プロローグ
ーー数え切れないほどの「問い」を捨てて、君はたった一つの「答え」に固執するのか。
滑稽だね、ーー。
終わることも、忘れることもできないただの器に、自分の死を詰め込んで、一体何を残そうというんだ。
頭の奥で、誰かの声が響いた。懐かしいような、けれど誰の声かまではまでは思い出せなかった。その声に弾かれるようにして、意識がゆっくりと浮上する。
「ーさっきのは...?」
彼女が目を覚ました時、最初に感じたのは無機質で固く、温もりのない床の冷たさだった。
彼女はゆっくりと身体を半身だけ起こした。
視界のさきには、高い天井が広がっていた。ところどころにひび割れがあり、その隙間からは古い骨組みが覗いている。
周囲には無数の本が並んでいた。
天井に届きそうな書架には本がぎっしりと詰め込まれているが、いくつかは崩れ落ち床には本が散乱していた。
彼女は手元の一冊の本を拾い上げてみる。
ーThe Absurd (不条理)アルベール・カミュ
どうやらここは哲学書を主に収めているスペースのようだった。彼女は身体を起こすとこの巨大な図書館を探索し始めた。窓の外を見てみるとあたり一体に薄い雪が積もっていた。窓から差し込む光は、無数の塵を白く光らせ、この場所がいかに時が経っているのかを物語っている。
その時、遠くから音が聞こえた。澄んだ音色は彼女をすぐにその音がピアノであることを知れせてくれた。音源に向かって長い通路を進むと広いホールに出た。そこには一台のピアノとそれを弾く一人の女性の姿があった。圧巻だった。なぜあの小さな体からこんな繊細でダイナミックな音を出せるのかと畏怖さえ感じた。その旋律はどこか懐かしく、胸を奥を撫でるようだった。
そして説明のつかない既視感デジャブ。
その音に耳を澄ませているとピアノを弾いていた彼女はこちらに気づきこちらに近づいてきた。
「ようやく目が覚めたのね、オメガ。はじめまして、この図書館を管理しているシステムーーアルファ」
オメガはその言葉を脳内で繰り返す。
オメガ。
「....それが私の個体名?」
「ええ」
アルファは静かにうなづく。
「私のデータベースには、あなたはオメガとして記録されているわ。」
「ふーん。それで今のこの状況は?」
「現在、外は二酸化炭素濃度、気温、放射線量、すべてが生命の生存適正範囲外を維持してる。」
アルファは続ける
「文明の再開確率は依然としてゼロパーセントのままね。」
ーー
オメガは窓の方へ歩き、灰色の空を見上げた。
「そう」
彼女は小さく呟く。
「...完璧な死の世界ね」
雪は降り続いていた。
なぜ自分はこの滅びた世界で目を覚まし、なぜこの場所へ辿り着いたのか。自分が何者であるかも思い出せないまま、ただ一つだけ、確信していることがあった。この図書館には「何か」がある。自分が抱えている、正体不明の「問い」に対する、たった一つの、残酷な答えが。
オメガはまだ知らない。自分が、終わりを持たない唯一の存在であることを。
そして今胸の中に広がるいいようのないこの孤独こそが、かつて人間たちが「生きる」と呼んだものの、正真正銘の輝きであるということ。
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