異世界借金取り
俺の家に目覚まし時計はない。
だが、毎朝きっちり6時に起床することができる。
なぜかというと。
「おい灰治はいじぃ、朝だぞ起きろォ!」
玄関のドアがガンガンと殴られる。居留守は通用しないのでゾンビのように布団から這い出て玄関へ向かう。
ドアを開けると、ヤクザ映画に出てきそうなくらい人相の悪い男がいた。
「オゥ、元気かァ?」
「はい……おはようございます、五頭いがしらさん……」
「ォハよお! さっさと顔洗って寝ぐせ直して歯ァ磨いて来い!」
言われるがままに洗面台に行き、事を済ませて部屋へ戻る。
「オラァ! さっさと食って感想言って仕事へ行けえ!」
ズタボロの机の上に弁当箱が広げられている。
五頭曰く「女が作った飯を持って来てやっている」とのことだ。
弁当は、全体的に色鮮やかで、栄養バランスも良さそうだった。
「いただきます……」
挨拶をして弁当を食べる。
「どうだァ!?」
「美味しいです……はい……」
美味い飯を用意してくれるのはありがたいが、何が楽しくて、借金取りの愛人が作った弁当の感想を言わなければならないのか。
「それとよォ、中学校の同窓会の知らせがポストに入ってたから、ちゃんと目ェ通しとけよォ!」
五頭は机の上に一枚の封筒を置いた。同窓会といっても、卒業してまだ3年しか経っていないんだが。
「気になってた女はいたのかァ?」
「いませんよ……」
「そうか……早く仕事行けよ」
なぜか声が萎む五頭。
俺は、急いで弁当を食べて身支度を始める。
これが俺の毎日。
親が多額の借金を築いたまま蒸発した。だから、一人息子である俺にその債務が回ってきた。だが、社会で働いたこともない小僧に返済能力などあるはずがない。あるのは、健康な体くらいだった。
金になりそうな臓器を抜き取られる寸前のところで借金を肩代わりしてくれたのが五頭だった。五体満足の状態でいられるのはありがたいが、借金がなくなったわけではない。
そういうわけで、債権者である五頭に毎日借金返済の催促をされている。
仕事が終わり帰路へ着く。
朝から晩まで働いてへとへとだ。帰ったら速攻で布団に入って眠ってしまいたい。
あくびを隠すために手を添えると、手首に巻かれた青いミサンガがチラついた。
「同窓会、か……」
家に帰っても、いつものように五頭が晩飯を用意して待っているのだろう。
そう思うと、ひどく気が滅入る。
「はぁ……死にてぇ……」
そう呟いた時、道路の真ん中を歩く黒猫の姿が照らされた。
見ると、トラックが猫の方へと走っていた。
俺は、気づけば猫の方へと走っていた。
猫を助けるためか、それとも単純に自殺したかったのか、それはわからない。
確かなのは、猫の代わりに俺が轢かれたということだけだった。
〇 〇 〇
気がつくと、のどかな草原のような場所にいた。
雲一つない青い空。暖かな風。心地良く聴こえる水音。
「目が覚めたかい?」
声のした方を向く。
そこには、バスタブで入浴している老人がいた。
「誰……?」
「私は神だよ」
「神? 神ってあの?」
「そう、偉くてかっこいい、あの神だよ。今は、デートに行くためにお風呂に入っているんだ」
「どうして俺は老人ホームにいるんですか?」
「ここは神の世界だから、老人ホームじゃないから」
「信じられないなあ」
「君は車に轢かれて死んだ」
いきなりの宣告。
だが、嘘ではない。夜道で車に轢かれた記憶がはっきりとある。
「どうしてそれを……」
「神だから」
「なら、その神様が俺に何の用ですか?」
「君を生き返らせてあげようと思ってね」
「俺を? 何で?」
「一日一善。何かしらの善行をするようにしていてね。今日は、その日に死んでしまった人の中から一人だけ蘇らせてあげようと思ったんだ。で、死んだ人たちの中から君を選んだ」
「ははぁ、なるほど」
「嬉しいかい?」
「いや、全然」
「え?」
ニヤニヤしていた神の表情が、俺の返事で真っ青になった。
「俺、親の借金を背負わされて借金取りから催促されてたし、働き詰めだったし、蘇ってもその生活は変わらないだろうし、まったく嬉しくない。むしろ余計なお世話」
「え、ええ……」
「というわけで、早く成仏でも何でもしてください」
「いや、でも、今更言われても困るよ……」
「俺だって蘇らせると言われても困ります」
「ええ、そんな……う、うーん……じゃ、じゃあこういうのはどう? 元の世界じゃなくて、別の世界に蘇らせるというのは!」
「いや、結構ですから。もう生きたいとは思ってませんから」
そう返事したが、いきなり体が光に包まれ始めた。
「まあまあそう言わず、皆が好きそうな剣と魔法の世界だから」
「いや、俺そんな世界知りませんし、別に好きでもないから」
「まあまあそう言わず、ちゃんとオプションも付けてあげるから」
「いや、そういうのマジでいいんで」
「まあまあそう言わず、寂しかったら私を呼んでくれたらいいから。一回くらいなら会いに行ってあげるから」
「俺の話を聞けえぇぇ!」
全力で叫んだが、次第に音は遠のき、視界は真っ白になっていった。
〇 〇 〇
「……ここは?」
気づいたら、俺は地面に立っていた。
目の前には、燃え盛る家々と、恐怖に慄く人達。
そして、人間とは思えないような不気味な集団。見るからに骸骨100%な歩く屍達に、昆布も顔負けなほど汚水を滲み出してる異形の巨漢、汚れるのを度外視しているとしか思えないようなマントを羽織っている人型のトカゲ。
どうやら俺は、本当に元いた世界とは別の世界にいるらしい。
ということは、神を名乗っていたあの老人は本物の神様。
「貴様、何者だ!」
偉そうなトカゲが叫んできた。その手には、血で濡れたであろう長剣が握られている。
「いや、俺は」
返事に困る。神によってこの世界に蘇らされたと言って、信じてもらえるのだろうか。
「その手に持っている剣は、伝説に聞く聖剣・裁きの剣!」
「え、え?」
言われて見ると、確かにすごそうな見た目の剣を俺が持っている。
もしかして、神が言ってたオプションってこれのこと?
