐を終えても帰る村はもう無いんだし、自分が住みたいという場所を探す旅も兼ねてるのよ。それに旅は1人より2人のほうが楽しいでしょ?」
笑顔のまま語るアルト。アダムは釣られて笑ってしまう。
「つまり君の旅を楽しくする為にボクを利用するのかい?」
「そうよ、あたりまえじゃない」
恐らく自分の住む場所を探すというのは今考え付いたのだろう。復讐を終えたらアダムと旅をする。それはアダムの考えが気に食わなかったからだ。
『幸せになる権利は誰にでもある。お前は誰かを幸せにできる人間になりなさい』
それはアルトの父親が言っていた言葉だった。この4ヶ月の間、復讐に生きていたアルトでも楽しいと感じていた。だからこそ、孤独な魔法使いに幸せを届けたいと、心から思ったのだ。
「じゃあ、いきましょう」
アルトは手を差し伸べる。
「わかったよ。まずは何処に行くんだい?」
その手を掴みたずねる。
「そうね、首都なんてどうかしら?」
答えたアルトの顔は満面の笑みだった。アダムも笑みを浮べて頷く。ゴールは存在するか、わからない旅。それでも彼らは歩いていける。
ここまでおつきあいいただいた方はありがとうございます。
これからもたまに課題で書いた作品を更新しようと考えていますので、よろしければ読んでやってください。