「その剣で、我ら魔王軍に歯向かおうというのか」
トカゲが剣を構える。
「いや、そんなつもりは……」
そう言いかけたが、最後まで言えなかった。手に持っていた剣の力で身体が勝手に動き、敵と思われる集団をあっという間に倒してしまったからだ。
〇 〇 〇
「ん~、良い天気だあ~」
鳥の鳴き声で目を覚ました。
俺はベッドから起きて朝食を済ませると、いつものように散歩に出た。
この世界に蘇って一カ月くらいの時間が経った。
初日に俺が倒した集団は、魔王軍と名乗ってこの世界の征服を目論んでいるらしい。俺は、魔王軍がちょうど支配しようとしていたところに出くわし、結果的に街を救ったことになった。
そのお礼として、ありがたいことに住む家を提供してもらえた。
街の住人は、俺に魔王を倒してほしいと依頼をしてきたが、断った。
魔王軍とかいう物騒な連中とわざわざ戦うよりも、平和になったこの街で静かに暮らしたかったからだ。
住人の中には「聖剣を持ってるんだから魔王を倒して来いよ」という輩もいた。
俺はそいつに対して「じゃあ、聖剣をあげるので代わりに倒してきてください」と言ってプレゼントしようとしたが、断られてしまった。
というわけで、この世界での俺の生活が始まった。
借金取りの怒鳴り声がなければブラック企業並の重労働もない。
なんて素晴らしいんだ!
ここはまるで天国だ!
最高!
るんるん気分でスキップする俺の前に、一人の男が立ちはだかった。
「ようやく見つけたぞォ、灰治ィ」
五頭が指の骨をパキパキと鳴らして待ち構えていた。
はい、天国終了。
お久しぶりです、地獄。
「どうしてここに……」
思わず呟く。
「どうして? 決まってるだろ? お前には、借金があるだろォ?」
じりじりと近づいて来る五頭に、不覚にも後ずさってしまう。
「いやいやいや、おかしいだろ。何であんたがここにいるんだ?」
「何だァ? まだ理解できてねェのかァ?」
「何を……」
「俺はもともとこっちの世界の住人なんだよォ」
「なん……だと……」
「………………ふん、ちょうどいい。俺の本当の姿を見せてやろう」
五頭が言うと、奴の体が光り始めた。
眩しくて手で目を覆ったが、次第に光が弱まっていった。
五頭がいたところには、一人の美女がいた。
ぱっと見た限りだと、歳は俺と同じ18くらいか。黒い帽子に黒いワンピースというシンプルな格好の女は、長い黒髪の一部を青いリボンで結んでいた。
女はすっと目を開けると、ゆっくりとこちらに歩いて来る。
俺はというと、ただ見惚れていることしかできないでいた。
「何か言えー!」
女は、右の拳を握ると思いっきり俺の横顔に殴りつけてきた。
俺はそのまま横に吹っ飛び、地面に仰向けになった。
「な、何で俺、殴られたんだ……」
「あんたがボケっとしてるからでしょ! それよりも、さっさと返済しなさい!」
「バカ言え。俺は元の世界で死んでこの世界で蘇ったんだ。元の世界での借金なんかチャラに決まってるだろ!」
「んなわけないでしょ。異世界転移ごときで借金がチャラになると思ったら大間違いよ!」
そう言うと、女は一枚の紙を差し出した。
「これは……」
「あんたの借金を肩代わりした時に作成した借用書よ。ここにちゃんとお金の貸借についてのルールが表記されてる。もちろん覚えてるわよね?」
「覚えてるが、俺が死んだ場合について書いたあるはずが――!」
書いてあるはずがない、と言おうとして借用書を見ると「借主が死亡し、その後に蘇生した場合でも返済義務を継続して負うものとする」と明記されていた。
「ば、ばかな……なぜ……」
「こっちの世界で借用書を用いる場合に浮かび上がる仕掛けがしてあるのよ」
「き、汚えぞ!」
「うるさい! さっさと返済しなさい!」
「ぐ、か、か……神様ー! 神様ー!」
「呼んだかい?」
藁にも縋る思いで呼ぶと、神はすぐに来てくれた。
「助けてください! 俺の借金取りがすんげー美人で、しかもここまで追ってきました」
「何を言っているかわからないけど、私と君の仲だ。それくらいはお安いごよ……」
神の視線が女とぶつかった。
「ああ、あんたか」
「ぁ……あ……ゴズちゃん……」
「私にセクハラしようとした神様が、まだ私に何か用?」
「いえ、とんでもありません。それじゃあ灰治くん、そういうわけだから、お仕事がんばってね」
「え、ちょ、神様? 俺を助けてくれるんですよね?」
「それじゃ、また今度、様子を見に来るよ」
そう言うと、神は逃げるように去って行った。
や、役に立たねえぇぇ~。
「おい」
「な、何でしょうか、五頭さん」
「それ……私のことはゴズと呼びなさい。五頭は魔法で変身してた時の名前なんだから」
「はい……ゴズさん……」
「ん、じゃあ、さっそく働いてもらうわよ」
ゴズに腕を鷲掴みにされると、無理やり連れて行かれるハメになった。
〇 〇 〇
「なかなか良いクエストがないわね」
ここ最近、借金返済のためにクエストの報酬目的で依頼を受け続けているが、好条件のものが減ってきていた。
「たまには楽なやつにしようぜ」
「それだと返済が遅れるでしょ」
真剣にクエスト内容に目を通しているゴズ。
「ゴズちゃ~ん」
そうこうしていると、ゴズの名前を呼ぶ女の声が聞こえた。
誰かと思って見てみると、金髪の美女が手を振りながら歩いてきた。
「エリス、どうしたの?」
「お仕事を探してるって聞いたから、ちょっとしたお話を持って来たよ~」
エリスと呼ばれた女は一枚の紙を差し出した。
ゴズはそれを受け取ると内容に目を通す。
「東で発見された遺跡の調査……どういうこと?」
「この前の地震で発見されたんだって」
「そうじゃなくて、ただの遺跡調査にしては報酬が高額すぎない?」
「それね、聞いたところによると、大昔に存在したとされる奇跡の石がその遺跡の深部に隠されてるって噂だからだと思う。もちろん、本当に奇跡の石を見つけて持ち帰ったら、それこそ莫大な報酬が支払われると思うよ」
「そういうことね。でも、そうね……魅力的ではあるけれど……噂が本当だとすれば、石を狙った輩に出くわす可能性もあるのよね……」
「ゴズちゃんなら心配ないでしょ。強いんだし」
「そうだけど……」
そう言うと、ゴズはチラッと俺の方を見た。
「高額報酬のクエストってことだろ? いいじゃねえか、受けようぜ」
「……そうね、やりましょ。手続きしてくるわ」
ゴズは受付の方へ向かって行った。
「それでそれで、きみがハイジくんかー」
「何で俺の名前を?」
「ゴズちゃんから聞いたの。元々は別の世界の人なんだよね? 私はエリス。ゴズちゃんの友達ね」
「あいつに友達がいたのは意外だ」
「ゴズちゃんは怒りっぽいけど、本当はすごく優しい子なんだよ」
「そうですか」
「それに、可愛いところもあるんだよ?」
「うっそだー」
「本当だよ? 結構前のことだけど、料理を作れるようになりたいからって、わざわざ私のところに頼みに来たんだよ。あのゴズちゃんがだよ? 可愛いでしょ?」
ゴズが他人に頼みごとをしたというのは確かに意外だった。
「てことは、あの弁当はあんたが作ってたのか」
「弁当?」
「俺がまだ元の世界にいた時、変装したゴズが持って来てたやつ」
「ああ……なるほどね。それは私が作ったんじゃないよ」
「そうなのか」
「誰が作ったか気になる?」
「いや、別に」
自分を基準にしていたせいというのもあるが、ゴズに友達が二人や三人いてもおかしくはない。ということは、エリス以外の女友達に作ってもらったのだろう。
「素っ気ないなぁ。もしかして、他人には興味ない感じ?」
「そんなことはない」
「本当? 今まで仲が良かった人はいた?」
「いたよ。いたいた」
そう言って、記憶を遡る。
「……」
「ほんとにいたの?」
「……いた。中学の時によく話をしてた女子がいた」
「本当かなあ? どんな子で、どれくらい仲が良かったの?」
「あれだ、黒髪のおさげで、でっかい眼鏡をかけてて、何かの話がきっかけでちょくちょく話をするようになった。で、このミサンガをもらった」
右手を上げてミサンガが見えやすくする。
「だから、お返しに同じ色のリボンを贈った」
「リボンを?」
「しょうがないだろ……俺の家、金がなかったから、それくらいのもんしか買えなかったんだ」
「ああ、いや、リボン自体が悪いわけじゃなくて……ちゃんとプレゼントしてあげたんだなぁ、て思って」
「どこにでもあるような安物だよ。今頃はどうせ捨てられてる」
「そんなことないと思うよ。きっと、大切にされてるよ」
「お気遣いどーも」
「その子のこと、好きだったの?」
「そういうことは考えたこともない。ただ、一緒にいて一番落ち着くやつだった」
「そっか。それじゃ、そろそろ支度しないとね、ゴズちゃんが帰ってくるはずだから」
エリスがそう言った時、向こうから騒がしい声が聞こえた。
「汚い手で私のリボンに触るなああ!」
見ると、ゴズが男の頭を掴んで地面に叩きつけていた。
ああ、怒らせるとやばいから、さっさと準備しよ。
街を出てどれくらいの時間が経っただろうか。
周囲はもうじき完全に真っ暗になりそうだった。
目的地である遺跡はまだ見る影もない。
「今日は野宿した方が良さそうね」
幸運にも水場を見つけることはできた。持参した食料と道中で手に入れた食料もあるから、飲み食いするには困ることはない。
火を起こすところから料理に至るまで、すべてゴズが行った。
俺はというと、周囲に野生の獣などがいないかを注意するくらいしかできることがない。
意外なことに、ゴズの料理は美味かった。
素直に料理を褒めたが、ご機嫌取りだと思われたのか、ゴズは無言のままそっぽ向いてしまった。
晩飯を終えると、後は寝るだけだった。
安全のため、ゴズが周囲に結界魔法を張ると、俺たちはそれぞれ眠りについた。
「ん……」
のどが渇いて目が覚めた。
周りはまだ暗い。
とりあえず、水を飲んだらもうひと眠りだ。
「あー、うまい」
ごくごくっと水を飲んで一息吐くと、物音が聴こえた。
気になって確認しようとすると、動く人影が見えた。
「……ん?」
目を凝らして見ると、そこにいたのはゴズだった。
しかも、衣服を一切身に着けていない。
全裸だった。
そして、ゴズと目が合った。
「悪い!」
すぐに目を逸らし、その場からの避難を試みる。
状況から察するに、水浴びでもしていたのだろう。
だが、一番重要なのはいかに生き延びるか。
裸を見たのだ、どんな目に遭わされるかわかったもんじゃない。
最悪の場合、殺されるかもしれない。
「待って!」
ゴズの一声で動けなくなった。
猛獣に睨まれた獲物はこんな気分なのだろうか。
「その……どうだった?」
「どう、とは?」
ごくりと息をのむ。
「だから、私の、身体」
「それは……」
言葉に悩む。
ゴズは何を考えてるんだ?
まさか、遺言を言わせようとしているのか?
「……綺麗だった」
言い訳やお世辞は言わない。
これが最後の言葉なら、正直な感想を言っておこう。
そう思った。
「……そっか。じゃあ、お休み」
「……お休み」
振り返らずに、床へ戻る。
これが、正解だったのか?
翌朝に無事に目を覚まし、何事もなかったかのように振る舞うゴズを見て、俺は心底安堵した。
「ここが、目的の遺跡か」
歩き続けること数日。
ようやく目的地に到着した。
「ここから先は用心して行くわよ」
「敵がいるからか?」
「そういうこと」
「大丈夫だろ。お前強いし、俺の聖剣とやらも強いし」
「とにかく、用心に越したことはないでしょ」
「それもそうだな」
遺跡に入り、薄暗い道を少しずつ進む。
「何も出くわさないなんて、おかしいわ」
「いいことじゃねえか、おかげですいすい進めるし」
実際、遺跡の探索は楽だった。
敵はおろか、その他の生き物すら見当たらない。
この遺跡には、俺とゴズ以外に誰もいないのではないかと思ってしまう。
とうとう最深部までやってきた。
最後なだけはあって、今まで見てきた部屋の中で一番の広さを誇っていた。薄暗くてはっきりとはわからないが、天井までは三階分の高さはあるだろうか。だだっ広く、壁の加工具合から推測するに、ここが何かの墓の可能性もある。
ちょうど、部屋の最奥部には石造りの箱が置かれている。
さっそく、箱の前まで行ってみる。
「この中に奇跡の石ってやつがあるのか?」
「かもしれないわね」
「頑丈そうな箱だな」
「どうやら、普通の力では開けられないようね」
「じゃあ、魔法か?」
「魔法でも無理みたいね」
「なら、お手上げか?」
「いえ、あんたの聖剣なら、この箱を切れるはずよ」
「まじか」
「ふざけた名前だけど、あの神様が作った代物だから力はたしかなはずよ」
「この聖剣ってそんなにすごいのか」
「で、どうする? 試してみる」
「そう言われたら、試すしかないだろ」
これまでも、石や木は切ってきた。今回もそれと同じだ。
軽く剣を振るうと、石の箱は綺麗に切れた。
「これが、奇跡の石か?」
中に眠っていた石を取り出す。
大層な見た目をしているかと思ったが、そこらへんに落ちてそうな石ころと何ら変わらない。実はただの石ですと言われても信じてしまいそうだった。
「それが噂の聖剣の力か」
いきなり後ろの方から声が聞こえた。
俺とゴズが振り返ると、入口のところに一人の長身の男が立っていた。
「おいゴズ、敵っぽいやつがいるぞ」
「ぽいじゃなくて、敵よ、敵」
ゴズは持っている杖を男に向けた。
「あなた、魔王軍の一員ね」
「魔王軍? 見たところ俺たちと同じ人間だぞ」
軍服にマントを掛けたような格好の男は顔立ちが良く、腰に提げている剣のことも踏まえると、悪魔的な存在というよりはどこかの国の騎士団長を思わせた。
「見た目は同じでも、あいつから溢れ出る特徴的な魔力は間違いようがない。間違いなく、魔王に魅入られた人間よ」
「私の魔力を感じ取り、魔王の存在まで看破するとは、相当の技量を秘めたお嬢さんのようだ」
男の声は冷静だった。
「私の名はバイドラ―、魔王軍の幹部を務めている」
ゴズの読み通りだった。
「だが、私は君たちと争うつもりはない。私の目的は、あくまでもその手にある奇跡の石。どうか、その石を私に譲ってもらえないだろうか」
「断るわ」
ゴズは即答すると、杖を構えて呪文を唱えた。すると、周囲に光の粒が出現してゴズへと集まる。やがて、光が大きくなると、ゴズは杖を振ってバイドラ―に目掛けて放った。
「……残念だ」
バイドラ―が両手を合わせると、地面が隆起し、そこから大きな鏡が出現した。
「魔鏡追生」
強大な光のエネルギーは、鏡もろともバイドラ―を飲み込み、そのまま周囲の壁を抉り、地を鳴らす。
拡散した光は徐々に薄れ、最後には再び粉塵のように空に消えた。
「なに!?」
ゴズが驚きの声を上げた。
バイドラ―は健在だった。あれだけのエネルギーを受けたはずなのに、その体には傷一つ付いていない。
「っ」
そうとわかった途端、ゴズはバイドラ―の所までダッシュし、持っていた杖を大きく横に振った。杖は、バイドラ―の身体に触れた瞬間に制止した。
「なんで……」
ゴズは困惑の声を漏らした。
「頑丈でもこいつなら関係ねえだろ!」
さっきまで呆気に取られていた俺だが、さすがに行動した。
敵に注意がゴズに向いている内に距離を詰め、聖剣で斬りかかる。だが、ゴズの杖と同様に、身体に刀身が触れると同時に制止した。
「どうなってんだ?」
「私にそういった攻撃は通用しない」
余裕のバイドラ―は数歩動いた。
そのせいで俺とゴズは姿勢を崩して地面に倒れた。
「ぃてて……おい、どうする?」
ゴズの打開策に期待するが、返事がない。
「て、何で俺の剣を持ってるんだ?」
見ると、ゴズは俺が落とした聖剣を拾って俺に向かって背を向けていた。
「こいつとは私がやる」
「そういうわけにもいかねえだろ。お前がそれを使ったら俺は何もできねーぞ」
「だから拾ったのよ」
「どういう」
言い終わる前に、ゴズの蹴りが飛んできた。
俺はまた地面に手足をつくハメになった。
「何しやがる」
「邪魔なのよ。だから、これも私が預かっておく」
いつの間に盗ったのか、ゴズは手に持つ奇跡の石を見せてきた。
「な!」
「引っ込んでなさい」
ゴズが冷たい声で突き放す。
それを合図にしたように、俺とゴズの間を線引きするように、発光する植物の芽が地面から突き出てきた。植物がみるみるうちに成長して視界を遮っていく。
「おい、ゴズ!」
名前を叫ぶが、ゴズは背を顔を背ける。
そして。
「ばいばい、灰治くん」
初めて聞くような優しい声で、別れの言葉を告げた。
× × ×
物心がついたときには魔法が使えた。
日を追うごとに、使える魔法が増えた。
誕生日を迎えた時には、周りの大人と同じくらいの魔法を使えるようになった。
それが気に入らなかったらしい。
周りの子供や大人が、私を妬んだ。
何かにつけて、私に汚い言葉を吐いてきた。
だから、魔法で仕返しした。
それはダメだと怒られた。
だから、暴力でやり返した。
幸か不幸か、魔法使いなのに腕っぷしが強かった。
だから、同族のみんなから恐れられ、嫌われた。
追放されるのはすぐだった。
一人で生活をして、変に絡んでくる輩がいれば力で黙らせた。
こういう生き方は、いつか終わりが来ることはわかっていた。だが、変える気はなかった。
奇跡的なことに、友達ができた。名前はエリス。
死ぬまで一人で、こういう生き方をすると思っていたから驚いた。
そのことを、エリスに話すと、彼女は少し考えると「閃いた」と手を叩いた。
「じゃあさ、別の世界で暮らしてみるのはどう?」
それが、きっかけだった。
「別の世界なら、ゴズちゃんのことを知ってる人はいないよ」
無駄だと思ったが、聞く耳も持たずに断るのもどうかと思ったので、試すだけのことはやることにした。
魔法で別の世界に行き、見た目を変えて、身分を偽り、同じ歳の子たちと同じように学校に通った。
学校では、なるべく大人しく、目立たないよう心掛けた。
「ねー御厨みずさーん、今ちょっとお金なくてさー、悪いんだけどお金貸してくれない?」
学校からの帰り道で、隣のクラスの女子たちが絡んできた。
学校では人気者な彼女たちだが、目立たない生徒たちから金を奪っていたのは知っていた。
だから、その順番が自分に回ってきたというのはすぐにわかった。
キレるには十分な理由だった。
魔法は使ってはいけなかったから、暴力を振るった。
どれだけ注意していても、噂というのは魔法のように他人に伝わっていくことを知った。
翌日には学校中で話題の中心にいた。
信じられない。暴力はやりすぎ。殴られた子たちが可哀そう。
そういう言葉が至る所から聞こえてきた。
潮時だと思った。
「なあ御厨、ちょっといいか?」
自分の席に着くと、さっそく男子が話しかけてきた。
「なに? あいつらの敵討ち?」
「はあ? んなもんあいつらの自業自得だろ? 俺は先生に言われて、プリントを取りに来ただけだ」
意外な返事に、思わず男子の顔を見た。
それが、灰治くんとの出会いだった。
× × ×
「悪かったわね、待たせて」
ゴズは植物が完全に育ったのを確認すると、バイドラ―の方へ向き変える。
バイドラ―の背後には巨大な穴が開いており、そこから巨大な魔獣が次々と出てきていた。
「男を守るために、身代わりになるつもりか?」
「そういうこと。悪いけど、彼は見逃してもらえないかしら?」
「石を渡すなら、君も見逃すが」
「それは遠慮するわ」
「なぜ?」
「私の心が許さないから」
魔獣たちが一斉に襲い掛かる。
ゴズは杖と剣を構えて魔獣を迎え撃つ。
一匹、二匹と屠る。
本来の持ち主ではないため、真の力を発揮しない聖剣だが、それでも切れ味は抜群だった。
十、二十と屍の山が築かれる。
隙あらばバイドラ―を討とうと目論むゴズだが、なかなかその機会が訪れない。
依然として数を絶やさない魔獣。
その現象はとても奇妙だった。
こちらは体力と魔力を消耗しているのに、術者であるバイドラ―は少しも消耗した様子を見せない。
「っ」
バイドラ―の秘密を考察していると、死角から襲って来た魔獣に気づくのが遅れた。
ゴズは剣を捨て、右腕を差し出す。
腕を食いちぎられた瞬間に魔法による反撃を試みるつもりだった。
魔獣が大きく開いた口を閉じた時、ゴズは悟った。
「こいつ、私の魔力を」
食われたはずの右腕は無傷だった。しかし、明らかに魔力がごっそり減っていた。
ゴズの腕を食うはずだった魔獣は、獰猛さと噛み砕く力の強さが特徴だったはず。魔力を食らう能力など持っていないはずだった。
「……そうか」
ゴズは、バイドラ―の秘密を理解した。
「少し、遅かったな」
不覚にも、バイドラ―の接近を許してしまった。
避けることも、防ぐことも間に合わない。
「ここまで、か」
ゴズが諦めようとした時、身体が強く引っ張られた。
「え?」
驚いていると、灰治が庇うようにゴズの身体を引き寄せていた。
〇 〇 〇
背中に鋭い痛みが走った。
だが、なんとか間に合った。
「そ、そんな……灰治くん……なんで……」
「あんな風に別れを言われても、納得できるわけねーだろ。後でたっぷり文句言わせてもらうからな」
そう言ったものの、斬られたのは初めてだから、痛くて立っているのもやっとだった。ゴズの出した植物から脱出するのに両手を酷使したから手もボロボロだ。
ゴズには怒られるかもしれないが、やはり命乞いをするべきか。
それ以外に策はない。
これ以上は限界だった。
足に力が入らなくない。
倒れそうなところを、ゴズが身体で支えてくれた。
「灰治くん、あと少し、あと少しだけ、がんばって」
どういう意味かと聞く前に、ゴズが光の魔法を上を向けて放った。
表情を見る限り、ゴズも限界のようだ。
ゴズの放った魔法が、天井を穿つように命中した。
その衝撃で天井は崩落し、上からは瓦礫の山が降り注ぐ。
瓦礫に襲われた魔獣たちが地面に転がっていた。
バイドラ―は相変わらずの無傷だった。
俺たちが無傷でいられたのは、ゴズの魔法のおかげだろう。
天井がなくなったことで光が射し込んできた。
「あなたの謎がわかったわ」
ゴズは聖剣を持ったまま、バイドラ―の背後へ飛び込んだ。
「秘密は、あなたが魔法で出現させたこの鏡。この鏡に映ったものは、それとは違う性質のものとして写し出される。あなたは物理攻撃と魔法による攻撃の両方が効かないんじゃない。物理攻撃が効かないあなたと魔法による攻撃効かないあなたの二人がいた」
ゴズが鏡を破壊しようとした時、瓦礫の影からもう一人のバイドラ―が現れて阻止しようとした。
ゴズはそれを読んでいたようで、持っていた剣を横に薙ぎ払った。
「だから、今のあなたに斬撃は通用する」
斬られたバイドラ―の身体から血の飛沫が上がり、その場に倒れた。
「私の正体を見破ったか」
未だに無傷のバイドラ―は、声こそ驚いていたが表情は冷静だった。
「だが、君に魔力が残っていないのはわかっている。魔法が使えないなら、この私を倒すことはできない。悪いが、石をいただく」
バイドラ―が俺の方を向き、走り出す。
「たしかに、もう私に魔力は残っていない。でも、この鏡を守ったのは失敗だったわね」
そう言うと、ゴズは聖剣を鏡に映す。
すると、鏡の中から黒い剣が出現した。
ゴズは黒い剣を拾うとしたが、一瞬だけ顔をしかめると、拾うのをやめて剣の柄を蹴り飛ばした。
ほとんど無意識だった。
俺は、飛んできた剣を掴み取るり、それを構える。
「一対一だな」
「私に物理攻撃は通用しない」
「そうらしいな。でも、何でかな、なんとかなりそーな気がするんだ」
バイドラ―が腰の剣を抜き、襲い掛かってくる。
俺は、その攻撃に合わせるように剣を振るう。
二回、三回と剣劇が続く。
その度に、バイドラ―の剣の力は弱まり、逆に俺は力が湧いてきた。同時に、妙な光景が脳裏に浮かんできた。
恥ずかしそうに微笑む女性。
穏やかに眠る赤ん坊。
嬉しそうにこっちへ走ってくる幼女。
そして、助手席で瀕死の俺。
「これは……」
理解が追い付かないが、それでも剣は落とさない。
決着は、いきなりやってきた。
疲弊したバイドラ―は剣を落とし、その場に倒れこんだ。
俺は、今までに感じたことがないほど力が有り余っていた。
「……終わったわね」
ゴズがふらつく足で戻って来た。
「なあ、ゴズ」
「なに?」
「この黒い剣、聖剣と比べて全然斬れなかったんだが、なんでだと思う?」
「恐らくだけど、それがその剣の能力なんでしょうね。剣に触れた敵の力を吸収し、持ち主に還元する。さっき触った時、私の残り少ない魔力と体力も持ってかれたわ」
「そっか。もう一つ聞きたいんだけどさ。俺は、車に轢かれて死んだんだよな?」
元いた世界で、というのは言うまでもなかった。
「……厳密に言うと違う。あんたは車に轢かれたけど、その時にはまだ息があった。あんたを轢いた車のドライバーは、あんたを車に乗せて、病院へ向かった。その途中で別の車と衝突して、その時に死んだ」
初耳だ。
「じゃあ、俺を病院へ運ぼうとしてくれたドライバーは、どうなったんだ?」
「運悪く、その時に死んだ」
「そのドライバーが、俺と同じようにこの世界に異世界転移してる、なんてことはあると思うか?」
「……悪魔に魅入られたとすれば、あり得なくはないわね」
「そうか……」
奇跡の石を手に入れて、なんとか生き延びたのに、どういうわけかすっきりしない気分だった。
知らなくてもいいものというのはこういうことを言うのだろうか。
可能性の話をしているはずなのに、バイドラ―と剣を交えた時に頭に入って来た光景が、俺に確信させてくる。
根拠はないが、俺にはわかった。
× × ×
「ん……うう……」
ゆっくりと目を覚ますと、そこは病室のようだった。
そっと頭を動かすと、妻と娘と医者らしき男が呆然としていた。
「あ、あなた……?」
「お父さん!」
「し、信じられない……さっきまで意識不明の重体だったのに……」
長い夢を見ていたような気分だった。
医者の話だと、仕事中に事故を起こして、そのせいで意識不明の状態に陥っていたということだった。
「……そうだ! あの子は!?」
「あの子?」
「私の車の助手席にいた男の子です! 私が誤って轢いてしまって、ここに来る途中に事故を起こして、それで――」
「そんな子はいませんでしたよ?」
「いなかった?」
「あなたは、運転していた車のタイヤがパンクし、そのせいで電柱に激突して意識を失った。周囲に人は誰もおらず、単独の物損事故と聞いていますよ」
「そんなはずは……」
「目覚めたばかりで混乱しているのでしょう、ゆっくり休んでください」
医者の言葉に、私は従うことしかできなかった。
× × ×
遺跡から戻ってきて数日が経った。
あれだけ毎日来ていたゴズが来ないというのは、仕事をしないという意味では楽だが、なぜか落ちつかないものがある。
ベッドに寝転がっていると、ふと玄関の方を見てしまう。
コンコン、とノックがあった。
「今行くぞー」
早歩きで玄関へ向かう。
ドアを開けるとゴズがいた。それも、いつもの黒い服装ではない、白いワンピース姿だった。いつも被っている帽子もない。ただ、髪を結んでいる青いリボンだけはいつも通りだった。
「おはよ……」
「お、おお……おはよ」
「入るわよ」
「どうぞ」
ゴズは部屋に入ると、さっきまで俺がいたベッドに腰を下ろした」
「あんた、窓ガラスくらいは磨いておきなさい。すごい汚れてたわよ」
「後でやっとくよ」
「私がいないからって、自堕落に過ごしてなかったでしょうね?」
「まあ、なんだ、羽を休ませてもらってたよ」
俺のぎこちない反応に、ゴズは、ふぅとため息と吐いた。
「まったく……でも、よく自分のために石を使わなかったわね」
「しょうがねえだろ。あのまま使ってたら、ずっともやもやしてた気がするんだよ」
「そう」
素っ気ない様子のゴズだが、なぜか微かに笑ったような気がした。
結局、奇跡の石は使った。
望んだのは、前の世界で俺を轢いた車のドライバーを生き返らせるという願い。
石を使うと、バイドラ―の姿は霧散するように消えてしまったが、それが何を意味していたのかはわからない。
何でも願いを叶えられる石を使い捨てたようなものだが、不思議と悔いはない。
そのおかげで、遺跡調査の報酬だけでは借金返済はできず、神からもらった聖剣を売ることになってしまったが、まあいいだろう。
「にしても、久々に来たと思ったら、いつもと服装が違うから驚いたぞ」
「……おかしいって言うの?」
まずい、怒らせたか?
「い、いや、そんなことはねーよ。よく似合ってるよ。そのリボンもいつも通り似合ってるしな。その――」
じっくりと見て、気づいた。
「その……青いリボン……あれ?」
見覚えがある気がした。
最近ではない。もっと、もっと前、それこそ中学生の時くらい。
「あ、あれ、そのリボンって……」
「やっと気づいたの……」
「あれ、でも、たしかあれは御厨にあげたやつで……あれ?」
ゴズは五頭で、御厨は。
「もしかして、御厨は、ゴズだったのか?」
「気づくのが遅いのよ、ばか」
「あ、あー……そっか……そうだったのか……」
理解すると、急に恥ずかしくなってきた。
俺の知らないところで笑われていたとか、そういうわけではない。ゴズがそういうことをするやつでないことはわかっている。
ただ、ゴズが御厨だったと意識すると、なぜか胸がざわつく。
「そ、それでなんだけど」
ゴズが言い始める。無言のままだと気まずいので、正直助かる。
「これから、そのデ、デ、デー」
どういうわけか、ゴズは言い淀む。
「デー……出、かけ、るわよ?」
「お、おお、お出かけな! いいぞ!」
デートにでも誘われるのかと思って期待してしまった。
そう思うと、また恥ずかしくなる。
「借金も完済したし、今日は俺が払うよ」
「……は?」
俺の言葉に、ゴズが真顔になる。
何だ、その反応は?
「完済? え? え?」
「いや、俺の借金だよ。完済しただろ?」
「いつ?」
「いや、この前」
「どうやって?」
「どうやって、て……遺跡調査の報酬と聖剣の売却代金で」
「え?」
「え?」
俺とゴズは無言のまま見つめ合う。
「ゑ?」
思わず変な声を出してしまった。
「いや、だって聖剣だぞ? 神からもらった剣だぞ? そりゃ高価なもんだろ? 借金を完済するくらいわけないだろ?」
「わけないわけないでしょ……」
「な、なんだってー……」
借金がまだ残ってる?
ゴズは何かを悟ったのか、不気味な笑みを浮かべ始めた。
「じゃあ、俺はまだ働かなければならないということか?」
「そういうことね」
「聖剣を持たない、ただの一般人になり果てた俺がか?」
「大丈夫、私がいるから」
「……なあ、ゴズ」
「何かしら?」
「借金、お前の力でなんとかチャラにすることはできねーかな?」
「……ふふ」
ゴズは、パキパキと指を鳴らし始めた。
「面白いことを言うのね」
ああ、これはまずい。
「なあ、ゴズ」
「なぁに?」
「好きだ」
「えっ」
ゴズの動きが止まる。
「今だ!」
俺は急いで家を飛び出した。
「え、え、あ! こ、こら!」
背後からゴズの声が聞こえる。
「待ちなさい! 今の言葉もう一度、じゃなくて! 借金を返しなさい!」
ゴズが走って追いかけてくる。
俺が債務者で、ゴズが債権者。
この関係は、まだ続く。
あれだけ死にたいと思っていたはずなのに、なぜだか今は、そんな気持ちは一切ない。
あるのは、ゴズに捕まってはいけない、という危機感だけだった。
俺は、全速力で逃げることに専念した。




